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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


我に一芸を

●序

 草間興信所に、一人俯いたままの青年が座っていた。身を包むスーツは新人であろう事を思わせるほど、綺麗だ。
「北条・昌平(ほうじょう しょうへい)と言います」
「……はぁ」
 昌平は名刺を取り出し、草間に手渡す。そこには、草間の聞いた事の無い中小企業の会社名と、営業課、北条・昌平と書かれている。何の変哲も無い、ただの名刺。
「うちの会社は、個性を重んじる会社でして……毎年一回、夏恒例芸能大会があるらしいのです」
「……芸能大会?そりゃまた、雅な……」
「違うんですっ!」
 妙に感心する草間に、昌平はばん、と机を叩く。机の上の灰皿が一センチほど浮き上がり、草間の体もびくりとして五ミリほど浮き上がった。
「芸と能力の大会……簡単に言うと、一芸披露大会なのですっ!」
「……一芸披露大会ぃ?」
 訝しげに言う草間に、昌平はぐっと拳を握り締め、ふるふると震わせながら口を開く。
「つまり、営業たるもの個性を磨き、お客様の心を掴むような一芸を披露せよ、との事なのです。しかし……僕にはそんな披露できるような一芸は無くて」
「そんなの、適当に歌でも歌っときゃいいじゃないか」
「それも、そうもいかなくて。今まで披露されてきた一芸をやると、駄目だしが出るんです」
「……駄目だし……」
 思わず草間は絶句する。
「僕も色々やっていないような一芸を探しました。ですが、やはり僕一人の考えでは無理で。あと一週間しかないと言うのに……!」
「そりゃ災難だが。……だがな、ちょっと待て」
「……何ですか?」
「何でここに相談に来るんだ?ここは興信所だぞ?所謂探偵事務所だぞ?」
 不思議そうに言う草間に、昌平はけろっとして答える。
「だって、ここは色んなびっくりするような技を持つ人が集まる場所なんでしょう?」
「……ちょっと待てい!」
「いえいえ、分かってますってば。内緒にしておけば良いんでしょう?」
 制止する草間に構わず、昌平は悪戯っぽく笑った。一気に草間の疲労感が募る。そして、ついには大きな溜息をつきながらがっくりと肩を落とした。
「……一応、募ってみるだけ募ってみてやるが……」
「有難う御座いますっ!じゃあ、僕はまた明日来ますから!」
 嬉しそうに立ち上がり、昌平は意気揚々と帰っていった。草間はその背中に向かって「うちは興信所なんだぞ……」と小さく呟くのであった。


