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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
 
「ええっと……どうなってるのかな……この状況」
 思わず頬に手をやり、こめかみを指でとんとんと叩く。顔には自然と苦笑いが浮かぶところだが、こうしてはいられない。
「直江……直江、しっかり!」
「待って! 頭を打っている可能性もあるわ。こういう場合、やたらと触れないのはお約束よ」
 明日菜は駆け寄り、おそらく抱き起こすであろう和泉を行動の事前に諌め、手で制する。そして、屈み、まずは目視により状況を確認。それから、手を伸ばし、そっと直江の身体に触れた。
「と、言っているそばから触れているじゃないか」
 少し拗ねたような口調で和泉は言った。が、明日菜は気にしない。さらりと言葉を返した。
「やたらと触れない方がいいって言ったのよ。さっきの勢いじゃ駆け寄って抱き起こして、しっかりしろとばかりにがくがくと肩を揺らしちゃいそうだったんだもん」
 そして、ちらりと和泉を見やる。
「それは……」
 まさにそのつもりであったらしく、和泉はばつが悪そうな顔で後ろ手に髪をかく。
「やっぱりね。……大丈夫、目立った外傷はないし、きちんと息もしている。……言ってみれば、気絶?」
「気を失っているだけなのか……よかった」
 和泉はほっと胸を撫でおろしている。
「ほっと安心するのは早いでしょう。人を呼んできて」
「そ、そっか……そうだよな、すぐに呼んでくる!」
 ほっとしたあとにはっとする。見ていて飽きないと思いつつも、慌てて部屋を飛び出して行こうとする和泉を呼び止めた。
「イベントのこともあるから、なるべく穏便に、人に知られないようにね」
 和泉はこくこくと頷き、落ちつきを取り戻した表情で部屋をあとにした。それを見送ったあと、改めて直江の状態を見やり、その周辺、室内の状況を把握する。そう、時間も忘れずに。
 机に置いてあるものは、水滴のついたペットボトル。
 やたらと現場のものは触れない方がいいとはわかっていたが、ほんの少し、指先でペットボトルに触れてみる。……まだ、冷たい。しかし、水滴がついているということは、そこそこの時間はここに置いてあったということになる。
 他にあるもものは、ふたつのグラス。よくあるガラス製のもので、この船では一般的に使用されているものだ。とくに珍しいものでもない。
 使用された形跡はないが、ひとつではなく、ふたつであったということはここにもうひとりいて、振る舞おうとした、もしくは和泉が来ることを知っていたわけだから、和泉のために用意していたとも考えられる。
 室内に乱れはなく、荒らされた形跡はない。しかし、直江が倒れているそばに置いてあるテレビの向きが少しおかしい。机と適当に置かれている折り畳みイスの方を向いてはおらず、明後日の方向を向いている。
「うーん?」
 これはどういうことなのか。とりあえず、他から何か力が加わったがために向きが変わったように思えるのだが……明日菜はさらに周囲を見回し、ふと天井付近にある小さなカメラのようなものに気がついた。
 もしかして、監視カメラ?
