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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
  
 小熊と名乗った青年が去ったあと、足元のカバンを軽くちょんと靴の先でつつく。
「ごちそうさま」
 それから、グラスの中身を飲み干すと椅子を立った。
 小熊さんか……。
 シュラインはプロムナードを歩きながら、考える。
 ちらりと見やった背格好からすると二十代前半……年齢から考えると大隈会長の三男があてはまりそうに思える。そして、なるべく穏便に済ませたいとなると、盗みは身内……血縁の犯行というのは考えすぎかしら?
 確か、大隈会長には三人の息子と二人の娘がいたはず。そう、次男が跡を継ぎ、長男は違う職業、二人の娘は嫁に出た。このあたりを知りたいと思うものの、乗船中の自分には調べることが難しい。大隈会長らが住む地元へ行き、聞き込みをすれば割合と簡単に割り出せそうなのだが……それは今の自分にはできない。
 しかし、何故、沖縄に着いたら終わるのか?
 沖縄ではあのクマのぬいぐるみを手にしている彼らの仲間が多数待ち受けているのか……ふとクマのぬいぐるみを持っているスーツな輩がずらりと並んでいる光景を想像してみる。……吹き出しそうになった。
 ぬいぐるみは100個の限定生産、誕生祝いの記念品。手に入れられる人間は大隈会長の誕生祝いのパーティに出席したものだけだと思われる。そう考えると、内部で分裂、やはり血縁ではなかったとしても、企業内のいざこざではあるように思える。
 このぬいぐるみがななこの手に渡ったことは、小熊の言うとおり偶然で計画外のことなのだろう。そして、こうして自分の手に渡っていることも、もちろん、計画外のことなのだろう。
 まったく杜撰な計画だわ……もう少し、周りに迷惑をかけないようにやりなさい……というのも、また違うか。
 プロムナードを抜け、エレベータを使い、自室へと戻ってくる。
 ヘアピンはどうだろう?
 屈み、そっと確かめる。
 ヘアピンはそのままの状態だった。とりあえず、侵入者はいないらしい。ふぅと息をつき、カードを使って扉を開く。
 念のため、室内を軽く眺めてから足を踏み入れる。そして、カバンからねこきちを取り出し、改めてしげしげと見つめた。
 ……やっぱり、気が抜ける顔だわ。
 しかし、このなかには、もしかしたら新製品に関するものが入っているのかもしれない。それに関するものではなくとも、大の大人が恥も外聞も捨て、クマのぬいぐるみを持って歩き回るほどに欲しがるものが入っている。……女性ならともかく中年男性にコレはどうあっても似合わない。
 ねこきちをソファに置き、今度はカバンの側面に手をやる。そこから小型の録音機を取り出し、少しばかり戻して再生させる。
『それ、盗まれたんだ。大隈から。僕はね、それを取り戻したい。できれば、穏便に』
『交渉しようというわけ?』
『そう。取引相手として、あいつらよりは、幾分かマシだと思うよ。一応、正当な理由もある』
 かちり。録音機を止める。
 音声は良好。
 癖で持ち歩いているものが役には立ったものの……しかし、癖で持ち歩いている辺りに問題があるような気がした。休暇のつもりがまったく休暇になっていない。無意識のうちに気分は仕事モードになっている自分……。
 もはや、骨の髄まで興信所の女なのかもしれない……シュラインはこめかみに手を添えると深く大きなため息をついた。
 
 客室に変化がないことと、音声を確かめたあと、ねこきちをカバンに詰めて再び部屋をあとにする。
 向かう先は、ななこの客室。
 勝手にねこきちの相棒を自分から小熊に変えるわけにはいかないし、ねこきちのなかにあるものが新製品に関したものの場合、渡す相手によってはななこの父親の会社にも何かしらの影響があるかもしれない。
 頭に客船内部の立体地図を思い浮かべ、なるべく人通りの少なそうなルートを割り出す。相手が手を出してくることを考えた場合、人通りが多いルートを選ぶべきなのかもしれないが、そこはそれ。自分の聴覚能力を生かすならば、人通りが少ない方がいい。それに、人通りが多い場所では相手がそれを逆に利用して、カバンを奪い、人込みに紛れて逃走するということも考えられる。