●芸人達

 草間興信所内に、5人の男女が集結した。もうすぐ、昌平がやって来るであろう興信所に。
「よくもまあ……来てくれたな」
 煙草を口にくわえ、草間はぽつりと呟いた。半ば呆然としている。
「アルバイトでしたら……どんなものでもやりますよ。どんなものでも」
 にこにこと力なく笑いながら、シオン・レ・ハイ(しおん れ はい)は言った。黒髪の奥にある青の目は、じっと草間の煙草に向けられている。煙草が苦手なのだ。だが、そんな事には気付かず、草間は煙を吐き出す。
「そりゃ、アルバイトには違いないが……。何が悲しくて芸を教えるのか……」
「あら、良いじゃない。怪奇の類じゃなかったんだから。ね、武彦さん」
 大きな溜息をつく草間に、シュライン・エマ(しゅらいん えま)はぽむぽむと頭を叩きながら慰めた。結い上げた黒髪がはらりと落ちるのも構わず、青の目を優しく草間に向ける。
「そうそう、いっつも嘆いていたじゃん。それに比べると、今回の依頼はマシな方じゃないか?」
 悪戯っぽく笑いながら、影崎・雅(かげさき みやび)は言った。黒髪をくつくつと笑いながらかきあげ、草間をからかう気満々の黒の目で見つめる。
「いいじゃんいいじゃん!俺がばーっちりレクチャーしてやるって!任せろって!」
 胸を張って鈴森・鎮(すずもり すず)がにかっと笑って言った。黒髪の奥にある緑の目を自身満々に光らせる。
「……にしても、俺に白羽の矢を立てるとは……いい度胸ですね?草間さん」
 溜息をつきながら、露樹・故(つゆき ゆえ)が言った。黒髪から覗く緑の目が、冷ややかに草間に向けられる。
「そう言うなよ。俺だって、何が楽しくて芸を紹介するっていうんだよ……」
 草間が溜息混じりにそう言ったその瞬間、ドアがバーンと勢い良く開かれた。皆が一斉に注目すると、そこには黒髪に赤の目をきらきらと輝かせながら楽しそうに立っている伍宮・春華(いつみや はるか)がいた。
「その話、乗ったぁ!それにしても、芸?武彦、もう興信所の看板を下げたらどうだよ?」
 春華は心底楽しそうに草間に言う。
「おい。看板下げてどうしようってんだ?」
「勿論、何でも屋の看板に差し替えるんだよ。そっちのがお似合いだって、な?」
「な、じゃないぞ!……ったく、人の気も知らずに」
 草間が溜息をつくと、一斉に笑いが起こった。ますます草間が不貞腐れる。
「まあまあ、武彦さん。仕方ないわよ」
 シュラインが慰めると、それに追い討ちをかけるように雅が口を開く。
「そうそう、仕方ないって。だって元々何でも屋だし」
「違うわい!」
「あはは!何だよ、涙目じゃん?大丈夫か?」
 鎮が草間に指差しながら笑う。シオンは鎮の頭を撫でながら微笑む。
「駄目ですよ、鈴森さん。図星なので悲しくなっているんですから」
 何のフォローにもなっていない、悲しい言葉である。
「全く、草間さんがまだ自覚していない方がおかしいんですから」
 駄目押しをする故。草間は煙草をくわえたまま、言葉もなく俯いてしまった。苦笑しながらシュラインがぽむぽむと優しく叩いて慰めても浮上はしない。
「……すいませーん。昨日お伺いした北条ですけど」
 そんな中、興信所のドアが開かれた。依頼人である昌平である。皆笑いを一旦おさめ、昌平に注目する。
「え?ええ?な、何ですか?」
「あなたが依頼人の北条さんね」
 シュラインが未だに浮上してこない草間に代わって話し掛ける。昌平はこっくりと頷き、それからぽんと手を一つ叩く。
「そうか、教えてくださる先生方ですね!」
 先生。その言葉の響きに、一瞬皆の心が集中する。不思議な感覚である。
「じゃあ、一人ずつ教えていこうぜ?一芸」
 雅は苦笑交じりにそう言い、皆を見渡した。皆もこっくりと頷く。
「宜しくお願いしますっ!」
 昌平はそう言い、深く深く皆に向かってお辞儀をするのだった。


