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天が哭いている
------<オープニング>--------------------------------------
どうして。
どうして…私がこんな目に合わなくてはならないの?
生きたかった。
笑って、泣いて、怒って。
そんな普通の生活がしたかったのに。
どうして――――?
雨が降る。
ザァザァと耳障りな音を伴って降り注ぐ滴は、不快な気持ちや、どこか懐かしい気持ちを駆り立てた。
此処1週間、ずっとこんな天気のままだ。
毎日毎日、朝から晩まで雨、雨、雨。
そんな豪雨の中草間から連絡を受けた者達は、びしょ濡れになりながらも興信所へやってきた。
体中から水を滴らせる来訪者の姿を見て身体を冷やして風邪をひいてはは大変だとタオルと着替えを抱えてあちこちを忙しそうに駆け回る零とは違い、草間は酷く不機嫌そうだった。
その草間正面には―――楽しそうに笑う、希望の姿。
何故か、彼の身体は濡れている様子すらなかったが…草間も、来訪者達も、それどころではなかった。
不機嫌そうに希望を睨みつけると、自分の肩を指差して一言。
「……『これ』は一体、なんなんだ?」
そう言った草間の肩の後ろには―――1人の、少女。
少女の華奢な身体の向こう側に、興信所の備え付けの棚が見え隠れしていた。…彼女は、既にこの世の生き物ではない存在なのだ。
日本人の見本のような黒い髪は脇ぐらいまでで、同じ色の瞳を長い睫毛が縁取っている。
黄色人種そのものな肌の色もあってか、少女はまるで日本人形のようだった。
そんな少女は紺色のブレザーを身に纏い、首には濃い紅色の蝶ネクタイをつけている。
膝丈ピッタリぐらいのプリーツスカートも合わせ、少女はどこか清楚なお嬢様的な雰囲気を漂わせていた。
「やー草間、よく似合ってるよー?
零ちゃんと合わせて両手に花ってところかなー?」
そんな草間を見てくすくすと笑う希望は、完全にからかうことしか考えていない。
それに瞳を一際釣り上げた草間は、机をバン!と叩いて立ち上がる。
その動きに合わせて、勢い良く突き飛ばされた椅子は濡れた床を滑り切って壁に激突し、ガタン!と大きな音を立てて横転した。
しかしそんなことを気にも止めず、草間は希望を睨みつけながら叫んだ。
「―――だから!これはお前が『持ってきた』ものだろう!?
何故わざわざ俺に『引き渡す』!?!?」
その叫びに、来訪者達は思わず首を傾げた。
『持ってきた』?『引き渡す』?
不可解すぎる言葉の羅列に戸惑う来訪者だが、希望は全く気にしていない様子で、楽しそうで、且つ説明的な口調で草間に言い返す。
「…そんなこと言ったって。俺だって出掛けに憑かれちゃったから好きで連れて歩いてたわけじゃないもーん。
それにさ、折角だから草間にパスした方が面白くなりそーじゃん?」
早速助けを呼んでくれたわけだし、とくつくつ笑いなが言う希望に、来訪者達は少しばかり事態を理解した。
希望は外を歩いているか何かしていた時にこの少女の霊に取り憑かれ、「面白そうだから草間に預けよう」と思い立ってここへやってきた。
で、草間に本当に霊を移し変えてしまった、と。
大雑把に言うなら、恐らくこんなところだろう。
どうやってやったかは不明だが、実際草間にこの少女の霊が移されてしまったことだけは確かな事実。
草間と希望の掛け合いに困ったように苦笑する零を見てから草間に視線を移すと、彼は痛そうにこめかみを抑えて身体を折って、ぽつりと呟いた。
「…しかもこの幽霊、困った事に意思の疎通が全く出来んのだ」
その言葉に驚いた面々は、一斉に少女の霊に視線を移す。
すると少女の霊は、今にも泣きそうに顔を歪め、ゆっくりとその赤い唇を動かした。
【私は日向。
霜月日向。
助けて。
私の身体を。
私―――殺された。
偶然その人を目撃してしまったから。
人が現れるなんて思ってなかったみたいで、その人、凄く驚いていた。
その人は大慌てで手に持っていた鋭いナイフを握り締め…私の胸を貫いたわ。
そして。
…そして…。
……私の身体を、どこかに隠してしまったの。
暗くて。
息苦しくて。
体中がとても痛いけれど、きっと生きていても指1本動かせない。
雨の音は聞こえるのに、太陽の光は見えないわ。
毎日毎日ザァザァ五月蝿いくらいで、湿気が満ちているのが体中で感じられる。
だけど、天から降る滴を目で捕らえることは出来ないの。
鳥の囀りは聞こえるのに、鳥の姿は見られない。
木々の囁きが聞こえるのに、あの優しい緑色を見ることはできない。
助けて。
『此処』から出して。
私を。
…私を、見つけて】
まるで鈴を転がすような声で歌うように一息で言ったかと思うと、少女…日向はまた黙り込んでしまった。
ただ前だけを見て、助けを請うように、じっと。
唐突な出来事に呆然とする来訪者達と日向を見比べ、草間は深々と溜息を吐く。
「…何を聞いても、ずっとそれだけしか言わなくてな」
ちなみに俺はそれを既に十回ほど聞いた、と肩を落とす草間に、希望はくく、と喉を鳴らして笑った。
「残念ながら俺にも彼女の死体が何処にあるかは検討つかなくてさー」
「それに俺達で出来ることにも限界があるしな。
済まないとは思ったのだが、お前達に手を借りることにしたんだ」
悪いが、手伝ってくれるか?と渋い顔で問いかける草間に、来訪者は顔を見合わせた。
限りなく情報が少ない上、肝心の幽霊は壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すだけ。
とはいえ、このまま放っておく事も出来ないだろう。
こくりと頷く面々に、草間は有り難いと微笑みかける。
「とりあえず名前は解っているから色々調べてはある。
資料は纏めてあるから必要なら持っていけ。
…とは言っても、今朝から昼までに急いで調べたものだから、色々と抜けている個所があるかもしれんから気になることがあったら俺に言うか、自力で調べるかしてくれ」
そう言って机の上に放ってあった書類を指差し、草間は疲れたように溜息を吐いた。
―――それにしても、不思議な幽霊だ。
霊感があまりない人間でも普通に見え、声までもがあそこまではっきりと聞こえるなんて。
あんなにはっきりしているのに、触れることができないだなんて。
喋ることができるのに、意思の疎通が出来ないだなんて。
ただ1つの内容だけを繰り返すことしか出来ないなんて、まるでその言葉だけを繰り返すようにプログラムされているみたいだ。
それとも…犯人を見つけて欲しいと言う意思が、ないのだろうか?
本当に、ただ、自分の死体を見つけて欲しいだけなのか…?
