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南無亜府魯的仏陀探求道
「代々伝わるアフロ魂じゃああぁぁっ!」
びっ、と指を立て、源は写真を突きつけた。
「見ての通りこれが証拠、古に降臨されたアフロ神は、この者」
写真にあるその姿は――
「仏陀にアフロを授けたのじゃ!」
大仏そのものであった。ざわざわという喧騒の中、突如ひとつの声が響きわたる。
「大仏の頭はパンチだ、けしてアフロじゃない!」
――アフロじゃない……ない……ない……。
その言葉が、いつまでも源の頭の中を回っていた。
「……ん」
突然、源は現実に引き戻された。眠い目をごしごしとこする。小鳥達が、元気に鳴いていた。いつのまにか、
眠り込んでしまっていたようだ。ちゃぶ台には、くっきりとよだれの跡がついている。源は着物の袂で、さっと
それを拭くと、ふと窓を見た。
窓は開いていた。純和風な部屋の中は、柔らかな光で満たされている。ここはあやかし荘。奇妙な住人達が集
う巨大なアパートである。爽やかな風がふわりと、源の黒髪を揺らす。肩のところで切りそろえられたそれは、
さらさらと乾いた音を立てた。
(やはり、証拠を見つけなければならないのぢゃ……)
ふと、源の脳裏に先刻の映像が蘇る。源はそれを振り払うかのように、ぶんぶんと首を振った。
「そうと決まれば善は急げじゃ!」
がっ!
ちゃぶ台に足を掛け、びしぃっ!とどこか遠くを指さす。
「ふははははは、なのぢゃーっ!!」
その時、ぼそりと後ろから声がかかる。
「……まったく、おんしは一体何をしておるのぢゃ」
「にゅぉぅっ!?」
ばっと振り向く源が見た先には、ずずず……とお茶をすする童女がいた。嬉璃である。
「な、嬉璃いつのまに来たのじゃ!?」
「おんしがよだれを垂らして、幸せそうに眠っているところから、ずーとぢゃ」
そういうと、嬉璃は再びずずず……とお茶をすすった。
一瞬、微妙な沈黙が流れる。みるみる内に、源の頬が赤く染まっていく。
「な、それならそうとなぜ声を掛けんのじゃ……」
「ぬ? おんしのちっぽけな幸せを汚しては悪いと思うてな」
嬉璃は、にやりと微笑む。
「ちっぽけとは……」
源が言いかけたが、その言葉は最後まで続かなかった。
どぐぉぉぉぉんっっ!!
「!?」
突如、鳴り響いた轟音にかき消された。次の瞬間ごごごご……と地の底からうなるような地鳴りが、地面を、
そして部屋全体を揺らした。
源と嬉璃は慌てて外に飛び出した。そして――。
「なっ……これはなんじゃ!?」
二人は見た。
あやかし荘に、謎の地下階段が出現しているのを。
部屋に帰った源と嬉璃は、作戦を練っていた。階段の奥はもうもうと立ち込めるほこりと、よどんだ空気に満
たされていたため、一旦引き返してきたのだった。
「やはり、無装備は危険ぢゃな」
あごに手を当て、源は考え込む。うむ、と嬉璃もうなずく。茶を入れなおし、ずずとすすっていた。
「ならばここは……」
きらり、と源の目が怪しい光を放つ。
「聖剣で武装じゃ!!」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!?」
その予想外の言葉に、ぶばっと嬉璃の口から大量のお茶が噴出する。
しかし源は別段気にした様子もなく、突如押入れの扉をがらりと開け、何やらがさごそと漁り始めた。
そして――
「ふぅ」
源は額に浮かぶ汗をぐいとぬぐい、くるりと嬉璃の方に向き直った。
「みよ嬉璃!これを!」
源は手に握ったそれを高々と掲げた。
「聖剣らいとにんぐまな、ぢゃ!」
ぱぱららったら〜!! とどこからか妙なファンファーレが鳴り響いた。
しかし、嬉璃はジト目でしばらく見つめると、ぼそりとつぶやいた。
「それ……とどのつまりは薙刀であろう?」
ぐはっと源がうめく。
「い、いいのじゃ! そんな細かいことは気にするでない!」
そして源は、いまだジト目の嬉璃に向かってびしぃっ! と指を差した。
「こーゆーのは、むーどが大切なのじゃ!!」
源は、ぐっと拳を握りしめた。その瞳は、きらきらと輝いていた。ふう、というため息が嬉璃の口から漏れた。
「嬉璃、ついてきておるかー!?」
「うむ、なんとかの」
手にろうそくを掲げ、源は暗い地下通路を進む。後衛の嬉璃は油断なくまわりに目を配っていた。二人は額にハチマキを巻き、それぞれ薙刀を手にしている。
そこは、迷宮であった。まわりは石造りの壁に覆われ、ところどころに奇妙な装飾が施されている。ひんやり
とした空気が辺りを包み、ときおりぴちょんという雫の音だけが聞こえる。
「それにしても悪趣味なだんじょんぢゃな」
嬉璃は、眉をひそめて壁画を見つめた。
それは、曼荼羅(マンダラ)であった。白い粉で様々な幾何学文様や神像が描かれている。だが、どこかおか
しかった。
「なにか……毛がふさふさしすぎのようなのぢゃが」
嬉璃のこめかみから、たらり、と一筋の汗が流れる。
