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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<夢の卵をプレゼント>------------------------

「いらっしゃいませ」
 いつものようにエドガーが、やってきたセレスティ・カーニンガムを笑顔で迎える。
 やってきたこの見目麗しき青年はあの名高きリンスター財閥の総帥だった。
 それなのにセレスティは忙しい合間をぬっては、喫茶店『夢紡樹』へと足を運んでくれる。
 …というよりは、事件に呼ばれセレスティはやってきているのだろうか。
 そこは謎の多いところだが、セレスティが尋ねてくれるのは夢紡樹の面々にとってとても嬉しい事だった。

「いらっしゃいませ〜!今日も暑くて大変だったでしょ?今つめたーいの持ってくるね」
 パタパタとリリィが走っていき、まずは冷たい水をセレスティの前に置く。
「あ、マスターがあとで伺いますって言ってたよ」
 そう言いながら、にっこりと微笑んでリリィは他のオーダーを取りに走っていってしまう。
 その姿を見送りながらセレスティは見知った水の気配に気づき、顔を向ける。

「おや、お久しぶりです」
「ほんにのう。久方ぶりじゃ。こうも暑くては其方も大変であろう」
「そうですね。やはり暑さは身に堪えます」
「妾もじゃ。日々、湖の底で涼んでいるか退屈になったら此方に来て涼むかの二択しか今はないのでな」
 くすり、とセレスティは笑い漣玉に隣の席を勧める。
 促されるままに漣玉は腰をかけ、同類の匂いのするセレスティを楽しそうに眺めた。
「其方が此処に来たのはすぐ分かったぞ。今日も今日とて湖の底でおとなしくしておったのじゃが、其方がくるのなら話は別じゃ。この間は大変世話になったしな。ゆっくりと話をしたいと思っておったところじゃ」
「それは奇遇ですね。私もそう思ってましたよ」
 気が合うのう、とコロコロと笑う漣玉にセレスティも柔らかな笑みを浮かべる。
 お互い水を操れるという性質上、似たような部分があるのかもしれない。
「今年の猛暑は本当に辛すぎるな。妾の湖がいくら冷たかろうとも、外に出て暑ければ意味がないのじゃ」
「全くですね。空気が蒸し暑くて息が苦しくなるような気さえします」
 表情を曇らせてセレスティが告げると漣玉が同意する。
「こちらに遊びに来ようと思った時は大変でな。暫く湖の底で外に出た時の事を考えて憂鬱になるのじゃ」
 この暑さには参った、と漣玉は眉を顰めて告げた。

 そこへ夢紡樹の店主である貘が姿を現す。
「これはこれはセレスティさん。いらっしゃいませ。暑い中ありがとうございます」
 にこやかに貘が挨拶をし、おもむろに二人の前に籐のバスケットに入った卵を置く。その卵は真っ白で普通に売っている卵となんら変わりがないように見える。
「これはなんじゃ、貘」
 漣玉の問いに貘は嬉しそうに答える。
「こちらは『夢の卵』と申しまして、誰にでも望む夢を見せる事が出来るという品です。暑い中来て頂きましたし、いつも色々と解決して頂いているので、セレスティさんにぜひともプレゼントしたいなぁと思いまして」
「夢の卵ですか……」
「はい。どのような夢でも可能です。望めばその世界へと辿り着く事が出来ます」
「……好きな世界へ」
 セレスティは暫く考え込んでいたが、思いついたように貘の顔を見つめる。

「別の世界へと行く事も可能なんですね?」
「えぇ、夢ですから。何処へでも」
「それならば……漣玉嬢がこちらに来られる前に楽しんでおられた闇の世界に興味があるので、その世界の夢か、それともそれに類似した世界を堪能出来る夢の卵を」
 その言葉に漣玉は目を丸くする。
「其方そんな所に行きたいのか?まこと正気とは思えんぞ。あそこは……な」
 涼しくはないですか?、とセレスティが問うと漣玉は笑い出す。
「それはもう暗黒世界じゃ。寒すぎるくらいで其方も心地よかろうて」
「それならば問題なしですね。通常の旅行とは違う、望むままの夢なら通常行けない所に行く事の出来る方が面白そうなので。旅行の様なそんな感じで。最近暑くなって来ましたし、暑くない所に避暑に行きたいといいますか」
「夢とはいえ……とても気になるのう。……貘、その夢に妾も一緒に行く事は出来ぬのか」
「出来ますよ。この夢の卵を二人で持って頂き、そのまま眠って頂ければ大丈夫です」
 よし、と頷き漣玉は言う。
「妾も一緒にその世界へ。もし妾が居た同じ世界じゃったら妾が案内してやろう」
 漣玉は艶やかに笑い、貘に卵を選ぶように告げた。
「さぁ、あの世界の夢はどれじゃ」
「どれも真っ白ですから。セレスティさんが取られたものがその夢だと思いますよ」
「見た目が全部同じだと…どれをとったら良いのか迷いますね」
「なんじゃ、流石の総帥もたじろぐか。そうじゃな……妾にかかれば夢の卵とてこうなる」
 漣玉がそう言って手を翳すと、イースターエッグのように様々な模様が描き出される夢の卵達。
 そこから選ぶように漣玉はセレスティを促す。
 花柄や水玉、何故か唐草模様まで描かれている卵から行きたい世界の卵を探す。
 真っ白な卵でも様々な模様がついた卵でも、選ぶ難しさはさほど変わらない。
 セレスティはその怪しげな卵の中から一つの渦巻き状の図が描かれた卵を手に取る。
「きっとそれが望む世界へと連れて行ってくれるでしょう」
 にこやかに笑顔を浮かべた貘は、ベッドお貸ししましょうか?、と尋ねる。
 流石にそのまま夢の中へと旅立たせるのは申し訳ないと思ったのだろう。
 その申し出をセレスティは快く受け、漣玉も貘に案内されるままに洞の中を歩いた。