数々の疑問を生み出しつつ、日向は無言で宙を漂っていた。
【――――――助けて】
そう、たまに思い出したかのようにぽつりと繰り返しながら。
外は、未だに雨が降りつづけていた。
視界を遮る縦の線をじっと見つめている草間。
―――まるで、空が泣いているようだ、なんて。
らしくもなくロマンチックな考えが浮かんだ自分に、草間は思わず自嘲する。
…なんとなく下に向けた視界の端で、雨に打たれた色鮮やかな紫陽花と蕾をつけた柔らかな向日葵が、静かに揺れた。
【日向の資料に書かれていること】
(年齢・身辺状況等)
・日向のデータ・
名前:霜月・日向(しもつき・ひなた)
年齢:15歳
身長:162cm
都内の高校に通う高校1年生。
死んだ時期は不明。とは言え彼女の証言(?)の時期から大雑把に考え、6月頭〜6月後半辺りまでに殺された可能性高し。
家族構成は父・自分。母親は随分前に若い男と浮気して離婚しており現在は他人同然。
双子の妹がいるが、母親側に引き取られている。
父親の名前は「霜月・葵(しもつき・あおい)」。
葵はカメラマンをしており、あちこちに旅行に行ってはそのまま其処に何ヶ月も居座ることが多く、滅多に家に帰ってこない。
その代わり、隣人の老夫婦が親のように彼女の世話をしている。
健気で礼儀正しい、今時珍しい清楚で大人しいいい娘と近所では評判の少女だったようだ。
親同士の勝手な取り決めで、花白と会う事を禁止されている。
・双子の妹のデータ・
名前:八重・花白(やつのえ・かしろ)※母親の旧姓を名乗っています
年齢:15歳
身長:162cm
都内のセーラー服指定中学校に通う中学3年生。
日向が4月1日、花白が同年4月2日の生まれのため、学年は別々になっている。
家族構成は母・自分。父親とは離婚。浮気相手の男とも1年ともたず破局したため、現在母親に決まった相手はいない。
母親の名前は「八重・紫陽(やつのえ・しよう)」。
紫陽はフリーライターをしており、いつも部屋に閉じこもりきり。身の周りの世話もそぞろらしく、花白が家事を担当している。
近所では明るく快活で、見ている方まで元気になるようだと評判の少女。
紫陽はハーフらしく、髪の毛の色は遺伝から金髪をしている。瞳の色は父親からの遺伝で、日向と同じ真っ黒。
親同士の勝手な取り決めで、日向と会う事を禁止されている。
(その他)
○日向の失踪届は提出されていない。それどころか、彼女がいなくなっていると言う事実すらない状況のようだ。
○学校側にも問い合わせてみたが、「彼女は今日も学校に来ていますよ」と返されてしまった。どうやら『日向』は普通に学校に通っているらしい。
また、「最近彼女は病気がちなんですね。大丈夫ですか?」という証言も得ている。
○学友達の証言では、「たまに可笑しな態度をとることがあったけど、最近はそれがない」とのこと。
○1週間前、日向と花白らしき少女が一緒に歩いていたという目撃情報有。
○父親が旅行に出かけたのは2週間ほど前で、その時は日向は普通に父親を見送っていたという。
○また、彼女は一週間前の夕方頃、隣の老夫婦に「ちょっといつもの場所に出かけてくる」と告げて出かけ、翌朝には帰ってきていたらしい。
ただし、その『いつもの場所』がどこかは老夫婦も知らないらしい。
恐らく小さい頃の思い出に関係している場所なのだろう、と考えてはいるようだが…。
○父親と母親が離婚する一ヶ月ほど前、父親が母親ではない女性と腕を組んで歩いているのを目撃した人がいるらしい。
○母親は日向よりも花白のことを可愛がっており、むしろ日向のことは鬱陶しがっているくらいだったようだ。
――以上――
●推理はあくまで推測の域を出ず。
「暇つぶしに人界に降りてきたのだが…特に何をしようと思いつかんかったので来てみれば…人探し、か」
長い青銀色の髪をさらりとかき上げながら、空狐・焔樹はぽつりと呟いた。
「雨の中、来てみれば殺人事件…ですか」
青い髪をセーラー服の上で躍らせながら、海原・みなもが困ったように口を開く。
「ひらめき一番、電話は二番、三時の昼寝は日課なの♪
…のつもりが重い空が涙を流し、庭の紫陽花が騒ぐから興信所にお茶しに行ってみたら随分とシースルーな女の子発見しちゃったよ」
調子っぱずれな歌声を披露した後、外を眺めてから日向に視線を移し、楽しんでいるのか困ってるのかわからない笑みを浮かべて見せるのは、高台寺・孔志。
そんな三人を見て小さく笑ったシュライン・エマは、草間の肩付近をふわふわと漂う日向を見てぽつりと呟いた。
「なんていうか…オウムや九官鳥とかの鳥みたいなコね」
その言葉に、全員が思わず不思議そうに首を傾げ、孔志がどこかおどけた調子で口を開く。
「して、そのココロは?」
そのおどけた口調に周りから咎めるような視線を向けられて肩を竦める孔志。
が、当のエマはくすりと小さく笑うともう一度口を開く。
「覚えた言葉だけ繰り返し、飛んで気に入った肩に止まって。
そんな行動がそれっぽいな、なんて思ったの」
その言葉に、なるほど、と全員がどこか納得したように顔を見合わせた。
そして一旦空いた間を埋めるように、牙道・エオが口を開く。
「それで、私としては皆の意見を聞かせて欲しいんだけど。
勿論、そこの彼女の体の隠し場所や、犯人についての推理を、よ」
その言葉で、その場にいた全員がはっとして顔を引き締めた。
少々脱線しかかっていたが、今はここにいる日向の死体を探すことが目的だったのだ。
「それもそうね。
じゃあ、まずは皆の犯人について、推理を一人ずつ言ってみましょう?
考えてなかった人は考えてなかった、でいいわ」
エマが苦笑気味にそういうと、一番に口を開いたのは孔志だ。
「死んだ場所とか犯人とかはあんま詳しくは考えてないんだけどな。
ただ、データを見る限りじゃあ父親が外出した二週間前には確実に生存。
そんで、一週間前に花白らしき少女と歩いてたってのが気になる。
ましてや死んだはずの人間が学校だろ?
