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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


母の手紙〜あやかし荘〜

 -opening-

 鬱蒼と繁った森の中に、ひっそりと建てられた、古びたアパート。
 それは、巨大で、どことなく廃屋と化した、旅館を連想させる。
 枝を揺らし、カラスが飛び立った。
 辺りに嫌な気が満ちている。
 
 あやかし荘へ上がる、長い階段の中腹に腰をかけながら、柚葉(ゆずは)はいつになく暗い表情を浮かべていた。
「はあ〜」
 柄にもなく溜息なんぞを吐いている。
「どうかしたの?」
 あやかし荘管理人の因幡・恵美(いなば・めぐみ)が、竹箒で階段を掃除しながら、座り込んでいる柚葉の顔を覗き込んだ。
「あ、恵美ちゃん」
 パッと顔を上げた柚葉は、何か言いたそうにした。
 しかし、直ぐさま首を振ると、「なんでもない」と口をつぐんでしまった。
 柚葉の様子に、恵美は心配そうにしながらも、集めかけた落ち葉を、更に下へと掃き始めた。
 恵美の姿が見えなくなったのを、視線の端で捕らえると、柚葉は短パンのポケットから古びた紙切れを取り出した。
 『帰っておいで 母より』
 そう書かれた紙切れを見つめながら、柚葉は大きく溜息を吐いた。

 -1-

 あやかし荘近くの公園に来て、どれほど時間が経ったであろうか。
 気が付けば、日は落ち、空には星と月が輝いていた。
 ブランコに座りながら、柚葉は溜息を吐いた。
 時折、足で地面を蹴り、ブランコを揺らすが、錆び付いた鎖からはギギギと嫌な音がしていた。
 誰かの気配を感じ、柚葉は顔を上げた。
 漆黒の着流し姿の、織詠・無月 (おりうた・なつき)が目尻を下げニコニコと笑いながら、隣のブランコに座った。
 どこからともなく現れた男性に驚く柚葉。しかし、無月は笑みを絶やさぬ顔を真っ直ぐ前に向け、突然話し始めた。
「君は健康的でいいね。僕は貧血症でね、ほら見てよこのなまっちょろい肌。嫌になっちゃうだろ。まったく」
 何を言い出すのだろうか、と柚葉は目をパチクリさせている。
「どちらかと言うと、昼間より夜の方が好きだな。ほら、夜の風は心地良い。そう思わないかい?」
 深い闇色の瞳を向けられ、柚葉は一瞬吸い込まれそうになりドキっと心臓を高鳴らせた。が、直ぐさま金色の瞳を細めた。
「アンタ 誰だよ〜。変なの」
 見知らぬ男である。変質者かもしれない。が、なぜか柚葉の心が和らいだ。
 彼の中性的な顔立ちのせいだろうか、それとも、彼から醸し出される柔らかな空気のせいだろうか、ともかく、柚葉は、固い表情を和らげた。
 すると、無月は手を差し出した。
「僕は無月。キミは?」
「柚葉。宜しく」
 差し出された手を強く握り返すと、柚葉は、ニッと好戦的な表情を浮かべた。
「なあ、無月、ボクの話聞きたい?」
 柚葉は表情を曇らせると、無月に訴えかけるような視線を向けた。
「話したいんだったら聞くけど?」
「べ、別に、話したい訳じゃないよ」
 ちょっと意地っ張りな所があるのか、柚葉はプイっとそっぽを向いた。
 が、探るように視線だけで無月の表情を盗み見た。
「僕は柚葉クンの話しを聞きたいな」
「ん〜。なんか、無月にだったら話せそうな気がする」
 柚葉の言葉に、無月は苦笑を浮かべた。
「他人だからね」
「そっか〜」
 その言葉に納得した柚葉は、いつもの表情を浮かべると、ブランコの上に立ち上がり、こぎ出した。
「あんさー。母さんが、ボクに帰って来いって言うんだ」
「家出してきたのかい?」
 無月の言葉に首を振った。
「でも、約束より長いことこっちにいるから……」
「柚葉クンの母上は、怖い人なんだ」
 柚葉の曇った表情から、試すようにそんな言葉を告げてみた。
 すると、柚葉は大きく頭を振った。
「怖くない。あ、強いけど……でも、怖くないんだ。すごく優しいんだ。だから……。ボクはここを離れたくないんだ。でも、母さんを悲しませたくないし……」
 金色の瞳に涙を溜めながら、言葉を途切れさせた。
「でも、あやかし荘には仲間が沢山いて、みんなと離れたくないし、ここで色んな事を吸収したい……でも、帰ってこいっていう母さんの言葉を拒否する理由がないんだ」
 柚葉の言葉を静かに聞いていた無月が、やんわりと笑った。
「なんだ、君には、ここに居たい理由がちゃんと有るじゃないか」
 その言葉に柚葉はキョトンとした。
「君はそのあやかし荘とやらに居たいのだろう? 皆と一緒に居たいのだろう? それならそれが理由じゃないか」
「それが、理由になるの?」
 不安げな表情を向ける柚葉に、無月は力強く頷いた。
「本当の気持ちは大切にするべきだよ。後悔なんてする物じゃないからね」
 諭すように告げると、無月は柚葉から離れるように、数歩後ろに歩んだ。
「迷い人は放って置けないからね」
 囁くように告げる無月の遙か後ろから、柚葉を呼ぶ声が聞こえた。
「柚葉クンの迎えだね」
 コクリと頷く柚葉に、無月は柔らかな笑みを向けた。
「僕は夢解き屋なんだ」
「夢解き屋?」
 聞き慣れないフレーズに、首を傾げる。
「そう、夢解き屋」
「ふーん」
 それがどういう職業なのか、解っていなかったが、柚葉は適当に頷いた。
「ねえ、また会えるかな」
「柚葉クン次第だね」
「ふーん。じゃあ、またね」
 元気に告げると、片手を上げ無月に手を振りながら、闇の中へ消えて行った。
 そんな柚葉の後ろ姿を見つめていた無月は、瞳を細めた。
「キミの【夢】を無へ返してあげるから」
 見えなくなった柚葉に向け、そっと呟いた。

