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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
 
 立ち寄りたい場所があるから先に戻っていてくださいと言う七重と別れ、客室へと戻る。その道すがら、現在に至るまでの一連の出来事、知りえたことを改めて考えてみる。
 始まりは、豪華客船という船旅を楽しむことが第一と思われる船に在って、まるでその雰囲気を楽しんでいる様子は見せず、それどころか、時折、視線を鋭くさえさせる。そんな若い女性の態度が気にかかり、声をかけたことだ。
 少しばかり会話を交わし、どうやら彼女が誰かを見張っているらしいことに気がついた。そして、彼女は誰か……恰幅のいい中年の男を追って席を立つ。
 その際に忘れていったものが、茶封筒。
 中身は四枚の写真と一枚の手紙。
 四枚の写真のうち、一枚は彼女が追っていた恰幅のいい男のものであり、また手紙の内容からしても、追っていることは確実。しかし、手紙の内容からは、どういう理由で追っているのかを推測することはできても確定することはできなかった。
 三枚の写真は何やら価値がありそうな品物。盗まれた品物である可能性もある。船内であるため、情報収集の手段は限られては来るが、その限られたなかで調べてみた。
 七重の協力もあり、わかったことは、三つの品がとある博物館に展示されているものであるということ。そのうちのひとつ、鏡には何やらいわくがあるらしく、所有者の身内、特に女性に不幸をもたらしているような気配がうかがえる。
 手紙によると三つの品物は陸路、海路、もうひとつの手段は謎だが……まあ、陸路、海路とくれば空路という予測もたやすいが、とりあえずそれぞれ別個に運ばれているらしいから、この船で運ばれているものが、鏡だとは限らない。
 だが、鏡ではないとも言い切れないわけで……城ヶ崎はふむと頷く。彼女にとっては、鏡のいわくありげな話は危険な要素。鏡が不幸をもたらしていたのは女性であるから。できれば、鏡は避けたいところであるはずだ。しかし、人生というものは、いや、運命というものは、しばしばそうあっては欲しくないという状況を演出してくれる。
 ……約束の品とは、高確率で鏡とみた。
 そんな結論を出したところで、客室に辿り着く。扉を開き、室内へと足を踏み入れる。そして、時間を確認した。
 確か、男が口にしていた時間は二十二時。
 まだ、それなりに時間はあるが、状況によっては恰幅のいい男およびその連れと思惑の違いにより、いささか乱暴な展開になるかもしれない。そうなった場合、男数人を相手に立ち回ることなどできそうにない。連れている男たちがそれを専門とする者であったなら、尚更だ。
 そういった状況を考慮すればこそ、有効な切り札のひとつでも手に入れておきたいし、指定時刻よりも早くに船倉へ行った方がいいだろう。通常、待ち受けられるよりも、待ち受ける方が有利である。どのように待ち受けているのかがわかっている場合はその限りではないが。
 それに、できるなら、彼女を見つけ、行動を共にしたい。彼女も話を聞いているから、おそらく、間違いなく船倉に姿を現すことだろう。だが、ひとりで行かせたりしたら……なんとなく展開は予想できる。
 鏡のことも気になるところだし、ここはひとつ彼女に加担してみるとしよう。
 そのためにも彼女を見つけ出さなければならない。このまま部屋をあとにしてもいいが、とりあえずは七重に挨拶くらいはしておくか……城ヶ崎はもう一度時間を確認した。
 大丈夫、七重を待つ時間はまだ十分に、ある。
 
 しばらくすると七重が遅れて客室へと戻って来た。
 どうやら売店に寄ってきたらしく、手には袋が下げられている。相変わらず、やや間のぬけた顔のクマのぬいぐるみはその傍らにあった。