●手品

 トップバッターは故であった。故は一歩踏み出して周りを見回し、草間の方を見て小さく溜息をつく。
「……草間さん、灰」
「……へ?」
 故に突如指摘され、漸く草間は浮上してきた。はっと気付くと、くわえていた煙草の灰がぽたりと机に落ちてしまったのだ。
「全く、それくらい拭きなさいよ」
 そう呟くと、故はハンカチを取り出して灰を拭き取る。
「すまんな」
「いえ」
 謝る草間に無表情で故は答え、ハンカチをゴミ箱に放り投げた。ポケットに収めるのではなく、ゴミ箱に。そして、ぽんと故が手を叩くとゴミ箱から鳩が飛び出し、故の肩に止まった。思わず一堂は拍手をする。故はそれにお辞儀だけで答えた。
「凄い凄い、凄いですー!」
 中でも一番感動していたのは昌平であった。しきりに手をぱちぱちと叩いている。
「それを僕に教えてくださるんですか?」
 少し興奮気味に昌平が言うと、故はにっこりと笑って「いいえ」と答える。
「奇術は、覚える事が出来れば営業どころか営業なんてしなくても一生遊んで暮らせるような部類です。ですが……簡単な奇術は恐らく、前にやられていると思うんですよね」
「そういえば……そうでしょうね」
「ですから、奇抜なものにしましょう」
「おお!」
 昌平が大きく応えると、見ていたメンバーも手をぱちぱちと叩く。
「脱出劇にしましょう。これが出来れば、何処からでも脱出する事が出来ますよ」
 にこやかに故はそう言うと、大きな箱を何処からか取り出す。厳重な鍵がついている、人一人入れる大きさだ。
「これに入って、脱出すればいいですよ」
「……ええと、すいません。種は?」
 根本的なことを昌平が尋ねると、故は暫く考え、小首を傾げる。
「……え?」
「え?って言われても。種を知らないと、脱出不可能ですよね?」
 おたおたとし始める昌平に、故はにっこりと笑って親指を突き立てる。
「大丈夫です。練習にはちゃんと付き合いますから。失敗しても俺は死にませんし」
「……ええと、あの、だからですね。種を教えてもらわないと……」
 顔が青くなり始めた昌平に、故は大袈裟に溜息をついた。
「奇術は夢を売るものなんですよ?種を教えてしまうと、想像する楽しみがなくなるじゃないですか」
「それはそうかもしれませんけど……僕が想像しても仕方が無いですし」
「大丈夫です。きっと練習したら脱出できるようになりますよ」
 故はそう言った後、小さく「多分」と付け加えた。昌平の顔が一気に青ざめ、泣いているのか笑っているのかさえ分からない顔をし……ぺこりと頭を下げた。
「棄権します」
「そうですか。残念ですねぇ」
 くすくすと笑いながら故はそう言い、そっとメモを渡した。ハンカチから鳩を出す種を書いてある、小さな紙を。昌平はそれを握り締めて礼を言った後、小さく「これが平和だなぁ」と呟くのであった。


●団子

 二番手を申し出たシオンは、まず皆で団子作りから始まった。それでたくさんのくしにささっていない団子を作り上げ、次にたくさんの串を用意してもらった。
「……思ったんだけどさ、これを作っている間に誰かが教えたらよかったんじゃないか?」
 ふと雅がシオンに言うと、シオンはゆっくりと首を振る。実に爽やかに笑いながら。
「それでは、私が皆さんの芸を見れないじゃないですか」
「それだけの理由なの?」
 恐る恐るシュラインが尋ねると、シオンはゆっくりと頷いた。
「分かる分かる!人の芸って見たいよな!」
 妙に納得しながら、鎮が頷く。シオンは少し照れたように「ええ」と微笑んだ。
「にしても、これってちょっと作りすぎじゃねーか?」
 春華が山盛りになった団子を見ながら言うと、シオンは首をそっと振った。
「たくさんあればあるほど、お腹が満たされ……楽しいじゃないですか」
「今、お腹が満たされると言いませんでした?」
 故が突っ込むが、シオンは無かった事にして微笑む。
「では、私の芸をお教えしますね。……と言っても、普通の芸なんですけど」
「下準備に時間がかかるしな」
 草間はようやく始まる芸の披露に、煙草をくわえながら突っ込む。シオンは、それは聞こえなかったふりをし、片手に10本もち、もう片方の手で団子を掴んで空中に投げた。宙を舞うたくさんの団子。シオンは落下地点と速度を瞬時に見極め、持っていた10本の串を中に放った。そして、大きな皿を持って待機していると、串にそれぞれ三つずつ団子が刺さり、皿の上に綺麗に山となった。
「おおー!」
 昌平を始め、皆が感嘆の声を上げる。シオンはそれに「どうもどうも」と頭を下げて応えた。
「いいですか、北条さん。これは生きるか死ぬかの一芸ですからね?」
「はい!……って、そんな大々的な芸なんですか?」
「勿論です」
 シオンはそう言うと、ばたりと倒れてしまった。慌てて昌平が近寄ると、シオンは「だ、団子をもらってもいいですか?」と死にそうな声で呟いていた。そこで、昌平は先ほどシオンが串に刺した団子を「どうぞ」と言って手渡してやると、シオンは一気にそれらを食べ、一息ついてから起き上がった。
「……このように、ちゃんと串にさして皿の上に置かなければ、食べる事が出来ませんから」
「……ああ、だから生きるか死ぬかなんですね」
「その通りです」
 もぐもぐと口を動かしながら、シオンは応えた。至極真面目な顔だ。
「な、なるほどです。でもこれならば僕にも出来る……かも」
 昌平はもぐもぐと団子を食べつづけるシオンを見て、こっくりと大きく頷くのだった。