 近づき、じっと見つめる。かなり小型ではあるが、間違いない、カメラだ。防犯用に設置されたものに違いない。
 しかし、こうして直江が倒れるようなことになっても、誰も現れないところを見ると、警備は杜撰であるようだ。……まあ、船内にいくつこういったものが設置してあるのかを考えれば、それも仕方がないような気はするのだが。
 不意に扉が開いた。
「ここです!」
 和泉が人を連れてきた。白衣ということで、単純に医療関係者と判断する。彼らによって直江は担架で運ばれて行った。それと入れ代わるように、和泉と同年代の青年が三人ほど現れる。彼らの表情は険しい。
「和泉」
「え? ……なにすんだよ?!」
 三人のうちのひとりが和泉の胸ぐらを掴む。今にも殴りかからん勢いに、他のふたりが止めに入った。
「おまえ、いくらなんでもやりすぎだろう?!」
「俺じゃねぇよ!」
「おまえ以外に誰がいるんだよ。直江はおまえと会うと言っていたんだ。話をつけるから、この件は自分に任せてくれって……だから、俺たちは……なのに!」
 明日菜は三人の様子を観察した。おそらく、直江の仲間なのだろう。そうなるとサイケデリック・エコーのメンバーで、和泉のかつての仲間ということになる。ひとりはとてもいきり立っている状態で、直江が倒れた原因は和泉にあると信じ込んでいるように思える。もうひとりは、そんな仲間を止めてはいるが、思いは一緒であるらしく、犯人を見るような目で和泉を見つめている。もうひとりもそんな感じで、この三人は和泉と直江との間で交渉が決裂、こうなったと思っているようだが、実際のところ、話し合いが行われる前にこうなってしまっている。
「ここに来たら、すでに倒れていたんだよ。直江とはまだ話もしていないし、俺にだって何がなんだか……」
「嘘つけ!」
「嘘なんかじゃない!」
「口から出任せ言いやがって……」
 決めつけられ、和泉は何かを言いたそうな顔をするが、何を言っても信じてもらえない雰囲気にもう諦めてしまったのか、何も言わない。
「ちょっとみんな落ちついて。言っていることは本当よ。来たときには、すでに倒れていたんだから」
 明日菜の発言に三人は誰だおまえという顔をする。……まあ、確かに誰だおまえ状態かもしれないけど、そんな露骨に顔に出さなくても……明日菜は苦笑いを浮かべそうになった。
「誰だよ……おまえの女?」
「違うよ、この人は、ご……」
 和泉はまた護衛と言いかけ、口を噤む。
「ご?」
「とにかく、俺はこの人とずっと一緒にいたんだから」
「そんな身内の証言みたいなものは信じられないに決まっているだろう」
「証言って……犯人みたいな言い方するなよ!」
 和泉は憤慨するが、彼らは冷やかな眼差しを向けている。完全に犯人扱いしているなと明日菜は今度こそ苦笑いを浮かべた。
「おまえ以外に誰がいるんだって言っているだろう?」
「だったら、証拠は? 俺がやったという確かな証拠はあるのかよ?」
「証拠はなくても動機は十分だろうが」
「……話にならないよ」
 和泉は明日菜を見やり、肩を竦めてみせる。
「とりあえず、部屋に戻らない?」
 その言葉に同意した和泉が歩きだすと、三人のうちのひとりが言った。
「逃げるのかよ!」
「なっ……」
「だから、とにかく落ちついてってば。ここは船のなかなんだし、どこにも逃げられないでしょう? 顔だって名前だってわかっているんだから、部屋の番号だって調べればすぐにわかっちゃうんだし」
 明日菜は明らかに怒りを感じているという表情で何かを言い返そう和泉を手で制し、かわりにそう言った。
「……」
「わかってもらえたみたいね。じゃあ、またあとでね」
 ばいばい。明日菜は何も言い返せない三人に軽く手を振り、部屋をあとにした。
 
 和泉と一時、別れ、部屋へと戻る。
 部屋で待機して、自分以外の人物が訪ねて来ても絶対に開けないようにと言い聞かせておいた。……本当は特等客室に連れて来てもよかったのだが、ハッキングしているところを堂々を見せるというのも……。
「こんなこともあろうかと用意してきてよかった」
 日常とは思いもよらぬことが起きるから、やはり手放せない。持って来てよかったと思いながら、ハッキング用に自らカスタマイズしたノートパソコンを取り出す。……荷物が不自然に重かった原因のひとつはコレである。
「さて……それでは、はじめますか……」
 船内に防犯用のカメラが設置されているというのであれば、それを利用しない手はない。そう、自分はそれを利用する術を心得ているのだから。明日菜はアトランティック・ブルー号のシステムへと干渉する。
「……わりと、一般的なのかな……うん、そうみたいね」
