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<東京怪談ノベル(シングル)>


銀幕の夢


この夏の本郷・源は少し違う。
……いや、正確には六月での源と七月の源はちと違うのだ。
それもその筈、源には野望があるのである。

「ふふふ、ただのおでん屋で終わると思うでないぞ……」
 不気味に源が笑う。嬉璃はいつもと同じようにあまり表情を崩さず、冷たい口調で言った。
「源、なにを企んでおる」
「なに、簡単なことよ。わしは前回の東北巡業で学んだのじゃ。東北はいかん、東北がいかんかった」
 おでん屋のカウンターの中で、源は燃えている。拳を握り締めて、まさしく燃えていた。
「懲りぬ奴じゃ。して、資金はどうする」
「友の金はわしの金わしの金はわしの金じゃ」
 源は断言する。嬉璃も薄々感ずいてはいるようだ。しかし、源はわざと思案するように腕組をしてみせ、もっともらしく語った。
「言わずともよい。また前回の二の舞になると考えておるな……。ふふふ、嬉璃この夏のわしは一味違うのじゃ。努力を怠らず金儲けをすべし! これがわしのもっとうじゃからのう」
 嬉璃ははじめて訊いたという顔をする。しかし、源は気付かない。
「今回は仕方がないからの、嬉璃お前を混ぜてやる」
「……ほう」
 相づちを打つ。
「わし等は新生ユニット『紫貴婦人』で銀幕デビュー。そして、全国に名を轟かす本郷ファミリーを作り上げるのじゃ」
 燃えている。おでんがグラグラと煮えている前に立ち、熱弁を振るい、尚且つ理想に燃えているのだから、源の熱は尋常な状態ではない。
 そしてやはり、頭に血が昇った源はくらりと頭を揺らし、その場にきゅうばたんと倒れた。
 いつもなら、さすがに急いで駆け寄るところだったが、嬉璃は静かに一言……
「銀幕とやらが忘れられぬとみえるな」
 そう言って、源の元へ近付いた。
 
 
 そしてユニット『紫貴婦人』はジャパンのリバプール、福岡にいた。
 前回と同じように、客寄せは慣れたものである。わいわいがやがやと、CDショップの前には観客があつまり、一見かわいらしい二人の女の子が『UMA』を歌い上げる。
 やんややんやと歓声。これはいけると、源。確信するのが早いか、自主制作で作成したCDやプロマイドが売れるのが早いか、もうこれは驚くべき速度であった。
 源は今度こその成功を目の前にニヤリと笑い
「福岡もちょろいものよのぉ」
 嬉璃があきれ返る中、そんなことを呟いていた。
 店じまいをした源は、うほほほほと笑いながらパチパチと算盤を叩いている。
「笑いが止まらんのお」
 ここは得た資金で、悩殺写真集の一冊でも出しておいた方がよいようだ。考え至って、写真集の売れ行きを想像した源は、またものほほほほと口の中で笑い、せっかくなので自伝も書いて飯島恋の「プラトニック・マックス」を追う如く、百万部突破の映画化のドラマ化のしまいに漫画化アニメ化を狙おうとほくそ笑むのであった。


 なんと『紫貴婦人』は某大手アーベックスと契約を結び、ハチテレビが企画する夏の紅白歌合戦に出場するまでいった。こうなったら、狙うはオオトリの北島三郎太を蹴落として、『世界で一つだけの耳』を世界平和の為にしっとりと歌い上げるしかない。
 そして、やはり目的はかの小林幸代と美川健一郎の有名な衣装合戦に参戦するのだ。
 ここであの二人に勝てば、日本中はもう源のものと決まったようなものだ。
 しかし、アーベックスはそういった路線を打ち出すつもりがなかったのか、衣装の件については消極的な姿勢だった。これは源の頭にきた。
 目指すは国民全ての視線である。目指すは芸能界の高み、今後の展開としてはバラエティーを中心に据えたカワイコぶりっ子路線。そして願わくば、明石イわしの後を追うべく不動な司会者の位置をゲットするのだ。
 そう考えている矢先のアーベックスの対応であったから、源は断固超派手立体的異常な大きさ衣装にこだわった。
「ふん、主らがやらぬと申すのならば、わしが勝手に造るまでじゃ」
 アーベックスでそう豪語した。嬉璃は既にあきれを通り越して、遠くを見るようになっている。
 