 七重はぺこりと頭を下げたあと、ソファへと腰をおろす。売店で買ってきた袋をあけ、なかから何故かソーイングセットと脱脂綿を取り出した。ソーイングセットの中身を、ローテーブルの上にきちんと並べるその様と、厳かな表情でクマのぬいぐるみと向かいあい、ため息のあと、自らの膝の上にうつ伏せにし、ハサミをシャキシャキと動かすその様は、さながら手術を思わせる。
「……」
「……」
 何をするのだろうと黙って見守っていると、視線に気がついたのか七重は顔をあげた。視線が交差する。
「え……と、これは……」
 見つめられていることに対する僅かな動揺が伝わってくる。表情にはほとんど変化は見られないが、声音と言葉でわかる。
「いや、いいよ」
 気にしないで続けて、僕は気にしていないからと城ヶ崎は思っていることをそのまま口にした。すると、七重は僅かに小首を傾げ、考えるような仕種を見せたあと、城ヶ崎を見つめた。どうやら、事情を話してくれるらしい。素直に言葉を待った。
「いえ、あの、聞いてください。実は……」
 七重はクマのぬいぐるみとソーイングセットを買うまでの経緯を語った。要点のみの簡単なものだが、十分に意味は通じる。
 それによると、七重はレストランで食事をしたななこと出会い、ぬいぐるみを預けられ、ぬいぐるみを持った不審な人々を見かけるようになり、インターネットルームでいろいろと調べ、そこで若い男に出会い、ぬいぐるみのなかに何かが入っているらしいことを知るに至ったらしい。そして、行く先々にちらちらと見え隠れしていたぬいぐるみを持った謎の存在はそれを狙っているという。
「なるほどね」
 軽く何度か頷く。
「いや、それで納得がいったよ」
 城ヶ崎は手でクマのぬいぐるみを示し、作業を促す。自分のことは気にせずに中身を確認してほしい。なかに何が入っているのか興味もあるし。
 事情を説明したあと七重は作業を再開する。ハサミを縫い目に近づけ、ちょきんと切った。そこから糸を丁寧に解き、ざくりと割れた背中に手を入れ、詰められている綿を取り出す。……何かを見つけたらしい。七重の手がぴたりと止まる。
 ややあってその手がクマのぬいぐるみのなかから取り出したものは、ガラス製の小瓶だった。
「液体のようだね」
 透明の瓶であるため、中身が見える。小さな瓶の六分目まで入っているそれは透明の液体だった。
「そうですね。……」
 何か思うところがあるのか、七重は僅かに瓶を揺らしながら中身を見つめる。
「こうしてみると水のように見えるねぇ。それで、七重くんはこれをどうするつもりなのかな?」
「とりあえず……」
 七重は室内を見回した。そして、姿見の前に置いてある小さな瓶を手に取る。それの中身が空であることを確認したあと、小瓶の蓋を慎重に開き、中身を移した。空となった小瓶のなかには水を入れる。
「本物を持ち歩くのは危険なので、偽物を。話をした若い男の人が信用できそうならば、本物を渡そうと思います」
「……大丈夫そうだね」
 七重のなかで考えが決まっていて、なおかつそれが妥当だと思われるならば、自分が口を出すまでもない。場合によっては参考になる意見をと思ったが、それを口にする必要性は感じられなかった。
「僕はちょっと出るけど、構わないかな? それほど遅くにはならないつもりだが……先に休んでいてくれていい」
 遅くなるつもりはないが、万が一、遅くなった場合、七重はいつまでも起きて待っていそうな気がする。だから、先にそう告げておく。
「わかりました」
 七重なりに思うところはあるのだろうが、何も問わずに頷いた。城ヶ崎はその言葉と頷きを確認したあと、部屋をあとにした。
 
 広い船内、4000人近い人数から目的の人物を探し出す。
 それは非常に困難なことではあるが、相手の目的を承知している場合はその限りではない。
「こんばんは」
 目立たぬ物陰で壁に背を預け、船倉へと続く扉がある通路で人の流れを見つめていると、思ったとおり彼女が姿を現した。
「きゃあっ……あ、ああ……」