「やはり……やはりのぅ……!」
だが源はくくく、と小さく笑うと、ぐっと拳を握りしめた。
「…………」
嬉璃は、ふうとため息をついた。と、その時。
「うぉぉぉぉぉっ!!?」
突然、源が叫び声をあげた。
嬉璃は慌てて、向き直る。
「ぬぅっ!?」
逞しい体、蝙蝠の翼、動物めいた顔に耳元まで裂けた口元。そこから覗くのは鋭い牙。それはまさに、怪物で
あった。怪物は、しゃあぁぁ……といううめき声を上げ、赤い舌をちろちろと動かした。
「あ、悪魔ぢゃ!!」
「あ、あくま?」
源は両の拳を口元につけ、うるるっと後方に退った。
「嬉璃! 気をつけい! 奴は炎を吐いてくるに違いないわ!!」
源は顔面蒼白で、嬉璃に叫んだ。すでに源は自分の世界に入り込んでいるようであった。
「その根拠はどこにあるんじゃ……」
ていうかこんな世界観無視しすぎのモンスターどうなんじゃ、と嬉璃は突っ込みたかったが、あえて我慢した。
突込みどころはそこじゃない。
むしろ……。
嬉璃は視点をゆっくりと、怪物の上方に移した。
「ぐはっ!?」
あふろ。
モンスターの頭の上に、これでもかとばかりにもさもさと揺れるアフロがあった。
「危険じゃ!! 危険すぎるわ!!」
源は、がくがくと震えた。その表情は、あくまでも真剣であった。
「…………」
嬉璃は、しばらくのあいだ遠い目をして固まっていた。だが。
――ぐるるる……。
怪物が低い唸り声を上げたかと思うと、突然嬉璃に向かって飛び掛ってきた。
「おををっ!?」
「きっ、嬉璃ーーーーー!!!」
源は駆けた。だが、足がもつれてうまく走れず、転んでしまった。
(くっ……ここで終わりじゃというのか?)
源は、拳を握りしめ地面を叩いた。その目には涙があふれていた。ふと、源の目に薙刀が目に留まる。
(そうじゃ……)
源は、ぎゅっとそれを握りしめた。そして、天に向かって高々と掲げた。
(聖剣らいとにんぐまなよ! わしに力を!)
源のひとしずくの涙が、聖剣(実際、薙刀)にこぼれ落ちた。
――ぴちょぉぉん。
「!!」
次の瞬間、あたりは一瞬にしてまばゆい光に覆われた。
「う、あぁぁぁぁ!!?」
響く怒声。叫び声。
最初、何が起こったかわからなかった。
だが、源は見た。光の中で、それは起こっていた。ゆっくりとまるでスローモーションのように。
嬉璃が怪物の懐に入り、ネックハンギングツリー(解説:首を両手で掴んで吊り上げる拷問技)をくらわせて
いるところを。そして、それと同時に源の聖剣(実際、薙刀)が急激に伸び、怪物のアフロに直撃しているとこ
ろを。そして、嬉璃がとどめのアイアンクロー(解説:相手の頭を締め上げる拷問技)で怪物の頭を締め上げ、
アフロをむしりとっているところを。
――これが、伝説の勇者!
アフロを手に持ち佇む嬉璃の姿に、源は勇者を見た。
「嬉璃ーー!!」
「ん?」
源は立ち上がり、嬉璃に駆け寄った。
「さすが……勇者じゃっ!」
源は、嬉璃の手をとるとぼろぼろと涙を流した。嬉璃は、むしりとったアフロを手に持っていたため、二人の握手は変な生物がとりついているかのようであった。
「いや、意味が分からんのじゃが」
嬉璃の話によると、突然体に力がみなぎり、行動していたという。
「それが伝説の勇者じゃ!」
源はばちんと片目をつむり、舌をちょろりと出すと親指を立てた。ぽろり、とアフロが床に落ちる。その瞬間、アフロはみるみるうちに形を変えていく。
「ぬっ!?」
しばらくすると、そこには宝箱が出現していた。
「……なんじゃ、この箱は」
とりあえず、嬉璃が宝箱を開ける。幸運を左右できる己の力で、罠を外す。そして、宝箱の中からまばゆい光
があふれだした。
「お、おおおおお!!」
中を覗き込んだ二人の顔が、光を受けて白く輝く。
光が薄くなっていくにつれ、そのものが姿を現した。
源はそれを拾い上げ、高々と掲げた。
「!?」
それはどう見てもアフロであった。アフロとしか思えない被り物であった。だが、未知の金属でできているの
か、とても堅い。
「やった……やったわ……!」
源は腰に手を当て高々と笑った。その頭には、銀のアフロが、鈍い銀の光を放っていた。
あやかし荘に戻り、炭素測定をすると、それは有史以前のものと判明した。
「これぞ仏陀アフロ説の証拠発見じゃ!!」
源の満足そうな笑い声がいつまでも、あやかし荘に響きわたった。
<了>
■ライターより■
こんにちは。雅 香月です。いつもお世話になっております。謎のアフロダンジョン、略してアフダン(謎)で
すが、なんだかとんでもないことになってしまいました。ええ、シリアスを狙ったんです。本当です。(ぇ
私の個人的な事情が、気になって夜も眠れないということですが、あえてご想像にお任せすることに。(苦笑)
まあ、基本的にネタですけどねw それでは今回はご利用真にありがとうございました。
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