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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


犯人はお前だ!

 時折、ふとこの店に足が向くことがある。古書店にも似た、少し埃っぽい独特の雰囲気が肌に合うのか、それとも何かに呼ばれたのか。
 城ヶ崎由代がアンティークショップ・レンの扉をくぐると、店主の蓮はカウンターの奥に座り、ひまそうにキセルをふかしていた。由代の姿を認めると、「いらっしゃい」とぶっきらぼうな挨拶だけをよこす。
 由代の方も慣れたもので、にこやかに挨拶を返すと、品物の置かれた棚の方へと目を移した。ふと、その視界の隅に新しい来客の姿が映る。まだ年若い男で、由代と目が合うと愛想よく笑って会釈をよこした。
 由代も会釈を返しながら、素早くこの青年を観察する。小脇に荷物を抱えているところからすると、「いわくつき」の品を持ち込んで来た客だろう。
――本、か。
 青年の荷物の中身に見当をつけて、由代は目を細めた。由代は魔術師だ。いわくつきの本とくれば、俄然興味を引かれる。もしかしたら、何かの魔術書かもしれない。
「……あんたかい」
 店の中に入ってきた青年の顔を見て、蓮はあからさまに嫌な顔をした。どうやら、よくやっかいごとを持ち込む人物なのだろう。
「こんにちは、蓮さん。相変わらずお美しいですね」
 けれど、当の本人は、気にする様子もない。へらへらと軽薄な笑みを浮かべると、歯の浮くような世辞を口にした。
「……客で来たってわけじゃないんだろう? 何の用だい?」
 蓮が煩わしそうに言うと、青年は悪びれた風もなく、持って来た荷物を解いて、中身をカウンターの上に置いた。由代の思った通り、ハードカバーの分厚い本だ。由代は、少し離れたところから成りゆきを見守ることにした。
「この子なんですけどね。ちょっと困った子でしてね」
 相変わらずにこやかに、青年はもったいつけて話し始めた。
「あんたとこの本屋には困った子しかいないだろう? で、何の本なんだい、これは」
 呆れたように言ってキセルをぷかりとやりながら、蓮は視線だけを本に落とす。
「いえ、うちの子たちはちゃんと相手をわきまえて悪戯していますよ……。これは、ミステリーと怪談を混ぜたような本です。どちらも頭に三流がつきますが」
 青年は、相も変わらずにこにこと微笑みながら、意外と手厳しい言葉を口にする。
「しかも、書きかけなんですよ。最初に死体を転がしたまではよかったものの、途中でにっちもさっちもいかなくなったんでしょうね」
 言いながら、彼は本の中程を開け、ぱらぱらとページをめくってみせた。彼の言う通り、白いページばかりが続いている。
 聞いていれば、どうやら問題の本は魔術書でも何でもなく、しかも青年の話す通りなら、読み物としての価値も薄い。一体、この本に何があるというのだろう。
「で、どこが困るんだい?」
 由代と同じ疑問を口にしながら、蓮は何気なく本の表紙を開いた。さすがに、最初の方には記述があるのが由代の位置からでも伺える。と、突然。
「犯人はお前だ!」
 本の中から現れた血まみれの男が、蓮をびしりと指差した。
 傍らで見ていた由代は、思わず口元を押さえて、くつくつと笑い声をもらした。男がびしっと決めようとしているのはわかるが、これが三流の哀しさなのか、インパクトは充分だが、今一つ決まらないし、むしろ滑稽でさえある。
「はあ?」
「犯人はお前だ!」
 思わず口をぽっかりと開け、キセルを取り落としそうになった蓮に、男は再び繰り返した。
「犯人は……」
 男が三たび繰り返しそうになったその時、青年が本を閉じた。男は、どこまでも恨めしそうな視線を残して姿を消す。
 その様子を見て、由代は、おや、とばかりに片眉を上げた。
「……というわけなんですよ。誰かれ構わずこれをやるんです。店の中だけならまだしも、外でまでやり始めたんで、どうにも……」
 青年は溜息をつくと、やれやれと首を振った。
「……何なんだい、あれは」
 蓮が憮然とした顔を青年へと向ける。
「多分、こういうシーンが出る予定だったんじゃないですかね。死んだ被害者が犯人を糾弾するような……。でも、そこまでいかずに執筆中止になった、と」
――面白いな、これは。
 由代は2人のやりとりを聞いて、目を細めた。本当に面白かったのは、先程、血塗れ男に指差された時の蓮の表情だったりしたのだが、それを口にするのははばかられた。美人の機嫌を損ねても、得することは何もない。めったに見られないものを見たというだけで満足しておくべきだろう。
「冗談じゃない、あんた、自分で何とかしたらどうなんだい?」
 案の定、つっけんどんに青年に返す蓮の言葉は、どう考えても御機嫌麗しいものとは言えなかった。けれど、青年の方もまた、悪びれた様子は見せない。