「驚かせてすまないが、悲鳴は勘弁願いたいね」
 城ヶ崎は苦笑いを浮かべ、言った。若い女性の悲鳴は、それだけで十分な武器だといえる。その悲鳴ひとつで、相手の男は何もしていなくても、何かをしたと疑われるのだ。
「すみません、あの、私、全然、気がついていなくて……」
 それは見ればわかる。胸に手を添え、小さく息をつくその仕種に、こちらへの注意はまったくしていなかったことを知る。どうやら、彼女はひとつのことを考えると他に気がまわらなくなるタイプらしい。良く言えば、集中力がある。悪く言えば、ひとつのことしかできない。
「でも、どうしてここに?」
 あまり人が通るような場所ではない。わざわざ足を運ぶような場所でもないので、不思議そうな顔で見つめられてもそれは仕方がなかった。
「何か力になれないかと思ってね」
 城ヶ崎は茶封筒を取り出すと、すっと差し出した。
「あ……!」
「とりあえず、返そうか。申し訳ないが、中身は確認させてもらっている」
「いえ、どうもありがとうございます。どこでなくしてしまったんだろうって思っていたんです」
「写真の男、写真の品を追っているのだろうが……普通の、若い娘さんがやるようなことではないねぇ。……事情を話してもらえるかな?」
 ややあって、彼女はこくりと頷いた。
「封筒のなかの三つの品物は、とある博物館で飾られていたものと、近々飾られる予定のものです」
 そして、やや厳かな表情で切り出す。
「個人所有の品物でしたが、寄贈していただけることになりました。南条さん……その写真の人なんですが、その人は博物館と所有者さんとの間に立って、話をつける……言ってみれば、仲買人のようなことをしているわけなんですが、ふと三上さんがあることに気づいて……あ、三上さんというのは、博物館の人です」
 三上。手紙を書いたと思われる人物で、その手紙によれば、目の前の彼女と同じように三つの品のうちのひとつを陸路を追っているはずだ。
「博物館に並んでいるものが、どうも本物ではないらしい、と。もちろん、博物館に展示する際に複製を作る場合もあります」
「そうだね。むしろ、そういった場合が多いだろう」
 城ヶ崎は頷く。本物は劣化を防ぐために保存、展示は複製であることが一般的ともいえる。
「ええ……でも、今回の場合はそうではなくて……どうやら、本物であった展示品がすりかえられているみたいなんです……」
「なるほど。そのすりかえられた可能性のある品物が、写真のあれらか」
「はい。そのすりかえられた品物が南条さんによって持ち出され、売りさばかれているみたいなんです。南条さんはなかなか慎重な人で、隙を見せなかったんですが……どうにか、今回の情報を掴みました。沖縄でそういった裏側の取引が行われるらしいんです」
 慎重という言葉を聞き、城ヶ崎は小さく唸った。
 慎重な人間が、素人の尾行に気づかず、取引をするという話を堂々と人が多い場所で口にするものだろうか?
 それだけ余裕がある、もしくは彼女のことなど歯牙にもかけていないということなのか。しかし、いずれにせよ、少し気になるところではある。
「まだ、疑惑でしかないから、あまり騒ぎ立てるわけにもいかなくて……とにかく、証拠を押さえようと、今回、私と三上さんは動きました」
「目的は、品物を奪い返すこと……ではないだろうね?」
 確認のために訊ねてみる。若い女性がひとりであの男とその連れに立ち向かい、品物を奪還することは、かなり難しいと思われた。
「はい。取引をされる前に、運んでいる品物を押さえることができれば、これほど嬉しいことはありません。けれど、私にはそれはちょっと……だから、せめて証拠となるような写真だけでも撮れたらと思っています」
「よかった。奪還を考えているなら、それは……と思っていたが、さすがにそこまでの無理はしないらしいね。いや、相手の数は多いからね。無茶はしない方がいい」
 おそらく大変なことになるだろうから。城ヶ崎の言葉に彼女は頷く。
