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<東京怪談・PCゲームノベル>


§告白〜別れの言葉〜§

 長谷茜は、落ち込んでいた。いや、既に分かっていたことだ。しかし、現実を見せつけられれば流石にタフな彼女でも落ち込んでしまう。
 織田義明に恋人が出来た。ずっと人生を共にする人が。其れが自分でなかったというのはこの18年間一緒にいた幼なじみという事も意味を無くしていた。
 多分、神格暴走者事件、紅一文字事件で何かが変わったのだろう。
 彼女も魔術の師であり兄と慕う存在から時や空間を操る、先を見る魔術を心得ている。その結果漠然と分かっていたのだ。
「それで、人の運命なんて決まるわけではないけど……」
 辛いな、と心で呟く。
 今では神社や神聖都では空元気で振る舞っているとしても、分かっている人はいる。織田義明とその彼女、そして田中裕介だ。
 彼女が色恋沙汰で落ち込んでいた頃によく田中裕介は励ましてくれていたし、慰めてくれた。変態なんだかでかい弟かよく分からない孤児院のお手伝いさん。18歳で既に独立している。元が孤児なので、ある種何かが“欠けている”だろう。
 しかし、殆ど恵まれた彼女を支えるというのはどういう事なのだろうか?
「お節介なんだから」
 ため息一つ。又幸せが逃げる。彼女は思った。

 既に彼女が落ち込んでいる理由を知っている裕介は、陰に隠れ思案していた。いい加減けじめを付けなければならない事に。
「しまったな……」
 自分の愚かさを呪った。俺はこんなにも優柔不断だったか、と。
 本当なら、あの幼なじみが結ばれればよかった、しかし人の心というモノはなかなか難しい。ハッキリ言えば、この事柄に関しては皆若いのだ。未熟なのだ。それに、裕介には思い人が他にいると自分でハッキリしてきたが、妹の様に可愛がっている茜を放っておけない。“想い人”と“妹”とのはかりをかけるほど冷静ではいられなくなったのだ。両方を守って行けるほど、自分は強くない。
 その想い人は、旧教のシスターである。今の状態、よい関係となっているとよく腹黒な師やその弟子や、ナマモノたちから、冷やかし、からかいの的となっている。
「しかたない……行くか……」
 彼は決意した。
 年下の兄弟子の時間が動き出したのなら、自分も動く。もうその要素は揃っているのだ。
 ――ある告白でそれは始まる。

 新宿の一角で、茜はオシャレをして裕介に連れ回されていた。買い物で鬱憤を晴らす為のおきまりのパターン。しかしこれが最後かもしれない。
「まったく……なに考えてんの?」
 フグ顔になる茜。
「俺がそうしたいから、そうしているだけ。茜も思いっきり遊んだ方が良い」
 何となく雰囲気が違う裕介。
「むー」
 相変わらず膨れているハリセンフグ。
 相変わらずの風景。先導しているのは裕介。
 昼食をとったあと、ゲームセンターに寄ったりブティックで試着してかって貰ったり、とデートと変わりない。ただ、雰囲気がでやすい映画館などは避けた。勘違いの感情が芽生えるのを避けたいが為だ。
 とはいっても、天の邪鬼なのか人気映画に興味がないとかおっしゃる茜。
「あーいうのって、タイミングがあるからだし、実際うそっぽいじゃん」
 と、いう。
「それもそうだな」
 相槌をうつ裕介。
 何の変哲のない、茜を元気づけるデートにみえる。
 しかし、其れでは行けない。このまま引きずっていけば、お互いが終わってしまう。
 裕介も、茜も同じ考えだっただろう。
 実のところ、茜も裕介が誰を好きか分かっている。またこれ以上彼に甘えるわけにもいかない。徐々に、心の壁が出来て、気まずくなっていく。
 会話の無いまま東京の繁華街を離れて、妖刀紅一文字との戦いの場所を通り、公園についた。
「一息つく?」
「明るいからね、いいよ」
 夕日が綺麗な公園。
 家族連れが帰る姿、他のカップルが愛を語るためベンチに座っている。スズメたちが宿にしている木に群がってきている。もうそんな時間。
 2人は、いつものベンチに座って、夕日を眺めていた。すこし間が開いている。即ち壁が表面化したのだ。
 ――色々なことがあったなぁ
 ――そろそろ、か……
 2人は何かを思い耽っていた。茜は過去を思いだし、裕介は未来を見据えた。
「茜、話がある」
「なに?」
 お互い振り向かず話を始める。
「俺には、好きな人がいる……」
「そう、誰?」
 その言葉で、胸が引き裂かれる思いの裕介。いっそいつもの彼女の武器で殴られた方が良い。今では鋭利な刃物で今まで自分がしていた事が罪で既に贖うことも出来ないと思わせるのだ。
「あたしじゃないよね……」
 無理に笑ってるようだ。
 辛い。しかし、これではと裕介は覚悟を決めた。
 彼女を優しく抱きしめる。茜は一瞬固まるが……
「相手が違うじゃない?」
 力強く彼の抱擁からはなれた。
「茜……」
「すでに、わかってるもん……。私がエルハンドから色々異界の魔術とくにこの世界で言う魔法の域の術を知っているでしょ?」
「……そうだったな。すまん。俺は……あのシスターを愛しているんだ……でもその事を伝えるだけでなく、もう一つお前に言っておきたい」
 握り拳を作る裕介。
 目の前には、今にも泣きそうな少女。失恋で情緒不安定な危うい子。それにその前でも危なっかしくて見ていられなかった妹の様な少女。
「それでも、お前を支えて見守ってやる。一緒にいる。お前を大切な“妹”と思っているのは本当なんだ」
「……裕ちゃん……」
 沈黙が訪れる。
 もう日が沈んだ。公園に灯りがともる。
 どれぐらい、時間が経ったのだろう。
「ばか……」
 茜は俯いて言った。
「そんな酷だよ。わたしの事気にせずに、幸せになってよ……」
 涙が止めどなく溢れている茜。
「わたしの、わたしの“未来”はもう決まっているんだから! 私はその“未来”に向かうだけなのよ!」
「!? 茜!」
 茜はかけだした。
 しかし、彼は追いかけることは出来なかった。
「くそ!」
 彼女の言った未来とは、避けがたい運命のことなのだろうか?
 いや、エルハンドを師としているなら、そう言う事は言わないだろう。しかし、其れがどういう事なのか、裕介には分からなかった。
「俺は、馬鹿だ……結局……アイツに何も……」
 握り拳に爪が食い込み、血が流れる。

 空はどんどん雲を呼び寄せ、激しく雨を降らせた。
 裕介は、ベンチで濡れたまま座っていた。
 そこに涙が流れていても分からないだろう。


 暫く、田中裕介が長谷神社に来ることはなかった。


 End

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1098 田中・祐介 18 男 孤児院のお手伝い兼何でも屋】

【NPC 長谷・茜 18 女 神聖都学園高校生・巫女】


※ライター通信ならぬ、NPCから伝達
エルハンド「……裕介、己の道を行け。それだけだ」