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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
 
 ため息をついてばかりもいられない。
「弥生さん、医務室ではお世話になりました。ありがとうございます」
 ごそごそと身体の自由を奪う縄の具合を確かめながら昴は言った。
「え? 私の名前を……?」
「ああ、医務室で先生にお聞きしたんです。そうしたら、夏目弥生さんだと。お礼を言おうと思っていたのですが、まさかこんな状況でのお礼になるとは思いませんでした」
 苦笑い気味な笑顔でそう言うと、弥生も似たような笑みを浮かべた。
「それに、先程は……その、他意があったわけでは、決して……いえ、とにかくすみませんでした」
 先程の非礼を詫びる。あれは決してわざとではない。位置的にちょうどよかっただけ……と正直にいうのも失礼なので、それは黙っておいた。
「それは……いいんです、私の方こそごめんなさい。その……半ば反射で……頬、ちょっと腫れてます……」
「いえいえ、それは。自業自得ですから」
 しかし、ひねりの効いた素晴らしい、まさに会心の一撃でした……将来有望(?)です……昴は心のなかで呟く。
「とりあえず、この部屋には他に誰もいないようですが……」
 腕を動かし、隙間を作りながら昴は周囲を見回す。室内には自分と弥生のふたりのみで、他に人の気配はない。縄は特殊な縛り方をしているわけではないらしく、腕を動かせば動かすほどに締めつけられる……ということもなかった。動かせば動かすほど隙間が大きくなる。
「向こうの部屋に数人がいるみたいです。時々、扉を開けてこちらの様子を見ています。……本当にごめんなさい。私のせいで」
 責任を感じているのか、弥生は痛々しいまでに思い詰めた表情で言う。
「それは……」
 昴は言いかけ、口を噤む。それから、表情を明るいものへと変えた。
「よかったら事情を話してくださいませんか? 状況を理解すれば、現状を打破する手掛かりがみつかるかもしれません」
 気にするなと言ったところで気にするだろう。だから、言葉を変えてみる。
「……」
「時間はそれなりにありそうですから。もちろん、言いたくなければ無理強いはしません。ですが、その場合は俺の身の上話を聞いてもらいますよ」
 強引に話してしまいますからねと昴は微笑む。すると、弥生の表情が緩んだ。
「それも楽しそうだけど……わかりました、おはなしします。こうなってしまった以上、あなたには知る権利がありますから」
 緩めた表情をやや引き締め、弥生は言う。
「私はとある博物館でお手伝いをしている学生です」
 それは馴染みのハッカーから聞いている。封筒やその情報のこともあり、ある程度の事情は予測しているが、黙って話を聞くことにした。
「その博物館に展示されているものが、本物から偽物にすりかえられているらしい疑惑が浮上しました」
「展示品が、すりかえられる……?」
 弥生はこくりと頷いた。
「そうなんです。調べていくうちに、ある人に行き着きました」
 その男は、南条。あの写真の男なのだろう。
「南条という男です」
 すると思ったとおり、弥生の口から飛び出したものは、その名前だった。
「すりかえた品物を独自のルートで売り払っているらしいんですが、南条さんはなかなか慎重な人で、尻尾を見せません。証拠を押さえることができなかったんですが、今回、沖縄で取引をするらしい情報を得ました」
「なるほど……弥生さんは、その証拠を押さえるために、この船に乗り込み、そして、そのための行動をしていた……しかし、相手に気づかれてしまったんですね?」
 追いかけられているということは、そういうことなのだろう。問いかけると弥生は小さく頷いた。
「今回、沖縄で取引される品物は三つで、そのうちのひとつを南条本人が運んでいるらしいんです。もうひとつは陸路で南条の部下である別の男が運んでいます。それは三上さんが追っています」
「三上さん?」
「あ、博物館の人で、疑惑に最初に気づいた人です。もうひとつは誰がどうやって運んでいるのかを掴むことはできませんでした。南条はまるで口にしなかったので」
 もうひとつの品。