 豪華客船だからと特別なシステムを構築しているということはなく、干渉は苦労することなく成功する。システムへの干渉が成立してしまえば、設置されているカメラの映像を覗き見ることなど実にたやすいこと。過去の映像を探り、脅迫状を置いた人物を見つけ出すことができるだろうし、直江が倒れていた原因もわかるというものだ。
 早速、過去の映像を探ってみる。
 まずは、時間がわかっている直江の方から。控室付近のカメラは、控室とその前の廊下の二箇所。とりあえず、室内の様子から見てみることにした。映像を巻き戻していくと、倒れていた直江が立ち上がり、誰かと言い合いをしている。だが、その誰かはカメラの位置が悪いのか、まったく映っていない。
「ちょっとぉ〜……」
 結局、わかったことは、話し合いが決裂した様子のあと、部屋を出ていこうとする誰かを止めるために直江が腕を掴み、誰かがその腕を振り払った衝撃で直江が倒れ、テレビに激突、気を失ったということだった。
「……。腕だけ、ですか……」
 使えない、このカメラ! 明日菜は引きつった笑みを浮かべたあと、そう突っ込んでおいた。
 気を取り直して脅迫状が差し込まれる瞬間を探してみることにした。確か、和泉の話では乗船し、セレモニーを見に行く前にはなかったものが、見に行って戻ってきたらあったということだった。そのあたりの時間を探ってみる。
 通路に設置してあるカメラは、自動的に動いているものらしく、通路の手前から奥までをゆっくりと映し出している。……少し、イヤな予感がした。
「……。足だけ、ですか……」
 やっぱり、使えない、このカメラ! 明日菜は思わずこめかみに両手で頭を抱えた。扉の隙間から脅迫状を差し入れる瞬間は映っている。だが、足元と差し入れる指先しか映っていない。カメラが自動で動いているせいだ。そのままカメラがもとの場所へ映る頃には誰の姿もなくなっていた。
 もう少しカメラは考えて設置した方がいい……と思いながらも、腐っているわけにはいかないので、足元と腕をよく見てみる。どうやら、どちらも男であるようだ。
「うう〜ん……」
 唸っていると、扉が開いた。思ったとおり、義弟だった。こちらに気づくと何故か妙に嬉しそうな顔をする。
「おかえりー。……あれ? あれあれ? いらっしゃい」
 義弟の後ろには高校生くらいの少女の姿があった。少女は明日菜の言葉に軽く頭を下げる。
「ただいま。よかった、探していたんですよ」
 にこやかに裕介は言う。何か頼みたいことがあるらしいことは、登場の仕方でなんとなくわかっている。
「なぁに? なになに? 相談ごと? おねーさんになんでもちょろんと話しちゃいなさい!」
 おそらく背後の少女が関係したことなのだろう。今朝の裕介の言葉によると、何かあったらしいことはうかがえるし、ワケアリな少女に違いない。興味を抱いて訊ねると、裕介は苦笑いを浮かべた。
「いえ、その……乗客の名簿と船内の防犯カメラの映像を拾ってもらいたいな、なんて。……お願いできますか?」
「どうしよっかなー?」
「う。お願いしますよ、このとーり」
 裕介は苦笑いを浮かべたままお願いというように明日菜を拝む。もちろん、頼みは引き受けるつもりだが、もうちょっとからかいたくなった。しかし、来客中なので今日はこのあたりでやめておくことにした。
「冗談、冗談。運がいいぞ、裕介クン」
「え? そうですか?」
「船内映像にアクセス中だったりして」
「そうなんですか、それはラッキー……って、そういう趣味が……? いえいえ、冗談です、冗談」
「……で、時間と場所は?」
「乗船直後のラウンジを映してもらえますか?」
 言われたとおりに乗船開始後のラウンジの映像を映し出す。そこにはたくさんの乗客が映っている。
「これを見ていただけますか?」
 裕介は少女を呼び、画面を見せる。少女は画面を見つめ、やがてある男を指さした。
「この男だ」
「なるほど……早送りして、この男の動きを追うことは可能ですか?」
「もちろん。カメラを切り換えていけば問題ないし」
 明日菜は要求に応え、映像を切り換え、男を追った。やがて男は乗務員に案内され、部屋へと入る。さすがに室内にはカメラはないので、そのまま通路の映像を早送りする。部屋から出てきたのは乗務員だけで、男が部屋を出た様子はない。
「ところで、なんとかサイレンっていうバンド、知ってる?」
 映像を見つめたまま何やら考察している裕介に訊ねてみる。
「なんとかサイレン?」
「うん。それと、サイケなんとか」
「それって……マジェスティック・サイレンとサイケデリック・エコーのこと……?」
「そう、それそれ。知ってるんだ。さっすがー!」
「確か……サイケデリック・エコーがライヴを行っているでしょう?」
