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<東京怪談ノベル(シングル)>


■天空の島■


■□■

「お片づけ、お片づけ……」

 床に山のように積み上げられた書籍を本棚へと入れようとするが、既にぎゅうぎゅうに詰まっている本棚へ新たに入れる事など不可能に近い。
 しかしなお、えいっ、というかけ声と共に無理矢理に隙間を空け書籍を突っ込んでいく宇奈月慎一郎。
 整然と並べられていた本棚。何処に何があるのか慎一郎は把握済みだ。そしてその間に新しい書物を追加し、その場所も記憶する。
 しかし場所を把握しているのはいいが、容量以上のものを突っ込まれた本棚が悲鳴を上げ、その役割を終えるのも時間の問題だった。
 しかし慎一郎は諦めない。気合いを込め、本棚へと立ち向かう。
「はぁぁぁぁっ!」

 ばきぃぃぃっ!

「……ん?なんか音がしましたか?……いやいや、気のせいですね。……ふぅ。なんとか収まりました」
 何か嫌な音が聞こえたような気がしたが、慎一郎はそれを問答無用で聞かなかった事にした。
 やっとのことで床に積み上げられた書籍を全て本棚へと収容し、良かった良かった、とにっこりと微笑んだ慎一郎は書斎を後にする。

「やっぱり、労働の後は美味しいビールとそしておでんですよね〜」
 あぁ、どうしよう、本当に今から大好きなおでんでも食べようか、と慎一郎が淡い幻想を抱いた時だった。
 何かが壊滅する音が屋敷に響いた。
 それは慎一郎の薔薇色に満ちた幻想を簡単に打ち砕き、あっという間に現実世界へと引き戻す。
「ややっ。なんですか、今の音は。……むっ、これは……まさかっ!」
 まだ出会った事のない邪心様の襲来でしょうか、と胸にときめきを抱き慎一郎は音のした書斎へと駆け込む。
 しかし、慎一郎の目に飛び込んできたのは壊滅した書斎の無惨な姿だった。
「あぁぁ、僕が来るのが遅かったんですね……神々は何処へ……」
 本棚にものを詰め込み過ぎたせいで壊れただけ……なのだが、慎一郎は高貴なる何者かがそこへ具現したと思いこんでいるらしい。
 勘違いも良いところだが、ここには真実を告げる者も、もとい突っ込みを入れる者も存在しない。
 神々との遭遇に失敗したとがっくりと項垂れる慎一郎の目にパラパラと舞う資料が目に入った。

「………空の島……此処ですか、此処にあなたは向かったというのですね……」
 分かりました、と慎一郎はその【空の島】の資料を手に立ち上がる。
「僕に此処へ来いと言うのですね。僕はあなたと出会うためなら……!」
 ぐっ、と拳を握りしめた慎一郎は崩れ落ちた本の下敷きになっているモバイルを発掘すると、すぐに電源を入れ立ち上げる。
 もう慎一郎の心は【空の島】に向かっていた。
「さぁ、来なさい、バイアクヘー!!!」

 イア! イア! ハスugi-!
 ハスugi- ク⊆∂フアヤム ブル*∂トム
 ブグトラグルン ブル*∂トム
 アイ! アイ! ハスugi-!

 高速でモバイルは召喚魔法を読み込み、慎一郎の目の前に巨大な黒い翼の生物が姿を現す。
「あぁ、会いたかったです。バイアクヘー。さぁ、共に空の島へ」
 モバイルと空の島の資料を手にした慎一郎がバイアクヘーに乗り込む。
 するとバイアクヘーは間髪入れずにそのまま窓ガラスへと突っ込み、高く空へと舞った。


■□■

 ガッシャーン、と物凄い音と共に外に飛び出すバイアクヘー。
 上に乗った慎一郎をガラスの破片が襲ったが、それすら気にした様子もなくバイアクヘーの乗り心地に悦に浸る慎一郎。
 悪運が強いのかなんなのか、全ての破片は慎一郎に刺さるすれすれの所を飛んでいき、部屋の中に消えた。
「あぁ、空の島には一体どんな方が僕を待って居るんでしょう」
 楽しみです、と慎一郎はうっとりと瞳を閉じる。
 その間にも高度は更に上がり、眼下に見える物体は全て豆粒のようだった。
 バイアクヘーの乗り心地を満喫しながら慎一郎のテンションは高度が上がるのと同じくどんどん上がっていく。
 もう人の姿など判別など出来はしない。

