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お人形さん’ｓの大ピンチっ！
仕事から帰ってきた草間武彦がドアを開けると、部屋には二人の少女が待っていた。
一人は、美しい翠の瞳に、緩やかなウェーブを保つ腰までの金髪。
もう一人は、綺麗な赤の瞳と、やはり緩やかなウェーブを描く銀の髪。
「……」
まあ、留守中に依頼にやってきて、誰もいないから待っていた……と考えられなくもないのだが。
武彦が固まった理由は人がいたことではなく――留守中に入ってきて寛いでいる常連もいることだし――少女たちの服装であった。
ごちゃっと狭苦しい草間興信所の部屋に酷く不似合いな、豪奢なドレスを身に纏っていたのだ。
ふわりとドレスを靡かせて、二人は優雅に礼をした。
「お帰りをお待ちしておりました」
「どうかあたくしたちの願いを聞いてくださいませ」
「一体どんな依頼なんだ？」
こんな普通ではない少女たちが持ち掛けてくる依頼だ。絶対普通じゃないだろうなと心の中で溜息をつきつつ、だが無視するわけにもいかないので聞き返した。
「わたくしはアイリス・エルヴィア・コレット。とある人形博物館に展示されている人形の一人です」
「あたくしはエリアル・シルヴィア・コレット。あたくしもアイリスと同じく、人形ですの」
「人形…？」
目の前の二人の少女は、少なくとも、パッと見には人形に見えない。
「先日、わたくしたちの人形博物館に新しい人形が来たのです」
「ですがその人形は人に恨みを持っておりました」
「……その人形を倒して欲しいってことか？」
二人の人形はこくりと頷いた。
「わたくしたちたち以外の人形たちは皆、彼女に封印されてしまいました」
「悔しいのですけれど、あたくしたちだけではもうどうにもなりませんわ」
二人の少女はスッと腰を落とすと、まるで王を相手にするように深く頭を下げて、告げた。
「人間たちに被害が及ぶ前に」
「どうか、わたくしたちに皆様のお力をお貸し下さい」
◆ ◆ ◆
「あら、こんにちわ。今帰りですか？」
ちょうど仕事から帰ってきたところだった。ビルの前で声をかけられ振り向くと、榊船亜真知がにっこりと微笑んだ。
「ええ、仕事帰りなの」
そんな他愛もない会話をしながらドアを開けた途端。
何故か、武彦は、ピタリとその場に固まった。
シュラインと亜真知の二人は、人形だと名乗る二人のうちの片方に見覚えがあった。
「確か……以前お会いしましたよね」
亜真知の問いに、金髪の少女――アイリスがにこりと微笑んだ。だがその表情には翳りがある。
「はい。先日は大変お世話になりました」
ゆったりと礼をしたアイリスは、何を思ってかふいに瞳を伏せた。
「あの子たちも、大変に喜んでおりましたわ……」
「ええ。私もとっても楽しかったわ」
アイリスにつられて顔を俯かせたエリアルと、そしてアイリスと。シュラインは、二人に向かって明るく笑って見せる。
「絶対、助けましょうね」
シュラインの様子に多少なりと元気を取り戻したらしい二人は、微かながらも明るい様子の見える笑みを浮かべてくれた。
「まずは情報収集からでしょうか。そのお人形について聞かせてくれませんか？」
亜真知の問いとその答えを聞きながら、シュラインはアンティークドールに詳しそうな知人を頭に描く。数人、アテがあった。
「出掛けるなら一人置いていってくれるか？ 他の調査員に話す時に当人がいた方が良い」
武彦の言葉に、二人の人形はしばし顔を見合わせ、
「なら、わたくしがシュライン・エマ様と一緒に行きますわ。エリアルはあまり外が好きではありませんから」
アイリスの言葉は事実らしく、エリアルはムッとした様子を見せながらも言い返す気配がない。
「出掛ける前に……このままだとかなり目立ちますよね」
アイリスの姿を見つめ、亜真知が少々困ったような声で呟く。シュラインもそれに同意して小さく頷いた。
さすがにこのまま外に出ては悪目立ちしすぎる。だができれば、専門家の話を聞く時は直に目的の人形を知っているアイリスが直接話してくれるほうがありがたい。
シュラインの無言の逡巡に気付いたのか、アイリスはふわりとドレスを靡かせて軽くターンをした。
「これでは歩きにくいですよね？ 申し訳ありませんが、お洋服を貸して頂けますか？」
零の服を借りたアイリスとともに、シュラインと亜真知は情報収集へと出掛けていった。
◆ ◆ ◆
集った調査員たち六人――シュライン・エマ、榊船亜真知、海原みなも、シオン・レ・ハイ、黒・冥月、鹿沼デルフェスは、二人の人形を伴って、問題の人形博物館の前まで来ていた。