 裕介は少し考えたあとにそう言った。
「それじゃあ、イズミって知ってる?」
「ええ、知っていますよ……と、誰か来たようですね」
 扉がトントンと叩かれている。ここへ訪れるとなると……和泉かもしれない。明日菜は椅子を立ち、自分が出るからいいよと裕介を制し、扉を開ける。
「はーい……と。……あれ?」
 そこににこやかな笑顔で立っていたのは、和泉ではなかった。
「えーっ?!」
 声をあげたことに反応した裕介が何事かと扉口までやって来る。
「どうしたんですか……ああっ?!」
「はい、こんにちは」
「こんにちは……って、どうして、ここに?!」
 異口同音、裕介と共にそんな驚きの声をあげる。そこにいたのは、義母だった。朝に連絡を入れ、調べ物を頼んだはずなのだが、何故か目の前にいる。
「部屋には入れてもらえないのかしら?」
「そんなこと! ささ、どうぞ……」
 裕介はにこやかに智恵美を招き入れる。
「ありがとう」
 穏やかな表情を浮かべ、悠然とふたりの横を通りすぎ、智恵美は部屋へと入る。その背を思わず見送ってしまった。
「……」
「どうしたの? ふたりともこちらへいらっしゃい」
 智恵美の声に慌てて部屋へと戻る。すると、智恵美は少し大きめの封筒をふたつ取り出し、それぞれ明日菜、裕介へと手渡した。
「ふたりに頼まれていたものです」
「ありがとう……って……」
 そういえば裕介も義母に頼みごとをしていたっけ……明日菜はちらりと裕介を見やる。すると、裕介も同じように自分を見つめていた。
「調べる過程でなんとなくはわかっているけれど、何があったのか……簡単に説明してもらえるかしら?」
 頷き、明日菜は封筒の一件とはまた別件だと前置きをしたうえで、和泉のことを話した。脅迫状、そして倒れていた直江のこと、カメラの映像は腕や足といった身体の一部しか映っていなかったこと、それから原因は和泉がバンドを抜けたことにあるのではないかと思っていること。
「そんなことに首を突っ込んでいたのか……あ、いやいや。それでは、俺が知っていることを……そのふたつのバンドのファン、すごく仲が悪いんですよ」
 裕介は言う。どれくらい仲が悪いのかは、その顔に浮かぶ苦笑いが表しているような気がした。
「本人はおそらく口にしたがらないだろうけど、原因はイズミの移動。バンドをやめるやめないでもめたとき、ファンから刺されそうになったという話もあるし」
「え、そうなの?」
 雑誌にはファンと問題があったと書いてあったような気がするが、まさか刺されそうになっていたとは。……封筒にカミソリくらいだと思っていた。
「だから、脅迫状が届いたというのならファンの可能性が高いわけですが……この映像を見ると、男ですね」
 そして、裕介はあのバンドのファンは圧倒的に女性が多いんですよとも付け足した。
「それと、これは関係ないかもしれないけど……イズミは何回か脅迫状を受け取った……いや、送られた……うーん、ともかく、そんなことがあったらしいです」
「どういうこと?」
「親の仕事の関係で誘拐されたことがあるみたいですよ。だから、家族が脅迫状を受け取ったことになるのかな?」
「そうなんだ……そういう星の下に生まれついているのかしら」
 だとしたらちょっと可哀相……しかし、それが本当ならば悪戯かもしれない脅迫状に激しく反応していたこともなんとなく理解できる。
「犯人は左利きらしいですね」
 そう言ったのは智恵美だった。そう言われて慌てて映像を見つめる。差し入れている腕は、よくよく見ると右ではなく左だった。
「そして、こちらの映像の腕は右に腕時計をつけている……どういうことかわかりますね?」
 智恵美はにこやかに明日菜を見つめる。
「脅迫状を入れた人は左利き……直江の腕を振り払った人は右手に腕時計……」
 通常、腕時計は左手につけるものだ。それは……そういう慣習だからというわけではなく、利き腕ではない方につけるからだ。何かと利き腕の方を使うものだから、邪魔にならないように利き腕ではない方につける。もちろん、例外もあるだろが、あまり見たことはない。つまり、この映像の男は左利きということになる。
「脅迫状と直江を振り払った人は、同じ人……?」
 明日菜が呟くと、智恵美は何も言わずに微笑んだ。
 
 和泉と再び合流する。
「ちょっと立ち入ったことを聞いてもいい?」
「え? 立ち入ったこと……? な、なんだろう?」
 和泉は何を訊ねられるのかとどこか落ちつかない態度で小首を傾げたあと、照れたように髪をかく。その反応がいまいちよくわからない。
「? バンドのことなんだけど」
「なんだ……あ、いや、それで?」
 ほんの少しがっかりしているように見えるのは、はたして気のせいなのか。しかし、何故?
