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<東京怪談ノベル(シングル)>


めくるめく愛


 昨晩から降り続いていた雨は、宇奈月慎一郎を憂鬱な気持ちにさせた。部屋の中はランプの投げかける暖かい
光で満たされていたが、それは大変弱々しい明かりであったため、慎一郎の気分を晴れさせる決定的な手段には
至らなかった。
「はぁ……」
 手に持ったシャープペンシルをカチカチ言わせながら、慎一郎は、大きなため息をつく。机上で頬杖をつきな
がら、ちらりと視線を前に移す。そこには銀の縁取りがなされた写真立てが置いてあった。慎一郎は、ふとその
写真立てをとりあげると、どこか夢見心地な瞳で写真を見つめた。
 それは、慎一郎と奇妙な獣が一緒に写っているものであった。獣は体長が人間よりもひと回り大きく、手は滑
らかな曲線を描いていた。体は茶色っぽくて、大量の毛が密生している。頭の上には、ちょこんと可愛らしい山
高帽が乗っかっている。顔は、中央の大部分を占める立派な赤い鼻が特徴的であった。
 一方、写真の中の慎一郎は満面の笑みを浮かべ、獣の肩に腕を回している。

――愛とは、なんと凶暴な感情なのでしょうね。

 慎一郎は、ほぅとため息をつくと窓に目をやった。中の明るさとあいまって、外の闇が鏡として慎一郎をガラ
スに映し出していた。その表情はどこか不安げであった。
 ふと、慎一郎の脳裏にある思い出が蘇る。
 それは、慎一郎と素敵な種族との、めくるめく愛の世界であった。

――そんな思い出も、ありましたっけね……。

 慎一郎の瞳は、ここではないどこかを彷徨っていた。薄く、彼の口元がゆるんだ。そういえば、彼との出会い
もこのような雨の日であった。


* * *


 その日も、やはり雨が降っていた。細かい霧雨は、しとしとと降り注ぎ、少しずつではあるが、アスファルト
を黒く染め上げていった。
 その黒の中に、鮮やかな赤が動く。赤い傘を差した慎一郎は、おでんを食べるために屋台へと向かっていると
ころであった。
(まずいですね……早くしないと、またどこかに行かれてしまう)
 移動式の屋台は、営業場所が不特定である。そのため、時間を間違えると、いると思っていた場所にいないと
いう事態が発生するのであった。そのような不安が慎一郎の頭をもたげ、彼の足取りは自然と早まっていた。
 だが、突然どこからか弱弱しい声が聞こえてきたのだった。
(ん……?)
 慎一郎は、立ち止まり辺りを見回す。
(確かに、今声が聞こえてきたはずですが)
 だが、既に声は聞こえなくなっていた。慎一郎はいぶかしく思ったが、やがてまた歩き始めた。
 しかし、再び歩き始めた瞬間、またどこからか弱弱しい声が聞こえてきたのだった。それは獣の鳴き声のよう
であった。喉の奥から、搾り出すような悲痛な叫び。とても小さくて、初めは気のせいかと思っていた慎一郎で
あったが、今度ははっきりと聞こえたので、慌てて周りを見回した。
 だが、声の場所は特定できない。慎一郎は、その場に佇み目を閉じると、声に全神経を集中させた。すべての
感覚が研ぎ澄まされる。そして、慎一郎は目を開いた。

――後ろですか。

 慎一郎は、ゆっくりと振り向く。そこには、粗末なダンボール箱が置かれていた。雨にぬれ、ダンボールは既
に腐食して、ぼろぼろになっている。その中から、声は確実に聞こえているのであった。
 慎一郎はかけより、ダンボールの中を開けた。
「お、おおお……」
 そこには、獣がいた。茶色の毛で覆われ、大きな赤い鼻が特徴的であった。獣はうほうほ……と鳴くと、慎一
郎を潤んだ瞳で見つめた。慎一郎はその瞳に吸い込まれるようであった。そして、それが彼との初めての出会い
であった。


 しばらくのあいだ、慎一郎は獣の世話をしていた。だが、慎一郎がほんのわずか目を放した隙に獣はその姿を
消していたのだった。スーパーの袋を取り落とし、必死であらゆる場所を探したが、獣は見つからなかった。
 慎一郎の胸は、空虚な気持ちに支配されていた。大切なものを失ったという思いが彼の中にあった。


* * *


 次に彼と出会ったのは、意外なところであった。それは、慎一郎が駆使するモバイルから彼が出てきたのだ。
慎一郎はその再会に運命的なものを感じた。そして慎一郎は、恋に落ちた。


