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<東京怪談・PCゲームノベル>


スケープゴート?

「………」
 応募連絡が来た三人の略歴に目を通し、真亜は止まる。
 何れも十代の女の子で、モルモットとして差し出して良いのか思わず迷いが生じてしまった。
 が、よく考えてみなくても「香水」で男性が応募してくれる例は少ないだろう。
 しかし。
「男の方が、面白い反応が見れただろうに……」
 ふ、と諦めたように嘆息した。


 あの教授にしてこの弟子ありである。

◆◆◇◇◆◆

 試薬試験のモルモットは、生命に関わるような危ない物もある、と都市伝説でまことしやかに流れている。
 多少危険な香りはするのだが、そんなことは現実ではありえないだろう。
 と。
 海原みなもは思っている。
 むしろそう信じたい、という所だったりもする。

 一見普通の民家に見える二階建ての羽柴家を見上げ、みなもは小さく嘆息した。
 ほんの少し憂鬱なのは、バイトの内容が内容だからなのか、少し気分が落ち込んでいるからだろうか……。


◆◆◇◇◆◆

 愛想が良いとは云えない助手らしい古手川真亜の案内で通された部屋は、家財道具が一切無い。
 大きなテーブルが場所を占め、その上には番号札の付いた大小さまざまな瓶が置かれている。
 真亜からチェックシートを手渡され、番号順に香りを嗅ぐことを依頼された。
 この匂いが好きかどうかのチェックシートで、なんだかこれでは本当にモニターテストとして本当に役に立つのかどうか判らない代物だ。
 本当にこんなのでいいのかな、と思いつつ、他に誰も入ってこない所をみると手分けしての作業というわけではないようだ。


 線香の匂いや潮の香り。
 猫の匂いまであった。
 香水としてはあまり使い勝手が宜しくないのではないか、と思うような匂いまで混ざっている。
 試作品とはいえこれだけの品数を揃えられるのなら、もうちょっと他のことに時間を割けばもっと良いものが出来るのではないのかとさえ思えてきた。
 その時。
 ふいに今まで嗅いだことのないような強烈な甘ったるい匂いが、みなもの鼻を突いた。
 急に出現したその香りに驚いて振り返ると、長身の男性がいつの間にか立っている。
「今日はありがとう。作業は順調に進んでいる?」
 ゆっくりと歩み来るその男性の顎は、何故か赤い。
「? 何処かにぶつけたんでしょうか?」
 つい今し方付いたようなそれは、少し痛々しい。
 みなもに指摘され、男性―羽柴宇津波―は顎に触れて苦笑を漏らす。
「うん、ちょっとね……」
 余り言いたくなさげに視線を逸らし、それから何事もなかったようににこりと笑った。
 甘い香りがする。
 頭の芯がくらくらするような……。

 軽い目眩に襲われ、みなもはテーブルに手を付く。
「大丈夫?」
「あ、はい。すみません」
 心配げに顔を覗き込まれ、みなもは慌てて目を逸らす。
 何故か直視できなかった。顔が火照っているのが自分でも判る。
 熱を冷ますように、赤みを隠すように、みなもは両頬を手の平で覆う。
「僕より君の方が大丈夫じゃないみたい」
 くすくす笑いながら宇津波はみなもの頬へ手を伸ばした。
「い、いえっ、そんなこと、無いですからっ!」
 動機が激しくなり、何が何だか判らないままみなもは思わず宇津波の手を振り払った。気にしないで下さい、と振り払った手は、宇津波の手を振り払うだけでなくその頬を打つ。
 小気味よい音が部屋に広がり、宇津波の頬が赤くなった。
「あ、す、すみませんっ!」
 手を上げるつもりはなかったみなもは青くなる。
 宇津波は赤くなった頬を押さえて暫く呆然としていたが、深々と頭を下げるみなもに逆に慌てて顔を上げさせた。
 女の子に頭を下げされるなんて、いけないことだ。
「海原さんは何も悪くないんだからっ。ね?」
「いえ、そんな……。理由も無く人に手をあげるなんて…っ!」
「り、理由は……」