 
 そして源はあちこちの大工や電気屋に頼み込み、前代未聞のでかさの衣装……いや舞台を造り上げた。
 なにがすごいって、紅白の舞台ギリギリほどの大きさなのである。もちろん、端で踊り狂うダンサーも山ほど雇った。全員マッチョなお兄さん系のダンサーを連れてきて、ゴージャスの上に可憐な少女そして、マッチョなお兄さんの踊りと、全ての視聴者を自分に釘付けにする算段だった。
「ふふふ、わしがおでん屋だった頃が懐かしいのう」
「また同じことを言わせてもらうが、物事がうまくゆきすぎていないか」
 もちろん、嬉璃の言葉は源には届かなかった。
 
 
 オオトリである。マッチョである。派手である。そして、紅白である。
 否が応にも源のテンションはマックスを極めていた。舞台装置の一部と化した(むしろはめ込まれた)源と嬉璃は、舞台脇に舞台装置と共に自分の出番を待っていた。和口あきこが唄い終わり、ついに源達の出番となった。源はスタッフに合図を送る。
 そして今までにないほど大きなセットの電球は煌々とつけられ、今までにないほどの大人数で舞台装置は紅白歌合戦の舞台へ移動しようとしていた。
 が。
 そのときであった。
 あまりにも大きな装置であった為、少しでも斜めに入り口へ入ると衣装が入らないのである。時間は押している。
「がんばるのじゃ!」
 源が叫ぶ。そして、スタッフも力いっぱい衣装を押す。
 そうしているうちに、ガラ、ガラ、と衣装こと舞台装置が崩れ出した。
「ぎゃあ、何をしておる!」
 しかし、組み込まれている状態の源は一人では降りられない。そして、慌てた表情の司会者が舞台袖に飛び込んでくる。その司会者の頭上に、ガラリと落ちている木と電球の塊が落ちた。
「げげ」
 源は顔を青くした。
 そして、どうしたどうしたと集まってくるスタッフの頭上に衣装の欠片は音を立てて落ち続け、舞台袖は一種の流血災害現場と化した。
 番組のオオトリはもちろん出演できず、大穴を空けることになる。
「……なんで、こうなるんじゃ……」
 源の呟きを受けて、嬉璃は静かに答えた。
「主は調子に乗りすぎるのじゃ」
 源達は多額の慰謝料と賠償請求を嫁せられ、結局今まで稼いだ金という金は全て芸能関係者に持っていかれてしまった。


 そして夏本番。実際は、暑中見舞いが残暑見舞いに変わる頃。
 おでん屋の屋台で一人、暑さと喪失感とで茫然自失になっている本郷・源がぼんやりとカウンターに立っていた。隣には、一応嬉璃も立っている。
「いかんのぉ、ああいう水物の世界はわしには合わんのじゃ」
 源はあれほど精力的に未来設計を立てていたにも関わらず、そう言い切った。嬉璃はその通りと首を縦に振り、
「お主にはこれがあるでの」
 そう言った。
 ぐらぐらと煮立つおでん鍋を眺め、菜箸を持った源は溜め息をつく。しかし、その溜め息さえ暑い。
 暑い……暑い……!
「そうじゃ!」
 源は菜箸を持ったまま、おでんを温めているバッテリーを切り、そして嬉璃に叫んだ。
「冷たいラーメンがあって、冷たいおでんがない道理はないではないか! こうなったら冷たいおでんで今年は勝負を賭けるぞ!」
 こりないおなごだった。
 嬉璃は「はあ」と一際大きな溜め息を一つつくと、それでもまだおでんという物なだけましかもしれないと、ほんの少し安心したのだった。

 ふと道路に目をやると、馬券が落ちている。
 拾い上げたが、なんだか嫌な予感がして、嬉璃はその場でそれを破り捨てた。
 馬券が万馬券だったことは、誰も知らない事実である。
 
 
 ――end
 
 ――ライターより――
 はじめまして、本郷・源さま。担当させていただいた、文ふやかです。
 とても面白く素敵なプレイングをいただいて、どういうオチにしようか非常に悩みました。もし気に入っていただけていたら幸いです。
 冷たいおでんは今年人気とききますので、源さまのおでん屋さんも繁盛するのではないでしょうか。
 では、おでん屋さんの繁盛を祈っております。
 
 またお会いできることを祈って。
 
 文ふやか