「うん、前のバンドを抜けた理由は、方向性の違い……だったよね。そのあたり、もうちょっと詳しく教えてもらえないかな?」
 今回の原因はそのあたりにあるような気がする。脅迫状にしても、直江が倒れていたことにしても。
「……」
「イヤ?」
 ちらりと和泉の顔を覗き見る。和泉はふるふると横に首を振った。
「ただ、何を話していいのか……抜けた理由は方向性の違い……というか、俺が今のバンドのボーカルに惚れ込んだのが原因で」
「そんなにいい男なんだ?」
「いや、もうホントいい男で……」
「ふーん。実はそういう趣味?」
「そう、実はそういう……違うって! すぐそうやってからかうんだから……」
 和泉は少し怒ったような調子で言うが、顔は怒ってはいない。笑っている。
「ゴメンゴメン。でも、冗談抜きでいい男なの?」
「いい男というか……いい声をしているんだ」
 笑みを消し、真剣な表情で和泉は続ける。
「いい声をしているし、いい歌も作る。それで、声をかけられたんだ。一緒にやらないかって。最初は仲間のこともあるし、断っていたんだけど……」
「最終的にそっちへ行ったわけね?」
 こくりと和泉は頷いた。
「結局のところ、引き抜きというか、俺のわがままに等しいから、本当にもめにもめまくってさ。メンバーととっくみあいの大喧嘩、お互いに全治一週間」
 苦笑いを浮かべ、和泉は言う。
「男は拳で語っちゃうのね」
 でも、全治一週間はどうだろうと思う。
「そう。それで、おまえなんかこっちから願い下げだ、出て行け! ああ、出て行くさ、こんちくしょう! ……ってな会話で出て行って、今に至る」
「なかなか激しいやりとりだったというのは伝わってきたけど。でも、そんな状況なのに、戻って来いと言ってきているんだ?」
 売り言葉に買い言葉の喧嘩っぽいが、そこまでのやりとりをしたのなら、戻って来いとはなかなか言いにくいのではないかと思える。
「殴りあいをしたのは、さっき胸ぐらを掴んできたあいつとだけだから。直江は幼い頃から一緒で、他の三人は高校からの付き合い。戻って来いと言っているのは、直江だけだよ……」
 直江だけが戻って来いと言っている。和泉と直江は幼い頃から一緒だった。とても親しい友人と考えていいだろう。その親しい友人からの声を聞き、和泉が今のバンドであるマジェスティック・サイレンから昔の仲間のもとへ戻ってきたらどうなるだろう。
「ねぇ、もし……もしもの話よ、これは。もし、あなたがサイケなんとかっていうバンドに戻ることになったら……どうなる?」
「俺がサイケデリック・エコーに戻ったら? ……そうだなぁ、直江は喜ぶだろうけど、他の三人はどうなのかなぁ。もめそうだけど、直江が説得すれば落ちつくかな。直江がリーダーだから」
「そうなんだ……そうなると……」
 和泉と話をし、戻そうとしている直江、その前に直江と話をしたのは、バンドのメンバーのうちの誰か……和泉の説得を諦めるように言ったのかもしれない。それで言い合いになり、ああなった……とすると、犯人は三人のうちの誰かということになる。もし、三人のなかに左利きがいるのであれば……。
「……あ、そうだ。医務室に行こうと思っていたのよ。義母さんが、みてくれるって言っていたから、もう目を覚ましていると思う」
「そうなんだ、それはよかった……って、お母さん、お医者さん?」
「ちょっと違うけど、似たようなものだから」
 とりあえず、直江に関する犯人は直江自身に訊けばはっきりする。明日菜は和泉を連れて医務室へと向かった。
 
 医務室には既に直江の姿はなく、聞けば控室に向かったということなので、そのまま控室へと向かう。そこには、直江と和泉に掴みかかった青年、それをとめた青年の計四人がいた。
「ああ……ちょうどいいところに来たな……」
 明日菜と和泉を見つめ、直江は言う。
「さっきのあれは……事故だ。あまり騒ぎ立てないでくれ」
「そっか」
 心なし和泉の表情は明るくなる。明日菜は直江を除く三人の様子を観察した。右腕に腕時計をつけている人物はいないかと探してみる。
