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<東京怪談ノベル(シングル)>


紫貴婦人再び


■□■

 ヒラヒラと舞う紙吹雪。
 しかしそれは折り紙でも舞台上で巻かれる色とりどりの紙吹雪ではない。
 白黒の細切れの紙吹雪。

「なんじゃ……これは」
 冷たいおでん作りに燃えていた本郷源だったが、目の前に飛んできた一枚の紙切れに目を留める。
 ひらりと舞うそれを源は手に取ると眺めた。
 それには何やら数字が書いてあった。
「東京……11……」
 それを見た源は、はっ、とした表情を浮かべ辺りを見渡す。
 すると道端にびりびりに破り捨てられた紙くずが落ちているのが見えた。
「これは……なにやらこの紙からとても……とてつもなくお金の香りが……嬉璃っ、嬉璃ーっ!」
 呼ぶがその紙を破り捨てた人物はもうそこには居ない。すでに立ち去った後だった。
 落ちている紙を残らず拾い上げ、源はそれを屋台の上で繋ぎ合わせてみる。
「角が足りんぞ、角が!何処じゃ、何処にあるのじゃ!」
 とりあえず見つけた紙をセロハンテープで繋ぎ合わせ、源は最後の欠片を探すべく地べたを這い蹲り探し始める。
「あれからはとてつもなく大きなものを感じるのじゃ。わしにとっての素晴らしきものになるような……」
 それは凄まじいまでの執念だった。
 源は最後の欠片を見上げた枝の葉に乗っているのを発見した。
 そこに一生懸命手を伸ばすが、もちろん6歳の身長で届くような高さではない。
「何故じゃ、何故あのようなところに……」
 あの枝が悪いのじゃ、と責任転嫁し長い折れた木の枝を持った源は飛び上がる。しかし枝にかすりもしない。
「あれがなければ始まらぬ、わしの銀幕復活がーっ!」
 超感覚、とも呼ぶのだろうか。
 そのバラバラになった紙切れから一体どのようなものを感じ取ったのだろう。
 たった一枚の破り捨てられた紙切れ人生が変わってしまうような言い方をする源。そんなものにどれだけの価値があるのか。
 しかし源は諦めようとはしない。執念深く何度も何度も紙切れを手に入れるべく挑戦する。

「さっさと落ちてくるのじゃー。とりゃーっ!」
 これだけ騒いでいるのに近所の者が出てこないのもおかしな話だが、余りにも変な奇声を発していると遠目に見守られていただけかもしれない。
 そして何度目かの挑戦でやっと源は枝をかする事に成功する。
 僅かなバランスで保っていたのか、葉の上に乗った紙切れはふわりふわりと源の元へと舞い降りた。

「これで全てのパーツが揃ったのじゃ、あとは………」
 ふふふ、と源は不敵な笑みを浮かべる。
「やはりわしたちはあの場所へ返り咲かねばならん。それが宿命じゃ」
 パタン、と屋台を畳み始める源。
 すでに冷たいおでんの構想は源の頭にはない。
 目の前には源が必死の思いでセロハンテープで繋ぎ合わせた馬券が一枚。

「やはりわしたちにはこの道じゃ」
 先ほど手にした馬券をしっかりとしまい込むと、源は猛スピードであやかし荘へと向かう。
 そして【薔薇の間】へと駆け込んだのだった。


■□■

 駆け込んだ先の住人は、熱いお茶を飲みながら突然の来訪者に顔を上げる。
「なんじゃ、どうした?」
 ずずっ、とお茶を飲んでいた嬉璃はそれが源であった事に首を傾げた。
 先ほどまで冷たいおでんに燃えていた者がどうしてここにきたのであろう、と。
「冷たいおでんを味見させる気になったというのか?」
「それはもうやめじゃ。やはりここはわしたちの再デビューじゃ」
 嬉璃は嫌な予感に内心冷や汗を垂らす。
 先ほども嫌な予感がしたため道に落ちていた馬券を破り捨ててきた。
 それと同様の胸騒ぎ。
「主の企てはいつも行き過ぎるのじゃ」
「そんなことはない。これこそわしたちへの天の思し召し。さぁ、嬉璃。テレビじゃテレビ」
「今の時間、何も面白いものなど……」
「いいから貸すのじゃ」
 嬉璃からテレビのリモコンを奪うと源はテレビを付ける。
 それも競馬の実況中継を。
「主……もしや……」
「これじゃ!わしはこれに並々ならぬものを感じているのじゃ。其方にも感じぬか?」
 源の手にはセロハンテープで繋ぎ合わせた馬券が一枚。
 それは嬉璃にも見覚えのある馬券だった。