------<夢の中へ>------------------------

「こちらです」
 そう言って貘が二人を連れてきたのは以前セレスティが『夢写真』という事件を解決した際に案内された部屋だった。
 ベッドが一つしか無かったが、隣にもう一つベッドを並べ、二人にそこを使うように告げる。
「多分、お二人ともベッドに寝て、互いの右手と左手を握りしめその中に卵をおけばよろしいかと」
 ほほう、と漣玉は頷きながら片方のベッドへと身を横たえる。
 そしてそれに倣い、セレスティもベッドに身を横たえると漣玉と手を重ねる。そしてその間には夢の卵が。
「それでは行ってくるの」
 貘にそう告げる漣玉。
 あまりあの世界には行きたくはない、と言ってはいるものの漣玉も長年住んだ場所へ行ってみる事が楽しくて仕方ないのかもしれない。
 いつもより楽しげに笑みを浮かべている。
「それでは漣玉嬢の過去の旅へ……」
 セレスティは微笑み、そして微睡みの中に落ちていった。


 セレスティが次に気づいた時、辺りは真っ暗で何も見えなかった。
 頭の何処かでこれは夢だと確信している自分が居る。
 凍えるとまではいかないが、冷え冷えとした空気が漂い、一気に思考回路が回り出した。
 側に、ほんのすぐ近くにいるにも関わらず漣玉の声は聞こえない。
 ただし、セレスティは微かな気配でも感じ取ることが出来る。
 違和感を感じる場所へと手を伸ばすとあっさりと漣玉はセレスティの腕の中へと転がり込んだ。
「いきなりこんな所に出てしまうとはの」
 ふぅ、と漣玉にしては重い溜息を吐きセレスティに告げる。
 これだけ密着していると会話する事は可能のようだ。
「ここは暗雲と言ってな、人々の魂が溜まっている所じゃ。上に行く事も出来ず、かといって下に行く事も出来ない。そんな人々が行き場を失いここに留まっておるのじゃ。早く此処から出ねば」
「…取り込まれてしまう……ですか?」
「あぁ、そうじゃ。夢であっても用心する事に越した事はない」
 そして出口はあっちじゃ、と漣玉は白い指先を向ける。
 セレスティは漣玉の案内であちこちを回り始めた。

「ここは本当に漣玉さんが住まわれてた場所ですか?」
「そうじゃ……食べ物だけは豊富じゃった」
 妾の食事は嘆きという感情だから飢える事はなかった、と漣玉は笑う。
 それだけこの世界には嘆いている人がいると言う事なのだろう。
 嘆きは生きていく中で欠かす事の出来ない感情なのかもしれない。
「元々妾が闇に沈んでいた此処はな、妾達が今居る『東京』と呼ばれる所の真下にある。そして現世の人々の嘆きはもちろんだが、死んでも尚やり場のない思いを抱えている者どもが集まっている場所なのだ。地獄へいく勇気もなく、ただその場に留まり続ける。それは冷え冷えとした所なんじゃ」
 淋しそうに笑い漣玉はセレスティを連れて行く。
 どこへ行こうというのだろう。

 そうこうしている間に派手な和服ベースの衣装を身に纏った鬼が向い側から二人やってくる。
 鬼と言っても厳つい顔をしている訳ではなく、優男の類だった。一人は柔らかな微笑を浮かべ、そしてもう一人はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。
 何事かと思いセレスティが眺めていると、そしてその二人は何を思ったかセレスティ達の元へと真っ直ぐにやってきた。
 しかし漣玉の顔はそれに驚いた様子もなく微笑んでいる。
 それを見て、セレスティはその鬼達と漣玉が既知の仲だということに気づいた。