 -2-
 
「あの〜」
 竹箒を胸元で抱きしめ、呆然と立っている恵美に、遠慮がちにかける声があった。
「もしもーし」
 何も反応のない恵美に、今度は顔を覗き込むようにして声をかけた。
「は、はい。はい」
 にゅっと顔が現れたため、驚きの表情をしながら答えた。
「ああ、よかった。あの、今日ここへ越してきた織詠無月です。管理人さんですか?」
 目尻を下げ、ヘラヘラと笑うと、手を差し出した。
「はい、はい。今日からの……。今朝早くにお荷物だけ届いてましたよ」
 どこか引きつった表情を浮かべながら、恵美は無月に「宜しくお願いします」とお辞儀をした。
「話しているところに悪い」
 と、突然第三者が割り込んできた。
「あの子……狐のあの子はどこに行ったんだ?」
 昨日もここを訪れていた祇堂朔耶である。
「狐の? ああ、柚葉ちゃんですね? 彼女に何か?」
 竹箒をきつく握りしめながら、恵美は不思議そうに問いかけた。
「いや……昨日のことで、少し気になったことがあって」
「あなたもですか? 僕も、昨晩から気になっていたんですよ」
 朔耶と恵美の会話に、割り込むように無月が、ヘラヘラっとした表情を現した。
「僕、織詠無月といいます。あ、無月って呼んでもらっていいですよ」
 常に笑みを絶やすことのない表情だが、その裏で何を考えているのか表情が読みとりにくい。
 扱いずらそうだなと思いながら、朔耶は整った顔立ちに作った笑みを浮かべた。
「祇堂朔耶だ。好きなように呼んでもらって構わない」
「じゃあ、朔耶ちゃん」
 ニコニコっと笑みを向けてくる無月に、一瞬目を見開くが、軽く溜息を吐いて、「ご自由に」と呆れた口調で告げた。
「あの〜」
 そんな2人に見かねて……という訳ではないが、恵美が遠慮がちに声をかけた。
「実は――」
 と言って、先ほど起こったことを話しだした。
 恵美によると、黒髪黒瞳の、高校生くらいの男の子が、突然柚葉を担いでさらって行ったのだという。
 その男の子は「理由は愛だ」と一言残して行ったと付け加えた。
「もしかして、柚葉のストーカーか?」
 朔耶が驚いたように声を荒げた。
「それか、母親がらみの迎えとか」
 無月がいつになく真面目な表情で告げる。
「君も彼女の悩みを聞いたのか?」
 朔耶の問いかけに、無月はコクリと頷いた。
「さて、どうすればいいんでしょうね」
 やはりしまりのない表情に戻すと、無月は肩をすくめた。
 落ち葉がカサカサと音を立てて地面を横切っていく。
 突然、突風のような風が吹き荒れた。
 それと同時に、異常な妖気の渦が現れた。
 その中から、銀色の長い髪をした女が現れた。
 金色の鋭い瞳を持つ、この世のものとは思えぬ美しさをした女性。
「九尾の狐?」
 朔耶の驚いた声に、無月は口をぽかんと開けた。
「ほお、これがかの有名な……さすが美しい」
 感嘆の声を上げる無月を余所に、妖狐は恵美に視線を向けた。
「我が娘は如何に」
「あ、その……」
 恵美は言いにくそうにしながら、朔耶に救いを求めるような視線を向けた。
「このような手紙をもらったぞ。どういうことぞ」
 そう言うと、小さな紙切れを差し出した。
 そこには「娘病気。至急面会来訪せよ」と走り書きのような文字がしたためられていた。
「誰がこれを?」
 朔耶が恵美に尋ねた。
 恵美は首を横に振って、無月に「知ってる?」と尋ねた。
「僕ではないのは確かだけど」
 そう言いながら、小さな紙切れを見つめた。
「例えば、柚葉クンをさらった男とか」
 冗談っぽく告げると、1人ヘラヘラと笑って見せた。
「あ、こら」
 そんな無月に朔耶が窘めた。
 自分の冗談が、言ってはならない事だったと気付いた無月は、思わず顔色を変えると、探るように柚葉の母の表情を窺った。
「さらった? 我が娘をか?」
 表情はさほど変わっていなかったが、金色の瞳の奥に怒りの炎がめらめらと燃えていた。
「待って。ちょっと話しを」
 娘を捜そうと、その場から消えようとした母に停止の声を上げたのは朔耶だった。
「柚葉のことで話しがあります」
 真っ直ぐ柚葉の母を視界に捕らえると、赤い瞳に強い光りを宿した。
「彼女は、あなたの手紙のことで悩んでいました」
「帰ってこいと言ったことか?」
 切れ長の瞳を更に細めると、見ず知らずの人間に家庭の事情に首を突っ込んで欲しくないと、言わんばかりに煙たげな表情を向けた。
 朔耶の隣には、無月がやんわりとした表情のまま、行く末を見守っている。
「あなたの気持ちもわかります。大切な娘を手元に置きたいお気持ちも。ですが、彼女の気持ちも尊重してあげて欲しいのです」
「そなたのような小娘に言われたくはない」
 柚葉の母は、軽く一笑すると、階段下に視線を向けた。
 そこには、柚葉と、柚葉をさらった男、守がいた。
 柚葉は照れくさそうに下を向いている。
 守がそっと柚葉の背を押した。
 何か言いたげな表情で、柚葉は守を見た。
 守は口角を引き上げ、ニッと笑うと、力強く頷いた。
 それに呼応するように、柚葉もコクリと頷くと、階段を駆け上がった。