 気配や靴音に注意しながら、ななこの客室の前へ。
 遠く、隠れるように物陰にクマのぬいぐるみを持った男の姿を見かけたが、それくらいで特に話しかけられることも妨害を受けることもなく、扉の前まで辿り着いた。
 扉を叩く。
 しばらくして扉が開いた。ななこの父親、桐山が姿を現す。
「はい……ああ、あなたは」
 桐山は一瞬の間を置いたあと、穏やかな表情へと変えた。
「こんにちは」
 シュラインはにこりと愛想の良い笑みを浮かべたあと、ほんの少し首を傾げる。
「お忙しいとは思いますが、少しばかりお時間をいただけます?」
「ええ、構いませんよ。……すみません、ななこが余計なものを渡してしまって。結構、がさばるでしょう?」
 桐山は室内にシュラインを招きつつ、カバンから少し……いや、かなりはみ出しているねこきちを見やり、苦笑いを浮かべた。
「いいえ。……ななこちゃんは?」
 室内にななこの姿は見えない。ふとそれに気づき問いかけてみる。
「疲れたのか、眠ってしまって」
 桐山の視線の先、ベッドではななこがすやすやと安らかな寝息をたてていた。子供の特有の愛らしさに思わず目を細め、口許を緩める。
「それで、いったい……ああ、それがお邪魔なら、私が」
 うまくななこに返しておきますと桐山は言う。だが、用件はそうではない。
「いえ、返しに来たというわけではなくて……でも、これに関するおはなしです」
 ソファに腰をおろしたあと、ねこきちを取り出す。
「はぁ?」
「とりあえず、これを聞いてください」
 シュラインは録音機を再生する。自分と小熊の会話が流れた。桐山は不思議そうな顔で、それでも何も言わずに再生される音声に耳を傾けている。
「……片方は、私の声です。もう片方の声に聞き覚えはありませんか?」
 かちりと録音機を止め、桐山へと問う。微妙な表情で首を傾げる仕種から、まったく聞き覚えないわけでないと踏み、さらに小熊の外見を説明してみることにした。
「年齢は二十代前半。十代後半ということも考えられます。中肉中背で、髪の色は黒、顔つきはどちらかといえば、温和な印象を与える方だと思います」
 あまり良くは見ていないから、ホクロがどうだとか口がどうだったということは言えない。しかし、年齢を告げることで幅は狭くなったはずだ。シュラインは桐山の返答を待つ。
「二十代前半……確かに、声に聞き覚えはあるんですよ」
 なるほど。では、名前を告げてみよう。シュラインは小熊の名前……おそらく偽名であるそれを告げた。
「小熊北斗と名乗っていました」
「小熊……大隈さんなら知っているけれど……ん、大隈さんかな?」
 シュラインはもう一度、録音機の音声を再生させる。それに耳を傾けた桐山は何度か頷いた。そして、言った。
「たぶん、大隈さんだ。声が似ている」
「大隈さん……か」
 シュラインは小さく呟く。大隈会長の息子だとすると、年齢的なものから三男となるのだが……三男の名前は、確か……。
「失礼ですが、そちらとはどういったお知り合いですか?」
「取引先の息子さんです。確か、まだ学生さんだったかな……しかし、どうして彼とあなたが? 会話の内容もなんだか微妙でしたが……」
「このぬいぐるみのなかに何かが……もしかしたら、新製品に関するものかもしれないものが入っているらしいんです」
 シュラインは傍らのねこきちを見やる。桐山もねこきちを見つめる。そして、難しい顔で小首を傾げた。
「そのなかに、ですか?」
「ええ。船のなかにこれと同じぬいぐるみを持った人が、それとなくいたことには気がつかれました?」
「……いえ。まったく。乗船してから、お得意様の接待に追われ、それに一段落ついたあとは、この部屋に。気がつきませんでした」
 結局のところ、ねこきちを持っていなければ彼らは姿を見せないのかもしれない。……まあ、彼らはねこきちに用があるのだから、そういうものかもしれないが。
「それは、大隈会長の誕生日祝いの席でいただいたもので、まさかなかにそんなものが……しかも、それを狙っている存在がいるとは……」