●紙芸

 三番手を買って出たのは、春華だった。
「ええと……どっちにしようかなぁ」
「どっち、とは?」
 昌平がきょとんとして尋ねると、春華は真剣な顔をして指を二本立てる。
「剣技か、紙芸か」
「剣技……は、捕まりそうですね。銃刀法違反とかで」
「そっか。じゃあ、紙芸かな?」
 春華はそう言うと、近くにあったレポート用紙を一枚掴んだ。
「お、おい春華!」
「いいじゃん、一枚くらい」
 慌てて止めた草間のいう事もそこそこに、春華はその紙をべりべりと細かく千切っていった。
「おい!報告書だぞ、それ!」
「いいじゃん、別に。腐るもんでもないし」
「腐りはしないが、明らかに千切られていっているんだが!」
「まあ、千切っていってるからな」
 草間の言葉を無視し、春華は容赦なくびりびりにしていく。
「こんなもんかなー」
 春華はそう言うと、積み上げられた紙切れの山を見てぱんぱんとはたいた。草間は口をぱくぱくさせたまま、既に言葉を失ってしまっていた。春華はちらりと草間に目をやってから、悪戯っぽく笑い、そっと指を一本立てて小さく円を描いた。すると、紙切れの山が少しずつ吹き上がり、春華の指の動きに合わせてひらひらと舞う。
「わあ、綺麗……!」
 嬉しそうに鎮が声を上げた。春華は鎮に向かってにっこりと笑い、それから見惚れている一堂に向かって「な」と言ってにかっと笑った。
「綺麗ですねぇ」
 昌平はまたぱちぱちと手を叩く。
「花弁とか葉っぱとかでやっても綺麗なんだぞ」
「本当ですねぇ。で、どうやってやるんです?」
 昌平が身を乗り出して尋ねると、春華は「あー」と言いながら後頭部をがしがしと掻く。
「俺さ、人に教えるのって苦手なんだよな。だから、見て覚えてくれ」
「なるほど。見て覚えろと言う訳ですね」
 昌平はそう言い、メモと鉛筆を用意して見守る。春華は、最初はゆっくりと紙吹雪を舞わせたりしていたが、次第に昌平の存在を忘れて遊び始めた。紙吹雪で絵を描いてみたり、はたまた小さな竜巻を作ってみたり。じっと見つめる昌平。遊びつづける春華。
「……なぁ」
 ぽつり、と雅が口を開く。
「あれって、普通の人間に習得可能なもんなのかねぇ?」
「まあ、無理でしょうね。あれは彼自身の特殊能力ですから」
 故がしれっと応える。
「そうよねぇ。確かに綺麗だけど、あれは北条さんには無理よねぇ」
 シュラインもこくこくと頷きながら呟く。
「努力次第では多少出来るようになるのではないでしょうか?」
 きょとんとしながらシオンが言う。口には団子。
「無理だろうけど、綺麗だよな!」
 あはは、と明るく鎮が笑いながらきっぱりと言い切った。一同はこっくりと頷き、しばらく紙吹雪のショウを楽しむのであった。