「……でも、どうして……力になってくれようと?」
「品物に興味もあるし、こうして出会ったのも縁というものだからね」
 そう言うと、彼女は小さく息をつき、改めて城ヶ崎を見つめた。
「ありがとうございます。……うまくやれるのかなってすごく不安で……緊張で倒れそうだったんですよ」
 笑いながら冗談のように言ってはいるが、それは本当なのかもしれない。その笑みは少し無理をしているような印象を受けた。
「……そう、僕は城ヶ崎という」
 船倉に向かって歩きだしたところで、ふと思い出したように名乗る。そういえば、彼女の名前を聞いてはいない。
「私は弥生です。夏目弥生といいます」
 少しは緊張のほぐれた笑みを見せ、彼女……弥生は言った。
 
 船倉へと続く扉はスタッフオンリーと書かれてはいたものの、誰かが立っているということはなく、鍵がかかっているということもなかった。
「わりと簡単に行けるものなんですね」
「ああ、そうだね」
 扉は問題なく通り抜けることはできたが、まだ目的地に辿り着いたわけではない。
「確か、第二倉庫……えーと」
 扉を通り抜けた先の壁に船倉の構造を示すプレートがあった。それを見つめ、第二倉庫を探す。結構な数の部屋にわかれているようだが、それのおかげで迷うこともない。第二倉庫の位置を確認し、向かった。途中、誰に出会うこともなく、第二倉庫の扉の前まで来ることができた。
「このなかですね……」
「鍵は……あいているようだね」
 城ヶ崎は第二倉庫の扉の鍵がかかっていないことを確認したあと、向かい側にある扉に手をかけた。力を込める。……扉は開かなかった。
「城ヶ崎さん……?」
「いや、なんでもない。行こうか」
 他の扉には鍵がかかっている。ここだけがかかっていないというのも……取引のために、あけてある可能性もあるが、やはり罠の可能性も捨てきれない。
 扉を開き、なかの様子をうかがう。人の気配がするならば、また出方も変わるというものだが、幸い、人の気配はなかった。足を踏み入れ、倉庫内を見回す。照明はほとんど落とされていて、明るくはない。だが、真っ暗というわけではないから、倉庫内の様子はおぼろげながらわかる。そこそこ広い空間に、棚がいくつか設置され、そこに荷物が整然と並べられている。
「えーと……この辺りで品物を見せるとしたら……どこに隠れるのがいいのかしら」
 弥生は倉庫内を歩き、配置を見てまわる。品物を見せそうなひらけた場所を見つけると、身を隠すのに適した場所を探しはじめる。身を隠しつつ、写真を撮ろうというわけだから、位置はなかなかに重要だ。
 城ヶ崎は弥生の行動を見守ったあと、少し離れた場所に立つ。そして、手を伸ばすと宙に何かを描くように小振りに、しかし複雑に腕を動かす。指揮者のそれに似た動きにより、虚空に描きだされる絵文字……シジルによって発動される力は違う。
「……」
 城ヶ崎は手を止めると瞼を閉じる。鏡が話に聞くように本当にいわくのある品であり、何かが宿っているものであるというのならば、何かしらの反応を示すはず。周囲に働く異質な力を探査するこの力に。
 水面に水滴を垂らすように、自らの意識を周囲へと拡大させる。そのなかで、異質な波形を捉える。
 その方向へと歩を進め、異質な波形を放つ存在へと近づく。そして、棚に並ぶとあるスーツケースの前へと辿り着いた。目の前のそれが異質な波形を放っている。
 スーツケースには鍵がかかっているため、中身を確認することはできない。だが、目の前のそれが放つ気配は、正か負かの二つでわけるとすれば、負。禍々しさを感じる。しかし、それは激しいものではなく、どこかゆるやかで落ちついている。例えるならば、眠っているような……そんな状態。
「城ヶ崎さん? ……あ、そこにいたんですね」
 弥生が歩いてきた。すると、スーツケースのなかから感じる気配が微妙に変わった。少しずつその気配、存在感が強まっているような気がする。
 女性に反応する……?