「あはは!人がゴミのようです!」

 慎一郎は空の高みから地上を見下ろし高笑いをする。
 心底おかしいというように腹を抱えながら。

 そして一気に加速したバイアクヘーの上から慎一郎は巨大な空の島を見つけた。
「あぁ、あれです。あれが空の島ですね」
 巨大な雲の上に乗っている空の島。
 その島は一つの城の様なものだった。
 城の周りは全て庭園のようになっていて色々な木の実がなっているのが見て取れる。
「さぁ、あそこに連れて行って下さい」
 バイアクヘーにお願いをして、慎一郎は念願の空の島へと降り立った。


 下ろされたのは赤い木の実のなる庭園の真ん中だった。
 仕事を終えたバイアクヘーはさっさと元の場所へと還っていく。
 慎一郎はぐるりと辺りを見渡し、空の島を眺めた。
 トントン、と足下の地面を蹴ってみるが、穴が空くような事は無いらしい。
 こんな島で暮らしてみるのも悪くはない、と慎一郎は思う。
 そしてもし自分が此処に住むとしたら全てを把握しなければならないだろう、と慎一郎はこの島の探索を始める事にする。
 その間に、自分に追いかけてこい、と資料を残した方とも会えるだろう、と考える。
 一石二鳥だ。
 足取りも軽く、慎一郎はるんたるんたと花の咲き乱れる庭園を散策し始めた。

 その時、目の端に動くものが映った。
「誰です?」
 この島にはもう人が住んでいるの?、と慎一郎は首を傾げる。
 慎一郎の声に驚いたのか、がさがさとその足跡は遠ざかっていく。
 木々の間から見えるのは埴輪のような色をしたロボットのような存在。
 それは先住民の残した古きものか。

 逃げられたら追いかけたくなる。

 それは狩猟民族の中にある本能のようなものではないだろうか。
 慎一郎はその逃げ出した古きものを追いかけ始める。
 先ほどの慎一郎のハイテンションぶりは今もなお持続中だった。
 一生懸命逃げていく古きものを追いかけ、慎一郎はまさに狩る者だった。
 目の前を行くのは獲物である。
 高笑いをしながら慎一郎は追いかけていく。

「あっはっはっは、どこへ行こうというですかね!?」

 古きものはぐるりと迂回し、城の方へと向かっていく。
 しかし城の入り口ではなく、裏道の方へ。

「本当にどこへいこうというのですかーっ!」
 その時、ピーン、と慎一郎の中で何かが閃いた。
「分かりました!わかりましたよ!あの方の元へと僕を導いてくれているのですね!」
 あぁ、ありがとうアリガトウ、僕はあなたを狩りません、と慎一郎は爽やかな笑顔を見せる。
 やっとあの方に会えるのだと思うと慎一郎の胸は高鳴った。
 ヤブの中を走っても、どぶ川のような所を通っても、モバイル片手に慎一郎は古きものを追いかけていく。
 古きものにとっては逃げているだけだったが、慎一郎にとって古きものは今や道案内人だった。


■□■

「あぁ、あの方はどこなんですかー」
 グルグルと島の内部を走り回った慎一郎も流石にぐったりとしてきた。
 古きものは疲れるということを知らないのか先ほどと同じ速度で逃げ回る。
 そして疲れ切った慎一郎をおいて、何処かへと去っていった。

「ここの近くにいるのですね……」
 置いていかれたのではなく、役目を終えたから古きものは消えたのだ、と解釈したらしい。
 辺りを見渡した慎一郎は宝物殿らしきものを発見する。
 いかにも狙って下さい、と言わんばかりに光り輝く建物。
「ここに………」
 しかし慎一郎は、光り輝く此処こそ神々しき方たちに相応しい、と夢見心地だ。
「さぁ、僕も行きましょう……」
 疲れ切っていたはずなのに未知の神々との接触の機会に胸を弾ませ、慎一郎の足取りも軽くなる。
 ぎぃぃぃぃぃ、という音を立てながら重厚な扉は開いていく。
 中には煌びやかな金銀財宝が眠っていた。

