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<東京怪談ノベル(シングル)>


The fatigue of the pain loss, too, drifts away.

 厄介なものである
 楷巽。大学院生で、現在ある心理相談所で実務経験などをしている最中だ。
 困ったことに、そこの相談所に問題がある。
 多少立地条件が悪くても、安価な診断料、臨床心理士の腕前でなんとでもフォローが効くものだ。
 しかしだ、此処の“所長”が問題だとしたら、其れさえもメリットにならない。常に閑古鳥に頭を悩ます巽くんがそこにいた。

「このままではダメです……つぶれかねない」
 無表情な顔で真剣に考える。
 多少、心の傷が癒えたのか、無表情だった顔にも笑顔も浮かぶ。すこし冷たさもなくなった。
 だいたい、所長が何故あの有名な精神科医に認められているのか謎だった。いやまったく、謎と言えば色々多いことだが、よく出入りしている謎の生き物以上に所長が謎である。

 所長はスタイルも良いし、気さくだし、尊敬できる。
 しかし、いつもの格好がどうしても幻滅せざるを得ない。
 つまり、着流しに白衣、サンダルか健康スリッパ(時にはWCと書かれた木製のアレ)という出で立ち。しかもその格好で神聖都学園に赴くのだ。
 折角自分で彼に似合う服を用意する。
「先生、これを来て学校に行って下さい」
「なにー?」
 白衣に似合うスーツ。それに靴だ。
「俺は俺のユニホームがあるんだ」
 と、今の格好が一番だと言う。
 それを小一時間言い合い、なんとか説得できた。
「しかたねーなぁ」
「ありがとうございます」
 と、渋々彼は着替えるわけだが、
「こんな窮屈なカッコしてらんねーよ!」
 と、1分もしないウチにスーツを投げ捨て、いつもの格好に戻ってしまう所長。
 ――酷い……。
 先生が出かけた後、楷はどんよりオーラを放ちながら、脱ぎ捨てられた高価なスーツを拾って綺麗に元に戻すのだった。
 因みに、自分のポケットマネーから購入したものである。其れを言わないのは事情有りと言うことで。

 それでも諦めない楷巽。必死にチラシを作り、許可を貰って其れを新聞などに挟んでもらったり、街角で配ったりした。
 それでも、コレといった効果はない。
「今はネットの時代だ」
 携帯でも閲覧可能のウェブサイトを作成する楷巽。
 金がないから、高価なデザインソフトも買うことも出来ないのでタグ打ちで行う。
「僕は……医学と心を学ぶはずだよね……?」
 と自問自答して、本来医学書を持つ手にはホームページのHTMLやらCGIのウェブサイト作成専門書だった。ドメインも取得し、色々やってみる。やってみると楽しいことは楽しいが、何か虚しい。所長のあの性格の所為だと言うことを否定しておかないとやっておけないか、考えるのを止めるか悩む。
 何とか出来上がった所に、例の問題児が興味深げに見ていた。
「ほほう、なかなかやるじゃん」
「……」
 少し嬉しかったりする楷くん。

 これで色々やっていけば何とかなるだろうと少し楽観的観測をもってしまった。
 其れが甘かった。
 殆どサイトに来る人は多少あったものの、掲示版は個人宣伝をのみという最悪な事態であった。
 チラシに付いても効果もなく、すでに所長のあだ名と共に、悪名が轟いているのだろう。

「ぼ、僕は何をやっていたんだ……」
 泣きたいけど、泣けない。無表情の顔に涙が流れる。
 骨折り損のくたびれもうけ、とはこの事であろうか?
 
 それでも、楷巽はこの相談所に沢山の来訪者が集まるよう、今も動き続けている。
 所長が考えを改めなければ、なーんにもなら無いことを承知の上で……。
 
 負けるな楷、挫けるな楷。
 君がやらなきゃ誰がやる?
 其れが徒労に終わるとしても、いつか花開くもの。
 
 その効果としては、彼の作ったサイトのHTMLデザインがよいらしく、サイト作りたいけどよく分からないから教えてくれと、同じ学部の院生に言われることだった。
 ――複雑だ……。
 楷はこのとき初めて苦笑いをしたと思う。
 
 End?