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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


母の手紙〜あやかし荘〜

 -opening-

 鬱蒼と繁った森の中に、ひっそりと建てられた、古びたアパート。
 それは、巨大で、どことなく廃屋と化した、旅館を連想させる。
 枝を揺らし、カラスが飛び立った。
 辺りに嫌な気が満ちている。
 
 あやかし荘へ上がる、長い階段の中腹に腰をかけながら、柚葉(ゆずは)はいつになく暗い表情を浮かべていた。
「はあ〜」
 柄にもなく溜息なんぞを吐いている。
「どうかしたの?」
 あやかし荘管理人の因幡・恵美(いなば・めぐみ)が、竹箒で階段を掃除しながら、座り込んでいる柚葉の顔を覗き込んだ。
「あ、恵美ちゃん」
 パッと顔を上げた柚葉は、何か言いたそうにした。
 しかし、直ぐさま首を振ると、「なんでもない」と口をつぐんでしまった。
 柚葉の様子に、恵美は心配そうにしながらも、集めかけた落ち葉を、更に下へと掃き始めた。
 恵美の姿が見えなくなったのを、視線の端で捕らえると、柚葉は短パンのポケットから古びた紙切れを取り出した。
 『帰っておいで 母より』
 そう書かれた紙切れを見つめながら、柚葉は大きく溜息を吐いた。

 -1-

「こんにちは」
 階段下から、聞こえてくる声に、 柚葉は何気なく顔を上げた。
 黒髪を高い位置でまとめ、赤い瞳をした祇堂・朔耶 (しどう・さくや)が柚葉を見上げていた。
 吸い込まれそうな瞳を前にして、柚葉は少したじろいだ。
 そんな柚葉を見て、朔耶は瞳に柔らかな笑みを浮かべた。
 背筋の伸びた姿勢が、朔耶を凛々しく見せている。
 そんな彼女に、柚葉は自分の母を重ねて見ていた。
 一瞬、泣きそうな瞳を向けながらも、しょんぼりとした表情でコクリと挨拶をした。
「俺は、祇堂朔耶。あやかし荘に見学に来たんだけど……」
 そこで言葉を途切れさすと、ジッと柚葉の顔をみた。
「な、なんだよ」
 心の奥底まで見透かすような瞳を前にして、柚葉の心は不安に苛まれ、突っぱねた口調で言い放った。
 そんな柚葉に苦笑を浮かべると、朔耶は石段に腰を下ろし、自分の隣を手で叩いた。
「ここに座りなよ」
 一瞬どうしようか迷ってはみたが、取りあえず言われるがまま朔耶の隣に腰を下ろした。
「悩み事があるのか?」
 朔耶の問いかけに、柚葉はビクンと身を震わせた。
 が、突然柚葉が鼻をヒクヒクさせた。
「なんか、甘いにおいがする」
「ああ、俺はパティシエだからな。匂いが染みついているのかもしれないな」
「母さんも……良く似た匂いしていた」
 そう告げると、柚葉の表情が曇った。
「なんだ、君の母親もパティシエなのか」
 が、柚葉は首を横に振った。
「違う。そんな立派な職業じゃないけど。ボクの為に良く甘い物を作ってくれていたんだ」
「優しい母親だな」
 すると、柚葉は泣きそうな顔を朔耶に向けた。
「母さんが帰ってこいって言うんだ」
「帰ればいいじゃないか」
「でも……帰ったら、里に帰ったら、もうここに来られないかもしれないんだ」
 柚葉は半泣き状態である。
「君は、帰りたいけど帰りたくなくて悩んでいるのか?」
 朔耶の言葉に柚葉は小さく頷いた。
 すると、朔耶は赤い瞳を真っ直ぐ向けた。
「ここに来て何か楽しかった事はなかったか? やりたい事は?」
 朔耶の言葉に、柚葉は首を傾げ思いめぐらせた。
「毎日サンシタと勝負するのは楽しい」
 柚葉の言葉にやんわりと微笑むと、先を促すように優しい瞳を向けた。
「ボクは、まだまだ未熟だから……もっと技を磨きたいし、ここには沢山の住人がいて、みんな色んなことを知っていて、ボクに色々教えてくれるんだ」
 金色の瞳をキラキラと輝かせながら、一生懸命訴える柚葉を見て、朔耶は一度瞳を伏せた。
「なんだ。ちゃんと結論は出ているんじゃないか」
 朔耶の言葉に、柚葉は表情を曇らせた。

