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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


犯人はお前だ!

「ネタ……、ネタ……、ネタ……」
 来杉十四郎はぶつぶつと呟きながら、どこへともなく足を進めていた。ゴシップ記者にとって、ネタは即メシのタネ。いつものように、「大親友」の怪奇探偵にたかりに行ったものの、それが空振りに終わったとなれば、その呟きも、次第に呪詛のように念を帯びてこようというものだ。
「ネタ、ネタ、何でもいいからネタはないかっと」
 冗談っぽくふしをつけて言ってはみるが、何しろ今現在アテがない。事態はかなり切実かつ深刻だ。
 こうなったら仕方ない、あの店にでもと思い付いた十四郎は、足を速めた。行き先は、曰く付きのモノばかりを扱っているアンティークショップ・レンだ。
 果たして、その一念が天に通じたのか、ちょうど十四郎が店に辿り着いた時、中から奇妙な男の声が聞こえてきた。
「犯人はお前だ!」
 そこにネタの匂いを嗅ぎ付けた十四郎は、すかさず店内を覗き込んだ。その必要もないのに、扉の陰に身を潜め、顔だけ出して中を伺ってしまうのは、癖というやつだろう。
 店内にはカウンターの奥に店主の蓮、その手前に後ろ姿だが、客と思しき見知らぬ青年。そして、2人の間、カウンターの上にもう1人、やはり後ろ姿の奇妙な男がいる。何がおかしいといって、カウンターの上という立ち位置もさることながら、着ているものも髪もぼろぼろだし、何より血まみれだ。
「犯人はお前だ!」
 その血塗れ男が、蓮をびしりと指差して、先程の妙な台詞を繰り返した。
「犯人は……」
 男が三たび繰り返しそうになったその時、ふいにぱたん、という音がして、男はどこまでも恨めしそうな視線を残し、姿を消した。
「……というわけなんですよ。誰かれ構わずこれをやるんです。店の中だけならまだしも、外でまでやり始めたんで、どうにも……」
 客の青年は溜息をつくと、やれやれと首を振った。
 十四郎は、彼の前、カウンターの上には分厚いハードカバーの本が置かれているのに気付いた。先程の音は本を閉じる音だったらしい。となると、あの血塗れ男は本の中から出てきた、ということだろうか。ネタだ、と十四郎の頭の中で予感が確信へと変わる。
 一方、店の中では。
「……何なんだい、あれは」
 妙な男に指を差されて機嫌を損ねたのだろう、そう問う蓮の声は憮然としたものだった。
「多分、こういうシーンが出る予定だったんじゃないですかね。死んだ被害者が犯人を糾弾するような……。でも、そこまでいかずに執筆中止になった、と」
 青年の方はへろん、といった風情で肩を竦める。
「冗談じゃない、あんた、自分で何とかしたらどうなんだい?」
 よっぽど呆れたのだろう、蓮はあからさまに鼻白んだ声を出す。
「その本、俺に譲ってくれ」
 十四郎は、勢いも荒々しく店のドアを開けて中に飛び込むと、挨拶もそこそこに依頼人の青年に詰め寄った。大事なネタだ、逃がすわけにはいかない。
「頼むから俺に売ってくれ」
 驚いているのかいないのか、にこやかな顔のままで振り向いた青年に、十四郎はさらにたたみかけた。
「古本を売るのが僕の仕事ですから、もちろん売れと言われれば売りますが……」
 相変わらずの笑顔で、青年は軽く首を傾げた。
「でもこの本、三流ミステリーで三流怪談な上に書きかけですよ? もれなく変な男もついてきますし」
「そこがいいんだ、気に入ったんだよ」
 さらに押しを強めるべく、十四郎はカウンターの上で財布をひっくり返した。小銭が数枚ちゃりちゃりん、と軽い音を響かせて転がり出る。