「原因、教えてくれない?」
 ぱっと見たところ、残念ながら腕時計をつけている人物はいない。しかし、直江は相手を知っているはずなのだから、そこから名前を聞き出せばいい。
「内輪のことだから、放っておいてくれないか」
 直江はきっぱりと言う。拒絶にも似た言葉に、和泉はつんつんと明日菜の服を引く。それ以上、突っ込まない方がいいと言いたいらしいが、そういうわけにもいかない。脅迫状の犯人と直江を振り払った相手は同一人物である可能性が高いのだから。
「んー、じゃあ、相手だけでいいわ。あなたの腕を振り払ったのは、誰?」
 そう言いながら三人を見つめる。
「なんでそんなことを訊く? ……マスコミ関係者か?」
 違う違う。明日菜はひらひらと手を振った。べつに事件をおもしろおかしく書きたてようなどとは思っていない。しかし、直江を含め、四人は疑いの眼差しを向けてくる。
「違うって。この人はそういう関係じゃないよ」
「じゃあ、どういう関係なんだよ」
「う」
 それを問われ、和泉は黙ってしまう。なんとも今ひとつ頼りないが……明日菜は小さく息をついたあと、わかったと頷いた。
「おっけー、じゃあ、それに関してはもう訊ねない。約束するわ。そのかわり、腕を見せて」
 明日菜の言葉に四人は顔を見あわせる。なんとも言えない顔をしたものの、四人は腕を前へ差し出した。
「これでいいのか?」
「うん。……」
 よしよしと頷きながら四人の腕を見つめる。普段、時計を右につけているか、左につけているかは腕を見ればわかるかもしれない。……和泉に掴みかかった青年とそれを止めた青年にそれらしい痕跡がみられた。そして、止めた青年の右腕の手首は赤く擦れたような跡がある。
「ありがとう。もういいわ」
「? じゃあ、そろそろ時間だから行くが……和泉、話はまたあとで」
「ああ……」
 直江たちは控室を出て行く。それを見送りつつ、明日菜は手首に擦れたような跡がある青年の腕を掴んだ。
「あなたはちょっと待って。少しだけ話があるの」
 激しく嫌がるかと思ったが、そういうこともなくあっさりと頷き、他の仲間には先に行っていてくれと告げ、青年は部屋に残った。
「こいつが、何か?」
 和泉は明日菜がどうして青年を部屋に残したのかがわからず、小首を傾げる。
「犯人は……おまえだ!」
 明日菜はびしっと青年を指さす。青年の反応はどこか淡々としていたが、和泉は激しく驚いた。
「……一度、言ってみたかったの、てへ。さて、ここからは真剣に。脅迫状を置いたのは、あなたね?」
「……」
「ちょっと待ってくれって……どうして、こいつが? こいつより、あいつの方が疑わしいのに……」
 和泉の言う『あいつ』とは胸ぐらを掴んだ青年のことかもしれない。明日菜は答えない青年のかわりに口を開いた。
「あの人は、かなり直情的みたいだから。回りくどいことをしないで、あなたを発見次第、殴りつけたんじゃないの? 少なくとも、脅迫状で脅す……みたいな遠回しなことはしないと思うな」
「……確かに」
「ほら、そこにもあるでしょう? 防犯用のカメラ。この船には結構、これが設置されているのよ。脅迫状を差し入れた人物もきちんと映っていたわけ」
 きちんと……というのはちょっとウソだけどと思いながら明日菜は言葉を続けた。
「あなたは……そうね、乗船したあとに和泉クンも乗船していることに気がついた。それで、脅迫状を出した。目的は、文面のまま。理由は……そうね、問題が起こると思ったのかな? でも、そもそもそれが問題行為なんだけどね、和泉クンにとっては」
「そうなのか……?」
「……まさか、カメラに映っているとは。それなら、これ以上、黙っていても仕方がない。白状するよ、そう、俺がやった」
 青年は観念したという顔でそう言った。本当は身体の一部しか映ってないから、証拠としては弱いんだけど……ということは、もちろん、黙っておく。
「どうして?」
「あんたの言うとおりだよ。和泉が乗っていることがわかると、俺たちにも、応援してくれている人たちにも迷惑がかかる。何かと問題が起こるだろうからな……」