前日までのシュラインと亜真知の調査による情報では、彼の人形はフランス生まれ。何故人に恨みを持つようになったのかの経緯まではさすがにわからなかったが、ただ、一時期ずいぶん大事にされていたことがあったそうだ。
「その方、本当は人が好きなんですね」
「はい。だからこそ、なにかの理由で裏切られた時、憎しみも強くなってしまった……」
デルフェスの静かな呟きに、最初に頷いたのはみなもだった。
「でも意外だったわね」
話だけ聞いて、結局調査に参加しなかった一人――セフィア・アウルゲートのことを思い出して、シュラインが言う。
「ええ、わたくしもそう思います。セフィア様、お人形さんたちと仲が良さそうに見えたのに……」
亜真知もシュラインも、セフィアのことをよく知っているというわけではない。だが、これまでに数度人形博物館で見掛けた時のセフィアの様子はとても楽しそうで、人形たちを好いていたようだったから。
「その服……目立つんじゃないか？」
ふと。
冥月がそんなことを呟いた。
一同、示し合わせたわけではないが、視線を明後日の方向に向ける。わかっていたが、あまり突っ込みたくなかったのだ。
「人形には人形だろう？」
何故か可愛らしいウサギの着ぐるみ――遊園地などのアレではなく、お子様向け動物パジャマなどに近い雰囲気のもこもこ着ぐるみだ――を着込んだシオンは、至極真面目にそう言っているらしい。みなものような可愛い少女ならばともかく、大の男が着ている姿は……あまり見たくない。
アイリスとエリアルから聞いた人形博物館の構造を考えた結果、一行は従業員用の裏口から中に入ることに決めていた。
アイリスたちが持ち出していた鍵は、きちんと裏口の鍵穴に合ったはず。カチリと音がしたのを、シュラインは確かに聞いた。
「……妙だな」
扉を開けようとする直前、なにかに意識を集中していたらしい冥月が静かに告げた。
「何がですか？」
一行の視線が、冥月の元に集う。
「人間の大きさになれる人形は、他にもいるのか？」
「いいえ。自身の大きさを変えられるのはあたくしたち二人だけですわ」
「中に、誰かいるのですか……？」
メルヘンなうさぎ着ぐるみ姿で、シリアスに言うシオン。
「どう考えても人形サイズではない影が、中で動いている」
冥月の答えに、しばし沈黙がおり、それぞれに視線を交し合う。
「もしかして、問題のお人形さんも大きくなれるんでしょうか？」
シュラインは、改めて中の様子に聞き耳を立ててみるが、それらしき音は聞こえなかった。
「とにかく、用心して中に入りましょう」
そっと扉を開けると、中はどうも倉庫のようだった。
「ここには誰もいないのでしょうか……」
操られている人形たちを傷つけたくないし、できれば問題の人形も捕獲だけで事を収めたい。
そんなデルフェスの想いが滲んだ言葉に、みなもやシュライン、亜真知もそっと中の様子を警戒する。
「こちらに、向かってくるようだ」
影の探知に集中していた冥月が、中へと続く扉を指差す。
そして――
ゆっくりと、扉が開く。
「セフィアさん！？」
真っ直ぐに伸びる綺麗な金髪をした人形を肩に乗せ、姿を見せたのは結局依頼を受けないという結論を出したはずのセフィアであった。
「その人形ですわ！」
「セフィア様、どうして……」
バンっ！！
閉めたはずの外への扉が、勢いよく開いた。
「ん……この子が正しいとは思わないけど……味方するって決めたから……」
言って、セフィアはにこりと微笑を浮かべる。
セフィアを知らない冥月とシオンは、彼女の行動についてとやかく言う気はなかった。ただ、臨戦体勢を整えて、セフィアとの間合いを計る。
と。
「……相手は手強いですね」
何かにつまずいたらしい。勢いよくこけたシオンが、こけたそのままの体勢でシリアスに呟いた。とりあえず、突っ込む人間はいない。
何故、と。セフィアの行動の意図を問いただす時間はなかった。
シュライン、亜真知、みなもが問いを発する前に、冥月が動いたのだ。
セフィアの足もとの影が剣の形を為して、セフィア自身を襲う。だが、セフィアの元に辿り着く前に、影は光に照らされ消されてしまった。
誰もスイッチには触っていないはずなのに……突如、倉庫内の明かりが灯ったのだ。
もはや話し合う雰囲気ではなくなっていた。
みなもが霊水を取り出し霧に変えてめくらましとしたのを合図に、それぞれが動き出す。
倉庫内の物が次々と襲ってくるのは、おそらく人形のＰＫだろう。
「アイリス様、エリアル様」
「はい」
「任せてくださいな」
予想外の出来事はあったもののとりあえず当初の作戦通り、亜真知が二人の力を増幅させて敵の人形の能力を妨害してもらう。
