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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


犯人はお前だ!

「おやいらっしゃい。あんた、またいいところに来たね」
 そう言って、カウンターの上に肘をついたまま出迎えた、店主蓮の笑みはわずかにひきつっていた。
「いいところ?」
 迎えられた方の客人、ラクス・コスミオンは、店主の意味ありげな言葉を実に素直に繰り返すと、軽く首を傾げた。
「ああ、あんた、本好きだったろ?」
 その言葉に、ラクスは蓮の肘の下に何やら分厚い本が置いてあるのに気付いた。
「はいっ」
 途端にラクスは顔を輝かせた。知識の番人たるアンドロスフィンクスにとって、書は大切な友。何か古えの叡智でも記されているのか、見るからに重厚な装丁を施されたそれは、ラクスの胸をときめかせた。
「ちょっとこいつのこと、頼めないかねと思ってね」
「喜んで」
 蓮の頼みに、ラクスは嬉々として身を乗り出した。はずみで、蓮の方がわずかに上体を退き、その腕が本の表紙から離れた。何とも不幸な巡り合わせであるが、おかげで次の瞬間、ラクスはとんでもない災難に見舞われる。
「犯人はお前だ!」
 唐突に本が開き、中から現れた血まみれの男がラクスを指差したのだ。それも、ラクスの顔にぶつかりそうなくらいに間近で。
「……っと、いけない」
 慌てて蓮が再び本を閉じた時にはもう遅かった。この男性恐怖のスフィンクスは、声にならない悲鳴をあげ、頭を抱えてうずくまってしまっていた。
「大丈夫かい?」
 蓮が本を抱え込んだままで覗くと、ラクスはようやくおそるおそる、といった様子で視線を戻した。ちらりと見せたその顔はひどく強張ったままで、ナイルの恵みを映し込んだような緑の瞳には涙さえ浮んでいる。
「いや、悪いことしたね。……この本については他をあたるよ」
「……待って下さい」
 済まなそうに言って本をしまおうとした蓮を、蚊の泣くような声が止めた。
「大丈夫です。ラクスがやります」  
 まだいくらかかすれた声で言って、ラクスはどうにか顔を上げた。
 目の前にあるのは「書」なのだ。それも、何らかの問題を抱えた。それをそのままに捨ておくにはあまりにも忍びない。
「そうかい? じゃああんたに頼むけど、無理はするんじゃないよ」
 ぶっきらぼうながらも心配そうに溜息をついた蓮に、ラクスは小さく頷いた。もちろん、本を押さえておいてくれるように小さな声で頼むのも忘れない。書を何とかしたいという思いは嘘ではないが、できればあの血塗れ男と顔を合わせるのはごめんこうむりたい。
「こいつは、とある古本屋のへらへら男が持って来たものでね」
 蓮は苦笑いしながらも体重をかけるようにして本の表紙を押さえると、ことの経緯を話し始めた。
「半分三流ミステリー、半分三流怪談の合わせて六流、しかも書きかけらしくてね」
 言いながら蓮は用心深く半分より後ろのページを開いて見せた。一瞬身を強張らせたラクスも、男が出てこないのを確認してから本を覗き込む。確かにそこは、真っ白で何も書かれていないページだった。
「最初に死体を転がしたものの、続かなくなってやめたんだろうね。多分、この死体が犯人に向って叫ぶシーンがあったんだろうが、それも幻と消え、代わりにあいつがところ構わずそれを再現してる、ってとこらしいんだ」
 言い終えると、蓮はやれやれと溜息をついた。なんでこんな中途半端なネタが具現化されるはめになったんだろうねぇ、とぼやき気味に続ける。
「『書』として不完全なのが、原因なのですね……」
 今は蓮が厳重に押さえてくれている本の表紙を眺めながら、ラクスは呟いた。
「というと?」
「この書に加筆して完成させます」
 書は完成されるために生まれて来るものだ。不完全なままに放置されているのはどれほど無念なことだろう。書を完成させることで、筆を折った書き手のわだかまりも少しは解消されるだろうし、先程の「被害者」が満足すれば、この問題は解決するのではないだろうか。
「そのためにこの書をお借りしたいのですが……。あの、ちょっと、このまま待っていていただけますか? すぐ戻って参りますので」
「ああ、構わんよ」
 ラクスは軽く首を傾げた蓮に頭を下げると、獅子の強い足にものをいわせ、一目散に店から飛び出していった。

