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<東京怪談ノベル(シングル)>


嬉璃へも、その後 「空を自由に飛びたいな」

●本郷・源のお願い
「嬉璃えもーん。まだ、源の頼みを聞いてはおらんぞ?」
 嬉璃と歩く道すがら、本郷・源は嬉璃の袖を引きながら機嫌良くねだっていた。
「貰う物を貰っておいて、そのまま逃げたりはするまいのう。なあ、嬉璃えもん」
「うるさい! えもんをつけるな!」
 何が不満なのか、嬉璃は本郷に不機嫌そうに言葉を返し、袖を引く本郷の手を振り払って足早に歩き始めた。
 その後を追って、本郷も足を速める。と‥‥追いついたところで、嬉璃が聞いてきた。
「で、何が望みぢゃ」
「嬉璃えも〜ん、自由に空を飛びたいのじゃ♪」
 酷く嬉しそうに頼む本郷。満面の笑顔は輝かんばかりだったが、嬉璃がその笑顔に何かを感じると言う事はなかった。もっとも、だからといって邪険にする理由も見つからない。
 嬉璃は、最近見た通販商品のリストを思い出しつつ、本郷から貰った札束との釣り合いを考えた。そして、ちょっと手が出ないなと諦めていた商品の事を思い出す。
「わかった。準備するから一週間待て」
「一週間? 某漫画では空を飛ぶくらい簡単にやっておったが‥‥嬉璃えもんは大した事無いのう」
 小さく溜め息をつく本郷‥‥大した事がないと言われて嬉璃は、音を立てて奥歯を噛み締め‥‥それでもややあってから、声を荒げる事無く言った。
「なに‥‥見れば度肝を抜かれること、請け合いの代物ぢゃ。まあ、楽しみにしておれ」

●山手線で行こう
 一週間後‥‥嬉璃と本郷の二人は、山の手線にゆられていた。
 平日昼の山手線はそれほど混んではいない。乗り場さえ選べば楽に座ることが出来る。
 二人は並んで座席に座り、暇そうに車内の広告に目を彷徨わせていた。
「ところで何処へ行くのじゃ?」
「大崎ぢゃ」
 聞いた本郷に、嬉璃はニヤリと笑って答える。
「大崎で下りて、車庫に行く。そこに、空を飛ぶための道具が来ている筈ぢゃからの」
「来てる?」
 嬉璃の言い様に本郷は首を傾げた。
 空を飛ぶ道具‥‥なるほど、手渡しできるような道具ではないのだろう。
 だが、飛行機なら羽田に行くべきだし、ヘリだとしても大崎の車庫はあるまい。
 では、銀河鉄道でも呼ぶのか? 自分と嬉璃のどちらがカムパネルラなのか。
 無意味な想像を止め、本郷は嬉璃に聞いた。
「どんな道具で空を飛ぶというのじゃ?」
「くっくっく、内緒ぢゃ‥‥と、ついたぞ」
 ちょうど、嬉璃が答えるのと同じくして、電車は大崎駅に滑り込んだ。
 嬉璃は本郷の更なる追求を許さず、席から降りると電車を降りていく。本郷も、嬉璃を見失っては大変なので、急いでその後を追った。