●小動物

 四番手を申し出たのは、鎮だった。胸を大きく張り、えっへんと小さく言ってからにっこりと笑う。
「芸だろ?まーかせろって!俺がばっちりきっちりレクチャーしてやるって」
 鎮はそう言い、ばしっと昌平の背中を叩く。昌平は少しだけげほげほとむせながらも「ど、どうも」と言った。
「俺に任せれば、ばっちりだぜ!満場の拍手は俺たちのものだ!」
「は……はい!そうですね!」
 だんだん昌平も鎮に乗せられてきている。
「俺が教えるのは、某お笑いマジシャンが得意とする……これだ!」
 鎮はそう言うと、その姿をイタチの姿に変えた。ふわふわの毛に、つぶらな瞳、きょとっと傾げた首も可愛らしい。思わず一同が和まされる。
「お、おい!和んでいる場合じゃないぞ!」
 イタチ……もとい、鎮に言われ、ほわんとしていた昌平ははっとする。イタチに癒されている場合ではなく、今は芸を仕込んで貰わなくては。
「は、はい。そうでしたね。で……どういった芸ですか?」
「俺が教えるのは……ほら、俺を抱っこしてみろ」
 昌平は「失礼します」と一言断り、鎮を抱き上げる。小動物特有の癒される雰囲気が出来上がりだ。
「ほら、あるだろう?ぬいぐるみを生きているもののように見せるっていう手品。あれをするんだよ」
「ええと……じゃあ、死んだ真似っ!」
 昌平が言うと、鎮ははたりと倒れる。昌平はにこっと笑い、次々に「お回り」「ジャンプ」などといって繰り返していく。常に笑顔である。息もぴったり。
「……あれは、手品じゃないですよね?」
 ふと疑問を抱きながら、故が口にした。自らが奇術師であるので、一緒にされるのはどうか、と思ったらしい。
「あれは……動物芸だと思うんですが」
 シオンも頷きながら呟く。
「あーでもいいなーあれ!俺もやりたい!」
 春華が羨ましそうに鎮と昌平を見つめる。
「本当よねぇ。あれは可愛いわ」
 シュラインが妙に納得しながら頷く。
「あれはあれでアリなんだろうなぁ。見た目可愛いし」
 くつくつと雅が笑いながら言った。その間にも、何とも息のあった二人のショウは続いている。
「空を飛ぶって言うのもあるが、それは無理だもんな!」
「そうですね、無理ですねっ!」
 あははは、と笑いあう二人。コンビ名が決まるのも、時間の問題となりそうであった。