 用がある、ないに関係なく何度となく呼び出す慎一郎に、初め彼は憤りを覚えた。だが、その呼びかけが次第
に心地よいものと変わるのにそう時間はかからなかった。そして、彼の中に存在する小さな記憶。それは懐かし
さを喚起させた。何故だかわからないけれども、この眼鏡の男を見ると優しい気持ちになれる。いつしか獣は、
慎一郎に親愛にも似た情を感じていた。慎一郎もまたこの獣を親しく思っていた。そして、その気持ちが愛へと
変わるのにさほど時間はかからなかった。


 親しくなった彼らは、様々な場所へ出かけていった。海へ行った時は、砂浜で追いかけっこをした。
「あはははははは、まてまて〜〜♪」
「ウホウホ〜♪」
 慎一郎は、軽くスキップをしながら逃げ惑う獣を追いかけていた。ときおり海風が、慎一郎の長い髪をとかし
ていく。
「ほらほら、つ〜かま〜えちゃ〜うぞ〜〜??」
「ウホウホ〜♪」
 獣は純情で可憐な乙女のように、逃げ惑う。その姿がいとおしくて、慎一郎の胸はきゅんと高鳴った。
 ふと、慎一郎の手が種族の腕をつかむ。獣は逃げようともがくが、がっちりとつかまれた手を振り解くことは
できなかった。いや、振りほどきたくなかった。突然、ぐいと強い力で引き寄せられる。
「?!」
 獣は、上目遣いで慎一郎を見つめる。目の前に、慎一郎の顔があった。彼の目は真剣であった。慎一郎は優し
く種族を抱き寄せると、そっと彼の耳元でささやいた。

――愛しています。

 獣の頬が、赤らんだような気がした。実際は茶色い毛に覆われていて見えないはずだが、慎一郎にはそう感じ
られた。獣はもじもじと、うつむいたままであった。慎一郎はその手をとり、獣の瞳を見つめた。びくり、と一
瞬獣の驚きが伝わる。その姿に、いいようのない、いじらしさを感じ慎一郎は再び獣を抱きしめた。風がさわさ
わと吹き、どこからか運んできた花びらを二人のもとに舞い散らせた。それはまるで、二人の愛を祝福している
かのようであった。


* * *


「うふふふふ……」
 慎一郎の顔は、すでにゆるんでいた。いや、ゆるみっぱなしであった。鼻からは、たらりと赤いものがたれて
いた。
「素敵すぎます……♪」
 慎一郎は、きゃはっと肩をすくめ、なおかつ自分の頭を叩いた。はたから見れば、慎一郎の行動は大変怪しい
ものに映ったに違いない。しかし、その時彼のモバイルから怪しげな光が漏れ出していたことに、慎一郎は気づ
くよしもなかった。
 そして。ゆらり、と背後に恐ろしい気配を感じた。

――殺気。

 慎一郎はおそるおそる後ろを振り返る。そこには、鼻息を荒げたウホウホと鳴く種族が立っていた。
「おおお、僕に会いに来てくれたのですか……♪」
 慎一郎は、駆け寄り獣に抱きつこうとする。だがその時。
「ってへぶるぐわっ!?」
 次の瞬間、慎一郎の体はきれいな軌跡を描いて宙を舞っていた。
 
どぐしゃぁぁぁん!!

 けたたましい大音響と共に、慎一郎は床にめり込んだ。
「うほーうほうほうほほほうほふご!!」
 
――てめぇ、なに寝ぼけたこと言ってやがるんだ! ぶち殺すぞゴルァ!!

 獣は、ふーふーと鼻息をさらに荒げると、慎一郎の首根っこを掴み、がくがくと揺らした。
 そう。すべては、夢。はかなき夢。一方通行のかなわぬ恋。それもかなり無理のある恋。慎一郎のひそやかな
る願望であった。
 種族に怒号を浴びせられ、がくがくと揺らされている中でも、慎一郎は幸せであった。
(うふふふふふふ、愛しています……!)
 次の瞬間、慎一郎の体は二回目の空中遊泳をした。空を飛んでいる最中、ちらりと写真立てが見えた。
 写真の中の慎一郎の笑顔は、どこか悲しげに見えた。



<了>

■ライターより■
こんにちは。いつも大変お世話になっております。雅 香月です。さてこの度は、とある種族との愛の遍歴とい
うご注文でしたが、いかがでしたでしょうか? かなり勝手な妄想モノローグなどつけてみましたが……。最後
はやはりなんというか、いつものごとく、という感じに仕上げさせて頂きました。お気に召していただければ、
幸いです。また、今回NPCの欄に何もご記入がなかったので、はっきりとした記述ができなかったことをお詫び
申し上げます。