「けれど、ほら、よその人に叱ってもらった方が堪えるって言うじゃないですか。」
「本が未完なら、完成させれば良いんじゃないかな」
 頃合を見計らって由代が声をかけると、蓮と青年が同時に振り向いた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は城ヶ崎由代という者だけど」
 由代が名乗ると、青年はにこりと笑みを浮かべる。
「僕は夕霧拓真と言います。古書店の店員をしています。どうぞよろしく」
 自分をよろしくなのか、店をよろしくなのかはよくわからないが、青年はぺこりと頭を下げた。
「で、完成させるって?」
 2人の自己紹介が終わるのを見計らって、蓮が話を本題へと戻す。
「ああ、さっきの男に誰に殺されたかを聞き出していけば良いんじゃないかな。で、それに基づいてここにいる面々で即興ドラマを仕立ててみる、と」
「ちょっと待った、ここにいる面々って」
 蓮が眉を寄せる横で、夕霧は相変わらずにこにこと笑っている。
「ドラマ、ですか。面白そうですね。見て行けないのが残念です」
「夕霧君、キミもやるんだよ」
 由代はにこりと笑って青年を見返した。
「僕も、ですか?」
 夕霧は笑顔を崩さずに問い返した。嫌がっているのか、乗り気なのか、その表情からはよくわからない。
「当然。ただでさえキャストが少ないんだから。蓮さんも頼みますよ」
 由代はさらりと言い切った。適度な重さをもつバリトンは、声を荒げずとも、不思議と相手を納得させてしまう。2人に異論がないことを確認すると、由代は例の本を開いた。
「犯人はお前だ!」
 本の中から現れた血塗れ男が、びしりと由代を指差した。由代は必死で笑いを噛み殺す。実際にやられてみると、はたで見ていたより、ずっと間抜けだ。
「犯人? 僕がかい?」
「犯人はお前だ!」
 男が再び繰り返したそのタイミングがおかしくて、由代はくつくつと喉の奥で笑った。
「犯人を糾弾したいんだろう? 僕たちが協力しようじゃないか。だから聞かせてくれないか? どこで、どうやって、誰に、殺された?」
「……犯人は、お前だ」
 男は、ついと目を逸らせると、ぼそりと言った。
「どうやらこの書き手、本当にこの台詞しか設定してなかったみたいですね」
 夕霧は呆れたように呟いた。
「これじゃあ、話になんないね」
 蓮もやれやれとばかりに首を振る。
「そうでもないさ。現にこの男には意志と感情がある。さっき本を閉じた時、そして今、表情や口調が変わっただろう? ちゃんと人格が設定されている証拠だよ。それに、たとえ殺害方法などが設定されていなくても死体があるんだ、作者のイメージというのは割と筋が通っているものだよ」
 由代は軽く微笑むと、血塗れ男へと向き直った。
「例えば、死因。これだけ出血しているということは、刃物で動脈を切られたか、撲殺されたか、あるいは高いところから突き落とされたか。ただし、見た感じ、手足は変な折れ方をしていないみたいだから、突き落とされたというのは違う。刺し傷もないし、血の出方からして刺殺もなし。頭を殴られての撲殺と見たよ」
 そこまで言うと、由代は反応を見るかのように男の顔を覗いた。男は、相変わらず「犯人はお前だ」と繰り返したが、そこに否定のニュアンスはなかった。
「よろしい。さらに、その方法だけど、人間、頭を殴られる時には反射的に手で庇うものだ。けど、被害者の腕にはそれらしき傷がない。となると、後ろから一撃、ということになるな。左側のこのあたりだけは血の跡が途切れているから、犯行現場は水際。倒れた時に水でここだけ血が流れたんだろう」
「へぇ、大したもんだね」
 蓮が感心したように頷いた。
「まるで鑑識班の人みたいですね」
 夕霧もそれに相槌を打つ。
「じゃ、僕の役割はそれでいいよ」
 2人に軽く返すと、由代は再び血塗れ男へと目を向けた。
「左側が下になっているということは、殴られたのは右側。後ろから殴られているということを考えれば、犯人は右利き。さらに、傷が一ケ所じゃない。倒れてからまた殴られているあたり、明確な殺意があったんだろう。動機は怨恨か、色恋がらみか……。誰かに恨まれているような心当たりはあるか?」
「犯人は、お前だっ」
「ふーん、人に恨まれるような覚えはない、と」
 男の返事に、由代はあごに手を当てて考え込んだ。
「よく会話が成り立ちますねぇ……」
 傍らで、夕霧がぼそりともらす。
「じゃ、恋人は?」
 由代のこの問いには、蓮が視線で「却下」の意思表示をよこす。ここに女性は1人だけだ。恋人がいると設定されれば、間違いなくその役は蓮へと回ってくる。
「……犯人はお前だ……」
 男はがっくりとうなだれた。
「まあ、知らない間に恨みをかっていることもあるだろうさ。設定としてはこんなところかな。さて、始めるか」

