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<東京怪談・PCゲームノベル>


しあわせのかたち〜恋はご多忙申し上げます

 カラン、カラン…

 ドアの上に取り付けた、古ぼけた小さな鐘が来訪者を知らせてくれる。
うん、やっぱりいい音。村から持ってきた甲斐があったわ。
 あ、いけない。鐘がなったということは、お客様なんだわ。

ー…いらっしゃいませ!

 私はくるっと振り向いて、極上の笑顔を浮かべた。
記念すべき最初のお客さまだもの、大切にしなくっちゃ。

ー…あら?

 私は笑顔を浮かべたまま、首をかしげた。
だって…その、記念すべき第一号さんが…浮かない顔をしてるんだもの。
もしかして…何か悩みでもあるのかしら。それなら、私の出番だわ。
むしろその為に、この店を開いたといっても過言じゃないわ。
 そういうことで、私は内心張り切ってこう言った。

ー…お客様、何か悩み事でもお有りですか?
  私は、この店の店主、ルーリィ。
  もしよければ…私に話してくださいませんか?


                  ◆



 その女性は、穏やかな声で、自分の名前はラレーヌ・マグダラレナだと言った。
…何だか、舌を噛みそうな名前ね。でもこんなこと言うと失礼だわ。
よぅし、レーネって呼ぼう。
 私は一人で勝手に決めて、にこにこと笑った。ラレーヌ…レーネもつられて笑った。
悪い人じゃあなさそうだ。
 彼女は日本人には見えなかったけれど、彼女の日本語はとても流暢だった。
もしかして、そういう仕事をしているのかしら。
歳もまだ若いだろう。私とそう変わらないかもしれない。
…私なんかとは大違いなほど、豊満な体をしていたけれど。
レーネが笑うたびに揺れる彼女の胸を、私は羨ましそうに見つめてしまう。
彼女は大きな眼鏡をかけ、おっとりとした笑顔を常に浮かべていた。
 私は、彼女に出したと同じ紅茶の入ったカップを手で遊びながら、ふと尋ねた。
「それで?レーネはどうやってこの店を知ったの?」
 私からいつの間にか敬語が抜けていた。レーネの人柄がそうさせたのかもしれない。
突然ついた愛称に彼女も少し目を丸くしたが、気にしないように続けてくれた。
私としてはかなり有難い。
「…それは…どういう意味かしら?」
 私の質問がよく分からなかったようで、首をかしげている。
「ああ。ここ、住宅街のはしっこにあるでしょう。ただでさえ静かなところだし、殆ど目にかけてもらえないのよね。
まあ、そこが良かったから、この場所を選んだんだけど…」
「そうでしたか…確かに、ここはあまり賑やかなところではありませんですしね。
でもわたくし、そういう雰囲気好きですわ」
「そう?良かった」
 えへへ、と笑うと彼女も一緒に笑ってくれる。
うん、彼女は『いい人』だ。もちろん、私の価値観に添ってだけど。
「そうですね…わたくし、噂を聞いたんですの」
「…うわさ?」
「えぇ。何でしょう…魔女の雑貨屋があるとか。わたくし、そういうものに少し興味があったもので…。
こちらに足を運んだのですわ」
「へぇ…」
 私は少し驚いて彼女を見つめた。
あまりそういう風には見えなかったけど、人はやはり見かけによらないものね。
「あなたも…その、オカルト的なものに興味があるの?」
「え?いえ…そういうわけではありませんわ」
「そう…」
 私は嬉しいやら悲しいやら、少し複雑な心境だった。
世の中に存在しているオカルト的な魔女とは、私たちは少し違った生き方をしているのだから。
「ええ。正確に言うとわたくしではありませんの」
「…と、いうと?」
 私が聞き返すと、彼女は少し恥らうように頬を赤くして言った。
「私の、想い人ですわ」
 …想い人?