●本日の秘密道具
 大崎‥‥ここには、JRの車庫がある。
 その中に何故か顔パスで入り込んだ嬉璃は、本郷を連れて停車中の電車が並ぶ間を歩いていた。と‥‥二人は急に開けた場所に出る。
 周囲から隠すように建物が配置された奥の一角。そこに置かれていたのは、JRの緑の車輌などではなく、黒鉄の輝きをもつ、鋼鉄の塊と言ってもよさげな、鋼鉄製の巨大な列車だった。
 巨大‥‥そう、それは確かに巨大で、線路を二本も使っている。そして、その列車は、斜め45度くらいの角度で、煙突に似た巨大な鋼鉄の筒を空へと向けていた。
 その周りには、ヘルメットに黒っぽい軍服を着た白人の男達が立っている。その手には、44型7.92mm突撃銃が握られていた。
「SSマーク入りのヘルメットつけた外人さんばかりじゃな」
「きっと、あのヘルメットはああ見えて、サイズが小さいのぢゃろう。外人さんのサイズはあなどれんな」
「なるほど、ツーエスサイズか」
 暢気な言葉を交わしあう二人。と、二人の事に気付いた男が、一人駆け寄ってきた。
「Anruf!?」
「ch bin Kiri」
 嬉璃は落ち着いた様子で、何語かも良くわからない言葉で答えてから、逆に男に聞き返す。
「Antiquitatengeschaft Ren?」
「Ja!」
 男は短く答えると敬礼し、それから小走りに駆けて車庫の奥へと消えていく。
 その背を見送ってから、嬉璃は足を前に進めだした。本郷もそれに続き‥‥そして二人は、件の鋼鉄列車の前に立つ。
 そして、その前でニヤリと笑みを浮かべた嬉璃は、本郷に振り返ると自慢げに胸を張りつつ声を張り上げた。
「見よ! これが世界史上最大の火砲、80cm列車砲ぢゃ!」
「ほう、それは凄いのぅ‥‥」
 何だか知らないが凄い物らしい。
 本郷が無意味に感心していると、先程の男がフォークリフトに乗って戻ってくるのが見えた。
 そのフォークリフトは、何やら巨大な弾丸の様な物を積んでいる。
 やがてそれは嬉璃の目の前に辿り着き、フォークリフトは巨大な弾丸のような物を下ろす。
 弾丸のような物と言ったのは、それが妙な形をしていたからだった。弾の一部‥‥円筒になっている部分に跳ね上げ戸がついている。
 そして、その中が何やら柔らかそうな素材で内張りされてるのを見て、本郷は呟く。
「中に何か入れるのか?」
「遠慮なく入って良いぞ。本来は爆弾を詰めるそうぢゃが、お主なら入るぢゃろ」
 本郷は嬉璃の顔を見た。嬉璃は、これ以上ないほどニッコリと微笑んで見せた。
 二人の間に沈黙が下りる。その沈黙を破ったのは、本郷の方だった。
「待つのじゃ! 幾ら何でも、それは無茶というものじゃろう!」
 本郷が想像した今後の予定。本郷はこの砲弾に詰められ、この巨大な80cm列車砲に装填され、砲声一発空へ‥‥
 そして、その想像は大当たりだった。嬉璃は、本郷に満面の笑みを浮かべながら答える。
「安心せい。昔、大砲で月に行くという話を聞いたことがある」
「月!? 月か‥‥それは凄いのう」
 嬉璃の言葉に納得する本郷。
 大砲で月に行くのはジュール・ヴェルヌの書いた月世界旅行だ。名作であるが、SF小説‥‥しかも、100年前の人間の書いた物である。
 ただし、同様の計画は現在、実際にあり、宇宙開発の手段として研究もされている。
 とは言え、それはあくまでも物資の打ち上げ用であり、人を乗せて打ち上げる物ではない。
 どちらかというと、インドがイギリスの植民地だった時代に、反乱を起こして捕まったインド人兵士を、イギリス軍が大砲に詰め込んで発射して粉微塵にしたという話の方が状況にそくしている気がするが、残念ながらそんな話を思い出す者はこの場にはいなかった。
「もっとも、これでは月までは行けぬがの。打ち上げられた後、上空でお主を包む砲弾型ケースは分解して、空にお主を解き放つ。お主は軽いから風の影響も有ろうが、概ね40〜50km、条件によってはもっと長い距離を飛べるそうじゃ」
「ふむ‥‥月は残念じゃが、それだけ飛べれば良いな」
 嬉璃の説明に本郷は納得すると、そこにある砲弾型のケースの中に足を入れ、中にしゃがみ込んだ。
 口径80cmの砲の砲弾。中は、それなりの広さはあり、本郷一人なら入っても余裕があった。
 中に敷かれた緩衝剤はかなり高性能な物らしく、フワフワと柔らかくも弾力性に富んでいる。中は揺り籠のように気持ちが良い。
「ん‥‥良い感じじゃ嬉璃えもん」
「そうか。それは良かった」
 喜ぶ本郷に嬉璃は言い、そして砲弾型ケースの蓋に手をかける。
「では、閉じるぞ。発射の時には、赤子のように手足を丸めておけ」
「ありがとうなのじゃ、嬉璃えもん」
「お主とわしの仲、遠慮は無用じゃ。では、先に逝っておってくれ」
 本郷の満面の笑みが、閉ざされる砲弾型ケースのドアの向こうに消える。嬉璃もまた満面の笑顔で本郷に別れを告げると、ドアを外から厳重にロックした。
 そして、嬉璃は砲弾型ケースから離れる。
 砲弾型ケースは、フォークリフトで80cm列車砲の元へと運ばれていった‥‥

●さようなら本郷・源 君を忘れない
 数分後。轟音一発、撃ち出された砲弾は、瞬時に視界の彼方へ消えていった。
 いや、実際には砲弾が見えた気になっただけで、本当に見えてはいないだろう。
 何にしても、砲弾とその中の本郷は、嬉璃の手の届かないところに行ってしまった‥‥
「はて‥‥問題は、どうやって着地するかぢゃな。最もその前に、発射時のGで潰れてなければ良いが‥‥」
 嬉璃はポツリと呟く。その辺、説明書に書いてあったかも知れないが、マニュアルがドイツ語だったので読むのが面倒くさく、そのまま読まずに捨てたのだ。
 嬉璃が今までした説明は全部、通販の売り口上の受け売りでしかない。無論、都合の悪い事など、売り向上の中では語られていないだろう。
 ひょっとすると、商品だけに無事に着地するための準備はされているかも知れない。だが、逆にそう言う間抜けなところで手を抜いているのも通販商品の特徴だ。安心は出来ない。
「まあ、飛びたいと言っただけで、無事に降りたいとは言っておらなんだから、わしの知る事ではないか‥‥」
 本郷の消えた空は、何処までも青く澄んでいた。嬉璃はその空に、本郷の笑顔を見たような気がした‥‥