「…………」

 もはやこれまで。
 並々ならぬものを感じすぎて破り捨てたとは今更言えるはずもない。
 そして今中継されているのはまさにその馬券のレース。
 それは嬉璃にとっての嫌な予感と、源にとっての素晴らしき予感が決定される記念すべきレースだった。
 そしてレース結果に源は燃えに燃えた。
 馬が走る。抜きつ抜かれつ、馬は走りまくる。
 テレビの前の源も決定的瞬間を、今か今かと待ちわびている。
 そしてついに決定的瞬間がやってきた。
 馬がラストスパートをかけ、そして1位と2位の数センチ差で決着がついた。
 手元の馬券を見る。そしてテレビに映し出された結果に源は叫んだ。
「きたー!きたぞきたぞーっ!この強運はやはりわしたちにあの世界へ戻れと言っておる」
 ふふふふっ、と怪しげな笑みを浮かべ嬉璃を見る源。
「………何故」
 小さな嬉璃の言葉はテンションMAXになっている源へは届かない。
「この万馬券元手に返り咲くぞ、わしたち【紫貴婦人】は!」
 しかしそんな源を前に、冷静に嬉璃は源の手の中の今は万馬券となった馬券を指さす。
「確か最近の馬券は折っただけでも返金できないのではなかったか?そこまでびりびりになっておれば返金もしてくれないであろうな」
 すると源はちっちっち、と人差し指を自分の前で振り言う。
「そんなことはない。このわしが頼み込めばきっと一発オーケーじゃ」
 そしてその言葉は真となり、源は多額の金を手に入れたのだった。


■□■

 さてこれからどうやってのし上がっていくか、と考える源の元へこれまた巧い具合に話が転がり込んできた。
 関西の吉木というプロダクションからの【紫貴婦人】へのオファーだった。
 その話に源は暫く考え込む。
 自分たちが成し遂げたいのは歌手としての頂点。
 しかし吉木ではお笑い芸人を目指す事になってしまうのではないかという不安が首をもたげる。
 関西の吉木新喜劇といえばお笑い。
 芸人育成としてのイメージがやはり強すぎる。
 一瞬、自分たちが「なんでやねん」と突っ込みを入れている様子を思い浮かべて源は顔をしかめる。
 しかし、吉木も最近ではお笑いだけではなく、音楽にも力を入れてきている事を思い出した源はそのオファーを快く受ける事にした。
 業界でトラブルを起こしている紫貴婦人。
 声をかけて貰えるだけでありがたい、と思わねばなるまい。

「よし、新曲を持っていざ関西へ!」
 源は新曲である、『ケッパー警部』と『SAS』を引っ提げて、嬉璃と共に関西へと乗り込む事に決めたのだった。
 もちろん、嬉璃の意見は尊重されるはずもなく無理矢理引きずって……の関西入りとなったのだが。


 吉木は以前から二人の名コンビっぷりに目を付けていたらしく、うちでならもっと魅力を引き出せるのではないかと思った、という言葉を源たちに述べた。
 その言葉に源は大変気をよくし、ふふふ、と笑う。
「それは、まぁな。わしたちよりも息のあったコンビは居ないじゃろう」
「………」
 すでに嬉璃は遠い目だ。
 話もしたくない、といった様子で隣の部屋で突っ込みの練習をしている若手芸人を眺めていた。
「なんでやねん………」
 小さな声でその言葉を繰り返す。
 しかし、社長と盛り上がっている源にはその言葉は届かない。
 嬉璃をほったらかしの状態ですっかり意気投合した吉木の社長と源はがっちり手を固く結び、これからの出世を夢見て高らかに声をあげて笑った。


