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<東京怪談ノベル(シングル)>


『Tacochu』世界征服作戦

 本郷・源(ほんごう・みなと)は、ぱちりとそのつぶらな目を開いた。額に手を置き、濡れタオルに気づく。嬉璃(きり)が、源をあおいでいた団扇の手を休めた。
 見回せば、ここは、あやかし荘の一室。帯は解かれ、襦袢だけにされていた。6歳でなければ、身の貞操を案ずるところだ。
「仕事中に倒れたのぢゃ。覚えておるか?
 熱中症予防情報によると、今日は『厳重警戒』だった。命があって何よりよのう」
 あやかし荘の者たちが、屋台で倒れた源をここに運びこんだのだ。源は小学生ながら、近くの路上でおでん屋台を営んでいた。
「商売熱心なのは、おんしの偉いところだが・・・」
 子供に注意する時は、まず褒めてから。嬉璃は律儀にそれを守った。
「焼芋屋も、夏場はアイスクリーム屋に衣替えする。真夏におでん屋は体がきつかろう?売上もぱっとせんはずだ。
 もっと夏に向いた、別の商売を考えたらどうぢゃ?」
 外見は源と変わらぬ年格好の嬉璃だが、なにせ何百年も生きてきた座敷童子だ。すこうしだけ、お姉さんの片鱗を覗かせる。
「ううむ。嬉璃どの、確かにその通りだ。意地のようにおでんを売り続けていたが」
 倒れたことが堪えたのか、素直に源も頷いた。そして、嬉璃の握る団扇のグラフィックに目を止めた。紺碧の海にヤシの葉が揺れ、その横では缶ビールが汗をかいている。
「素直に考えれば、夏は海よのう・・・」
 そして日本酒よりビールなのであった。

 その夏、日本で一番下世話な浜辺・湘南に不思議な海の家が出現した。黒を基調としたお洒落なスタンド・バー風。看板代わりに、蛍光オレンジのレラーケンの張りぼてが、店のフロントを飾っていた。テキヤとカタギの境界線上に居るような店が多い中、従業員は全員タキシード、器は使い捨ての紙製品を排し凝ったグラスや食器という、一線を画した店であった。『Tacochu』は、今までの海の家の常識を覆した。
フードは、「トマトとアボガドの冷製パスタ」「タイ風ラーメン」など若者向けメニューが多く、アルコールも、ビールだけでなくトロピカル・ドリンクも各種取り揃えていた。カウンターでは水着の男女が長蛇の列を作ってオーダーを待っている。『Tacochu』は大盛況だった。
「どうじゃ、嬉璃どの?」
 源はタキシードの蝶ネクタイをゆるめながら、得意そうに言った。5歳男子の七五三用に売っていたものなので、源には少し小さいようだ。
 嬉璃はスクール水着に浮輪という子供定番のカッコだが、源はタキシードの背中にまで滲みるほど汗をかいている。
『熱中症対策に、おでん屋を休むのでは無かったのか???』
 商売のことになると夢中になりすぎて、どこか抜けている源。嬉璃は苦笑しながらそんな源を眺める。
「おんしと一緒に海水浴が出来るのかと楽しみにしておったが。仕事がこれだけ忙しいと無理そうぢゃな」
 座敷童子は家に憑く妖怪だ。だからあまり外出はしない。妖怪が、真夏の浜辺で泳ぐ気満々に水着を着ているというのも不思議な風景だ。
 同行者を諦めた嬉璃は、ひとり人混みを縫いながら波打ち際へ進んで行った。そういえば、源は夏休み前に『暑中見舞』と称してクラスメイトにDMハガキを出していたが。誰かが来た気配も無い。まあ、源はもともと本郷財閥の令嬢で、下々とは格式の違う小学校に通っている。クラスメイトは湘南の海を知るまい。今頃は、ハワイやコートダジュールのプライベート・ビーチの上だろう。
 時々、嬉璃は心配になる。源は破天荒な6歳児だ。学校にちゃんと友達はいるのだろうか?みんなとうまくやっているのだろうか?
 浅瀬で浮輪に頼ってピチャピチャと犬掻きを楽しみながら、まるで源の母のような心配をする嬉璃だった。

 テレビの情報バラエティに取り上げられたのをきっかけに、海の家『Tacochu』は大ブレイクした。そして源は、思い切って、日本初の試み、「海の家・全国チェーン店」を展開させることにした。
 出張先や旅の途中で、ついつい聞き覚えのある名のハンバーガー屋や居酒屋に入ってしまうことは無いだろうか?全国どこでも、同じメニューに同じ値段。それは、冒険を好まず失敗を嫌う日本人のツボにハマる。
 正直言って、海の家なんて、どこの店でもいいはずだ。だが、馴染みの海にも初めての海にも、必ず聞き慣れた名の店があったら?
 その夏は『Tacochu』の一人勝ちであった。