「何なんだい、それは?」
 店に戻ったラクスの手の中にあるものを見て、蓮は再び首を傾げた。先程の事故によっぽど責任を感じてくれたのだろう、律儀に本の表紙は押さえたままで。
「えっと、あのう、できれば使いたくないんですけれど、先程の男性に大人しくしておいて頂きたいので……」
 ラクスは歯切れ悪くそう言うと、首を竦めた。彼女が手にしているものは、魔力のこもった小さな石をいくつかひもでつなぎ合わせたものだった。
「ああ、なるほどね。その石であの男を封じ込めるというわけだね」
 蓮は納得がいったとばかり、くつくつと笑った。
「ええ、あの方が出て来られるのは、文字の書いてあるところを開いた時だけのようなので……」
 ラクスの言葉を受けて、蓮は注意深く本の中程を開けた。文字の書かれているページと白いページのちょうど境目を探してくれる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当はこんなことしたくないんです」
 ――でもやっぱり、怖いんです。
 何度も何度も謝りながら、ラクスは文字の書かれている方の紙束に、持って来た石を巻き付けた。これでとりあえず、男と遭遇しなくて済むはずだ。
「ありがとうございます、蓮様。じゃあ、この書はお借りしていきます」
 ふう、と額に浮いた汗を拭ったラクスに、蓮は「気を付けなよ」とねぎらいの言葉を口にした。

 本を持って屋敷へと帰って来たラクスは、すぐに自室へと引っ込んだ。続きを書くためには、まず書いてある部分を読まなければならない。けれど、読むために書を開けばあの男が出て来てしまう。それだけは何としても避けなければならない。
 ラクスは鏡を持ち出した。もちろん、魔術のかかった、彼女特製のものだ。それで、本を開けずして文字だけを映しとる。書を開けることなく内容を読み取るだけなら、何もこんなに手間をかける必要もないのだが、直接やると、またあの男と遭遇するかもしれない。そんな危険を冒すくらいなら、これくらいの手間など何でもなかった。
「……」
 とりあえず書かれている部分を映し出し、それに目を通してラクスは思わず溜息をついた。本当に、大したことは何も書かれていない。夜中の磯で、殴られて昏倒する被害者の描写と、場面変わって日常風景が少し描かれ、その中にある種のおどろおどろしさが匂わされている程度だ。しかも奇妙なことに、被害者以外の登場人物が出てこない。これをどう、加筆完成させようというのか。
「とりあえず……、『犯人はお前だ』だから、加害者の方が必要ですよね……」
 ラクスはひとりごちると、ライオンの前脚で器用にペンを執った。
「かといって、登場人物を新しく作るのも何ですし……」
 くるくると緑の瞳を回しながら、ゆっくりと考えをまとめていく。
 推理ものといえば、動機やアリバイ、殺害方法もを考えなければならないが、こ怪談の要素も含まれているこの書では、それもあまり意味をもちにくい。
「ええ、やっぱり最初の書き手の方にお願いしちゃいましょう」
 どの道、被害者兼探偵役を「殺し」て、「死体を転がした」のは最初の書き手なのだ。しかも、それまでの文体からしても、主語が使われていない。犯人、すなわち「書き手」の目線で描いたことにしてしまえば、全く矛盾も生じない。そう、書き手は被害者を殺したものの、それを追及されるのを恐れて迷宮入りさせたのだ。
 ラクスは、本の白いページにペンを走らせた。筋道が決まれば、すらすらと筆は進む。途中で適度に山あり谷あり、どんでん返しも忘れない。もちろん、ラストシーンには「犯人はお前だ!」をもってくる。
 いつしか熱中していたのだろう、書き終えた頃にはとっぷりと夜も更けていた。ずっと同じ姿勢でいたためか、気付けば身体もあちこちだるい。が、それは心地よい疲れでもあった。何より、1つの書を書き上げた、ということで、1冊の専門書を読み終えた時にも劣らないような充実感がラクスを満たしていた。
「終わりました……」
 ほう、と1つ息をついてラクスは、書にかけてあった石をはずし、ぱたんとそれを閉じた。が、すぐにその表紙が再びめくれあがる。
「犯人はお前だ!」
「……!」
 あまりと言えばあんまりだ。完全な不意打ちに、ラクスの悲鳴が夜半の屋敷に響き渡った。

 後日。
 ――見つけました。やっと見つけました。
 ラクスはとあるアパートの前に立っていた。その手には、厳重に封印を施された例の書物。
 三流ミステリー兼怪談に、加筆して完成させたは良いが、うっかり書き手視点で書いてしまったがために、本当にラクスが「犯人」になってしまったのだ。これはもう元の書き手を探すしかない、と魔術の粋を尽してようやく探し当てたのがここ、というわけだ。
「はい?」
 呼び鈴に応えてドアを開けたのは、若い男だった。やや髪を茶色に染めた、人なつこそうな青年だったが、ラクスはやはり身を強張らせてしまう。どんなに人好きがしても、やっぱり男は男、なのだ。
「こんな美人を迎えるにはむさ苦しいとこですが、どうぞ」
 青年はほんの少し怪訝な顔をしたものの、愛想よく笑ってラクスを中へと招き入れる。
「……お邪魔します」
 ラクスは逃げ帰りたい気分を何とか抑えて、その後に従った。
「この、書を見て頂きたいのですけれども」
 部屋に入り、勧められるままにその一画に座ると早々に、ラクスは本題を切り出した。封印を外し、例の書物を男へと渡す。
「え?」
 ラクスの前にコップを置き、それに麦茶を注いでいた青年は、驚いたように2、3度目を瞬かせながらも、それを受け取った。彼が訝しげにページを繰った、その瞬間。
「犯人はお前だっ!」
 例の血まみれ男が現れて、青年をびしりと指差した。心なしかわずかに震えて聞こえるその声は、ようやく探し人を見つけだした喜びを含んでいるようにも思えた。
「え?」
 当の青年の方は、ぽかりと口を開け、呆けた顔で血塗れ男を見返した。だが、その表情がしだいに変わっていく。
「……その泣きぼくろ、左頬の傷、曲がった鼻……。まさか……、まさか、鈴木?」
 信じられない、といった面持ちから唖然と呟いて、一気に顔を強張らせる。
「済まなかった、済まなかった鈴木! この通りだ」
 青年は、むしろ滑稽なくらいの勢いで血塗れ男に頭を下げた。血塗れ男は黙って青年を指差したままだったが、その指先は細かく震えていた。