ガタガタと、宙を待っていた物が落ちて行く。その隙間を縫って、シオンがセフィアと人形の元に辿り着く。だが、止めようとセフィアに触れた途端、シオンはその場に倒れこんだ。
「セフィア様、ごめんなさいね」
呟いて、デルフェスは換石の術を実行した。話を聞きたかったためゆっくりと進行させていたのが災いした。
セフィアは自らの武器を以ってデルフェスの足元を掬い、デルフェスがバランスを崩して意識がそれたことで換石の術も止まったのだ。セフィアが動けなくなったことには変わりないが、石化は足首程度まで。人形の方は無傷である。
セフィアを庇うように飛び出してきた人形の姿に、一行は確信した。
――説得ができる、と。
いつの間にやら敵の人形の真下に敷かれていたテーブルクロスが、アイリスの意思に従いふわりと宙を舞う。セフィアが動けなくなったことで焦っていたらしい。
シュラインによる人形捕獲案は見事に成功し、人形はあっさりと捕獲された。
「乱暴なことをしてしまって、すまなかったな」
いつの間に復活していたのか――そういえばシオンは人形とセフィアに一番接近していた――シオンが、そっと人形を抱きしめた。
「きちんと、お話ししましょう？」
セフィアにかけた換石の術を解いて、デルフェスが優しく人形の頭を撫でる。
人形が戸惑った様子でセフィアの方を振り返ると、セフィアはにこにこと笑っている。
ここまでに何があったのか、セフィアにはすっかり心を許しているらしいその人形は、セフィアの様子を見てとりあえず暴れるのを止めることにした様子。
拗ねたような表情でシオンの腕を飛び降りて、セフィアの傍へと戻っていった。
今すぐ恨みを捨てることはできないだろうけれど、この調子ならば今後の心配は必要なさそうだ。
セフィアの考えの本意はわからずとも、彼女の行動はどうやら良い方向に働いたらしい。
「何があっても変わらない味方がいるって、安心できるんですよね」
大切な家族を重ねて、みなもが告げた。
「そうね」
きっとあの人形は、ずっと人が好きであったに違いない。
恨んでいても結局本当には嫌いになれなくて……。
「せっかくですし、仲直りのお茶会をしましょう」
穏やかに笑った亜真知の提案に、反対する者はもちろんいなかった。
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登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
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整理番号｜ＰＣ名｜性別｜年齢｜職業
1593｜榊船・亜真知 ｜女｜999｜超高位次元知的生命体･･･神さま！？
3356｜シオン・レ・ハイ｜男｜42｜びんぼーＥｆｒｅｅｔ
0086｜シュライン・エマ｜女｜26｜翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
2778｜黒・冥月 ｜女｜20｜元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
1252｜海原・みなも ｜女｜13｜中学生
2181｜鹿沼・デルフェス｜女｜463｜アンティークショップ・レンの店員
2334｜セフィア・アウルゲート｜女｜316｜古本屋
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ライター通信
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こんにちわ、日向 葵です。
今回はお人形さんたちのピンチに駆けつけてくださり、どうもありがとうございました。
今度から博物館、お人形さん11人でしょうか……これ以上大所帯になったらどうしませう（笑）
（去るのか居つくのか考えてなかったり）
いつもお世話になっております。
毎度ながら気遣いに溢れた作戦に感心させられております。全ての作戦を表に出すことはできませんでしたが、見事人形の捕獲には成功しました。
どうもありがとうございました♪
ＯＰのライター通信で言っていたとおり、実はまだ後編があります。
夏が終わる前には出したいと思っておりますので、気が向いたらどうぞご参加下さいませ。
それでは、またお会いする機会がありましたら、その時はよろしくお願いします。
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