真実がどうにせよ、花白と…おそらく母親が何かしら絡んでんのは明白だろうな」
「それに関しては私も同意です」
「「私もよ」」
孔志の言葉に、みなも・エマ・エオが頷く。
そしてそのまま流れるようにエオが自分の推理を口にする。
「私としては、色々な可能性が考えられるわ。
感情を全部取り除いて言えば、
1、双子の妹…花白さんが日向さんを殺し、成りすまして学校に通っている。
2、母親が殺し、花白さんが板ばさみの状態になって学校に成りすまして通っている。
3、草間さんに取りついている日向さんは生霊か何かの類で、実際はまだ生きている状態…つまり仮死状態ね。
私としては3に似通うものが正解だと…嬉しいんだけどね」
一つの推理を言うたびに指を一つずつ立てていき、自分の意見を全て言い終わったところで、あくまで希望にしかなりえないことを溜息と共に告げた。
が、最後の言葉に皆一様に口を噤む。
霊は『胸を貫かれた』と言っていた。そうすると、心臓を一突きにされてしまった可能性が高い。
たとえ心臓に刺さっていなかったとしても、出血が多いことに間違いはないだろう。
だが、彼女は当然犯人にそのまま隠されてしまったのだ。心臓を刺されずとも出血多量で死んでしまっているだろう。
エオの三つ目の推理は、あくまで『希望』として捕らえることしかできないものだった。
「次は、私の意見ですね」
そんな空気が続くのはやめたほうがいいと感じたのか、みなもが苦笑気味に口を開く。
「お話を聞いたりデータを見たりした限り、単純に考えれば…犯人は花白さんかな、って思います」
その言葉に、同じ推理をしていたエオが頷く。
それを横目で見ながら、みなもは更に推理を話していく。
「もしかしたら、花白さんは実のお母さんである紫陽さんも殺してしまっているかもしれません。
それで、その場面を目撃してしまった日向さんをも殺してしまい…日向さんの変わりに、学校に通っているのでは…と」
その言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせた。
そういう考えもあるのか、と言いたげな表情である。
みなもはそんな全員を見渡してから、それに、とつけたして喋り出す。
「幽霊の日向さんの状況と日向さんに成りすましている花白さんの状況から考えて、日向さんの記憶を花白さんが受け継いでいる可能性もあります。
…もしかしたら、被害者と加害者は逆で…死んだのは、花白さんかもしれませんけど」
目を伏せながらのみなもの呟きに、全員はバッと草間の背後を漂う幽霊を見た。
彼女は何も言わず、ただ宙に浮いている。
そういう可能性もあったのか。彼女の発言は意外な可能性を確実に指摘する。
確かに今ここにいる彼女は黒い髪でブレザー姿だが、カツラを被った状態で幽霊になっているという可能性もあるわけだ。
幽霊が本来の姿を象ってるとは限らない。そういう可能性も考慮して考えなければならないのか。
全員が感心したように顔を見合わせる中、焔樹が苦笑気味に口を開いた。
「……ふむ…皆色々と考えているのだな…。
実のところ、私は此度は失せ物…この娘の身体を捜すことしか考えておらぬ故、犯人については考えていなかったのだが…」
困ったようにそういうが、責めるものは誰もいない。
元々この幽霊は犯人を捜してくれとは言っていないのだ。身体を捜すことだけに集中しても誰も咎めることはしないだろう。
そんな焔樹の様子を見ながら苦笑いしたエマが、組んだ手の甲に顎を乗せながら、ぽつりと呟いた。
「…実は、私も犯人についてはあまり考えてないの」
その言葉に、一斉に周りから視線が集まる。
てっきり犯人を捜すことも深く考えているだろうと思っていた草間など、完全に目が全開だ。
集まる視線に困ったように笑いながら、エマは草間の肩付近を漂う幽霊を見る。
「彼女が犯人について言及しないのには…何か訳がある気がしてならないの。
私達が考えている以上に、複雑な何かが…」
その言葉に、全員はそろって首をかしげた。
「…気にしすぎじゃないのか?」
困ったように幽霊を見ていた草間が、どこか呆れたように言うと、エマは困ったように肩を竦める。
「……だと、いいんだけどね」
その言葉に、希望が小さく噴出して草間に睨まれるという一幕があったものの、皆気を取り直して次の話へと移った。
「…それじゃあ、次は彼女の死体の場所についての推理を聞いてみたいと思うんだけど…いいかしら?
こちらも、考えてなかった人は考えてなかった、で十分だから」
すっかり仕切りが板についたエマがそういうと、全員が頷く。
そして一番に口を開いたのはエオだ。
「…私は、考えてなかったわ。
皆さんの意見を聞いて、行動を起こしてみようと思ってたから」
苦笑気味にそういうと、全員が気にするなと言う感じで微笑む。
それにほっとしたエオを見ながら、今度は孔志が口を開く。
「実の所、俺もよく考えてないんだよな。
ただ…その嬢ちゃんの魂をちょっと借りようかなーと思ってたくらいで」
「「「「「「『借りる』?」」」」」」
孔志の発言にその場にいた希望以外の全員が疑問符を頭の上に飛ばしながら首を傾げる。
その姿に思わず笑いそうになりながらも、孔志は「後でねv」と笑って誤魔化した。
そして更に頭に指先を当てながら、やや真剣な表情を作って口を開く。
「…嬢ちゃんの名前と親父の名前、入れ替えると『向日葵』になるんだよな…。
同じように、花白と紫陽の名前は、『白』って言う字を抜いて入れ替えると『紫陽花』になる。
…ま、別に『白』つけても単に『白い』紫陽花って取れるんだけどな」
その言葉に、全員が気づいたように顔を見合わせた。
確かにそう言われればそうだ。
誰もが気づいていたようで気づいていなかったその不思議な共通点。
それを指摘した孔志は、肩を竦めて苦笑する。
「……考えすぎだったかな?
ほら〜、俺花屋が生業だからついつい花に託けちゃうんだ♪」
そういっておちゃらけて見せるが、その意見は意外な可能性を含んでいる。
「よーするに、もしかしたら向日葵や紫陽花が沢山ある場所に死体があるかも、って言いたいんだろ?」
まるで皆の思いを代弁するかのように、希望が笑いながら口を開く。
それに一瞬驚いたように目を見開いた孔志だったが、すぐににやりと笑って「その通りでーす」と言いながらお手上げのポーズをとってふざけて見せた。
「ふむ…そういう考えもあったか…気づかなかったな。
私は話を聞いた限りでは…枯れ井戸の底のような場所だと思ったのだが」
「あら、でも孔志さんの意見が確実ってわけではないだろうから、大丈夫よ」
感心したような、しかし残念そうな呟きをこぼす焔樹に、エマがくすりと笑いながらフォローを入れる。
それにどこかほっとしたような笑みを返してから、焔樹は再度口を開く。
「どちらにせよ、それだけで範囲を特定することは出来んが…そうさな。
水盆を使って水鏡の術を使えば都内均衡の水脈を探れる。
勿論、嘗てそこに水があったような場所も探る事が出来る。
考えが的を得ているかは判らんが…失せ物探しの術だ。多少なりとも役に立つだろう」
その焔樹の言葉に、全員がちょうどいいとばかりに微笑んだ。
勿論、『助かる』と言う言葉のおまけつきで、だが。
そして、次に口を開いたのはみなもだ。
「えっと…雨にも関わらず小鳥が鳴き、木々がざわめくのでしょう?