 そして吉木に所属してから、初めての仕事をする事になった紫貴婦人。
 いやがうえにも気合いが入る。
 これが再デビューとなるのだ。
 またしても自分たちを暑いぐらいに照らすライト。
 そして人々の歓声。それらを全身に受けながら歌うその快感。
 一度覚えたら止められない蜜の味。
 再度上り詰めるまで全力疾走で駆け抜ける心づもりは出来ていた。

「さぁ、嬉璃!わしたちの第二ステージじゃ」
「またしてもおかしなぐらいとんとん拍子ではあるがな」
 嬉璃はぽつりと呟く。
「わしらには強運の女神がついておる。いや、むしろわしが幸運の女神じゃ!」
 確かに行動力の強さと強運さは認めてやろうと思う嬉璃。
 しかし何故か不安に心が支配されそうになるのは何故だろう。
 はぁ、と自分でも気づかないままに溜息を吐く嬉璃に、バンバン、と背中を思い切り叩いて笑う源。
「何仕事前に溜息など吐いておるのじゃ。そんなことをするからツキは逃げていくのじゃぞ」
 あくまでも強気な源。
 そして二人の出番がやってきた。
 初仕事は新喜劇の一幕だった。
 マイクを持ち、二人は新曲であるケッパー警部を熱唱するべくステージの上へと上がった。

 二人を照らすライト。
 そして歓声……が二人を満たすハズだった。
 しかし目の前には数グループの観客しかおらず、皆何が起きたんだという表情で二人を見つめている。

「な……なにごとじゃ……」
 ステージ、それは熱くなくてはならない。
 羨望と憧れの中心になるのがスター。
 それなのに二人を見つめる視線は冷たい。
 以前のあの歓声は偽物だったのか。

「わしは……わしはやはりおでん屋台が似合っておるのか………」
 余りの出来事にステージ上であることも忘れ、がくり、と膝をつく源。
 雅な衣装を着た源が、よよよ、とその場に崩れ落ちた。
 しかしそれは見ようによっては芝居がかっているようにも見える。
 そこをすかさず嬉璃が突っ込みを入れた。
 この間の特訓が生かされる時だ。
「なんでやねーん」
 嬉璃が懐から取り出したのは、でかすぎる白いはりせん。
 それは吸い込まれるように源の元へ。
 バシーンっ、とどでかい音が響いた。
「なぜじゃーっ!」
 悲痛な悲鳴が響き渡ると、今まで冷たい視線を浴びせていた観客達がどっと笑い声を上げた。
「わしたちは歌を歌いにーっ」
「なんでやねーん」
「だからわしたちはケッパー警部を……」
「なんでやねん、そんな歌聞きとうないわ」
「わしたちは息のあったコンビじゃろう?」
「なんでやねーん」

 尽きることなく、嬉璃の突っ込みは続き、そのたびに観客からは笑い声が上がっていた。


■□■

「はぁぁぁぁぁぁ」

 深く重い溜息が源の口から吐き出される。
「なんじゃ、ツキが逃げてゆくぞ」
 この間とは逆に楽しそうに嬉璃が源にそう告げる。
「どうしてわしたちはお笑いコンビを結成してるんじゃ」
「……それが受けたからじゃろうて」
「わしの……わしの計画では再び歌手としての頂点へと上り詰める予定だったのに」
 がっくりと肩を落とす源。
 可愛い二人組が、情け容赦ない突っ込みとぼけをかましまくるということで一躍お笑いのトップへと躍り出た紫貴婦人。
 あちこちからの出演依頼にてんてこまいだったのだが、源の計画とは大幅にずれた形でのトップだった。
 しかし社長はご機嫌で、やっぱり見込んだだけあった、と二人を見かけるたびに優しい言葉をかけていく。
「違う……違うのじゃ……こんなのは違うのじゃー」
「なんでやねーん」
 すぱこーん、と嬉璃のはりせんが源を襲う。
 トップになったのだから良いではないか、と嬉璃は笑う。
 とても清々しい笑顔だった。今までたまりにたまった鬱憤を晴らしているかのような。
「わしは……わしは負けぬぞー。お笑い界も歌手としてもトップを目指すのじゃ!紫貴婦人はお笑いだけで留まるようなものではないのじゃ!」
 ぐっ、と拳を握りしめた源は次なる野望へと想いを巡らせるのであった。