 ○月×日午前8時。海岸に犬の散歩にきた男性(夕霧)によって、遺体が発見され、殺人事件が発覚。さっそく、現場に急行する鑑識班(由代)と、女刑事(蓮)。
「……死亡推定時刻は、午前2時〜3時。死因は頭部打撲による脳挫傷。後ろからの最初の一撃が致命傷となっています。その後も頭部を2回殴られ、背中を蹴られていますね。」
「ふーん、灯りもない真夜中の海岸で、後ろから一撃ねぇ……。で、その後にめった打ち、と。あんた、よっぽど恨まれてるね」
「犯人は、お前だ」
 由代の報告に、蓮は死体を見下ろして、やれやれと呟いた。刑事役は美人がするのがお約束、とのことで割り当てられた役割だが、いざ始めるとそれなりに様になっている。
「ええ、こんな時間に被害者を呼び出し、さらに間違えずに後ろから一撃、となると犯人は被害者の知人でしょうね。それも、かなり親しい」
「犯人は、お前だ」
「そうかい、じゃ、あんたたち、ガイシャの友人関係を洗いな。徹底的に、ね」
 途中、何度か血塗れ男が言葉を挟むが、それに中断されることなく、捜査は進んだ。そして、捜査線上に浮んだ1人の男(夕霧2役)。被害者の親友であるその男は、大学生時代、被害者と同じ野球チームに所属していたらしいが、事件の後から挙動不信な行動が目立っているという。
 状況証拠は彼が犯人だと示しているが、決定的な証拠はない。そんな中、鑑識はついに海の中から凶器と思しき金属バットを発見した。ルミノール反応で血痕が確認され、この事件の凶器と断定されるも、何分、量産品のバットのこと、犯人に直接結びつくには至らなかった。
 ついに、刑事蓮はこの親友にゆさぶりをかけることに決め、犯行現場である海岸へと彼を呼び出した。このあたりも、お約束の展開だ。
「こんなところに呼び出して何のご用ですか、刑事さん」
「あんた、最近まで野球やってたんだってねぇ。あの事件の後にバットを捨てたって聞いたけどどうしてだい?」
「使わなくなったから、ですよ。使わなくなったものは捨てる、当然でしょう?」
 蓮の追及を、夕霧は薄い笑みを浮かべてはぐらかす。三文ドラマ独特の粘っこい口調で返すあたり、この男もなかなかの演技派なのかもしれない。
「いつまでもしらばっくれてんじゃないよ! これ見ても同じことが言えるのかい」
 切り上げ口調で、蓮は血塗れ男を指す。いよいよクライマックスだ。
「犯人はお前だっ!」
 間抜けさ加減は相変わらずだったが、その言葉にも、まっすぐに夕霧を指した指にも、今日一番の気合いが込められていた。
「まさか……。まさか……」
 それを見た夕霧はがっくりと膝をつく。
「許してくれ……。俺は、お前が羨ましかったんだ……。俺がどんなに手を伸ばしても届かないものを、簡単に手に入れていくお前が……」
 夕霧を指差したままの血塗れ男の指が、細かく震えた。血で染まった男の顔に、2筋の涙が静かに流れ落ちる。と、その姿がふっとかき消すようになくなった。開かれたままの本も、ぱたりと閉じる。