 そうだろう。まさかそんなものが入っているとは思わないだろう。自分も思っていなかったし。シュラインはうんうんと頷く。
「ななこがそんなものを持っていたら、大変なことに……! いや、あなたがすでに大変なことになっているのでは?」
 はっと気づいたという顔で桐山は言う。
「いえ、ちょっと驚きましたけど。大変なことにはなっていないです、今のところ」
 クマのぬいぐるみを持ったいい大人があちこちにいる光景を目撃したときはさすがにどうしようと思ったが、今のところ大事には至っていない。むしろ、ななこがこれを持っていなくてよかったと思う。子供であるから、下手をすれば相手が強引な手段に出ていた可能性もある。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいえ。このなかにあるものが新製品であったとして、音声の彼に渡すとする……桐山さんの会社には影響がありますか?」
「おそらくうちには影響はないと思います」
「わかりました」
 シュラインは小さく息をついた。小熊が大隈の三男であるならば、渡しても問題はなさそうに思える。あとは、ななこに確認を取るだけなのだが……ちらりと見やると、眠っていたななこが身体を起こしている。目元をこしこしと擦りながら、ちょんとベッドをおりて、歩いてきた。
「あれ、おねーさん……? ねこきち……?」
「おはよう、ななこちゃん」
 挨拶をするとななこはにこりと笑った。が、まだ眠そうに見える。
「ななこちゃん、あのね……」
「うん、なぁに、おねーさん?」
「小熊さんという独りぼっちの人がいるの。ねこきちを小熊さんに紹介してあげてもいいかな?」
「コグマさん? クマさんなんだ……でも、おねーさん、寂しくない?」
「私は、大丈夫よ」
 シュラインが微笑むとななこはにこりと笑った。
「うん。じゃあ、いいよ。クマのお友達だって。よかったね、ねこきち」
 いや、クマじゃなくて……小熊……まあ、クマみたいなものか……シュラインは苦笑いを浮かべ、ねこきちの頭を撫でるななこを見つめた。
 
 ななこの承諾を得たところで、次は小熊の客室へと向かう。
 客室の番号を確かめ、周囲を確認。人の気配を気にしつつ、乗務員が立っている通路を選ぶ。
 クマのぬいぐるみを持った彼らは増えているような気がしたが、手は出してこない。小熊の客室へと辿り着き、その扉を叩いた。
「はい……と、姐さんか。どうぞ、どうぞ」
 にこやかに出迎える小熊をちらりと見やり、それから客室へと足を踏み入れる。
「来てくれたってことは、決心がついたってことかな?」
「さあ、どうかしら」
 ねこきちを渡すかどうかはこれからの会話如何による。シュラインは小熊に勧められるままにソファに腰をおろした。
「いくつか訊ねたいことがあるの。これをあんたに渡した場合……ななこちゃんは安全かしら?」
「ああ、安全だね。彼らの目はあの子から離れるから」
 そうだろう。シュラインは返答に大きく頷いた。そして、続ける。
「大隈製薬の方はどうかしら?」
「安泰だよ。それが外部に渡ると困るんだ」
 なるほど。シュラインはうんうんと頷いた。そして、さらに続ける。
「七瀬くんの安全はどうかしら?」
「僕? 僕は……あれ? 姐さん……」
「大隈七瀬。大隈製薬会長の三男。大学生ね」
 シュラインの言葉に小熊はため息をつく。そして、やや力の抜けた笑みを浮かべた。
「ご名答。さすが、姐さん」
「最初から大隈の三男だって言えばよかったじゃないの」
「そう言ったら、信じてくれた?」
「……それとこれとは別の問題ね」
 コホン。シュラインは咳払いをする真似をした。
「今は信じてくれているんだよね? ……じゃあ、事情を簡単にだけど、話しておこうかな。姐さんにはもうわかっているかもしれないけど。……これは開発中のものでね、ある所員が外へ持ち出そうとした。しかし、管理の問題で持ち出すことは難しかった」
「そこで、ぬいぐるみに入れて持ち出すことを考えた……」
 シュラインが続けると、大隈はこくりと頷いた。
「ところが、ぬいぐるみは関係のない桐山さんの手に渡り、今は姐さんが持っている」
「で、あんたは大隈製薬の人間で、それを取り戻しに来た……」