「じゃあ、正面きって言えばいいだろうが!」
「正面きって言ってもわからないだろう、おまえ?」
 青年はあっさりと言った。和泉は言葉を返せない……ということは、事実なのかもしれない。
「悪いとは思ったが、おまえが一番、気にしやすく、信じやすそうな手段を選ぶことにした」
「効果絶大だったよ……俺、この人がいなければ四国でおりてたからな……」
「ねぇ。何かと問題が起こる……その問題を解決することはできないの?」
「おまえが移動したことで、ふたつのバンドのファンは仲が悪い。どうして、そうなのか? 直江がおまえに未練があるからだ。俺は……おまえがそこでやりたいというなら、それでいいと思うし、おそらく他のふたりも同じ気持ちだと思う。直江が諦めて、おまえを快く見送ったなら、少なくともファン同士が仲が悪いということにはならないと思っている」
 青年に言われ、和泉は複雑な表情を浮かべる。
「それ、俺にはどうにもできないだろう……」
「まあ、確かにな。けど、このままだとおまえ、この前みたいに刺されそうになるかもしれないぜ? それだけは勘弁してほしいんだ。これからもこういう状態であるならば、俺たちの前に、いや、ファンの前に姿を現さないでくれ」
「なんとなく理由はわかったけど、脅迫状だって立派に犯罪ですからね。もう、こんなことしちゃダメだぞ」
 明日菜は青年を指さし、にこりと笑った。
「ああ。それに関しては謝るよ。すまなかった」
「……これで事件は解決だね」
 しかし、過激なファンがいるものだ……刺すのはヤバイでしょ、やっぱり。カミソリ入りの手紙程度でやめておけと思っていると、扉が開いた。
「直江……」
 どうやら先には行かず、扉の向こう側で話を聞いていたらしい。それはその顔を見ればわかる。
「俺の……せいだったのか……」
「……」
 和泉も青年も何も言わない。ばつが悪そうな顔でそっぽを向くだけだった。
「……。わかった、もう戻って来いとは言わない。だから……」
 直江は大きく息をつくと、和泉を見つめた。
「最後のライヴ、一緒にステージに立ってくれないか……?」
 
 サイケデリック・エコーとマジェスティック・サイレンのイズミという、その仲の悪さ故にあり得ないと言われていたライヴが実現した。
 ライヴの最後、直江が素直な気持ちでイズミを送りだし、向こうでも頑張ってくれと言ったことで、何かが変わるかもしれない。いや、きっと変わるはず。
「明日菜サンの事件簿、ファイルその1。アトランティック・ブルー号脅迫状事件、これにて、完!」
「……何を言っているんですか……」
「いいじゃない。あ、ジュース、なくなった。おかわりー!」
「私の分もお願いしますね」
 事件解決後、日光がそそぐプールサイドには裕介をこき使う(?)明日菜と智恵美の姿があった。
「はい、おまちどうさま、ジュースです」
「ありがとー、ねぇねぇ、このフルーツ盛り合わせっていうのも美味しそう♪」
「……はいはい、今、お持ちしますですよ、お嬢様……」
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2922/隠岐・明日菜(おき・あすな)/女/26歳/何でも屋】
【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【2390/隠岐・智恵美(おき・ちえみ)/女/26歳/シスター】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、隠岐さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
なんかやったらめったら長いですが……ついでにアトランティック・ブルー号が脅迫状を送られたわけじゃないんですが(汗)
事件簿その1、解決でございます(笑)
その2があるのかどうかは限りなくアヤシイのですが。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。