「いやぁ、懐かしいというか恥ずかしいというか……」
 自分のコップから麦茶を一口飲んで、青年は頭をかいた。
「あれ、俺が高校の時に考えた話だったんですけど、当時、何かで読んだことがありましてね。ほら、『ミステリーって今や書き尽くされているけれど、まだ一度も書かれていない分野が1つある。それは読み手が犯人である話だ』って」
「はぁ……」
 男の話に、ラクスは曖昧にあいずちを打った。用が済んだ今となっては、さっさと失礼したいところだったが、そうもいかずに話に付き合うはめになっている。
「それなら、俺が書いてやるって思ったんですよ。話を読み進めて行くうちに、読み手はだんだんと、奇妙な感覚を抱いていく。そして、最後に被害者に『犯人はお前だ!』と言われて、自分が犯人であることに気付く――。これぞ究極の意外性、衝撃のラスト、驚異の現役高校生新人、鮮烈デビュー! ……なんてね」
「はぁ……」
「当時は結構本気で考えてたんですよ。友人を被害者のモデルにしたりして。もっとも、すぐに行き詰まりましたけどね」
 男は苦笑を浮かべると、分厚い本のページをめくった。もう、あの血塗れ男鈴木は出てこない。
「それにしても、ノートの片隅に書いてたような話なのに……。誰かが見つけてこんな立派な本に書いておいてくれたのかな……。本当、今読むとよくこんなもの書いてたなって気分になりますけど」
「はぁ……」
 ラクスは男の述懐を聞きながら、手持ち無沙汰に麦茶を一口飲んだ。
「でも……。今普通に学生やってますけど……。なんだか、これを見て書くことが好きだった自分を思い出しました。初心に返れたっていうのかな、懐かしい……」
「……」
 ふ、と男が懐かしげな光を目に浮かべた。それを見たラクスにも、ふと今までの苦労は無駄ではなかった、この依頼を受けてよかった、という気持ちがわいてくる。
「わざわざ届けて下さって、本当にありがとう」
「いえ、そんな、ラクスは……」
 深々と頭を下げた男に、ラクスは慌てて首を振った。

 男の部屋を辞したラクスは、その足でアンティークショップ・レンへと向った。依頼の完了を報告しようと思ったのだ。
「そうかい、終わったかい、お疲れさま。随分大変だったみたいだね」
 報告を聞いて、蓮は苦笑いを浮かべた。
「さっき、依頼人のへらへら男が礼だとかで菓子折り置いていってね……。ま、茶でもいれるから飲んできな」
 そう言って、蓮は席を立った。
「あ……、そういえばラクス、原作者様のところにあの書を置いて来てしまいました……。依頼人様にお返ししなきゃいけないんでしょうか……」 
「ああ、そのことなら構わないと言ってたよ」
 心配げなラクスに、からりと笑いかけて、蓮はポットの中身をカップに注いだ。
「何でも、古書店は行き場を失った本の集まる場所だから、本があるべき場所に還れるならそれでいいんだとさ」
「行き場を失った書、ですか……」
 ラクスは蓮の言葉を呟くように繰り返した。ふと、思い出したくもないのだが、あの血塗れ男の顔が頭をよぎる。今から思えば、あれは、哀しそうな表情だったような気もしてくる。
「ま、今日はゆっくりしてきな。どうせ客も来ないだろうし」
 蓮は再び椅子に腰を下ろすと、いつものようにキセルをぷかりとふかし始めた。
「ありがとうございます。いただきます。」
 ラクスは小さく微笑むと、差し出されたカップを手にとった。温かな湯気が静かに上がる。その柔らかくて心地よい香りに、ラクスはそっと目を細めた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの沙月亜衣です。再度のご発注、まことにありがとうございます。

 今回は、予定通り(?)完全個別で作成させていただきました。お気が向かれましたら、他のお話にも目を通していただければ幸いです。

 前回もそうでしたが、ラクスさんのプレイングには優しさが溢れているなぁと思います。今回、コメディネタにも関わらずそれなりにしんみりした展開を含んで居るのは、ラクスさんのお人柄ゆえだと思います。
 それにしても今回、本当に災難な目に遭わせてしまいました。これに懲りずに、またの機会にご参加いただけたら、と思います。

 ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。