 その数が思ったより少なくて、十四郎は舌打ちをした。ネタを手に入れる時には多少懐が痛もうとも、ケチってはいけない。モノになるかならないかで天と地ほどの差になって返ってくる。商売敵にすっぱぬかれた日にゃ、おちおち夜も眠れない。
 後で経費で落とせるか、と歯噛みしながら、畳んである札の方を引っぱりだそうと財布に指をつっこむと、青年がそれを手で制した。
「ま、あなたなら大丈夫そうですし、もともと大した実害はありませんしね。お売りしましょう。読み物としての価値はありませんから、120円で充分ですよ」
 にこやかに言いながら、青年はカウンターの上に転がったコインから、百円玉を1枚と十円玉を2枚拾い上げた。
「帰りに缶コーヒーが飲みたくなりましてね。ご馳走になります」
 あまりにあっけない成りゆきに戸惑って、一瞬動きを止めた十四郎に、青年は悪戯っぽい目を向けた。そのまま、問題の本を十四郎へと手渡す。
「じゃ、この子をよろしく頼みますね。可愛がってやって下さい。蓮さんも、またお目にかかりましょうね」
 ぺこりと挨拶をすると、青年はそのまま店の外へと去って行った。
 と、不意にその後ろ姿を見送っていた十四郎の手の上で、例の本がひとりでに開いた。
「犯人はお前だ!」
 中から現れた血塗れ男が、びしりと十四郎を指差す。
「……っと出やがったな」
 にやりと笑う十四郎に、傍らの蓮の冷たい視線が突き刺さる。
「あんた、それ買い取ったんならさっさと持ってっておくれ。うるさくてたまったもんじゃない」
 ぷかりとキセルをふかした蓮は、心底うんざりした、という顔をしてた。
「ああ、もちろんすぐに持って帰るが……」
 本を閉じたまま押さえ込んで、十四郎は軽く思案した。ネタになるのは良いが、帰る途中に街中でこれをやられたら面倒だ。
「蓮、ロープないか? こいつを縛りたいんだが」
「うちにあるのは全部商品だよ。これなんかどうだい? 『持ち主が必ず首をくくるロープ』なんだがね」
 十四郎の言葉に、蓮は紫煙を吐き出してにやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「まじかよ……」
 十四郎は思わず眉を寄せた。新しいネタは大歓迎だが、自分が首をくくってしまっては意味がない。
「嘘だよ、ただの荷造りロープさ。あんたにやるから持ってきな」
 蓮はくすくすと笑うと、ロープをぽい、と放ってよこした。

 ちらりちらりと自分に向けられる視線を、十四郎は眼光鋭く見返した。相手は慌てて、ついと目を逸らすと、足早に去って行った。と、今度は後ろの方でひそひそと声がする。
「……そんなにおかしいかよ」
 十四郎はぼそりと呟くと、軽く舌打ちをした。蓮の店で厳重にロープで縛り上げた本を抱きかかえるように持ち歩いているのだ、確かに周囲からは怪しげに映るのかもしれない。
 それでも、あの男が出て来るよりははるかにマシだった。こんな街中で血塗れ男に「犯人はお前だ」などと指差された暁には、どんな騒ぎになるかわからない。下手すれば警察だって呼ばれるだろう。十四郎はあくまでゴシップ記事を書く方であって、断じて書かれる方になる気はない。

「さて、と……」
 部屋に帰り、厳重に扉の鍵と窓とを締めた後で、十四郎は例の本を放り出した。これなら、多少騒がれても何とかなる。ハサミでロープを何ケ所か切断すると、本の表紙が勢いよくめくれて、血塗れ男が飛び出した。
「犯人はお前だ!」
 今までのうっぷんを晴らさんばかりに、威勢よく十四郎を指差す。
「はいはいはいっと」
 それを十四郎は軽く流すと、本の最初のページを開き、中身を読み始めた。何度か、こっちを向けとでも言うかのように、血塗れ男は例の台詞を繰り返したが、十四郎は見向きもしなかった。それくらいで集中力を解かれるようなヤワな神経はしていない。