 -2-

 石段の周囲に植わっている木から、1羽の鳥が羽ばたいた。
 枝から枯れた葉が、ヒラヒラと地面に向かって落ちていく。
 それを見つめながら、朔耶は柚葉の肩をそっと抱き寄せた。
「俺は、他界した兄の娘をあずかっている」
 そう言うと、視線を柚葉に向けた。
「だから、君の母親の気持ちもなんとなく解るんだ」
 それに――と続けると、苦笑を浮かべた。
「俺だって少し前は、娘だった。だから、君の気持ちも解る」
 朔耶の体に染みついている甘い香りのせいか、それとも、どこか頼れるお姉さん的雰囲気のせいか、柚葉は慕うような視線を朔耶に向けていた。
「なあ、今自分が思っている気持ちを正直に母親にぶつけてごらん。きっと解ってくれる」
「でも」
「母親というのはね、無条件に子供のことを愛しているんだ。子供の切なる願いには弱かったりするもんなんだよ」
 そう言うと、朔耶は立ち上がり、お尻に付いた誇りを払った。
 じゃあ、また。と言い残し、その場を去って行った。

 -3-
 
 次の日。 
「あの〜」
 竹箒を胸元で抱きしめ、呆然と立っている恵美に、遠慮がちにかける声があった。
「もしもーし」
 何も反応のない恵美に、今度は顔を覗き込むようにして声をかけた。
「は、はい。はい」
 にゅっと顔が現れたため、驚きの表情をしながら答えた。
「ああ、よかった。あの、今日ここへ越してきた織詠無月です。管理人さんですか?」
 目尻を下げ、ヘラヘラと笑うと、手を差し出した。
「はい、はい。今日からの……。今朝早くにお荷物だけ届いてましたよ」
 どこか引きつった表情を浮かべながら、恵美は無月に「宜しくお願いします」とお辞儀をした。
「話しているところに悪い」
 と、突然第三者が割り込んできた。
「あの子……狐のあの子はどこに行ったんだ?」
 昨日もここを訪れていた祇堂朔耶である。
「狐の? ああ、柚葉ちゃんですね? 彼女に何か?」
 竹箒をきつく握りしめながら、恵美は不思議そうに問いかけた。
「いや……昨日のことで、少し気になったことがあって」
「あなたもですか? 僕も、昨晩から気になっていたんですよ」
 朔耶と恵美の会話に、割り込むように無月が、ヘラヘラっとした表情を現した。
「僕、織詠無月といいます。あ、無月って呼んでもらっていいですよ」
 常に笑みを絶やすことのない表情だが、その裏で何を考えているのか表情が読みとりにくい。
 扱いずらそうだなと思いながら、朔耶は整った顔立ちに作った笑みを浮かべた。
「祇堂朔耶だ。好きなように呼んでもらって構わない」
「じゃあ、朔耶ちゃん」
 ニコニコっと笑みを向けてくる無月に、一瞬目を見開くが、軽く溜息を吐いて、「ご自由に」と呆れた口調で告げた。
「あの〜」
 そんな2人に見かねて……という訳ではないが、恵美が遠慮がちに声をかけた。
「実は――」
 と言って、先ほど起こったことを話しだした。
 恵美によると、黒髪黒瞳の、高校生くらいの男の子が、突然柚葉を担いでさらって行ったのだという。
 その男の子は「理由は愛だ」と一言残して行ったと付け加えた。
「もしかして、柚葉のストーカーか?」
 朔耶が驚いたように声を荒げた。
「それか、母親がらみの迎えとか」
 無月がいつになく真面目な表情で告げる。
「君も彼女の悩みを聞いたのか?」
 朔耶の問いかけに、無月はコクリと頷いた。
「さて、どうすればいいんでしょうね」
 やはりしまりのない表情に戻すと、無月は肩をすくめた。
 落ち葉がカサカサと音を立てて地面を横切っていく。
 突然、突風のような風が吹き荒れた。
 それと同時に、異常な妖気の渦が現れた。
 その中から、銀色の長い髪をした女が現れた。
 金色の鋭い瞳を持つ、この世のものとは思えぬ美しさをした女性。
「九尾の狐?」
 朔耶の驚いた声に、無月は口をぽかんと開けた。
「ほお、これがかの有名な……さすが美しい」
 感嘆の声を上げる無月を余所に、妖狐は恵美に視線を向けた。
「我が娘は如何に」
「あ、その……」
 恵美は言いにくそうにしながら、朔耶に救いを求めるような視線を向けた。
「このような手紙をもらったぞ。どういうことぞ」
 そう言うと、小さな紙切れを差し出した。
 そこには「娘病気。至急面会来訪せよ」と走り書きのような文字がしたためられていた。
「誰がこれを?」
 朔耶が恵美に尋ねた。
 恵美は首を横に振って、無月に「知ってる?」と尋ねた。
「僕ではないのは確かだけど」
 そう言いながら、小さな紙切れを見つめた。
「例えば、柚葉クンをさらった男とか」
 冗談っぽく告げると、1人ヘラヘラと笑って見せた。
「あ、こら」
 そんな無月に朔耶が窘めた。
 自分の冗談が、言ってはならない事だったと気付いた無月は、思わず顔色を変えると、探るように柚葉の母の表情を窺った。
「さらった? 我が娘をか?」
 表情はさほど変わっていなかったが、金色の瞳の奥に怒りの炎がめらめらと燃えていた。
「待って。ちょっと話しを」
 娘を捜そうと、その場から消えようとした母に停止の声を上げたのは朔耶だった。
「柚葉のことで話しがあります」
 真っ直ぐ柚葉の母を視界に捕らえると、赤い瞳に強い光りを宿した。
「彼女は、あなたの手紙のことで悩んでいました」
「帰ってこいと言ったことか?」
 切れ長の瞳を更に細めると、見ず知らずの人間に家庭の事情に首を突っ込んで欲しくないと、言わんばかりに煙たげな表情を向けた。
 朔耶の隣には、無月がやんわりとした表情のまま、行く末を見守っている。
「あなたの気持ちもわかります。大切な娘を手元に置きたいお気持ちも。ですが、彼女の気持ちも尊重してあげて欲しいのです」
「そなたのような小娘に言われたくはない」
 柚葉の母は、軽く一笑すると、階段下に視線を向けた。
 そこには、柚葉と、柚葉をさらった男、守がいた。
 柚葉は照れくさそうに下を向いている。
 守がそっと柚葉の背を押した。
 何か言いたげな表情で、柚葉は守を見た。
 守は口角を引き上げ、ニッと笑うと、力強く頷いた。
 それに呼応するように、柚葉もコクリと頷くと、階段を駆け上がった。