でしたら…植物園などの室内に植物のある場所ではないでしょうか。
もしかしたら…彼女達の思い出の場所、とか…」
その意見に一斉に『なるほど』と声が上がった。
『雨』と言う言葉と『木々のざわめき』、『小鳥のさえずり』と言う言葉を結び付けるには、そう考えるのが妥当だ。
雨が降りながらも音がくっきりと聞こえるのは、そう言うことに関係していると考えたのだ。
その意見に感心しながら、最後に口を開いたのはエマだ。
「彼女の毎日雨との言葉から、この一週間以内での死亡が濃厚かもね。
林や山等だと木がさえぎってそれほど雨音はないだろうし…。
地面に埋められた場合、鳥や木々の音は聞こえづらそうよね…」
考え込みつつ呟く意見ながらも、その内容は確実に的を得ている。
その意見に驚いたように顔を見合わせる面々を他所に、エマは考え込んだまま更に口を開いた。
「うぅん……もしかして、外に面した部分の壁…かしら?
もしそうなら、時期的に生乾きそうね…」
その言葉に、全員がはっとした。
そこは誰も考え付かなかった場所だ。一週間前だったら、壁に塗りこめてしまえば既に固まっているだろう。
人が少ない場所ならば、そんな行動をとっても誰にも気づかれない可能性は高い。
「まぁ、問題はそれがどこのどんな壁なのか、ってことなんだけど」
そう言って肩を竦めるエマだったが、全員から驚いたような視線を向けられて、困ったように苦笑した。
「…私、何か変なことを言ったかしら?」
「いや、むしろ逆逆。
以外な意見が出たんで皆びっくりしただけだよ」
どこか不安そうに呟くエマに、希望はくすくすと笑いながら肩を竦めて見せる。
それを見て、エマも思わず小さく笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「…あくまで憶測ばかりだしね。
兎も角、動いてみましょ?
今日は金曜日だし、まずは日向さんの学校に通っている子の方に接触を試みた方がいいわね」
その言葉に、その場にいる全員が頷いて一斉に立ち上がった。
…が、草間だけは、憮然とした表情で椅子に座ったまま。
皆がどうしたのかと言う視線を向けると、草間は疲れたように口を開く。
「……俺はこのまま残っておく。
こいつが他のやつ等にも見えるとしたら、町に出ただけでパニックだろうしな」
確かに。
草間の言葉に全員が納得したような表情を浮かべると、それを聞いていた零が喋り出す。
「あ、じゃあ私は別の方で情報収集してきます。
何かあったら、私の携帯か事務所に連絡してくださいね?」
そう言って微笑む彼女に、希望がにっと笑って二人の肩を叩いた。
「そだね。連絡係は残っておいた方がいいかも。
何かあったらすぐに連絡するわ」
希望はそう言ってもう一度笑って見せると、身を翻してさっさと歩き出す。
他の面々も、それに倣うように事務所を出て行った。
――――――雨は、まだ降り続いている。
●接触
皆が日向の通う学校に辿り着いた時、丁度生徒の下校が始まる時間だった。
キーンコーンカーンコーン…。
聞きなれたチャイムの音が聞こえると、直後に生徒がぽつぽつと校門から現れてくる。
同じ制服を着て、友達と笑い合う少年少女たち。
どこか閉鎖的な雰囲気すら醸し出すそれは、妙な違和感を醸し出しているような気がしてならなかった。
雨が降り続く中、皆は傘を差して彼女を待っていた。
もしかしたら花白の学校の方にいるかもしれない。二分の一の確立―――これは、一種の賭けだ。
いなければ、直接花白の家に赴くしかないだろう。
できればそういった真似はしたくない。
可能ならば、此処で捕まえておきたかった。
外見からすれば異色の者ばかりが集まったメンバーだ。
希望がいつの間にか出した上着を羽織って腹を隠してはいるものの、やはり年齢層や容姿、その服装からして、目立つのは当然のものでもあるのだが。
「とりあえず彼女が出てきてくれるのを祈るしかないねぇ」
背が濡れるにも関わらず希望は雨に濡れて湿った校門の石壁に寄りかかりながらそう呟いている。
傘を差しているだけでも、まだマシだと言えるかもしれない。
「出てきてくれなかったら…それはそれで面倒なことになるしな」
傘を差して希望の隣に立ちながら、孔志が困ったように笑う。
草間興信所からそう遠くないこの学校や日向の家ならまだしも、花白の通う学校や家はここから駅を二つほど越えねばならない。
駅まで行くのも面倒だし、できれば此処で捕まってくれれば、と考えてしまうのも仕方ないことだろう。
全員がじっと校門を見ていると――――不意に、焔樹が目を細めた。
「……おったぞ」
その言葉に全員がつられるように焔樹の向ける視線の先に顔を向ける。
……確かに、日向だ。
黒い髪に同色の瞳、造作の整った日本人形のような顔。
興信所の中で嫌と言うほど見た、日向の姿そのものな少女が、そこにいた。
友人と微笑みあいながら青いシンプルな傘を揺らして歩いてくる少女。
その顔には全くといっていいほど悲痛な色は見受けられない。
―――やはり彼女が殺したのだろうか…。
そんな考えが頭をよぎる中、ゆっくりと歩みだしたのはみなもだった。
同じ学生同士、何かと誤魔化しが効くと思ったのだ。
「…あの…」
みなもがそっと目の前に現れて恐る恐る問いかけると、友人と歩いていた少女が足を止める。
「霜月日向さん…ですよね?」
その問いかけに一瞬驚いたように目を見開いた少女だったが、すぐににこりと微笑んで口を開く。
「…えぇ。私がそうですが…何か?」
おっとりとした、妙に丁寧な仕草。
それに違和感を感じながらも、みなもは口を開く。
「私は海原みなもって言います。
あの、実は…ちょっと貴方にお話があって…」
そう言うと同時に動いたのは、彼女の友人だ。
「日向、早く帰ろうよ」
そう言って、少女の手を強く引く。
それもそうだ。事情も無しにいきなり話がしたいと言われれば、訝しく思ってもおかしくないだろう。
しかしこのまま帰られてしまっては困る。
「…ごめんなさいね。急に押しかけちゃって」
戸惑っているみなもの隣にエマが歩み寄って少女の目の前に立ち、優しく話しかけて彼女の視線をこちらに向ける。
そして唐突な女性の登場に友人が驚いている隙をついて、エマはそっと口を動かした。
――――――『カシロサン』、と。
囁くように告げられた声はほとんど無声音に近く、おそらく雨の音に遮られて少女の友人には届かなかっただろう。
…しかし、真正面にいた少女は別だった。
――――――その優しく細められていた目が、一瞬…本当にほんの一瞬だけ、鋭く敵意を持つ物に変化したのだ。
何故それを知っているといわんばかりの反応に、エマは思わず口元を緩めた。
―――ビンゴね―――
そんな言葉が聞こえてきても、可笑しくないだろう。
少女はそんなエマの様子を見てからゆっくりと友達に向き直り、優しく微笑む。
てっきり帰ろうと言い出すのかと思っていた友人だったが、そこから紡がれた言葉に、驚いて目を見開いた。
「…ごめんなさい。
この人たちは、私の知り合いなの。
今日は先に帰って貰っていい?」
友人は驚きに目を見開き、「本当に大丈夫?」と何度も問いかける。
しかし少女が依然として笑顔のままであることを見ると安心したのか…「気をつけてね」と言い残して足早に去っていった。
それを見送った後、少女はこちらに向き直って、微笑んだ。
「此処では人目を引きすぎますから、別のところでお話しませんか?