 あるけど言えない。

「あ、何か気に入ったものとかあった?」
 無理矢理話題を逸らそうと、宇津波は取り繕うように笑みを浮かべて瓶を見渡す。
「あ、えっと、そうですね……」
 問われ、みなもは自分の今まで付けていたチェックシートへ目を落とす。
「10番とか……42番とかは割と好きな香りですね」
「ふうん……」
 みなもの選んだ香水は十代の少女達に人気の代物だ。
 やはりこの年頃の子はこういう香りが好きなのだな、と宇津波は実感する。
「それであの……」
「ん? 何?」
 なにやら言い淀むみなもに、宇都波は笑みを浮かべて先を促す。
「大人っぽくなれるような香水などを、教えてもらえますか?」
「大人っぽく? ……そのままの方が可愛いと思うんだけど……」
 勿体ないなぁなどと言いながら、宇都波は並ぶ小瓶をひょいひょい持ち上げて探す。
 今のままの方が可愛いし、香水の力を借りなくてもいずれは女性らしい美人になるだろうに、と思うのだが、思春期は多少背伸びをしてみたくなるものだろう。それが微笑ましい。
「──っと、これかな?」
 どうぞ、と宇都波がみなもに渡したのは、淡い水の香りの中に誘うような甘さが後から追いかけてくるような香水だった。
「……」
「気に入らない?」
「あ、いえ、そんなことはないです」
「そう? 良かった。じゃあちゃんとした瓶に入れてから、君にあげるよ」
 無言になってしまったみなもに宇都波は少し不安になるが、ありがとうございますと頭を下げられて満足げに口元を綻ばせた。
「じゃあ、後でね」
「はい」
 部屋を出ていく宇都波に物寂しさを感じながら、みなもは見送る。
 後でまた会えるのだから、と自分に言い聞かせてからはっとした。
 どうしてこんな気持ちになってしまったのか、考えても検討が付かない。

◆◇◇◆

 終了時間を知らせに来た真亜は相変わらず愛想笑いの一つもなかったが、身につけていた白いエプロンが妙に浮いていた。
 どんな顔で、何を作っていたのかが非常に気になるところである。
 もう二人、みなもは自分と同じようにバイト生が他の部屋で同じことをしていたことを初めて知った。
 顔も合わせなかったし、何より真亜からも宇都波からも何も言われなかったからだ。
 そこを指摘されると真亜は「あぁ……」と初めて気づいたように三人の顔を改めて見て
「すみません、そうですね。普通顔合わせくらいするものでしたね」
 と言っただけだった。
 特別な紹介をする気は無かったらしい。
 仕方なく、というより状況的に今頃から三人は互いに自己紹介したのだった。