 顔にクエスチョンマークが浮かんだ私をいぶかしむように、
「…ルーリィ様?想い人というのはですね…要するに、わたくしの好きな殿方ということですわ」
「ああ!」
 私は、ぽんっと手を打った。
成る程、そういう意味ね。そう言って貰えれば、私にもわかるわよ。
「ええ…わたくし祖国フランスで、とある男性に恋をしましたの。
勿論、叶わぬ恋でしたけど…わたくし、修道院に籍を置いていたのですが、彼が恋しくて、遂に飛び出してしまいました」
「へ、へえ…」
 私は内心かなり驚いて、彼女を見つめていた。
このおっとりした笑顔の裏に、そんな激しい情熱があるとは…。
「で、彼は日本に?」
「えぇ、そのようですの。それで日本に来たものの、彼の手がかりがなくて…偶然この店の噂を耳にしたものですから」
 私はそこで疑問に感じ、尋ねてみた。
「あれ?何故、この店の噂を聞いたからなの?この店は至って普通の雑貨屋よ、…少し毛色が違うものもあるけれど。
その男性が魔法だか魔女だかに関係していない限り…」
「えぇ、そうなんですの」
 …あっ、そうか。
私はやっと気がつき、飲み込みが遅い自分を呪った。
「先程も言いましたが、彼が…その、魔術に関係しているのですわ。
彼は魔術師でして、こちらに寄ったことがあるのではないかと思いまして…」
「そう…でも残念だけど、この店はついこの間開店したばかりなの。それに、多分その男性と私たちはあまり関係がないと思うわ」
「…私たち?」
「あ、まあ、気にしないで。あはは」
 私は口を滑らせたことを後悔しながら、笑って誤魔化した。
「…?よく分かりませんが、そのようですね…ルーリィ様があの方をご存知というわけでもなさそうですし」
 レーネはシュン、として肩を落とした。その様子を見て、私は胸が疼く。
きっと、僅かな手がかりを求めてここに来たんだ。勝手も分からない異国で、一人ぼっちで。
 …力になって、あげたいなあ…
そうよ、元々私はこういう人の手助けをするために、日本に来たんじゃない。
言えば、格好のチャンスってやつよ。…少し違うかしら?まあいいわ。
 私は意志を固めると、意気込んで身を乗り出した。
「…ねえ、レーネ。その彼のことについて…もっと知りたい?」
 私の言葉に、ハッと顔をあげる彼女。
「それは…勿論、叶うのでしたら。でも…」
「あのね…もしかしたら、私、あなたの役に立つかもしれないわ。
この店はね、元々、その為に作ったの。魔女の雑貨屋って言われるのには理由があるのよ」
 私は一呼吸おいて、神妙な顔になって話し出した。
「私はね、魔女なの。でもね、まだ一人前じゃないから、日本で修行してる真っ最中なのよ」
「…修行?」
「ええ。あなたみたいな悩みを持った人に、私が魔法を吹き込んだ特別な道具を作るの。それが私の修行。
勿論、まだ半人前だから、かなり不安定だけど…あなた、それでもいい?それでも、彼のことが知りたいの?」
 私はじっと彼女を見つめる。実を言うと、かなりの賭けだった。
だって…この『修行』は、このレーネが第一号なんだもの。
 でも彼女は、思慮深い瞳でじっと私を見つめ、そして頷いた。
「……はい。半人前でも0.3人前でも結構ですわ。わたくし、どんな手がかりでもいいのですから。
…ルーリィ様は特別な道具を作れると仰いましたわね。
ならば…あの方の居場所を教えてくれるような道具は、作れるでしょうか?」
 彼女は真剣な面持ちでそう言った。私にはわかる、かなり緊張しているのだろう。
そもそも、いきなり魔女だと名乗って信じてもらえた事が奇跡みたいなものだ。
 だから、私はにっこり微笑んで、こう言った。
「オーケイ、任せといて。そうね…そうしたら、3日後にまた来てくれる?最高の道具を用意しておくわ」