 -ending-

「母さん、ボク……」
 母を目の前にして、柚葉は言いにくそうに、身をよじった。
 朔耶は小さな声で「頑張れ」と声援を送った。
 その隣で、無月が一度瞳を伏せ、ゆっくり開き柚葉を見据えた。
 柚葉が朔耶と無月を見た。
 そして、少し後ろの大木に背を預けている、守にも視線を向けた。
 守は、腕を組み、顔を下に向けている。
 自分の悩みを真剣に聞いてくれてくれた3人に、もう一度視線を向けると、今度は母の顔を見上げた。
「ごめんなさい。ボク、ここにいたいんだ。母さんには心配ばかりかけるけど、でも、ここのみんなとも離れたくないし、もっと色々なことを学びたいんだ。ボク……」
「答えなど最初から解っていた」
 溜息混じりに告げる母の言葉に、柚葉はキョトンとした。
「お前が、約束の期日を過ぎても帰っては来ぬし、お前の顔を見れば一目瞭然だ」
「母さん……」
 そんな2人のやりとりを見つめながら、朔耶はホッと胸をなで下ろした。
「母はそなたを誰よりも愛している」
「うん」
「それだけは解っておいておくれ」
 そう言うと、母は朔耶に軽く会釈をし、その場から姿を消した。
「柚葉クン」
 無月が柚葉に近付いた。
「無月が相談に乗ってくれたおかげだね」
 ニッコリと笑みを浮かべる柚葉に、無月は照れくさそうに笑った。
「今日からここの住人なんだろ?」
 すると、柚葉がにやっとした。
「今度また君が"夢"に迷ったら、いつでもおいで。 あらゆる『夢』を僕が解き明かしてあげるよ」
 柚葉が何か告げようとする前に、さっさと自分の言葉をぶつけると、そそくさとあやかし荘の中へ消えて行った。

 end.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 整理番号順
【0623/時・守(とき・まもり)/男/17/実体を持つ亡霊?】
【3404/祇堂・朔耶(しどう・さくや)/女/24/グランパティシエ】
【3514/ 織詠・無月(おりうた・なつき)/ 男/999/夢解き屋】
 以下NPC
【柚葉(ゆずは)/女/14/天狐】
【因幡・恵美(いなば・めぐみ)/女/16/学生兼あやかし荘管理人】

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■         ライター通信          ■
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始めまして、ライターの風深千歌(かざみせんか)と申します。
この度は、 「母の手紙〜あやかし荘〜」を発注頂きまして、まことにありがとうございました。
思った以上に、執筆量が多くなってしまいましたが……・。

設定と違うよ!という所がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さいませ。修正させて頂きます。
今だ、手探りの状態で、皆様の設定を生かしきれたかどうか……兎に角、一生懸命書かせて頂きましたので、お楽しみ頂けたら幸いです。

・織詠無月サマ
実は、「夢解き屋」という不思議な職業に悪戦苦闘しておりました(笑)
今回は飄々とした感じで書かせて頂きましたが……。
お気に召して頂ければと思っております。
また、機会がございましたら、是非お声等かけてください。
お待ちしております。