●方言

 五番手として出てきたのは、雅であった。雅はまずはふところから豆大福を5つ取り出し、応接間の机に並べた。
「……何ですか?これ」
「豆大福」
 きっぱりと言い放つ雅に、昌平は「いやいや」と手を振る。
「それは分かるんですけど、大福で一体何を……?」
「それはだな、いわゆる利き大福?」
 利き大福。不思議な言葉の出現に、皆の首が45度傾く。
「利き酒の友達のようなものですか?」
「そうそう、そういう事!大福を見て、何処の店のものかを当てるんだ」
 にこにこと笑いながら雅は言った。昌平は「はあ」と言ってじっと五つの豆大福を見つめた。どれもこれも、同じような形をしている。見分けなどつかない。
「これ、全部違う店なんですか?」
「当然!因みに、ぽちは煎餅を当てるのが得意だ。……普通すぎたか?」
 ぶんぶんと昌平は首を振る。
「そんな事は無いんですが、僕に微妙な違いが分かるか怪しくて」
「そっかー。……じゃあ、その豆大福は皆に食べて貰うとして。他の芸だろ?」
 うーん、と雅は唸り、興信所内をぐるりと見回す。そして、冷蔵庫をじっと見つめながら呟く。
「冷蔵庫担ぎとか?」
「……え?」
「あ、電柱をへし折るとか?」
「……ええ?」
 呟いてから、昌平が口をぽかんと開けているのに雅は気付き、「悪い悪い」と言って苦笑した。
「ちょっと普通すぎたな!もっと奇抜なのだよな!」
「普通……いや、普通で良いです」
 どうせ出来ないのだから、と昌平は乾いた笑いを浮かべる。冷蔵庫を担いだり、電柱をへし折ったりすることを伝授されても、到底無理なだけだ。
「じゃあ、方言とかってどうだ?関西弁とかって意外と難しいじゃん?俺も前に挑戦した事あるんだけどさ」
「関西弁、ですか」
「出血サービスで広島弁とか博多弁とかもいいな。日本各地の方言オンパレードにしてみるとか」
「日本各地方言オンパレード!」
「けっこーマジだぜ?ほら、東京って所は日本各地から色んな人が吹き溜まってるしさ。営業先に地方出身者がいる可能性だって多いはずだし。そしたら、マスターしといて損は無いじゃん?」
「で、ですけど。なかなか方言と言うのも難しいじゃないですか。下手に使うと、ブーイングが来そうですし」
 昌平がおろおろしながら言うが、雅は「そっか」とだけ答え、にっこりと笑う。
「ええと、桃太郎とかのありふれた絵本を方言変換とか」
「お、覚えきれないと思うんですよ」
 昌平がおどおどしながら言うが、雅は「そっか」とだけ答え、にっこりと笑う。
「登場人物一人一人が違う出身者とかでも面白いよな」
「イントネーションとかも、微妙に難しいと思うんですよ」
 昌平がちょっと涙目になりながら言うが、雅は「そっか」とだけ答え、にっこりと笑う。
「……あれ、完全に遊んでますよね」
 シオンがぽつりと呟くように言う。
「ちょっとやりとり面白いけど」
 鎮がくすくすと笑いながら言う。既にイタチの姿はしていない。
「なかなかいい案だと思うんだけどねぇ」
 シュラインは苦笑しながら言う。
「そーそー。結構面白いと思うぜ?ブーイング来たっていいじゃん」
 春華は悪戯っぽく笑っている。
「ブーイング来たとしても、結局北条さんが困るだけですからね」
 にっこりと笑いながら故は言う。全員、雅と昌平のやりとりが既に芸になっているのでは、と思わずにはいられなかった。


