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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


悠久の列車



■ プロローグ

 今や都市伝説となりつつある――『悠久の列車』とは、終電の数時間後に駅のホームに入ってくる怪しげな電車のことだ。
 外観は電車――ではなく列車であり、動力は電気ではないらしい。しかしながら、蒸気というわけでもなく、ましてやディーゼルでもない、得体の知れない奇妙な列車なのだ。
 都心をぐるっと囲むように配備されている線路を走り回る悠久の列車はレトロないでたちで、近代的な日本のホームには不釣合いだ。

「目的不明、用途不明、この悠久の列車は一ヶ月前から各地で目撃されているようです」
 三下が調べ上げたことを編集長である碇・麗香に報告する。麗香は黙って報告に耳を傾ける。
「……以上です」
「以上ですって……三下君? それで報告したつもり? 目的不明、用途不明ですって? まるで、目新しい情報がないじゃないの!」
 麗香が報告書を破り捨てる。三下が「ひやぁぁぁぁ!!」と斬新な悲鳴を上げた。
「とにかく、もっと目撃情報を集めて、その列車に乗り込みなさい。いい? 分かった?」
「はひぃ……」
「まあ、一人で調べるのにも限界があるから、誰か――」
 麗香が編集部内を見回す。すかさず、社員たちがデスクにかじりつく。
 問答無用に麗香の指先が誰かを指名した。



■ アトラス編集部

 麗香が名探偵のごとく指差したその先には――犬がいた。
「あら、」
 いや、そこにいたのはただの犬ではない。テレパシーにより人間と意志の疎通を可能にする柴犬・ゴンスケであった。ゴンスケは首をかしげて麗香を見つめて、
「調査ですかわん?」
 そんなようなことを麗香に伝えた。
「採用!」
 麗香が声を上げて採用宣言をする。ゴンスケは「わん!」と返事をしてから三下の元へと駆けて行った。
「よおー、麗香、元気か?」
 その時、編集部へぶっきらぼうな口調の少年――伍宮・春華が姿を現した。
「あら、ちょうどいいところへ来たわね」
 麗香がニヤリと微笑み春華に近寄る。
「こんにちはー、って、あれ? なあ三下、何かあったのか?」
 社内の異様な雰囲気を感じ取った五代・真はすぐ近くにいた三下に尋ねてみた。
「え、えっと、それはですね――」
 手順の悪い三下の説明を真は聞いて、
「なるほど、つまりその悠久の列車とやらに乗り込んで調査を行なえばいいんだな?」
「……ま、まあ、そうなんですけど……」
 三下がオドオドとした様子で麗香を見やる。すると笑顔が返ってきた――逆に不気味である。
「こんにちは、麗香さん。おや? どうかしたんですか?」
 次いでやって来たのは相生・葵だ。
「ええ、実は調査員を募っていたところなのよ」
 指名していたの間違いだろう――社員の一人がそう呟いた。
「へぇ、悠久の列車か。いいよ、僕も参加しよう。他ならぬ麗香さんの頼みだからね」
 葵が微笑みながら調査への参加を承諾した。
「では、出発するわん!」
 ゴンスケが尻尾をフリフリさせながら駆け出した。
「あぁぁ、僕の財布がぁぁぁ〜〜〜!!」
 ズボンの後ろポケットに入れておいた三下の財布はいつの間にやらゴンスケが咥えていた。三下が迅速に身支度を整え、ゴンスケを追いかける。春華が笑いながらその後に続き、真は呆れながら歩き出し、葵は麗香に一礼してから静かに編集部を出て行った。