「あぁ、素晴らしい!この財宝に囲まれたあなたは何処に……!」

 財宝の煌めきにクラクラとする頭を振りながら、慎一郎は更に扉を開け宝物殿へと一歩踏み出す。
 その時だった。
 慎一郎の足は先住民の仕掛けたトラップに引っかかってしまう。
 え?、と思った時には遅かった。
 財宝の輝きではなくそれよりももっと強い光が宝物殿に満ちる。

「あ〜あ〜目がぁ〜目がぁ〜!!」

 凄まじい光が慎一郎を襲い、目を直撃した。
「あぁ、僕が何をしたというのです……あなたに会いたかっただけなのに……」
 この光は神々の怒り、と慎一郎は考えた。
 この状況下でもまだ慎一郎はまだ出会った事のない神がそこにいると信じていた。
 這い蹲ったまま慎一郎はおもむろにモバイルを立ち上げる。
 目の見えない状況で召喚を行うというのか。
 もし打ち間違ったら最後、とんでもないものが出てきてしまうかもしれないのに。

「神は……神は何を見たら僕を認めてくれるんでしょう……」

 慎一郎はカタカタと入力を開始する。
 手元を見なくても打ち込めるといっても、打ち込んだ表示を読む事は慎一郎には出来なかった。
 しかし、今日一番の自信を持って慎一郎は、ぺちっ、とキーボードを叩いた。

 ずずずずぅーん、と何ものかがそこに召喚された事が分かる音。
「これなら……これなら神は満足ですか」
 最後の言葉を発する前に、どごぉぉぉん、と何かが吹っ飛ぶ音がした。
「えっ………」
 そしてガラガラと崩れていく音が聞こえる。
「えぇぇぇっ。ちょっと……ちょっと待って下さいぃぃぃぃっー」
 慎一郎の目は未だ見えない。
 しかしモバイルを抱えて慎一郎は走った。
 自分の悪運の強さを信じて。
 そして慎一郎はそれに感謝する事になる。
 慎一郎が走り出した瞬間、元居た場所には瓦礫の山が、そしてあっという間に崩壊していく空の島。
 薄ぼんやりと見えてきた視力を頼りに、もう一度バイアクヘーを召喚する。

 そしてバイアクヘーの翼を掴みそれに飛び乗った。
「お家へ帰りましょう……神と会えなかったのは残念ですが……」
 やっと見え始めた慎一郎の目がとらえたもの。
 それは瓦礫の山となった空の島がゆっくりと地上へ落ち始めているところだった。

「あぁ、さようなら……空の島……さようなら……古きもの……さようなら……僕の島」

 慎一郎は崩れゆく空の島を見ながら、空の島の資料を空に飛ばした。


■□■

 家に帰ってきた慎一郎は書斎へとバイアクヘーに投げ出されるように落とされた。
 そしてバイアクヘーは振り返りもせずにさっさと還っていく。
 投げ出された慎一郎は、ちくり、と刺す痛みに気づき手元を見た。
「痛いですー……ってガラス?」
 なんでだろう、と慎一郎は戻ってきた書斎を改めて見渡した。
 そこには壊滅状態に陥った書斎のみすぼらしい姿があった。
 ぐしゃぐしゃに割れた窓ガラス。そして何者かに破壊されたかに見える本棚。
 床に散らばった書籍の数々に、ガラスの破片。

「あれ?……どうしてこんなになっちゃってるんでしょうね……」

 それはあなたのせいです、と突っ込める人物はそこには存在していなかった。

「お片づけ……しなくちゃいけませんよね……」

 はぁぁぁぁ、と使い溜息を吐く慎一郎。
 片づけたばかりなのに、と項垂れながら片づけたはずの壊滅状態に陥った書斎に立ちつくす慎一郎だった。
 慎一郎がめでたくおでんとビールを手にするのは、もっとずっと先の事になる。