●挨拶

 最後に出てきたのは、シュラインだった。
「他の皆に比べたら、そんなに派手な芸でもないんだけど……」
「何ですか?」
「職業当て」
「え?」
「ええとね、人の足跡や癖で職業を当てるの。あと、数人の会話を一度に聞き分けるとか」
 皆、しーんと静まり返り、シュラインに注目する。ぼそぼそと「聖徳太子」「聖徳太子だ」という囁きが響く。
「すいません。厩で生まれなかったばかりに……!」
「いや、厩は関係ないと思うわ」
 ぐっと拳を握り締める昌平に、思わずシュラインは突っ込んだ。
「あとは……そうねぇ。お金の金額を当てるとか。ちょっとやってみましょうか?」
 シュラインはそう言い、草間に小銭を何枚か机に落とすように促す。チャリーンという金属音が鳴り響く。ごくりと喉をならしながら、他のメンバーが見守っている。
「何円かしら?」
「え?……さ、三百円くらいでしょうか?」
 突如振られ、昌平はおどおどしながら答えた。シュラインは苦笑し「惜しいわ」と言う。
「答えは、百円玉2枚と、五十円玉3枚と、十円玉1枚と、五円玉1枚と、一円玉4枚だから……三百六十九円ね」
「……当たりだ」
 一同から「おおー」というどよめきと、盛大な拍手が起こった。昌平も思わず拍手する。
「どうかしら?これならできそうじゃない?」
「……いえ、全然分かりませんでしたが」
 きょとんとしながら、昌平はただただぱちぱちと拍手を送る。
「経験の問題だものねぇ。……じゃあ、挨拶はどう?」
「挨拶、ですか」
「そう。さっきの影崎さんと似ているんだけど、百カ国くらいの言葉で挨拶をするの。『おはよう』とか『こんにちは』だとか」
「ひゃ、百カ国ですか!」
「無理?じゃあ、80?」
「は、80!」
「ええと……50?」
「ご、50もちょっと……」
「そうねぇ……じゃあ、最低30」
 30と言われ、昌平はごくりと喉を鳴らす。覚えきれない数字では無い気がするが、そおこまで落ちると他の一芸と被っていそうな気がしてくる。
「本当はね、手先が器用ならキャベツの千切りだとか野菜の飾り切りだとかもどうかなぁと思ったんだけど……野菜が勿体無いじゃない?」
「ああ、しかもそれは去年うちの部長が挑戦したそうです。『ザ・野菜調理人』っていう題名で」
 題名までつけて一芸を披露している事を知り、思わず笑い出す一同。
「と、ともかく30で頑張ってみます。被らない限り……」
 ぼそり、と昌平は付け加えた。シュラインはまだくすくすと笑いながら「そうねぇ」と言った。
「じゃあ、30の言い方を紙に書いてあげるから、一週間練習するだけしてみたらどうかしら?」
「はいっ!有難う御座います」
 ぺこり、と昌平は頭を下げる。
「武彦さんも、何か教えてあげたら?ほら、煙草の煙で輪っかを作ったりするじゃない」
「そうだなぁ」
 草間はそう言いながら、煙草の煙で輪っかを作る。だが、昌平は爽やかな笑みを浮かべながら口を開く。
「いいえ!僕、煙草吸わないので」
「そうか……」
 昌平はもう一度ぺこりと頭を下げ、「一週間後の芸能大会に、是非来てくださいね」と言い残して興信所を後にした。一芸を授ける事の出来なかった草間だけが、心なしか寂しそうに煙草の煙で輪っかを作るのであった。


●芸能大会

 かくして芸能大会が始まった。昌平は、教えられた芸を一つ一つ確認しながら、出番を待っていた。そして、昌平がステージに立った。
「では、行きますっ!」
 昌平はそう言うと、15カ国の言葉で「こんにちは」の挨拶をし、団子を空中に放り投げて串を刺して皿に盛り、その皿に盛った団子を鳩に変え、次にイタチと化した鎮とコンビを組んで様々な地方の方言で対話をし、15ヶ国の言葉で「有難う御座いました」を言ってポケットから紙吹雪を取り出して礼をした。
「……やりすぎ」
 一同が同時にぽつりと漏らした。会場内の社員達も皆どうしていいのか迷い、とりあえずの拍手を送っている。
(ああ、なんだか満場の拍手はいただきってかんじだな!)
 鎮はステージの上でにんまりと笑う。
「いやいや、どうもどうも!」
 そんな中、ステージの上の昌平だけが、妙に笑顔で何度も礼をしているのだった。

<駄目だしは避けられ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1892 / 伍宮・春華 / 男 / 75 / 中学生 】
【 2320 / 鈴森・鎮 / 男 / 497 / 鎌鼬参番手 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(本性:Efreet)】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「我に一芸を」にご参加いただき、本当に有難う御座いました。今回はコメディタッチで書かせて頂きましたが如何だったでしょうか?
 鈴森・鎮さん、鎮さんとしては初めまして。参加有難う御座います。可愛らしく、元気一杯に書かせていただきました。一芸はイタチネタで。いかに可愛らしく書くかで必死でした。
 今回は会話と内容のテンポを重視した為、全員共通の文章となっております。更に、いつもよりも多少長めになっております。すいません。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。