「……三流どころか、こりゃ五流以下だな」
 記述されている部分を読み終えて、十四郎は溜息をついた。問題の本には、被害者が海岸で頭を殴られて殺される場面と、シーンが変わっての、ややおどろおどろしさを匂わした日常風景の描写くらいしか書かれていない。
 けれど、書き始めからしてよくない。文章もあまりこなれていない。三流というのは、ただ下手であるということとは違う。三流には三流の書き方、というのがあるのだ。
「さて、と」
 とりあえず、本の中身は頭の中に叩き込んだ。あとはこれをどうするかだ。いくら何でも、「犯人はお前だ」と叫ばれるのはあまりに人聞きが悪い。これだけは何とかする必要があるだろう。もちろん、何とかする過程だってネタのうちだ。その方が遥かに盛り上がる。
「確か、この本が未完に終わったせいで、没ネタシーンが再現されてるかもしれない、だったな」
 店での蓮と依頼主の青年の会話を思い出して、十四郎はにやりと笑みを浮かべた。
「俺が一流の三文小説に書き直してやるよ」
 そして、やおら取り出したのが修正液。書かれている文章を一度修正液で全部消して書き直そうというのだ。
「犯人はお前だっ!」
 身の危険を感じたのか、血塗れ男はますます声高に十四郎を指差す。
 それにまったく構わずに、十四郎は刷毛の先にたっぷりと修正液を含ませた。独特の刺すような匂いが鼻をつく。
 刷毛の先をページへと押し当てると、本は抵抗するかのように、ばらばらと激しくページをめくらせた。
「こらっ、ページが修正液でくっつくだろがっ」
 十四郎が先程のページを開けようとしても、紙の動きが激しくて、なかなか目的の頁を探り当てられない。
「ちっ。こうなりゃ多少経費はかさむがしかたない」
 舌打ち1つ。十四郎は修正液を脇にのけると、今度は修正テープを取り出した。これなら、すぐに頁を重ねられてもくっついたりはしない。
 開いているページに素早くテープの先を押し当て、そのまま引いて張り付ける。抵抗した本が違うページを開けたところで、今度はそこに同じ事をしてやれば良い。
 本が焦ったか、紙の動きがさらに激しさと鋭さを増した。その端が剃刀のように十四郎の手や指をかすめ、鮮やかな切り傷を作る。とはいえ、所詮は紙だ。間違えても指が切り落とされたりするようなことはない。
「けっ。ゴシップ記者をなめるんじゃねぇぞ」
 左手の指先に滲んだ血をぺろりとなめながら、十四郎は薄く笑った。
「犯人はお前だっ!」
 血塗れ男も負けじと十四郎を指差す。
 わずかにテープを引いては、他のページを開かれ、今度はそのページにテープを貼り、そうすると、貼りかけのテープをよじられ、と十四郎と本の攻防は、持久戦の様相を呈してきた。常人なら間違いなく途中で放り出す作業であるが、ネタのかかったゴシップ記者となれば話は別だ。まして十四郎はその中でも体力と気力において飛び抜けている。
 いつしかとっぷりと夜も更けた頃、ついに十四郎の執念深さが勝利を収めた。一面修正テープで真っ白にされた本は、力なくそのページをさらけだし、文字が消えたせいで本に戻れなくなったらしい血塗れ男は、無言で十四郎を睨み付けていた。どうやら、戻れなくなったどころか、台詞まで失ったらしい。
「そんな顔すんなよ。今に死ぬ程笑わせてやっからさ」
 血塗れ男ににやりと笑いかけると、十四郎は今度はペンを執った。
「確か、頭を殴られて死んだんだったよな」
 それだったらいい事件があったな、と考えを巡らせて、十四郎はくつくつと喉の奥で笑った。
「……」
 そんな十四郎を血塗れ男が恨めしげに睨み付ける。
「ま、楽しみにしてな」
 言いおくと、十四郎は白くなったページにペンを走らせ始めた。先ほどまで、本と激しい攻防を演じていた疲れを見せることなく、一気にページを埋めて行く。