―――後ろの皆さんも、ご一緒に」
そう言った少女の目は、丁寧な物言いとは別に、親の敵でも睨むような、強く怒りを灯した視線だった。
***
人が多いが、知り合いがいない場所がいい。
妙に警戒されても困るので、孔志の推薦によって近くの喫茶店に入ることにした。
あまりの大人数と面子に注目を浴びたが、それも暫くすればあっさりと逸れていく。
少女を囲むように座った面々は、彼女が自分達から口を開くのを待っているのを見て、口を開いた。
「――――――貴方は、日向さんの双子の妹の花白さんで合ってるのかしら?」
エオの問いかけに一瞬逡巡したように視線を泳がした少女だったが、すぐにこちらに改めて向き直ると――こくりと、小さく頷く。
そして黒く艶やかな髪に手をかけると…ぐっと、後ろに向かって引っ張った。
するりと、まるで抜けかけの髪があっさりと抜けるかのように、黒い髪が頭を滑る。
そこから現れたのは―――眩いばかりの、金色のショートカット。
彼女の黒い髪は、カツラだったのだ。
そう―――彼女は、花白。
カツラを持っていた学生鞄の中に詰め込みながら、少女…花白は、周りの驚いたような視線も物ともせず、こちらを睨みつけるように口を開いた。
「……貴方達、なんで私がお姉ちゃんじゃないって気づいたの?」
気の強そうな顔つきや口ぶりとは実にアンバランスな呼称。
それに少し驚きながらも、焔樹がゆっくりと口を開いた。
「…貴方の姉の霊が、私達の知り合いにとり憑いているからだ」
シンプルながらもはっきりとした物言いに、花白が目を見開いた。
黒く丸い目が、これ以上開いたら零れ落ちてしまうのではと言わんばかりに大きく見開かれている。
そして次の瞬間には―――今にも泣きそうな…まるで縋るような顔で、バン!!と机を叩いて立ち上がった。
「貴方達―――――お姉ちゃんがどうなったか知ってるのね!?」
その顔を彩るのは感づかれたという驚きでも気づかれたと悔しがる色でもなく――――ただ、大事な姉に関して知ることができて嬉しいと言う感情。
それを見て、希望を除いたここにいる全員は目を見開いた。
そして、同時に悟る。
彼女は―――――――花白は犯人ではない、と。
●新たな事実
詳しい事情を聞いた花白は、情報を集めたいのならお姉ちゃんの家へ行くといい、と言ってどこか喜んで全員を家へ案内してくれた。
恐らく日向は既に死んでいると告げた時は一瞬泣きそうな顔をしたが…恐らく予想はしていたのだろう。思っていたよりもショックは受けていないようだった。
そして日向の家への道すがら、花白は自分がどうして日向の学校に通っていたかを説明し始めた。
「私達、小さい頃からずっと一緒だった。
お姉ちゃんは私より年上なのにずっと泣き虫で、弱くて…気づいたら、私が逆にお姉ちゃんを守ってあげてたりしたの」
ぽつり、ぽつりと…どこか懐かしむようなその響きに、みなもが思わず泣きそうになって孔志に宥められる。
そんな様子を横目で見ながら、花白は更に言葉を紡いだ。
「その頃はお父さんとお母さんもとっても仲がよくて…ううん、今思えば、『理想の夫婦』を演じていただけだったかもしれない。
…だけど、私達は幸せだった。
……お父さんとお母さんが、離婚するまでは」
そう呟いてぐっと口元を噛み締めるような表情をした花白は、その苦々しげな表情のまま、更に言葉を紡ぐ。
「いいえ、ただ離婚しただけならまだ良かったわ。
…私達二人に、『会ってはいけない』なんて勝手に決めたことを押し付けたりしなければ…!!」
悔しそうにそういった花白の手は、血の気が失せて白くなるほど握り締められていた。
エオが落ち着かせるように優しくその手を解くと、花白はまだ怒り冷めやらぬといった感じで喋り続ける。
「私達はそんな取り決めに従いたくなかった!!
そんなこと勝手に決められて納得できるわけがない!
だから、だから…私達…!!」
「―――日向さんと度々隠れて会って、時折入れ替わるようにした?」
遮るように告げられたエマの言葉に、花白ははっとして彼女を見た。
「なんで…」
どこか震える声での問いかけに、エマは肩を竦め、小さく笑って見せる。
「資料を見た時から引っかかってたのよ。
双子だからって完璧に相手を演じられる訳がないわ。小さなクセまでも同じなんて相当確立が低いことだもの。
だからこそ、クラスの友達が『たまに可笑しな態度をとることがあった』って言ったのかな、って…思ったの」
そのエマの言葉にぐっと唇を噛み締めた花白は俯き、再度口を開く。
「…その人の言う通りよ。
私達はどうしてもその取り決めが納得できなくて、時々こっそり会って…入れ替わってた。
元々顔立ちはそっくりだし、お父さんやお母さんでさえ間違えるほどだったんだもの。
二人と顔を合わせることは稀だったし、あまり顔を見ない人達だったから、入れ替わるのは容易だったわ」
そう言って両手を組んでぎゅっと握ると、花白は一旦間を空けてから喋り出す。
「あの日も…一週間前も、会う約束をしてたのよ。
学校から帰って私服に着替えたら、何時もの場所で会おうって…」
「「「「「『何時もの場所?』」」」」」
揃って紡がれた疑問にこくりと頷きながらも、花白は喋りを止めようとはしない。
「小さい頃に何度も遊びに行った場所で、そこは一番強い思い出の場所でもあったから…。
……だけど、何時まで経ってもお姉ちゃんは来なかった。
夜の七時になってもこなかったら帰るって二人で決めていたから、私は諦めて帰ったけど…。
――――――その時からよ。お姉ちゃんからの連絡がぱったり途絶えたのは」
その言葉に、全員がぐっと息を呑んだ。
…やはり、日向が消えたのは一週間前だったのか、と。
そんな全員の様子を知ってか知らずか、花白はまだ話し続ける。
「事情があったらその日のうちに欠かさず連絡をしてきたし、いけなかったら携帯に電話して何度も『ごめんなさい』って謝ってきたお姉ちゃんがよ?