 -ending-

「母さん、ボク……」
 母を目の前にして、柚葉は言いにくそうに、身をよじった。
 朔耶は小さな声で「頑張れ」と声援を送った。
 その隣で、無月が一度瞳を伏せ、ゆっくり開き柚葉を見据えた。
 柚葉が朔耶と無月を見た。
 そして、少し後ろの大木に背を預けている、守にも視線を向けた。
 守は、腕を組み、顔を下に向けている。
 自分の悩みを真剣に聞いてくれてくれた3人に、もう一度視線を向けると、今度は母の顔を見上げた。
「ごめんなさい。ボク、ここにいたいんだ。母さんには心配ばかりかけるけど、でも、ここのみんなとも離れたくないし、もっと色々なことを学びたいんだ。ボク……」
「答えなど最初から解っていた」
 溜息混じりに告げる母の言葉に、柚葉はキョトンとした。
「お前が、約束の期日を過ぎても帰っては来ぬし、お前の顔を見れば一目瞭然だ」
「母さん……」
 そんな2人のやりとりを見つめながら、朔耶はホッと胸をなで下ろした。
「母はそなたを誰よりも愛している」
「うん」
「それだけは解っておいておくれ」
 そう言うと、母は皆に軽く会釈をし、その場から姿を消した。
「よかったな柚葉」
 朔耶は柚葉の肩をポンと叩いた。 
 柚葉は照れくさそうに笑うと、「ありがとう」と深々とお辞儀をした。
「ボク、もっともっと強くなる。母さんみたいに立派な妖狐になるんだ」
「じゃあ、立派になったあかつきには、俺が美味しいお菓子を作ってあげるよ」
 柚葉の表情が、パッと明るく変わった。
 そんな彼女を見つめながら、柚葉に合うお菓子は――などと考えていた。

 end.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0623/時・守(とき・まもり)/男/17/実体を持つ亡霊?】
【3404/祇堂・朔耶(しどう・さくや)/女/24/グランパティシエ】
【3514/ 織詠・無月(おりうた・なつき)/ 男/999/夢解き屋】

【柚葉(ゆずは)/女/14/天狐】
【因幡・恵美(いなば・めぐみ)/女/16/学生兼あやかし荘管理人】

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■         ライター通信          ■
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始めまして、ライターの風深千歌(かざみせんか)と申します。
この度は、 「母の手紙〜あやかし荘〜」を発注頂きまして、まことにありがとうございました。
思った以上に、執筆量が多くなってしまいましたが……・。

設定と違うよ!という所がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さいませ。修正させて頂きます。
今だ、手探りの状態で、皆様の設定を生かしきれたかどうか……兎に角、一生懸命書かせて頂きましたので、お楽しみ頂けたら幸いです。

・祇堂朔耶サマ
女性で、男言葉を使われるという設定でしたので、強くそれでいて、優しい印象をうけ、そのように表現させて頂きました。
お気に召して頂ければと思っております。
また、機会がございましたら、是非お声等かけてください。
お待ちしております。