■ 列車内部へ

 都内のある駅にやってきた一行は、駅員に見つからないよう細心の注意を払いながら改札を乗り越え、どうにか駅のホームへ到着した。時刻表によると終電はとっくに出てしまっているようだ、午前を回っているのだからそれも当然だ。
 来るはずの電車を待っていてもしょうがないのだが、ゴンスケが以前、目撃した情報によるとこの時間帯に例の列車はやって来るらしい。
「どんな列車なんだろうなぁ、ちょっとワクワクするよなー」
 春華が声を抑えずはしゃぎだす。
「ん? どうした、三下? もしかして怖いのか?」
 真が、はははと笑いながら三下の背中を叩く。
「……れ、れっしゃって、まさか天国に向かうなんてことはありませんよね?」
 三下はジェットコースターが上昇していくのを待っているような心境らしく、どうにも落ち着かない様子だった。不安を加速させるような三下の想像は傍目に見てもネガティブだ。
「どうやら、何かやって来たようだけど……あれが悠久の列車なのかい?」
 葵がゴンスケを見る。
「間違いないわん。僕が見たのはあれだわん!」
 レトロな列車は乗れと言わんばかりに煙を噴出させ、一行の目の前に停止した。赤と黒を基調とした派手ではないがくっきりとしたデザインで、数百年前の時代にタイムスリップしたような感覚に陥る。だが、周囲の景観とのギャップが現実へ引き戻してくれる。
「さあ、乗り込もうよ」
 春華が何の迷いもなく列車の中へと入っていく。真と葵もそれに続くが三下は全身を震わせて今にも泣き出しそうな表情だった――が、ゴンスケが強制的に三下を列車の中へと引きずり込んだ(うなだれる三下のネクタイを引っ張った)。
 車内に入ってみると内装も外装と同じくアンティーク的な雰囲気があり、だがそれにしては真新しい内装でもあった。
「とりあえず機関室にでも行ってみるか?」
 真が提案すると、
「やっぱり、そこが一番気になるよなー。じゃあ、さっそく行ってみようぜ」
 春華が先頭を歩き出す。
「乗客がいたらインタビューしてみようよ。列車について何か解かるかもしれないしね」
 葵が車内を見回しながら言った。
「で、で、でも悪霊とかが襲ってきたらどうするんですかぁ?」
 三下は相変わらず平常心を乱しきっていた。これがデフォルトなのかもしれない。
「安心するわん! ボクが危険な乗客とそうでない普通の乗客を見分けてあげるわん!」
 ゴンスケがそう言うと三下はホッと胸をなでおろしていた。
 前の車両に移動すると最初の乗客が見つかった。普通の人間のようにも見えたが存在感がいかにも希薄であった。
「どうやら、悪い霊ではないようだわん」
「え、あれって幽霊なんですか、はわわわぁぁ」
「ほら、インタビューしないとネタにならないだろ?」
 そう言って怯える三下の背中を押す真。
「……あ、えっと、その……お時間よろしいですか?」
 混乱のあまり三下は微妙な挨拶で幽霊にコンタクトを図った。
「ん? あなたは人間ですか? 珍しいですね、ここに人間の方がいらっしゃるなんて」
 俯いていた幽霊が顔を上げた。目が虚ろで麻薬の常習者のような顔つきで、しかし物腰は穏やかだった。
「なあ、おっさん、この列車について何か知ってるか?」
 幽霊をおっさん呼ばわりしながら春華が向かいの座席に腰掛ける。ガタゴトと一定間隔で揺れ動く車内はいたって平穏だった。
「この、列車ですか……実のところ私にもよく解からないんですよ。ただ、いつの間にかこの列車に乗っていて、穏やかな気分で窓の外を眺めていたんです」
 幽霊の男は車窓から見える街の灯りを見つめながら言った。
「いつの間にか乗っていた……ですか。まったく、ミステリアスな列車ですね、おっと……」
 列車がアクセントの如く揺れ動いた。葵は側の吊革を握ってバランスを保つ。
「さあ、先へ進むわん!」
 あらかた話し終えた幽霊に霊を言い残して一行はゴンスケに誘導されて前の車両へと移動した。
「あはははっ、すっかり生前の記憶が飛んじまってなー。自分でもどうしてここにいるのかが解からんのさ。ただ、この列車は心地よくてな、天にも昇る気分とはこのことだな」
 二人分の座席を占領していた大柄な男の幽霊がそう大口を開けてインタビューに心地よく答えてくれた。しかし、肝心の列車の秘密については謎のままだ。一行はさらに前の車両へと向かう。
「それにしても、礼儀正しい幽霊が多いような気がしないか?」
 腕組みしながら一番後方を歩いていた真が疑問を口にした。
「言われてみるとそうだなぁ。せっかく刀を持ってきたのに、使う機会、なさそうだな」
 腰に差していた鞘入りの刀を触りながら春華が言った。
「きっと機関室に行ってみれば何か掴めるわん!」
 ゴンスケが意気揚々と前進する――悲鳴を上げる三下を引っ張りながら。