何の連絡も無しに…消えたの。
嫌な予感が取れなくて…私はこっそりお姉ちゃんの家に行ったわ。
元々、お互いの家に入るに当たって飾りもそっくりの合鍵を作っておいてたから。
隣のおじいさんとおばあさんは無理に干渉してくるような人じゃなかったから、家の中には当然何にも手が加えられてなかったわ。
……唯一つ、お姉ちゃんの制服を除いては。
お姉ちゃんの制服は、きちんと脱いでかけられてたわ。
洗濯機には洗濯物が入れられたままだったし、服が抜き出された痕跡だって残ってた。
………だけどいないのよ!!
お姉ちゃんの姿だけ、跡形もなく消えてたの!!!
可笑しいと思ったわ。絶対に、お姉ちゃんに何かあったんだ、って。
だから、もしもいなくなった筈のお姉ちゃんが普通に学校に通っていれば、いつかお姉ちゃんかその原因である誰かがそれに気づいて接触してくるんじゃないかって…思って…」
「それで…日向のフリを…か」
段々と尻すぼみになっていく声を確実に聞き取り、焔樹が口を開く。
それにこくりと頷いてから、花白が足を止めた。
そこには家の門。やけに大きな一軒家の表札は―――『霜月』。
「此処がお姉ちゃんの家です。
お姉ちゃんの――――身体の場所を見つけるヒントが、あるかもしれません。
だから…」
お願いします―――お姉ちゃんの身体を、そして…犯人を見つけ出して下さい。
そう言って深々と頭を下げる花白に、全員は力強く頷くのだった。
●家の中で…
家に入った面々は、半分家捜し同然の状態で、あちこちを探っていた。
何か少しでも死んだ場所の情報はないだろうかと必死だったのだ。
しかし…家の中に残るもので手がかりになりそうな物はなかった。
あとは、日向の部屋を残すのみ。
流石に七人全員が入ると邪魔になりかねないので、エマ・みなも・エオ・焔樹の女性四人が中に入り、孔志と希望は外で待機することになった。
「あ…これ、アルバム?」
部屋の中を探っていると、エオがアルバムが入れてある棚を発見した。
『4〜6』と大きく書かれたそれは可愛らしいキャラクターがプリントされた表紙で、中には沢山の写真が入っていた。
「あ、ホントですね。
ちっちゃくて可愛い〜…」
覗き込んだみなもが、一緒に川べりで遊んでいる日向と花白の写真を見て微笑ましそうに呟く。
少し話が脱線しかけた時――――ふと、焔樹が何かに気づいたようにぽつりと呟いた。
「…その写真、ほとんど同じ場所で撮られたものではないか?」
「「え?」」
その呟きに、花白以外の全員が揃って写真を覗きこむ。
確かに、その写真はほとんどが同じ場所で撮られたものだった。
晴れた空、うっすらと空を流れる白い雲。
緑色の草が溢れたその場所で、まるで存在を主張するように咲き乱れる花が二種類。
――――――向日葵と、紫陽花。
その写真を見て、全員ははっとして花白を見た。
花白は不思議そうに首を傾げながら、その写真を見てあぁ、と納得したように呟く。
「それは、お父さんとお母さんが離婚する前によく遊びにいった場所なんです。
ちょっと遠いですけど、向日葵と紫陽花がとても綺麗で、私もお姉ちゃんも…お父さんやお母さんも大好きでした。
私達の待ち合わせの場所も、この近くにある川岸の木に囲まれた古い小屋で―――――」
花白が言い終わるか終わらないかと言うところで、エオが静かにアルバムを閉じた。
ぱたん、と静かな音が響き渡る。
どこか戸惑ったような視線を向ける花白に向かって、みなもが声をかける。
「……その川って、どんな感じですか?
それと、その古い小屋についても…」
その問いかけに首をかしげながらも、日向はぽつりぽつりと思い出すように特徴を告げる。
「えっと…流れが急なんですけど、途中途中に大きな岩があって、ザァザァまるで豪雨みたいな音がするんです。
それに、小屋は随分昔に立てられたものみたいで、屋根は藁とか干草で作られてて、壁はコンクリートじゃなくて粘土を固めたみたいな土で出来たもので…」
そこまで言ってから、花白ははっとしたように目を見開いた。
そして、震える唇を叱咤するように、ゆっくりと…戸惑いをこめて口を開く。
「まさか――――――」
ガチャリ。
花白の言葉を遮るように、扉が開かれた。
そこに立つのは―――真剣な顔で扉のノブを握る孔志と、携帯を軽く持って戸口に寄りかかる―――希望。
「――――犯人について、零ちゃんが有力な情報を手に入れてくれたよ」
静かに告げられた希望のその言葉は、静まり返っていた部屋の中に、静かに響き渡った。
雨は―――――少しずつ、弱まり始めている。
●明かされる真実
話し合いの結果、日向の死体を見つけるのと犯人を捕まえるのの二手に分かれようということで、全員は分かれて行動することにした。
死体捜しはみなも・孔志・焔樹・草間・花白。
犯人を捕まえるのはエマ・エオ・零・希望となった。
実は草間も犯人を捕まえる方に行きたがったのだが、日向が憑いている為、満場一致で死体捜しの方に強制的に当てられることになった。
ぶすくれる草間を連れて行く面々を見送った彼女らは、すぐに行動に移る。
犯人を捕まえるための準備を…しなければならない。
***
夜。
日向の家の窓は、眩いくらいに明るい光が漏れている。
まるで、日向が帰ってきて家で過ごしているかのように。
そこへ、車がやってくる。
それは日向の家から一つ向こうの路地を通り、その半ばで動きを止めた。
真っ黒な車。
そのドアを静かに開けて現れたのは――――黒ずくめの、人間。
黒いコートに黒い帽子。黒いサングラスに真っ白なマスク。真っ黒な皮の手袋。
男か女かすら判別できないその人物は、まるで人目を避けるかのようにこそこそと歩いていく。
傘も差さず、コートの合わせ目に片手を突っ込んだままで。
その人物は、そのまま霜月家が一望できる細い裏路地に入り込み――――。
「―――そこまでよ」
凛とした女性の声。
急に背後から聞こえた声に、その人物は驚いて振り向いた。
そこに立つのは―――エマと、零。
傘を差しながらもそのしっかりとしたエマの眼差しは、まるで全ての真実を見透かすかのようで。
その人は大慌てで踵を返すと、霜月家の方へ走り出そうとする。
「残念だけど、こっちも行き止まりよ」
―――が。
エオと希望が現れたことによって、その道は塞がれた。
「悪いね。
アンタが来るだろうと思って、嘘の情報を流させて貰ったよ」
希望が携帯のストラップに指を突っ込んでくるくると回しながら言うと、その人間ははっとして希望をサングラス越しに睨みつけた。
その視線を受けながらも、希望は飄々と笑ったまま。
彼らは、犯人をおびき出す為のエサを巻いたのだ。
恐らく、今の犯人には確実に効果があるであろう―――大好物を。
学校の教師のフリをして、日向が生きているようなことを匂わせる言葉を電話で告げれば―――この通りだ。
予想以上の成果に、いっそあっけなさ過ぎると感じたくらいである。
その人物はマスクの下でぎり…と歯軋りをした。
そしてくるりと振り向くと、エマと零に向かって走り出す。
走りながら懐に入れた片手をコートの合わせ目から出す。
そこには―――鈍く輝く、銀色の刃。
「え…!?」
「エマさん!!」
その人物は一直線にエマに向かって走っていく。
女二人だから倒しやすいと判断したのだろう。
その動きに迷いはなく、その刃はエマの心臓を目掛けて一直線に振り下ろし――――。
「――――――残念、遅いよ」
ギィン!!!