「ほほう。今度は世界進出か」
 あやかし荘の薔薇の間では、トコロテンを食しながら嬉璃がテレビを見ている。珍しく「ドキュメンタリー」という堅いジャンルにチャンネルを合わせていた。『世界を飛翔する美人敏腕コーディネーターたち』という趣旨の番組だ。美人たちの一郭には、恐れ多いことに源も加えられていた。
 ハワイ、サンタモニカ、グァム、コートダジュール。源のクラスメイトが遊びに行っているような世界のビーチに、『Tacochu』が店を構え、成功をおさめたのだ。
「なるほど。最近あやかし荘に顔を出さんと思ったら」
 嬉璃は鼻の頭を掻いた。日焼け跡の享楽の残骸が、ちゃぶ台にぽろぽろと落ちる。
「あやや。アフターケアを怠ったかのう」
 日焼けした健康そうな妖怪も妙なものだが、鼻の頭の皮が向けた妖怪はもっと妙だった。
 テレビでは、大振りのネックレス(首が折れそう)にタイトなスーツ(再度入学式?)をまとった源が、得意そうに成功の秘訣を喋っていた。ただのオカッパ髪も、こうなるとキャリアガール風のボブに見えるから不思議だ。
『オーホホホ。そうですわね。やはり、わたくしの若さによるセンス、でしょうか?それから、列に並んでいただく時の公平さも、好評をいただいております。富豪の日本人のお子さまだろうが、わたくしのクラスメイトだろうが、一番後ろに並んでいただいておりますの。オーホホホ』
 嬉璃はため息をついた。やはり源はクラスの子とうまくいってないのだ。
 大人達の集まりに子供が入るのは楽だ。みんなが可愛いがってくれるし、許してくれる。だが、子供同士の関係はシビアだ。そしてわかりやすい。意地悪をすれば嫌われるし、優しくすれば好かれる。人の菓子を食らえば、一生口をきいてくれない子だっているだろう。
 確かに源は同い歳の子供達とは気が合わないだろうが、同じ土俵で闘うからこそ培われるものもあるのだ。
『来週からは、リオデジャネイロ、ゴールドコースト、マルデルプラタの店舗もオープンします。世界のビーチは、この『Tacochu』が掌握してみせますわ、オホホホホ』
 え?
 嬉璃の箸から、つるりとトロコテンが滑り落ちた。
 現在は、小学校一年では、社会も理科も教えない。授業があるのは三年生からだ。だから、源は世界地図も南半球も知らず、地球の公転も南半球で季節が逆転するしくみも知らない。
 そして、『Tacochu』は倒産した。

 八月最後の日、『Tacochu』の債務処理を終えた源が、久しぶりにあやかし荘を訪れた。ビーチを点々としたせいなのか、顔だけは夏の子供らしく日焼けしている。
「小麦色で健康そうに見えるのう」
 嬉璃は笑い、源の為に特別に取り寄せておいた京都の青竹水羊羹をちゃぶ台に置いた。
「和服に日焼けは似合わん。おお、『若竹』ではないか。日本を離れていると、和菓子が一番と思うぞ」
 源は、細い竹筒を手に取ると、嬉しそうに後部の穴に息を吹き込みんだ。つるんと、筒形の水ようかんが顔を出す。
 ふと嬉璃が源の脇を見ると、大きな風呂敷包みが置いてあった。
「源、その包みは?」
 ぺろりと水羊羹を飲み込んだ源は、「おお、そうじゃった。嬉璃どのの分じゃ」と、風呂敷を解いた。
『ほう。世界の観光地を回ったのぢゃ。確かにわしに土産の一つもあってよいよのう』
 こくご1上。
 包みの一番上のモノには、そう書いてあった。
『・・・・。オチは読めた』
 たしざん。ひきざん。100ptはありそうなでかい文字が表紙に記された冊子を、源は次々にちゃぶ台の上に置いた。
「なにせ、夏休みは世界中を飛び回っておった。宿題をまったくやっておらん」
「威張るな」
 人に手伝ってもらう態度では無いと思う嬉璃であった。
「わしは鉛筆はうまく使えん。筆でいいか?」
「駄目だ。書道も小学三年からだ。バレる」
 二人は、頭にねじり鉢巻き、袖にたすき掛けというスタイルで、宿題のドリルを始めた。たくし上げた袖から覗く源の二の腕は、抜けるように白い。手首にくっきり線がつき、茶色の手袋でもはめたように手の甲だけが小麦色だった。
「来年の夏休みは・・・」と嬉璃が切り出す。
「すまぬ、もう溜めぬ」
「一緒に海水浴に行こうのう」
 二人同時に言い、そして同時に苦笑いをした。
 どこかの部屋の風鈴が、ちりん、と音をたてた。

< EMD >

* ライター・福娘紅子より *
発注ありがとうございました。
私なりの源と嬉璃の関係、人と人の繋がりの部分も含めて描いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
かなりの規模の話になり得るしっかりしたプロットをお持ちだったので、1500〜3000文字という制約の中(少しオーバーしてしまいましたが)、粗筋を追うだけになっていないかが心配です。
源さんの強烈なキャラクターに驚きましたが、とても魅力的でした。