「何かありましたか?」
 さらに弥生は歩いてくる。スーツケースのなかの気配はさらに強く、激しくなる。
「いや、何もないよ」
 城ヶ崎はスーツケースから離れ、弥生のもとへと向かう。城ヶ崎がそうしたことで、弥生は足を止め、棚から開けた場所へと戻る。すると、スーツケースのなかの気配は落ちつき、静かなものへと変わった。
 スーツケースの中身は、話に聞いた鏡で間違いない。女性ばかりに不幸をもたらしているという話も事実とみていいだろう。そうなると、鏡を何らかの手段を用いて取り戻し、弥生が博物館へと持ち帰ることになったとしても、そこまでの身の安全は保証できない。不幸をもたらすという話に更なる信頼性を持たせる結果に終わる可能性もある。
「そろそろ時間ですね」
「ああ、そうだね。どこに隠れることにしたんだい?」
「ここに台があるので、きっと、ここで品物を見せると思うんです。だから……この辺りに隠れて、写真を撮ろうと」
 弥生は作業台を示したあと、少し離れた棚と棚の間へ移動する。しかし、その距離であると、スーツケースの中身は反応するかもしれない。
「近いな……」
「ここだと近いですか?」
「あ、いや……そうだね、もう少し離れた方がいい」
「じゃあ……このくらいなら……」
 弥生は作業台からさらに離れた。その程度ならば大丈夫かもしれない。城ヶ崎はこくりと頷いた。
「僕はこちらに隠れよう。何かあったら、僕が大きな音を立てるなり何なりして相手の注意を引きつける。そうしたら、キミは相手の隙を見て、躊躇わずにここから逃げだしなさい」
「え……?」
 弥生は不安げな顔で城ヶ崎を見つめる。
「キミのような若いお嬢さんが、少々、向こう見ずな連中に捕らえられた場合、カメラを取りあげられる、それだけでは済まない可能性が高いんだよ」
「でも、城ヶ崎さんだって無事には済みません!」
「多少、殴られるだけだよ」
 城ヶ崎はさらりと答える。
「そんな!」
「しかし、僕はキミに協力すると言った以上、キミが僕以上にひどい目に遭っているという光景は見たくはないんだよ。それでは、僕がキミを手助けをする意味がない」
「でも……」
「もし、キミが男で、僕のような立場だったらどうする? 僕と同じことを言ったのではないかな?」
 まあ、弥生は女だし、仮定すること自体に意味はなく、そんなことを言われても自分は女だからわからないと返してきたらそれまでなのだが、説得のために口にしてみる。
「……わかりました」
 弥生ははっとしたあとに、拳をぐっと握り、頷いた。
「うん。それに、それは最悪の場合だ。何もなければそのまま写真を撮り、あちらさんがここを去るまでじっとしていればいい」
 城ヶ崎は弥生を安心させるように穏やかな表情、口調でそう言った。そして、世の中とはえてして最悪な事態が起こりがちなのだがねと心のなかで付け足した。
 
時間が近づくと、倉庫の扉が開き、弥生が追っていた恰幅のいい男、南条が姿を現した。やはり数人の男を連れている。その男のうちのひとりが棚へと近づき、スーツケースを運び出してきた。城ヶ崎が目の前にしたあのスーツケースだった。
 南条が軽く顎で示し、スーツケースが開かれる。
 写真のうちのひとつ、鏡がそこに入っていた。
 それをこっそりと確認し、やはりと城ヶ崎は頷く。
 それからしばらくが過ぎ、扉が再び、開かれた。男がひとり現れる。お互いに何か言葉を交わしたあと、スーツケースの中身を見せる。
 そのとき、閃光がはしった。
「?!」
 誰もがはっとするなか、城ヶ崎はすっと腕を伸ばし、大きな動きで宙にシジルを描きだした。弥生が何かしらのミスを起こすことは、既に予測済みだ。
「なんだ、今のは……フラッシュか?」
 閃光の方向から弥生の位置などすぐに知れてしまうだろう。事実、数人の男たちは閃光の方向へと歩きだし、周囲をうかがっている。
「……」
 城ヶ崎の腕の動きが止まる。その瞬間、鏡が震え、僅かに反応を示したのだが、それに気づいた者は、果たしていたのか。
 パンパン。