「……一件落着、だね」
 由代は本を手にとって呟いた。思っていた通り、空白のページにも文字が埋まっている。
「三文芝居も演じてみると結構楽しいですね」
 立ち上がり、膝についた埃を払いながら、夕霧が言う。
「あたしは疲れたけどね」
 蓮はカウンターの奥の揺りいすへと身体を沈めた。いつものようにキセルを手にとって、確かめるようにぷぷかりと吹かす。
「さて、一応この件は片付いたわけだけど、あんた、まさかタダで済ませようって魂胆じゃないよね」
 じろり、と蓮は鋭い視線を夕霧へと向けた。
「ええ、もちろん。お礼は今度持って来ますよ。城ヶ崎さんにも」
 夕霧は笑みをやや苦いものに変えて、頭をかいた。
「確かキミ、古書店をやっていると言っていたね」
 ふと、最初の蓮との会話で、怪しげな本を扱っているという話が出たのを思い出して、由代は夕霧に尋ねた。
「ええ。よろしければ今回のお礼に、うちの本、どれでも一冊お好きなのを差し上げますよ」
 由代の思惑を正確に読み取って、夕霧はにこりと笑った。どうも本好きというのは思考回路が似るようだ。
「ただ、ちょっとばかり本が多くて大変なのですが、ご自分で探して下さいね。ひょっとしたらこの子みたいな子とでくわすかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
 悪びれもせずにそう言うと、夕霧はポケットから古書店の位置を記したカードを出し、由代へと渡す。
「じゃ、失礼しますね。今日はありがとうございました」
 ぺこりと2人に頭を下げ、夕霧は店の外へと出て行った。
「物好きだね、あんた。あの子の店に行くのかい?」
 ふう、と蓮が煙を吐く。
「ま、何かのついでがあって、気が向けば、ですけどね」
 由代はくすりと笑うと、カードをポケットへとしまった。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839/城ヶ崎・由代/男性/42歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、「犯人はお前だ!」へのご参加、まことにありがとうございます。

 今回は、予定どおり(?)完全個別で作成させていただきました。全く異なるお話となっておりますので、お気が向かれましたら他のお話にも目を通していただけると幸いです。

 城ヶ崎さんの「ドラマを仕立てる」というプレイングはとても面白くて、楽しみながら書かせて頂きました。個人的に、僕一人称でクールで知的なナイスミドルはツボなもので、それも含めて書き手は楽しませて頂きました。本来とは別の意味での「指揮者」な一面を発揮していただいた形になりましたが、うまく城ヶ崎さんのイメージに添えていれば幸いです。

 ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。