 建物を表側から見ただけでは全く判らなかったが、裏手は手入れの行き届いていそうな庭が広がっていた。
 テラスには人数分のイスが一つのテーブルを囲むようにして置かれ、テーブルの上には数種類のお菓子類が並んでいる。
「わお♪」
『あ、こら縁樹っ』
 目を輝かせて早速イスに腰を落ち着ける如月縁樹に、ノイは慌てて制しようとするが、縁樹は聴いちゃいない。
「これ、食べていいんですか?」
「どうぞ。解毒剤入りですけど、味に何の影響もありませんから」
 さらりと言ってのける真亜にノイを始めみなもや藤菜水女もぎょっとするが、縁樹と言った当の本人である真亜は別段おかしなところを感じてないようだ。
「どうぞ」
 着席を促され、みなもと水女は一度顔を見合わせる。
 このまま去る理由もないので、二人はそれぞれイスに腰を下ろした。
 アイスティーを用意され、水女はきょろりとあたりを見渡す。
「……羽柴さんは、どうされたのでしょう」
 出てきた名前に、縁樹はクッキーを抓む手を止めた。
 みなもも一口口を付けたアイスティーに手をやったまま固まる。
 熱がぶり返したように紅潮する頬に、二人は僅かに狼狽する。
「あぁ、教授なら部屋に閉じこもっています。自業自得です。一時いじけてますがそのうち出てくるので、気になさらないでください」
 助手にしては扱いが酷い。
 ノイが顎を蹴ったせいかな、と思う縁樹の隣で、みなもはやっぱり頬を叩いてしまったからだろうか、と憂える。
 罪悪感を全く感じていないのはノイと水女で、真亜の言葉に納得してしまった。
 それぞれの思惑を感じ取ったのか、真亜は切り分けたシフォンケーキを各自の前に置く。
「まずはこちらをどうぞ。効果を消してからの方が、話は分かり易くなりますから」
 解毒剤入りと、そういば言っていた。
 どんな効力を持つ毒で、いつの間に仕込まれたのか甚だ検討は付かないものの、いつまでもその効力を体内に残しておくのも危険だろう。
 勧められるままに三人はシフォンケーキを口に運んだ。

 ・
 ・
 ・

「──つまり、あの匂いを嗅ぐと動悸・息切れ・軽い微熱症状が出る、と言うこと?」
「大まかに言ってしまえば、その通りです」
 惚れ薬だったんです、と一言で終わる説明を、真亜はわざと回りくどく事情を話した。
 年頃の女性にそんなセクハラ紛いなことをしたなどと、大っぴらに言いにくい。
『何だよそれっ。何で香水でそんな効果が現れるんだよ!』
 ノイはものすごく不機嫌だった。
 縁樹にそんな危険なものを嗅がせた宇都波に腹を立てている。
 そしてそんな症状を間近で見ていて、その効果の意図が解ったので余計に腹立たしいのだ。
 後一発くらい蹴り上げてりゃ良かった、とぶつくさ言うノイを後目に、縁樹は真亜の作ったケーキに舌鼓を打っている。
「古手川さんって料理上手なんだねえ」
「助手の傍ら、家事手伝いもしてますので」
 褒められても表情一つ変えない。
「あのう、それでそんな香水をあたし達に嗅がせる羽柴さんの実験の意図が、まだ良く解らないんですけど……」
 真亜の説明で動揺した自分に得心したものの、それで何が解ったのかが、みなもは理解出来ない。
 中学生には解らない何かが解ったのだろうか、とも思って居るのだが……。
「要するに、それがちゃんと機能するかどうかを見たかったのではありませんか? 症状がちゃんと現れるのか、否か。ただ、香水として販売するには向かないものだとは思います」
 真亜が答える前に、水女がまるで全てを見透かしたような答えを出す。
 真相を知っているのかどうかは本人の心の中を覗く以外知りようもないけれど、自信たっぷりのそれに、みなもは何となく解ったような気がしたようなしないような……。


 後日、みなも宛に小包が送られて来た。
 お礼の手紙とバイト料、そして薄い水色をした綺麗な瓶がしっかりと布にくるまれて収まっている。
 蓋を開けると、あの時宇都波が選んだ香水と同じ香りがした。
「……ありがとうございます」
 これで少しはお姉様に近づけるかな、とみなもは口元を綻ばせた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1431/如月・縁樹/女/19/旅人】
【1252/海原・みなも/女/13/中学生】
【3069/藤菜・水女/女/17/高校生(アルバイター)】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、葵藤瑠といいます。
この度はご参加どうもありがとうございました。

セクハラ野郎ですみません……。
具体的な香水の名前を出そうかと思ったのですが、此処は「宇津波が作った極めて普通の(笑)」香水を、ということにしてみました。ご了承下さい。

個別ノベルのように見えて共通部分も有り、さりげなく(?)時間的な流れは続いている不思議な仕上がりになっております。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。