 城ヶ崎は大きく手を打ち鳴らす。周囲の注意は音のする方向へと向いた。
 そのままゆっくりと歩き、棚の間から姿を現すと、注意は完全に自分の方へと向いた。弥生のすぐ近くまで迫っていた男も身体の向きを変え、戻ってくる。
 さあ、今が逃げるとき……戸惑わず、振り向かず、この部屋をあとに。鏡に宿る何かをその目に映さないように。城ヶ崎は弥生がこっそりと部屋をあとにすることを確認してから、改めて南条とその仲間へと向き直った。
「おまえは……何者だ? いや、何者でもいい。フィルムを渡してもらおうか。おとなしく差し出せば、乱暴なことはしない」
「残念だが、そんなものはないよ」
 城ヶ崎は肩を竦め、言った。それは、嘘ではない。フィルムを持っているのは弥生であり、自分ではない。
「しらばっくれやがって……どうします?」
 男のひとりが南条の指示を仰ぐ。南条が軽く顎で示すと、男たちはにやりと笑った。来るな……と城ヶ崎は僅かに目を細める。そして、ぱちんと指先を打ち鳴らす。それに反応するように、鏡から異様な妖気がたちのぼる。その妖気の強さは特別な力がない者にでも視覚化が可能なほどで、白い霧のような得体の知れないものが鏡をとりまき、それが次第に何かを形づくっていく。
「な、なんだ……?!」
 それは何本もの細く長い白い腕となり、するすると周囲へと伸びる。何かを捜し求めるように漂う白い腕に、叫ぶ者、逃げだす者、気を失う者……しかし、そのどの行動も取らずに、城ヶ崎へと向かってくる者もいる。
「!」
 城ヶ崎の指先の動きに反応し、白い腕は凄まじい反応速度で城ヶ崎へと向かってくる男へと伸びた。その身体に巻きつき、頬を撫でる。
「う、うう……あ……」
 男はがくりと力を失い、床へと倒れた。白い腕は尚も男に絡みついたままだったが、城ヶ崎が指で示すと、渋々といった様子でするりと男から離れた。
「それ以上は、やれないよ」
 死んでしまうからね……城ヶ崎は漂い、次なる標的を探す白い腕に呟いた。
 
 目の前に立つ者がいなくなったあと、鏡のなかへと白い腕は戻っていった。
「さて……」
 阻む者がいなくなったところで、城ヶ崎はスーツケースへと歩き、そのなかにある鏡を見つめる。
「あまり良くはないものだね。奪うばかりで与えるということをしない」
 鏡には何かが宿っている。かつては祀られていたものかもしれない。だが、長い時を経て、その鏡は神性を失っている。なのに、いや、だからこそ、力の代償、贄を求める力は一層に強まっている。もはや、何かに与える力はないというのに。
「こんなものを持っていると、身を滅ぼすことになりかねないよ」
 そして、作業台のわきで腰を抜かしている南条に向かい、そう言った。
 
 沖縄までの旅を終え、数日後の新聞に南条に関する記事が載っていた。
 博物館の展示品を横領、売り飛ばす。
 写真が証拠となり、南条はあっさりと罪を認めたとある。
 城ヶ崎は小さく息をつくと新聞を傍らへと置く。そして、封筒を手に取った。昨日に届いたその封書は弥生から。感謝の気持ちが記された手紙と共に、博物館の招待券が二枚ほど入っていた。
 やはり、ここはアレかねぇ。
 城ヶ崎は受話器を取ると番号を押す。
「もしもし。ああ、城ヶ崎ですが。……ん、七重くんか。実は、博物館の招待券をいただいてね……」
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】
【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、城ヶ崎さま。
納品が大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
能力はこんな感じでいいのかな……と手探り状態なのですが……。
招待券は二枚、尾神さまと博物館の展示品をお楽しみください。妙なものばかり並んでいる博物館だったりしますが(おい)
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。