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独占的な笑顔
「いらっしゃいませ」
甘味処『ゑびす』の暖簾を潜ると栗原真純(くりはら・ますみ)がとびきりの笑顔で迎えてくれる。
店内を見てみれば判るのだが、店内にはやけに男性客が多い。
甘味処というと普通は女性客が客層の中心となるのだが、『ゑびす』に関して言えば女性客と男性客の割合は5:5。場合によっては男性客の方が多いこともある。
しかも、その男性客の年齢層は20代から30代前半と非常に偏っている。
それもこれも全て、真純のこの一撃必殺スマイルの賜物である。
もともと『ゑびす』は真純の父親が店長をしていたのだが持病のぎっくり腰の悪化のためすっかり隠居を決め込んだ為、今では看板娘の真純が店長も兼務していた。
自分目当てで通ってくる男性客がいることは知っている。
知ってはいるが、そこはあえて知らないふりをしつつ今日も真純はいつものように働いていた。
■■■■■
「お待たせしました。宇治金時です」
いかにも営業途中のサラリーマンといった風なお客の前にそういって真純はカキ氷を置く。
このお客も常連客の一人で、例に漏れず真純のファンの一人である。
その彼が、
「ねぇねぇ、真純ちゃん。前から聞きたかったんだけどさぁ、真純ちゃんって今彼氏いるの?」
と真純に聞いてきた。
男のその一言に、その時店中に居た男性客の耳が一瞬にしてダンボ状態になる。
「彼ですかぁ」
異様なまでの緊張感が走り店の中が静まり返った。
「居ますよ」
実にあっさりと真純はそう即答した。
更に店内に沈黙が広がる。
その沈黙の中、暖簾の角についている鈴が小さな音をたてた。
「いらっしゃ―――」
いつものように振り向くと、そこに居たのは噂の渦中の人物―――真純の彼氏だった。
真純は彼に駆け寄ると、
「この人よ、あたしの彼♪」
と、彼の腕に自分の腕を絡ませる。
四方八方から突き刺さる男性客たちの視線に耐えられなくなったのか、彼は真純の腕をそっと解くと、
「また……後で来る」
と言って足早に店を出て行ってしまう。
「もう、照れなくてもいいのに」
去って行く彼の背中を見送りながら、真純は彼に告白された日のことを思い出した。
■■■■■
彼と出会ったのは3年前。
その頃はまだ『ゑびす』の店長は父親だったが、真純は看板娘として店を支えていた。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
真純は男の子2人連れの席にいつものように注文を受けに行った。
「えーと、おれはわらび餅。お前何にする?」
「……」
「おい!」
友人に肩を揺すられて、まるで夢から覚めたようにはっとした顔をしたのが彼だった。
「あ……じゃ、じゃあ、同じもので」
「はい、わらび餅お2つですね」
注文を受けて戻っていく真純は彼の視線を感じた。
真純を目で追って彼が振り向いたのが視界の隅に映る。
―――彼、あたしに気があるのかしら♪
そんな真純の予想は当たったのか、以来彼は週に何度も店に通ってくるようになった。
そして、ある日―――
「真純、暖簾片付けてくれ」
父にそう言われて、真純は店の表に出た。
すると、店の前に彼が立っていたのだ。
「あら……いつもありがとうございます。でも、今日はもう閉店なんです」
と真純は暖簾を片付ける。
「また来て下さいね」
振り向いてそう続けた真純に、彼は、
「僕……僕はあなたのことが好きです!」
と真純の目をまっすぐに見つめてそういった。
突然の告白に真純は目を見張る。
「僕と付き合って下さい」
顔を真っ赤にして……それでも彼は毅然とした態度で―――
彼の真摯な視線に、真純の胸の鼓動が少しずつ少しずつ早くなる。
真純にそう言ってくる常連客が今まで居なかったわけではなかった。だが、彼は―――彼の告白は今までの人とは全く違っていた。
―――彼、真剣なんだわ……
そう思った時には、自然に、
「はい―――」
と、彼の告白に答えていた自分が居た。
■■■■■
「…すみちゃん……真純ちゃん!」
すっかり想い出にひたっていた真純は常連客の声で現実に引き戻された。
「真純ちゃん今の彼のどこが―――」
からかう様に、その実本心は嫉妬でいっぱいなのがみえみえの表情でそう言う男の言葉を遮るように、
「秘密です♪」
と言って真純は微笑む。
もちろん、もっと極上の真純の笑顔は今では彼だけのものだ。
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