彼女の届く前に―――金属同士がぶつかり合うような耳障りな音が響いた。
一瞬の間にエマの前に辿り着いた希望が――――その掌で、刃を真っ向から受け止めたのだ。
「「「「!!!!」」」」
これにはその人物を含め、全員が驚いた。
その隙に希望はもう片方の手でナイフを持った手を捻り上げ、落ちたナイフを遠くに蹴り飛ばすとそのままその腕を後ろに持っていき、体重をかけて地面に押し倒す。
ダァン!!と大きな音がして、その人物はアスファルトに叩きつけられた。
その音にはっとした面々は、慌てて希望の元へ駆け寄った。
「犯人確保完了、ってね☆」
笑いながら片手で片腕を捻り上げ、片足でその背を押さえつける。
もう片方の手を使っていない希望に不安を覚え、エマは希望の腕を鷲掴みにした。
「お?」
「掌でナイフを受け止めるなんて、なんて無茶をするのよ!
掌に穴が空いたらどうする―――」
途中まで怒ったように叫んでいたエマが、鷲掴んだ掌を見て止まる。
不思議に思った二人も一緒に覗き込んで―――驚いて目を見開いた。
希望の掌には…いや、身に着けている皮手袋にすら、穴やほつれ一つついていないのだ。
まるで新品同様、先ほど刃を受け止めたのが嘘のようなくらい、綺麗なままだった。
硬直する三人を見てぶっと噴出した希望は、手をひらひらと動かしながら口を開く。
「この手袋特別製でさ、布じゃなくって特殊な鉱石を編みこんで作ってあるんだよ」
俺の知り合いの特製でね、とくつくつと笑う希望に、三人は一気に脱力する。
――――――心配して損した。
そんな声が聞こえてきそうである。
そんな三人を他所に、希望はにっこりと微笑みながら、足の下にいる人物を見下ろした。
「―――それで、どうして日向を殺したのか…聞いてもいいかな?」
声音は優しいながらも、その中には否定は許されない響きがある。
びくりと肩を震わせた人物に笑いながら、希望はその人物が身に纏っている帽子・サングラス・マスクを剥ぎ取った。
そして現れた顔に、一層笑みを深くし…その名を呼んだ。
「―――――――――『紫陽』サン?」
――――そう。
希望の足元で悔しそうに彼を睨みつけるその視線の主は、金色の髪と青い瞳を持つ女性。
花白の母である―――紫陽だった。
***
「どうして…私だと…?」
苦々しげにそう問いかける紫陽の声に、エオがぽつりと答える。
「…貴方を目撃した人がいたの。
あの時、後部座席にぐったりした長い黒髪の子を乗せる、金色の髪の女の人…貴方のことを」
それは、零が偶然手に入れた情報だった。
嘗て四人が暮らしていた家は現在の霜月家。
その近所に住んでいる人たちの何人かは、当然紫陽の顔を知っている。
――丁度買い物の帰りだった人は、運が悪いことに紫陽の顔を知っている近所の人だったのだ。
乗せられた子が日向だと言う事には気づかなかったようだが、紫陽の顔はライトに照らされ、しっかりと確認できていたらしい。
その人はてっきり具合が悪い子でも見つけて病院に運ぼうとしているのではと思って、さして気にしていなかったらしいのだが。
それは――――丁度、一週間前のこと。
「そう…運が悪かった、ってワケね」
くっ、と自嘲するように笑う紫陽。
それを辛そうに眺める零の肩を叩き、エマは彼女の前にしゃがみ込んだ。
そして―――ゆっくりと、口を開く。
「……もしかして、日向さんは貴方の娘ではないんじゃないの?」
その言葉に――――零とエオが目を見開いた。
その発言にくっと笑った紫陽は、「どうして?」と問いかける。
「武彦さん…探偵の人なんだけど、その人が調べた資料の中に、日向さん達が生まれる前に葵さんが知らない女の人と腕を組んでいたと言うものがあったの。
もしかしたらその人が実母なのかも…って、思ったから」
エマがそう言うと、紫陽はくくく…っと小さな笑いを零しながら、どこかあざ笑うかのように口を開いた。
「なるほどね―――だけど、それは合ってないわ」
「…え?」
笑いながらの紫陽の言葉に、エマは驚いて目を見開く。
それに機嫌をよくしたのか、紫陽は声高に笑いながら話し出した。
「私の本当の娘じゃないのは――――花白の方よ!!」
その言葉に、全員の目が見開かれる。
あれだけ可愛がっていた娘の方が本当の娘ではない、と?
それは一体、どういうことか…。
訝しげに顔を歪める皆を見て笑いながら、紫陽は機嫌よさげに次から次へと話し出す。
「葵は…あの人は昔から酷い浮気性で、撮影に言ってはそこで愛人を作ったり、私の目の届く範囲で女とべたべたして歩いていたりするような最低な人だったわ!!
だけど、それを知らなかった昔の私は彼と結婚してしまった。
確かに浮気をする最低な人だったけど――その時、既に私のお腹の中には双子の娘がいたから、離婚するわけにはいかなかったわ。
だって離婚して一人で育てるなんて、とてもじゃないけど無理だもの!