 そして3日後。
また、あの古ぼけた鐘が鳴った。
私が振り向くと、そこには見知った顔…レーネが、あの穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
「…お久しぶりです、ルーリィ様。約束の道具は出来ましたかしら?」
 私は満面の笑みを浮かべて答えた。
「ええ、もっちろん。さあ、こっちに来て」
 私は店の奥にあるカウンターのほうに彼女を誘った。
そして、もったいぶった手つきでカウンターの中をまさぐって、
「じゃじゃーん!今週のビックリトキメキメカー!」
 声を同時にバッと『それ』を彼女の目の前にだした。
「……………?」
 レーネはポカンとして私を見つめている。
あれっ…もしかして、私ハズしたっ!?
 私は内心焦りながら、笑って誤魔化すことにした。もう、なかったことにしてしまえ。
「あははは…ごほんごほん。まあいいから、これを見て」
 私はカウンターの上に『それ』を置いた。レーネは珍しそうにそれを覗き込む。
「…ぬいぐるみ、でしょうか?犬…ですわね」
 彼女が適切な表現をしてくれたように、『それ』は犬のぬいぐるみだった。
体長15センチほどの小さい犬。犬種はゴールデンデトリーバー、毛並みは茶色。ちなみに名前はジョン。
「触っても大丈夫よ。動いたりはしないから」
 …今は、ね。
と心の中で付け足す。
 レーネは不思議そうな顔で、犬の頭を撫で、変哲もないぬいぐるみだと分かると、その豊満な胸で抱いた。
「…かわいいですわね」
「そう?ジョンも喜ぶわ」
「それで…これが、その道具ですの?」
「ええ、そう」
 私は満足そうに頷いて、指を振りながら説明する。
「…犬はね、人間の何倍も嗅覚が発達してるの。目があまりよくない分、鼻が利くのね。
でも実物大のものじゃあ、連れて歩くのに大変でしょう。人目も引くしね。
だからその程度の大きさのものにしたの。それなら、かばんの中にも入るわよね」
「ええ…そうですね」
 それが何か?と言いたげな目で私を見つめる。
「まあ、百聞は一見に如かず、よ。とりあえず見ててね、いい?」
 私はそういってから、おもむろにジョンの鼻先に、自分の手のひらを押し付けた。
先ほどまで実験をしていたから、『魔法臭さ』は十分に染み付いている。…もちろんジョンにしか分からない範囲で。
 私の手のひらが近づいたと思うと、とたんにジョンの顔が変わった。鼻の上にしわが寄り、子犬のような甲高い声で吠え始めた。
「…………!」
 レーネの目が真ん丸く見開かれた。
 私はジョンが吠え始めたのを確認してから、自分の手をさっと引っ込める。しかし興奮したジョンは私に向かって、更に吠え立てた。本物の犬と変わらない声量にしてあるから、かなり煩い。
 私は苦笑しながら、
「…レーネ。ジョンの頭を撫でであげてくれる?」
「え、ええ」
 レーネが恐る恐るジョンの頭を撫でると、やがて鼻の上のしわは元に戻り、見る見るうちに生気をなくし、もとのぬいぐるみへと変わった。
「……これは…」
「えへへ、もう分かったでしょ。この子はね、云わば魔法探索器なの。半径1メートル内で魔法の気を探知したら、すかさず吼え始めるわ。
あなたの彼が今どんなことをしてるかは知らないけど…一度ついた気はそう簡単には取れないわ。
勿論、彼と彼じゃない魔法の気を見極めるのは出来ないけど…でも、手がかりにはなると思うの。
ちなみに元に戻すときは、頭を撫でてあげてね。安心するから」
「…………。」
 彼女は、すっかり元のぬいぐるみになったジョンを見下ろして、感嘆のため息をついた。
「もちろん、元がぬいぐるみだから餌や排泄の必要はないし、散歩もいらないわ。でも、あまり自分から離さないであげてね」
 私はクスクスと笑った。
「彼、寂しがりやで甘えん坊なのよ。まだ子犬だから」
 レーネは、驚いたように私を見て、それからジョンを見下ろし、そしてクスッと笑った。
「…そうね。大切に致しますわ。あの方の手がかりになりそうですし…」
 そして、私を見てニッコリと微笑んで、
「それにわたくし、犬は大好きですの。かわいいペットが出来て嬉しいわ」
「…それは良かった」
 そういって、私も微笑みで返した。






 そして暫く雑談をした後、レーネは自分のかばんにジョンを入れ、店のドアを開けた。
ふと思い出したように振り返って、こう言った。
「いつになるか分かりませんが…もし、あの方と再会したら」
「……ん?」
 私は首を傾げた。
「…そのときは、彼と一緒に、またここへ訪れてもよろしいかしら」
 私はその言葉を聞き、少し目を丸くした。
そしてにっこりを笑い、手を振りながら言った。
「もっちろん。また、遊びに来てね。そのときはジョンの恋人も用意しておくわ」
「…よろしくおねがいしますね」
 フフ、と柔らかい微笑を残して、ドアが閉まった。

 私はそれを見送って、心の中で祈った。
どうか、彼女がー…しあわせになりますように、と。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3393 / ラレーヌ・マグダラレナ / 女性 / 17 / シスター見習い(宿屋の娘)】

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■         ライター通信          ■
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 ラレーヌさん、初めまして。今回は参加有難う御座いました。
勝手に愛称をつけてしまって申し訳ありません。
ノベルともどもお気に召して貰えると大変嬉しいです。

またどこかでお目見えできることを祈って。