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<東京怪談ノベル(シングル)>


朱の追憶


 不夜城の街のネオンも消えかけた時刻――。
 白くけぶる雨の中、少年とこの世の者でない『化物』が対峙していた。

「御崎の名の下に命ず! 汝が有るべき常世の国へ……還れっ!」
 御崎・月斗(みさき・つきと)はあらかじめ用意しておいた退魔の呪符を、腰のホルスターより一枚抜き取って放ち、走り出した。
 抵抗する様に化物は腕を振り上げる。――その衝撃はすさまじく、月斗の右腕を深く裂いた。化物は飛び散った血に喜びの奇声を上げる。
 だが、すでに足下には先ほどの符で呼び出した月斗の式神――隙を逃さず瞬時に化物を縛する。
「ったく……雑魚がいきがるんじゃねぇよ」
 月斗はうざったそうに吐き捨てると、血に濡れた右人差し指で呪を書き付けた符を叩き付け――化物にとどめを刺した。

「……痛ってぇ……ちょっとマズったな……」
 戦いの高揚感が引くのと同時に、冷たい雫と鉄臭い赤色にまみれた右腕は熱く鼓動を刻み、じわじわとじわじわと――痛みを強めていく。
 月斗が強大な退魔の力を持っていたとしても、所詮は子供、体力やスタミナもまだ発展途上。化物達の一撃に耐えれるほど強くない。
 そして、月斗は耐えきれず壁にもたれかかり、そのまま水たまりの中に座り込む形で崩れ落ちた――。

       ●

 それは、『継承者』が決まった時に始まった。
 継承者とは、御崎家の家系に伝わる最強の十二種の式神に認められた者を指し――また、その力故に御崎の将来の当主を担う事を義務づけられていた。
 継承者候補には月斗を含む数名が存在したが、中でも一番技に秀でた従兄弟が継承するであろうと、全ての者が思っていた。
 従兄弟本人ですらそう思っていたであろう。

 ――だが、現実は違った。
 ――式神は従兄弟を選ばず、月斗を選んだのだ。

「珍しいよな、こんな時間に呼び出すなんてよ」
 数日後、月斗は一件の電話によって呼び出された。
 呼び出し主は従兄弟。いつもより真面目な声だったので一抹の不安を感じつつも指定された深夜の公園に向かったのであった。
「で、今日は何の用だよ? ……やっぱこの前言ってた好きな娘の……アレ、とか……だろ?」
 月斗はいつもの様に笑って薄暗く光る外灯の下に立つ従兄弟の肩を叩こうとした――その時、従兄弟が何かを呟いた。
 聞き取れないほどの小さな声ではあったが、そのゆっくりと開く口の動きで月斗には何を言っているかハッキリ見て取れた。

 ――ナ・ゼ・オ・レ・ジャ・ナ・イ・ン・ダ――
 ――ナ・ゼ・オ・マ・エ・ナ・ン・ダ――
 ――ナ・ゼ・オ・マ・エ・ヲ・エ・ラ・ン・ダ――

「…………っ!」
 反射的に感じ取った危機感に月斗は一二歩後ずさって、そのまま逃げようとした。
 だが、それよりも早く――従兄弟の殺意はみるみるうちに膨れ、空間の隅々までを支配する。

 殺す。
 殺す殺す殺す。
 殺す殺す殺す殺す殺す――。

 狂いきった奇声を上げた従兄弟の符からは幾千の矢にも似た『力』が紡ぎ出され、月斗に向かって放たれる――が――月斗も間一髪で符を取り出し、防御壁を張った。

 修行の中自分を励ましてくれた従兄弟。
 たわいない話に一緒に笑った従兄弟。

 その従兄弟が、今、鬼神の様に自分に襲いかかってくる。

「……やめろぉぉぉぉぉ!!」
 その瞬間――月斗の影が膨れ、十二の式神の一つが現れる。
 その『一群』と呼んだ方がいい小さな虫の様な式神達は、無尽蔵に湧き、月斗を守るために恐ろしい速度で行動を開始した。
 そして、蟻が弱った虫にたかる様な感じで――従兄弟に張り付き――一斉に水風船のように膨れあがり――破裂した。

 従兄弟の汗、涙、血液、脳漿――全てが目の前の月斗の全身に降り注ぐ。
 従兄弟のいた場所には、巨大な血だまりの中に骨の欠片と何処の物か解らない肉塊が数多に散らばるのみ。
「……おい……なんだよ、これ……なぁ……?」
 あっという間の出来事に――月斗は目を見開いたまま腰を抜かし、へたり込む。
 無我夢中で出したとは言え、想像を遙かに超えた力。
 それ故の結末に言葉すら出ず――。
 とにかく、ただひたすらの――恐怖しかなかった。

 そしてしばらくして――月斗は歩いてくる人の気配に気づき、振り向く。
 そこには、母の弟――叔父の姿があった。
「……これは……お前がやったのか?」
「…………っ!」
 恐慌状態に陥った月斗は、腰のホルスターから符を取り出し、叔父の方向に向けて撃つ。
 だが、叔父はその攻撃すらまるで気にせず月斗の元に歩み寄り――月斗の震える肩を優しく抱きしめた。
 そして――その手が、顔が、服が、みるみる従兄弟で血に染まってゆく。
「……なんでだよぉ! 何でこうなっちまったんだよぉっ!!」
 まるで魂がちぎれるような悲痛な叫びを上げながら――月斗は叔父の腕を振りほどこうと、必死で暴れる。
 だが、叔父はそれでも腕を放す事はなかった。
「……全部……俺が……弱いから……っ……」
 月斗の叫ぶ声は次第に弱まり、すすり泣きに変わっていった。

       ●

 気が付けば、雨は止んでいた。
 空を見上げれば――雲の切れ間に歪んだ月が映る。
「(……何で、こんな事思い出してるんだ……?)」
 熱が出て来たらしく、微妙に意識が途切れ途切れになっている。
 とは言え、ここで倒れていてもどうしようもない。月斗は力を振り絞って立ち上がると――そこには叔父の姿があった。
「……何で……あんたが来るんだよ……」
 不服そうな月斗の声に構わず、叔父は何も言わずハンカチで右腕の止血を行い、濡れたままの月斗の髪の雫を指で軽く払った。
そして、ようやく一言――。
「帰ろう、みんなが待ってるぞ」
 その言葉に月斗は、照れとも拗ねともつかぬな複雑な顔つきで――小さく頷いた。