 月読は自分たちと弥生とが関わることを告げた。そして、荘および自分たちが持っているトランクを見せた。
 繋がらぬものを見せるわけがない。
 そうなると……。
「あの……?」
「あ、いえ、少しばかり考えごとを。それで、弥生さんはどんな証拠を掴んだんですか?」
「え……いえ、まだ……何も……」
「証拠を掴んだわけではない……?」
 弥生は頷いた。証拠を掴んだわけではないのに、追われ、囚われている。弥生の尾行をうるさく思い、先手を打ったのだろうか。だが、証拠を押さえられたのでなければ、知らぬ存ぜぬという態度で通した方が賢明に思える。
「追われていたのは、どうしてですか?」
「それが……私はまだ何もしていないんです。御子柴さんが……あ、御子柴さんは……協力をしてくれると言ってくれた人なんですが……」
「……」
 そうか、弥生はまだ自分たちの関係を知らないのか……昴はそれでも敢えてそこでは口を出さず、話を聞いた。
「その御子柴さんが、今日は行動を起こさないように、と。だから、部屋まで送ってもらってから、今日はもうこのままおとなしくしていようと思ったんです。そうしたら、ルームサービスが。私はすでに夕食を終えていましたし、そんなものは頼んでいなかったので間違いだと告げようとして……」
「扉を開けたら、彼らだった、と」
「はい……一応、確認はしたんです。でも上着が乗務員さんだったから……さすがに下までは確認しなくて……」
「いや、下までは確認できないでしょう。あの小さい覗き穴からでは。それでは騙されても仕方がないです」
 扉の小さな穴から相手を確認したのであれば、仕方がない。相手が用意周到に上着まで着ていたら騙されてしまうというものだ。
「どうにか、突き飛ばして逃げだしたんです。そのあとで、あなたに会って……今は、こういう状況です」
「わかりました」
 昴は厳かに頷いた。話に一段落がついたところで、扉が開かれた。男のひとりが顔を出す。定期確認の時間らしい。
「おとなしくしているな?」
「ええ、もちろん。おとなしくしていましたよ」
 昴は言い、すくっと立ち上がる。全身を縛っていた縄は解けて床へぽとりと落ちた。
「なっ?!」
「基本的に」
 言いながら、驚いている扉口の男へと近づく。右手に気を集中させながら、にこやかな表情で男の肩に触れる。
「ああいう縛り方は、縛ったうちに入りません」
「うわっ」
 触れられた瞬間に男は、ただ触れられたとは思えない勢いで吹っ飛び、壁へと背中を打ちつける。小さく呻くと動かなくなった。
「なんだ?!」
 音に気がついた男が顔をあげる。……そのまま強制的に眠ってもらうことにした。
 
 部屋は、ふたつ。
 自分と弥生が縛られていた部屋と、隣の部屋。広さとしては、隣の部屋の方が広い。
 改めて部屋のなかを見回す。
 しかし、そこには男がふたり転がっているだけで、他には誰の姿もない。写真の男、南条の姿もなかった。
「……?」
 弥生の話では数人いるとのことだったが……まあ、好都合なのか。昴は倒れている男のそばにナイフを見つけた。手入れの行き届いたなかなかにいいナイフだ。男のものなのだろうが、少しばかり失敬して、弥生のもとへと戻る。
「なんだかすごい音と鈍い音がしましたけど……」
「ああ、気にしないでください。動かないでくださいね、今、縄を切りますから」
 昴はナイフでさくりと縄を切った。やはり、切れ味はいい。それはその場に置いておき、弥生に手を貸す。このままここから逃げだすことはたやすい。……他には誰もいないのだから。
「ここは……その南条という男の部屋ですよね」
「ええ……」
「もしかしたら、部屋のなかに運んでいるという品があるかもしれませんね……」
 顎に手を添え、昴は言う。その品物を押さえることができれば、それはこの上ない証拠であるはず。
「誰もいないことだし、少し探してみませんか?」
「え?」
「俺は隣の部屋を探してみます。弥生さんはこの部屋を探してみてください」
「あ、はい」
 弥生は縛られていた部屋のなかの探索をはじめる。昴は隣の部屋へと行き、それらしいものを隠しそうな場所をあたった。
 とりあえず、王道は……枕の下?
 ……なかった。
 ならば、ベッドの下? それとも、換気口のなか? はたまた、冷蔵庫のなか?
