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【 閑話休題 - 雨と願いの御伽噺 - 】
からん、からん。
渇いた音が店の中に響き渡って、久しぶりの客の姿を確認する。
外は雨。天気の良い日なら、この時間の店はにぎわっていることが多いのだが、あいにく今日は閑古鳥が鳴き出しそうな店の様子。
「いらっしゃい」
来店者に声をかけて、ファーは拭いていたマグカップを棚にしまうと、水を用意して客がどこに腰をおろすのか待った。
店に入ってきた客は女性。
「どこでもいいのかしら?」
「ああ。好きなところに座ってくれ。どこでも空いているからな」
コーヒーを飲み、本を読んでいる客が一人、二人いるぐらいで、どこでも席は空いている。少々濡れてしまった鞄をハンドタオルで拭きながら、カウンターに腰をおろした。
「雨、ひどいわね」
「そうだな」
相手は客なのだから、敬語を使うのが礼儀ではないのか。ウエイターの態度を相変わらずだと思いながら、女性はため息を漏らした。
働いている先、外国語教室の講師が半分以上ダウンしてしまい、急遽臨時休校となってしまった。
信じられないほど空いてしまった時間。特にこの後予定が入っているわけでもないから、家に帰ってしまえばよいとも考えたが、どこか癪にさわる。
せっかく一度家を出たというのに、こんなに早い時間に帰るなんてごめんだ。
だからといって、雨の中一人で出歩くのも、面白くない。
「……貴方も、暇そーね」
店内を見渡してウエイターにそう告げると、ウエイターは首をかしげる。
「は?」
「いえ。私も突然暇を言い渡されたものだから、同じように見えたのよ。貴方と店の様子みてたら」
「客の相手をしている時点で、俺としては暇だと思ったことはないがな」
確かに今日の店は空いている。
それでも、今、目の前にしているのは客だ。客がいる限り、その客の相手をしている限り、どんなに暇でもそれも仕事なのだ。
「相変わらず、面白いわね。ファー」
思わず笑みが漏れる。この男はいつもこんな感じだ。
「仕事、首にでもなったのか? しえる。暇を言い渡されたなんて」
「冗談。この私が首になると思ったの?」
「……さぁな」
いたずらな笑みを浮かべながら、ファーが「注文は?」と促してくる。
「アールグレイを」
「わかった。少し待ってくれ」
作業をしているときのファーの目は真剣そのもので、けれどどこか楽しんでいるように感じる。普段、話をしているときの、無感情な表情とは変わって、ほんの少しだが感情を読み取れる一瞬。
しえるがそんなファーの様子をじっと見つめていると、
「用心して見てなくても、さすがに塩と砂糖は間違えないぞ」
「そんなんじゃないわよ」
静まりかえった店内に響くのは、洗物をしたり、ゆったりとした動作で手を動かしているファーの立てる音と、窓の外から響く雨音だけ。
BGMを何もかけていないため、雨の音ばかりが耳をつき、さらに暇を感じる。
「ねぇ……ファー。御伽噺でもしましょうか?」
「どうした、突然」
「暇なのよ」
本当に、本心から暇なのだろう。別に、忙しく働いているわけではないし、これが終わったらファーも紅茶でも飲もうかと思っていたところだ。
話に付き合っても支障はないし、むしろ話を聞いてみたいとも、思っている自分がいる。
「かまわないが」
「そ。じゃ、よく聞いていてね」
楽しそうに、やわらかな微笑みを浮かべたしえるが、そっと語りだす御伽噺。
それは――
◇ ◇ ◇
彼女――嘉神しえると出会ったのも、やはり雨の日だった。
その日も確か、突然雨が降ってきてしまって、客足は遠のくし、やることはないしでカウンターに腰をおろし、ファーは紅茶を飲んでいたのだ。
そこへ、軽快なカウベルが鳴って。
「もう、最低。どうして突然、雨なんて降ってくるのよ!」
憤りをこめた一言と、濡れた黒髪をハンドタオルで拭いている彼女を見た瞬間に、ファーはある人物と「同じ」ものを感じた。その人物が入ってきたのかと思い、振り返りその名を呼ぼうとまでしたが、どう見ても女性であり、何より長身でスタイルのよさが印象的だ。
「……いらっしゃい」
驚きを隠せないまま、とりあえず客なのだから、そう言わなければ。
口を出たいつもの一言に、「どこに座ってもいいのかしら?」とはっきりとした口調が返ってくる。
「ああ。好きなところに座ってくれ。誰もいないからな」
「確かにそうね。でもおいしそうな香りがしたから、きたの。おいしくて、暖かいもの、もらえるかしら?」
あまりに強いインパクトを与えられる女性で、戸惑ったのはファーだった。
思わずそんな強いインパクトに当てられて、じっと見つめてしまっていたのだろう。
女性は首をかしげながら、
「私の顔に、何かついてるかしら?」
「あ、いや……そういうわけじゃなく、あまりに、似ていたものだから」
受ける雰囲気が。かもし出されている輝きが。
強いて言えば――自分の知っている「人物」よりも、その輝きが強く印象に残るという点だけが、違う。
「似ている人? 私が」
「ああ。そいつは男で、あんたよりももっと、控えめな光を放っている印象を受けるんだが、その光自体はすごく似ている……気がする」
ファーが素直に女性に答えると、女性は納得したように口元に笑みを浮かべた。
「わかったわ。私、それの妹よ」
「え……妹?」
「ええ」
「いや、どちらかというと、背もあんたより低いから、あいつが弟かと……」
「これでも、妹よ。私は嘉神しえる、よろしくね」
苗字を聞いて納得した。間違いなく、兄妹のようだ。
「この店の店員のファーだ。お前の兄には、いつも世話になっている」
偶然が引き合わせたのか、一体どういう理由でこうなったのか。よくわからないが、多分、縁があったのだろう。
嬉しい縁だ。
ファーは心から、親友の妹を歓迎した。
◇ ◇ ◇
「むかーし昔、天界という所に天使の三姉妹がいました。長女は四枚翼の智天使、次女は六枚翼の熾天使、そして次女と双子の三女は座天使。三人は偉い天使様。天界でお仕事をします」