■ 列車の正体

 車両の数は途方もなかった。普通に考えて、車両が二十も三十も続くというのは奇妙な話であるが、この悠久の列車は得体の知れない列車なのだ、どんな不思議があったとしてもおかしくはない。
「なあ、前の車両ってさっきまでと違わないか?」
 春華が立ち止まって皆に問いかけた。
「ここからでは何ともいえないけど、確かに少し違うような気もするね」
 顎に手を当てて考え込む葵。
「行ってみるわん!」
「ひえええええ〜〜」
 相変わらず三下を引きずり回していたゴンスケが真っ先に駆け出した。

「どうやら、機関室みたいだな……しかし……」
 真が室内を見回す。バルブや配管が無数にあり、また何の数値を示しているのかはわからないが様々な種類のメーターがあった。
「誰もいないなぁ、これってどうやって動かしてるんだろうな?」
 そう――機関室には人がいなかった。その先の車掌室も無人で、一体、どのような原理で動いているのかまったく不可解であった。
「……この、貼り紙は?」
 葵が壁の貼り紙に気がつき接近する。おもむろに壁から取り外し、とりあえず三下に渡しておいた。
「何が書いてあるわん?」
 ゴンスケが三下に訊く。三下は全員を一瞥してから読み出した。
「……この列車――『悠久の列車』は職人である私の生涯最後の作品です。この列車には街に巣食う悪霊を浄化する役目があります。そして、悪霊から吸収した残滓をエネルギーとして走っているのです。おそらく、この列車に乗っている霊は皆、礼儀正しいことでしょう。ですが、これを読んでいるあなたが、この列車を不要と考えたのならば車掌室にある青いスイッチを押してください。ただ単に列車から降りたいのであれば赤いスイッチを押してください――えっと、以上です」
 三下は読み終えると深い溜息を吐いた。
「……だから、あんな幽霊しかいなかったのか、なるほどな」
 真が頷きながら窓の外に視線を投じる。
「で、どうしましょう?」
 三下が無意味な質問をするので春華が、
「けっこう楽しめたし、そろそろ降りようぜー」
 あははと笑いながら春華が一人先に車掌室へ向かった。
「三下クン、ちゃんと写真は撮ったわん? 記事だけじゃ説得力がないわん」
「麗香さんに頼まれたことだから、きちんと責務は果さないといけないよね」
 ゴンスケと葵が三下にそう促すと、
「……そ、そうだったぁぁ。これで、ロクな記事が書けなかったら……編集長に……シュレッダーはいやだぁぁ!!!」
 我に返った三下が絶叫しながら右往左往しだす。どうやら、列車よりも幽霊よりも麗香の方が怖いらしい。
「……ん? どうやら、スイッチを押したみたいだな」
 窓の外を眺めていた真は列車の動きが穏やかになっていくのを感じ取ったようだ。
 しばらくして春華がしたり顔で戻ってきた。
 列車は、次第にスピードを落としていった。汽笛を鳴らし、煙を吐き出しながら無人の駅へ到着――五人が降りると黒光りする悠久の列車は再び勢いよく走り出した。
「不思議な列車だったね」
 葵が列車を見送りながら言った。
「また、乗ってみたいよな」
 春華は列車が随分と気に入ったようだった。
「三下クン、帰ったらさっそく原稿だわん!」
 ゴンスケが駅の木製ベンチに座っている三下のもとへと駆け寄る。
「ん? 三下、どうしたんだ?」
 真が三下の様子がおかしいことに気づき、声を掛けると、
「……ぼ、ぼく、乗り物酔いが酷くって……」
 三下は星空の下、オェーと怪獣のような呻き声を轟かせた。
 悠久の列車がそれに応えるかのように汽笛を響かせた――。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1892/伍宮・春華/男/75歳/中学生】
【1335/五代・真/男/20歳/便利屋】
【2705/柴犬・ゴンスケ/男/305歳/旅柴犬】
【1072/相生・葵/男/22歳/ホスト】

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■         ライター通信          ■
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『悠久の列車』へご参加くださいましてありがとうございます。担当ライターの周防ツカサです。
皆さん、総じて探索自体を楽しみたい、というようなプレイングでしたので、オチの方、若干悩んだのですがこのような形に仕上げてみました。
もっとレトロ感を出したかったのですが、なかなか難しいものですね。 
ご意見、ご要望等などありましたら、どんどんお申し付けください。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141