 いろいろと探してみたが、それらしいものは、ない。
「あ!」
 隣の部屋から小さな声があがる。何かを見つけたのかもしれない。昴は弥生のいる部屋へと戻った。
「あ、これ、これです……!」
 弥生が手にしているものは、写真にある鏡だった。
「みつかったんですね。それを持って……」
 そのとき、月読が突然、反応した。それは、鏡に操られるように陰惨な事件を起こす女性の光景。服装や雰囲気からそれが遙か昔のことだとわかる。しかし、さらに陰惨な光景は続く。鏡に宿るものが何人もの女性を操り、その時代、その時代で事件を起こしてきたことを知った。
「いけない、その鏡を手放して……!」
 警告を発するも、遅かったらしい。弥生は確かに鏡を手放した。ぽとりと落とすように。だが、ゆっくりと昴の方へと向けたその表情は先程の弥生のものとは違う。もとより華やかさを持つ女性だとは思っていたが、華やかさを行き過ぎ、艶やかな女性となっている。人とは思えないような、妖艶な表情を昴に向けた。
「……」
 どう見ても憑かれている。どうしたら……と息を呑む昴に弥生が近づく。弥生は微笑をたたえながら昴へと手を伸ばす。その手が触れた途端、背筋がぞくりとし、全身に脱力をおぼえた。
 そのため、弥生が全身を任せてくると、支えきれずに倒れた。
「うっ……大丈夫ですか……」
 弥生に声をかけるも、弥生は相変わらずの状態で頬に手を添えてくる。大丈夫なのか問わなくてはならないのは、むしろ自分に対してかもと思いながら、鏡が転がっている方を見やる。そこには白いもやのようなものにおおわれた女の姿があった。その表情は妖艶にして、邪悪。鏡に宿る悪しき存在であり、弥生を操っている存在だとわかった。
 昴は徐々に力を失う感覚のなかで、意識をはっきりと保ち、傍らに落ちていたナイフに手を伸ばす。手入れの行き届いたナイフではあるが、所詮はただのナイフ。投げたところで、身体をすり抜けてしまう可能性が高い。
 だが。
 ナイフの気を込め、月読で砕破点を探る。そして、渾身の力を込め、ナイフを投げた。ナイフは女の腕をかき消し、すり抜けた。女は嘲りと余裕の笑みを浮かべ、昴を見つめていたが、もやがかき消えた女の腕を再生しようとするも、再生しない。徐々に女の全身を不確かなものへと変えていく。
「……あ」
 弥生の表情がもとへと戻った。昴を押し倒している状態に気づくと弥生はかっと頬を染め、慌てて昴から離れた。
「ご、ごめんなさい……私……」
「いや、これでおあいこですから……」
 昴が不可抗力だからと苦笑いを浮かべた瞬間、女が叫び声をあげた。その波動が周囲の物を粉砕する。
「きゃあっ」
 昴は頭を抱える弥生を左手で抱き寄せ、庇う。そして、右手でその身に宿る紅刃、『焔』を召還する。
「散れ!」
 その言葉と共に、力を発動させる。
 紅の刃が昴の意思に反応し、女を刺し貫く。女は腕を伸ばそうとしながらも、霧散した。その際に大きな衝撃を発し、周囲のものを吹き飛ばす。
「もう、大丈夫です……」
 女は姿を消した。傍らに落ちている鏡には僅かなひびが入っている。
「いったい、今のは……」
「鏡は、弥生さんが持たない方がいいかもしれないですね」
 もう大丈夫だとは思うが、それでも邪悪なものが宿っているもの。それだけで周囲へ影響を及ぼすだろう。昴は鏡を拾いあげ、隣の部屋へと歩きだす。
 扉口をくぐった途端。
 右から、左から、激しい衝撃に襲われる。
 弥生の悲鳴が響くなか、昴は意識を失った。
 
 沖縄へと辿り着く。
 鏡に宿るものとの戦いで、敵と勘違いした荘と弧月に左右から殴られ、医務室へと運ばれた。
 右と左から、顔面、しかも目のあたりに対する一撃。
 『焔』の力を使ったこともあって、疲労していた自分にはまるで避けることができず、素直にその一撃をいただいてしまった。目のまわりには青とも紫ともつかない微妙な色合いのあざができてしまったが、それでもかなりおさまった。
 鏡を見て、一瞬、パンダかもしれない……と思ったが、ふたりは気を遣ったのか、そのことに関しては一言も触れずにただ謝るのみだった。
「何を話しているんでしょうね」
 荘は少し離れたところで、弥生と話をしている。鏡を回収したあとは、彼女の護衛につき、沖縄に辿り着いたところで、今回の乗船理由であり、依頼であったトランクとその中身を届けることなく、彼女に渡している。三枚の写真のひとつ、桐の箱が入っているから、と。
「結局、依頼返上で。沖縄まで辿り着いて、あとは届けるだけなのに……彼女に渡してしまいましたね、トランク」
「何が大切なのか……ということかもしれませんね」
 依頼主との約束を守ることは、それはもちろん、言うまでもなく大切なこと。だが、それ以上に大切なことがある……そういうことなのだろう。その気持ちはわからなくはない。
「……そうですね」
「しかし、そうなると依頼料は手に入らないというわけで……客船の料金は手付金のようなものだから、これはさすがに返せとは言われないとしても……それでもマイナスかもしれませんね」
 弧月は苦笑いを浮かべ、言った。
「では、普通に沖縄旅行に来たということで」
 べつに自分はそれでも構わない。弥生のことも、パンダになった(?)ことも、いずれいい思い出になるだろう。
「そういうことで」
 そんなことを話していると、話を終えた荘が歩いてきた。
「さて、沖縄観光といきましょうか」
「そうしましょうか」
 答えて、歩きだす。
 昴は一度だけ、アトランティック・ブルー号を振り返った。
 そして、再び、歩きだした。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2093/天樹・昴(あまぎ・すばる)/男/21歳/大学生&喫茶店店長】
【1085/御子柴・荘(みこしば・しょう)/男/21歳/錬気士】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、天樹さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
ちょっとパンダになってしまいましたが……(汗)
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。