「く、くくく、ひゃ、ひゃはははは」
 不意に、血塗れ男が笑い始めた。
「やっぱりそうか」
 十四郎は口元をわずかに釣り上げた。
 今、十四郎が書いているのは、かつて実際に取材した事件を元にした話だ。事件自体は「1人の男が幽霊の恨みを買って四六時中くすぐられ続け、最後は笑って身悶えした途端柱の角に頭をぶつけて死んだ」という、何ともリアクションに困るものだったが、これにいろいろと脚色を加えれば一流三文ホラー小説に早変わりだ。
 血塗れ男が笑い始めたのは、この主人公の男がくすぐられるシーンに入ってからである。元の描写の少なさから、「頭を打って死ぬ」というところさえ外さなければ矛盾は生じないだろうと考えた十四郎の見込みはどうやら当たっていたらしい。
 元の話に、尾びれどころか、背びれ、胸びれ、腹びれに、嘴まで付けて、十四郎はどんどん話を展開していった。大袈裟な、けれどもどこか安っぽさを忘れない描写で、不吉な予感と無気味な雰囲気をどんどん膨らましていく。何分、人間、さまざまな死に様があるが、その中でも「笑い死に」は「絶対に嫌な死に方ワースト3」に必ず入る。読み手の恐怖はいやがおうにも高められる。
 要所要所にエピソードを足し、最後は一気にクライマックスへと持ち込み、そして読み手の恐怖を最大限にかきたてたところで、柱に頭をぶつけるというオチで盛大にオトす。
「いっちょあがり、と」
 最後の頁まで書き上げ、十四郎はペンを置いた。
「ひゃひゃひゃひゃっっ! ………」
 不意に、うるさいくらいに笑いこけていた男の声が止んだ。その姿が吸い込まれるように本の中へと消える。待っていたように、本がぱたんと静かに閉じた。
「ま、とりあえずはこれで片付いたかな」
 十四郎の言葉にも反応することなく、本は静かにそこに横たわっていた。少なくとも、これであの人聞きの悪い声は出なくなるはずだ。そのうちに、今度は笑い声が聞こえたりするかもしれないが、その時はその時でまたネタにするだけだ。当面この本は手許に置いておこうと決めて、十四郎は煙草に火をつけた。
 ふ、と紫煙を吐き出してみれば、窓の外はすっかり白んでいる。随分と長い間、あの本と格闘していたことになる。
 肝心の記事をまだ書いていなかったことを思い出して、十四郎は煙草を灰皿に押し付けた。仕事にかかる前に一杯、とコップ酒を冷蔵庫から持ち出す。ぐい、とそれをあおりながら、パソコンの電源を入れる。ぶうん、と機械の立ち上がる音のすぐ後に。
「犯人はお前だ!」
 モニタに一瞬、あの恨めしそうな男の顔が映って、すぐに消えた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0883/来杉・十四郎/男性/28歳/三流雑誌「週刊民衆」記者兼ライター】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、「犯人はお前だ!」へのご参加、まことにありがとうございます。

 今回は、予定どおり(?)完全個別で作成させていただきました。全く異なるお話となっておりますので、お気が向かれましたら他のお話にも目を通していただけると幸いです。

 来杉さんのプレイングからは、非常に三流雑誌記者の「逞しさ」を感じました。世の中の裏側や、汚いものを見て、それでも等身大で生きておられるような、そんな虚飾を削ぎ落としたような方、という印象です。プレイングにあった解決方法も面白くて、なんだか微妙にバトルな展開になったのですが、所詮相手が本ということで、迫力のないものになってしまって申し訳ありません。それでも、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。