「そう。本当は兄貴が来るはずだったんだけど。兄貴も所謂、探偵ってヤツで。草間さんの話は聞いてます。姐さんのことも」
「……知っていたの?」
 こくん。大隈は頷く。
「噂に聞いているくらいだったけど」
「噂って……」
 どんな噂なのか。知りたいような、知りたくないような……。
「それで、それは渡してくれるのかな?」
「ええ。だけど、これを狙っている人はかなりの数、いるみたいだけど……自分の身の安全はどうなの?」
 改めて前にする大隈は、腕っぷしが強そうには見えない。どう見ても乱闘が得意そうには思えなかった。
「そこで、姐さんにお願いがふたつあるんだけど……」
「……なに?」
「ひとつは、その中身を取り出したあとに、もとどおりに縫うこと。……いや、僕、そういうのまるでダメなもんで……まさか、内臓でちゃってるような状態であの子に返すわけにはいかないし」
 確かに、背中をあけたあと、綿が出ているような状態でななこに返すわけにはいかないだろう。
「仕方がないわね。いいわ、それは引き受けてあげる。もうひとつは?」
「わーい、ありがとう。もうひとつは……」
 
 沖縄へと辿り着く。
 下船の間際、大隈に会い、小瓶を差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、姐さん。この礼はするよ」
 ねこきちのなかにあったものは、ガラスの小瓶。その中身を別の小瓶へと入れかえ、本物を預けられた。それを手にしていることで、多少の緊張はあったものの、ねこきちを手放したあとは、クマのぬいぐるみを持ち歩いている不審人物の注目を集めることもなかった。
「それはいいけど……大丈夫?」
 大隈の目の周りには痣ができている。これはねこきちを渡した日にはなかったものだ。この痣が彼の辿った道を表しているような気がした。
「ははは……いや、最後にがつんとやられちゃって……瓶、奪われちゃった」
「……」
「姐さんに預けておいてよかったよ。じゃあ、姐さん、また縁があったら!」
 大隈は大きく手を振り、去って行く。
「……」
 気をつけなさいよ、もっと……シュラインはやや引きつった笑みを浮かべつつ、大隈を見送った。
 
 興信所へと帰り着く。
 久しぶりの我が家……いや、仕事場。しかし、何故だろう、休暇だったはずなのに、なんだかそんな気分ではないのは。
「よう、おかえり」
「おかえりなさい」
「ただいま、武彦さん、零ちゃん。留守中、何事もなかった……わけじゃないみたいね……」
 戻ってきた興信所はいつにも増して雑然としていた。特に、気になるものは入口付近を占領しているダンボールの山。
「これは?」
「おまえ宛てだよ」
「え?」
 差し出された伝票を見やる。住所は確かに興信所のもの。しかし、名前はシュライン・エマ様となっている。送り主は、大隈製薬。
「……なんなのかしら、こんなにいっぱい……まさか」
 新開発の育毛剤……?!
 そんなものはいらない……不安にかられつつ、ダンボールをあけてみる。
「あら……」
 中身はシャンプーだった。他の箱をあけるとリンスが入っていた。さらに他の箱をあけるとボディシャンプーが入っていた。
「……風呂セットか? おまえ、何をしたんだ?」
 箱を覗き込んだ草間は小首を傾げる。
「フローラルの香りみたいですね」
「……」
 お礼なのかもしれないけど……とてもひとりで使い切れる量ではなかった。
 
 それからしばらくの間、草間興信所にはフローラルのいい香りが漂っていたという。
「あ、なんかここ、爽やかな香りがしますね」
「……」
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、エマさま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
エマさまならば録音機は普段から所持していてもおかしくはない……むしろ所持しているような気がして(←独断と偏見)最初の段階で録音させていただきました。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。