だから、利用するだけ利用して―――わざと浮気して離婚してやったのよ!!」
言葉の端々から醜い感情が溢れてくる。
嫌な感じだ。気持ち悪い。
顔を顰める面々に気づいているのかいないのか、紫陽の喋りはまだ止まらない。
「だけど、それだけじゃあ私の腹の虫が治まらない。
だから、双子の娘が生まれた時、私はあることをしたのよ」
その言葉に、嫌な予想が頭に浮かんだエマが、まさか―――と目を見開く。
その姿をあざ笑うように見ながら、紫陽は大声で叫んだ。
「どこかの誰かの知らない娘と――――双子の妹の方を、こっそり交換してやったのよ!!!」
―――嫌な予感は、的中した。
顔を真っ青にする零を見て鼻で笑った紫陽は、それはもう嬉しそうに笑いながら喋り続ける。
「まぁ、離婚した後にいつか気づいて慰謝料なんてふざけたもん請求してくるんじゃないかって不安だったから、ちょくちょくここから家を覗いてたけどね!
今までバレなかったのに――あの日だけはタイミングが悪かったわ。
あの子が悪いのよ。私の顔を見ちゃうから!哀れむような目で私を見るから!!
思わず、護身用に持ってたナイフで刺しちゃったじゃない!!
あぁ、本当に馬鹿な子だったわ!頭が悪くて、運も悪い、あの男に本当にそっくりの最低な娘!!!
あの男と同じ色を持っていると思うだけで吐き気がする!あの顔を見て、私と血が繋がっていると思うだけでも気持ち悪かったわ!!!」
「…じゃあ、日向さんは…それだけの為に…」
顔を真っ青にしてぽつりと呟いた零の言葉に、紫陽は口を大きく歪めて笑ってみせる。
「傑作だったわよ?
血の繋がっていない娘を可愛がって鼻の下を伸ばしていたあの馬鹿な男の姿を見るのはね!!
私だってあの腐った男と血の繋がっている娘を可愛がらなくて済むんだから、最高だったわよ!!!!!
あは、ははは、ははははははは……!!!」
そして耐え切れないとばかりに、紫陽は大声で笑い出した。
まるで狂ったように、口の端を醜く持ち上げて。
この細い路地で反響した声は、四方八方から、希望達を包み込んだ。
「…狂ってるわ…」
ぽつりと呟かれたエオの言葉は、紫陽の大きな笑い声に、あっと言う間に掻き消された。
何時の間にか肩を叩く雫が止まっている。
それに気づいたエマとエオ・希望はどこか辛そうな顔で空を見上げ、零は涙を堪えるように顔を上に上げていく。
―――――――――何時の間にか、雨は止んでいた。
そしてその日の夜、合流した際に日向を殺した犯人を捕まえたメンバーからそれが誰だったか、そして全ての真実が花白に告げられた。
恐らく花白は悲しむだろう。
誰よりも身近にいた人間…母親が犯人だったのだから。
…しかし、皆の予想に反し、花白自身は『そうですか…』とどこか納得したように呟き、悲しそうに微笑んだだけだった。
彼女は、薄々感づいていたのかもしれない。
自分の境遇も、彼女の苦しみも。
だが、それが日向を殺すに至るなんて思っていなかった。ただ、それだけ。
彼女は強い。
きっと、明日にはまた笑って学校の友達と話をしているのだろう。
草間の伝で、警察にはこの殺人については内密にして欲しいと頼んである。
そして…日向については、急な都合で父親と一緒に外国に引っ越すことになった、としてほしい、とも。
草間が信用に足る相手だと認めた刑事だ。
きちんとその通りにしてくれるだろう。
それ以来、当然のことではあるのだが…草間達は、日向の霊を見ていない。
彼女が無事に成仏できたことを―――祈るばかりである。
●向日葵と紫陽花
次の日の午後、花白はあの向日葵と紫陽花の植えられた野原へ赴いた。
見事に晴れた空を見上げ、花白は久しぶりに太陽を見た気がした。
手に持っていた花は、日向が生前好きだと言っていた百合の花束。
まっすぐに小屋へと歩を進めると、そこに…そっと、花束を添える。
帰る途中、ふと見ると、蕾だった向日葵は鮮やかに花開き、その大輪の花を紫陽花と一緒に大きく日に晒していた。
それを見て―――花白は、ほんの少しだけ…泣いた。
終。
●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも/女/13歳/中学生】
【2936/高台寺・孔志/男/27歳/花屋】
【3644/牙道・エオ/女/30歳/不思議専門骨董屋店主兼裏世界扉人】
【3484/空狐・焔樹/女/999歳/空狐】
【NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長、探偵】
【NPC/草間・零/女/57歳/草間興信所の探偵見習い】
【NPC/緋睡・希望/男/18歳/召喚術師&神憑き】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
草間興信所初ノベル「空が哭いている」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
実は今回ちょっとした手違いで五人受注してしまいました…ややこしくて申し訳ございませんです(爆死)
それと、プレイングを生かしきれず本当に申し訳ございません…!!(土下座)
今回は話の最後だけ2グループに分けさせていただきました。
みなも・孔志・焔樹・草間は日向の亡骸探しを、エマ・エオ・零・希望は犯人探しを、と言う振り分けになっております(敬称略で申し訳御座いません)
最後のモノローグ(?)は花白で閉めさせて頂きました。どうでしょうか?やっぱりキャラで閉めた方がよかったですか…?(超不安)
ちなみに、今回は個別感想はナシです。ここでまとめて書かせていただきます。
今回の「推理ほぼピタリ賞」はエマ様でした(何だその賞)次点はエオ様(犯人について)です。
死体の隠し場所に関しては完璧。二人が時たま会っていたり入れ替わっていたりした、と言う推理をしたのもエマ様だけでした。
私の文章じゃわかり難いかなぁと思ってたので、普通に驚きましたね(笑)
とりあえずこのまま私の中にだけ残しておくのももったいないので、皆さんの推理はできるだけ書かせていただきました。
日向を殺した犯人については、やはり花白説が一番多かったですね。紫陽のデータが少なかったのが原因でしょうか…?(爆)勿論紫陽が犯人だと推理した方もいらっしゃいました。
とりあえず花白が日向のフリをしている、と言うのは当然ながら皆さん気づいてましたね。
中には深読みされた方もいらっしゃるようですが、私の少ない脳みそじゃそこまで考えられません(をい)
ただ、「あぁ、こういう考え方もあったのか…」という意見もあって、書く立場ながらなかなか楽しませて頂きました(ぇえ)
この話や展開を見て、「意外だったなぁ」という感想を抱いていただければ成功かな、とひっそり思ってます(笑)
皆様、ご参加どうも有難う御座いました。
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。
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