ふと、ファーが四枚の翼の智天使、というところで表情を変える。その様子を、しえるは見逃さなかった。
「永い永い時間三人は人間達を見守り続けました。三人は儚い時間を一生懸命に生きる人間が好きでした……智天使の長女は特に」
しえるの口調はかみしめるように、やわらかく、ときに鋭く。
「そしてある日決心します。『己も人となり傍で苦楽と共にしよう』その為、神様にお願いし転生の門を潜り人になりました」
御伽噺を語り聞かせるというよりも、過去を振り返っているような様子。
「姉が大好きだった妹ニ人も、姉を追いかけて人に……いつか巡り会える事を信じて」
「……その、妹二人は、姉に出会えたのか?」
やっと口を開いたファー。
「さてその後どうなったかは神様だけが知っています……終り」
しかし、その答えは見つからなかった。
「どう? 面白かった?」
しえるがファーの顔を覗き込むように、艶っぽい微笑みを浮かべて上目遣いに見上げる。
「興味深い話だ……俺の知り合いに、四枚の翼を背負った者がいるものだから、つい、重ねてしまったが」
「そう」
わざと、彼女はこんな話を聞かせてくれたのだろうか。
この御伽噺という名の、天使の物語に込められた、想いは一体どのようなものなのだろうか。
「……重い話だな」
「え?」
「その御伽噺の中には、すごく大切な「気持ち」が含まれていて、俺にはその全てを理解することは、できなかったかもしれない」
しえるは、思ってもいなかったファーからの言葉に、口をつけようと思っていたカップを離した。
「だが、その天使の気持ちは……わかるかもしれない」
「どんな?」
「……俺は、人ならざるものだ。ま、この翼を見ればわかるだろうが。だが、人として生きることを願った。そして今、完全に人として生きれているわけではないが、人にまぎれて生活している」
翼に触れ、ファーが憂いに帯びた表情を見せる。
「その中で得るものは多い。何より、人の心を感じることが、すごく心地よい。ときに、黒く、辛くなるような憎悪も含まれている時がある。でもそれ以上に、暖かい気持ちを運んでくれる」
しえるはじっと、そんなファーを見つめていた。
「だから……わかる。その天使たちがどうして、わざわざ人になったのか」
「……貴方も十分、重いもの抱えてるじゃない」
ポツリとつぶやいたしえるの一言は、ファーの耳まで届かないものだった。
それでよかった。別に聞いてほしくて言ったんじゃない。思わずつぶやいてしまった一言だったのだから。
「きっとその、妹二人も、姉に出会えたのだろうと、俺は思う」
「……どうして?」
「人として生きていると、強く「願う」ことが大切なのだと思わされる場面がたくさんある。そしてその強く「願った」ことは、結構叶うものだ。だから、多分、その妹二人も姉と出会うことを、人となり、強く「願った」。願いは必ず叶うと信じて」
しえるは先ほど口をつけようとしてやめたカップを、今度こそ口につけた。
「願いを叶えるためには、それなりの努力が必要で、辛い思いもしなければいけない場面がある」
アールグレイは香り高く、やわらかい口当たりでしえるを包み込む。
「だが……その先には必ず、願いを叶えた未来があるのだから、深く想い続けることができるのだと、俺は思う」
「まるで、自分がそういう体験をしたような、口調ね」
「……そうだな。記憶は失っているものの、俺は長く生きているようだからな」
ファーは笑って、そう、言って見せた。
◇ ◇ ◇
窓の外から聞こえる雨音が、雑踏に変わったと不思議に思い見てみると、雨はすっかりと止んでいた。
「雨が止んだな」
「あら、本当。これで帰りやすくなっていいわ」
「もう、帰るのか?」
「帰ってほしくない?」
しえるの艶っぽい笑顔で、冗談交じりにそんな言葉を返されて、返答に困るファー。
「冗談よ。また、お邪魔させてもらうわ」
「ああ。いつでもきてくれ」
ドアを開き、カウベルを軽快に鳴らす。
外に出ようと一歩踏み出したしえるへ、ファーが背中に一言。
「たまには、兄妹一緒に、顔を出してくれ」
せっかく、大切な、大好きな姉と――いや、兄と――めぐり合えたのだから。
今を、大切にしてほしい。
願いが叶った先の未来を、輝くものとしてほしい。
もしそのために、この場所が使われるのなら、願ってもないことだ。
「気が向いたらね」
ドアを開いて射しこむ光を背に受けるしえる。
その背中には――美しい六枚の翼が、うっすらと輝きを放っていた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖嘉神・しえる‖整理番号:2617 │ 性別:女性 │ 年齢:22歳 │ 職業:外国語教室講師
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、NPC「ファー」との一日を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注あ
りがとうございました!
こういうお話、大好きです!(笑)本当に、こんなお話に携わらせていただいて、
嬉しくて嬉しくて……。過去を抱える人がそれを乗り越えた今、希望に向かって
歩いている姿や、心理描写というのは、本当にきれいですよね。その綺麗なしえ
るさんの姿を描けていると、いいなぁと思います。
ファーとの出会い、勝手に書かせていただいちゃったのですが、イメージしてい
たものがあったら申し訳ないです。こんな出会いだったらいいなぁと思い、描か
せていただきました。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、いつでも紅茶館「浅葱」へお越しください。お待ちしております。
あすな 拝
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