「久々じゃネェか。一体漣玉姉さんは何処に行ってんだよ」
「久しいのう。相変わらず二人で連んでおるのか」
「あったり前。だってね、漣玉姉。相変わらず青は直毛突進型でさっぱり防御を身に付けないから……」
「うるせぇっ。オレは良いんだよ」
 相変わらずじゃ、と漣玉は笑いセレスティを紹介する。
「妾は地上で楽しく暮らしておる。安心するが良い」
「って、なんであんなとこで!」
「楽しいからに決まっておる。なかなか良いところじゃ、東京は」
 其方達も気が向いたら遊びに来るが良い、と漣玉は告げ再び歩き出した。
 何処か不服そうな二人組を残して。

「良いのですか?あの方達……」
 セレスティの言葉に漣玉は笑う。
「良いのじゃ。あの者達は妾を慕ってくれているのじゃが、どうにも頼りすぎという部分があってな。少し突き放してやったほうが良いのじゃ」
 もちろん手助けが必要な時は手を貸すぞ?、と漣玉は楽しそうに言う。
 この世界でも随分と漣玉は楽しく暮らしていたようだ。
「いいですね、とても楽しそうです」
「まぁな。妾はいつでも何処でも楽しむ事は最優先にしておるからの」
 コロコロといつもの鈴の鳴るような声で笑い、漣玉はセレスティの手を取った。

「妾が見せたかったのはこの景色じゃ。ここからだとこの世界が見渡せる」
 それほど昇ったようには思えなかったが、セレスティの眼下に広がるのは先ほど漣玉と共に歩いてきた景色だった。
 荒廃した世界にも見えるその場所。
 しかし多くの者達が闊歩し、そして独自の生活形態を作り上げている。
 村や町などというものは存在していないようだったが、人々の交流は盛んなようだ。
「これが漣玉嬢が住んでいた世界……」
 暗闇に満ちた、寒々しいところだとセレスティは思う。
 このような場所であれば、嘆きの欠片が増殖してもおかしくはないのだろう。
 人間の嘆き、そして既に形を失った者達の嘆き。
 とても深くて重いものだ。
「妾はそれでも……食料だからとそういうものではなく、あれらの嘆きを聞いてやりたかったのじゃ。たとえ多くの嘆きの前には非力だとしても……」
 ぽつり、と漣玉が呟く。
「だがな、気づいたのじゃ。現世での嘆きを喰ろうてやれば、それ以後の嘆きは少なくなるのではないかと。元を正せばなんとやら……と言うやつじゃな。だから妾は東京に残り、少しでも嘆きが減るようにと……」
「また……手に負えないような事があれば仰ってください。私で良ければ手を貸しますよ」
 柔らかい微笑みでセレスティは漣玉を見つめる。
「其方はやはり優しいのぅ。そして…面白い。これからも妾と話して貰えるだろうか」
「喜んで」
「そうか」
 ありがたい事だ、と照れ隠しのように漣玉は小さなわき出る泉の中へと手を入れる。
 そして一つの石を取り出した。
「土産だ。此処でしか取れぬ、石の一つじゃ」
 漣玉から手渡されたそれは透明な石でこの世界にはまるで似合わないようだった。
「綺麗だと思うか?それはこの世界で1年にたった一つだけ生まれ落ちる希望という名の石じゃ。妾が管理しておる。今ではもうかなりの個数が溜まり、ゆっくりとだがこの世界に一つずつ光が点っておる。今年はな、珍しい事に二つ生まれたのじゃ。だからそれは其方にやろう」
 持って帰れればだが、と漣玉は苦笑する。
「多分、大丈夫じゃないでしょうか」
 そう言ってセレスティも笑みを浮かべた。


------<夢の後で>------------------------

 目を覚ましたセレスティはなかなか有意義だったと笑みを浮かべる。
「どうじゃ?妾の居た世界は」
「涼しくて避暑には最適でした。ご案内頂きありがとうございました」
「礼には及ばんよ。……そうだ。妾が提案して夢紡樹で近々夏祭りを行う事になったのじゃ。其方もどうじゃ?」
 にやり、と笑みを浮かべた漣玉はセレスティに尋ねる。
「素敵ですね。夏祭りですか…ぜひ参加させて頂きたいですね」
「そうかそうか、来てくれるか。有りがたいのう」
 セレスティの言葉に満足したのか漣玉は笑う。
「楽しみに待ってるからの」
「はい、私も楽しみです」
 穏やかな笑みを浮かべ、セレスティはひっそりと笑う。
 漣玉の居た世界も悪くはないと。暗闇の中に一つずつ点る希望。
 セレスティは握りしめた手に先ほど漣玉から貰った石がある事に気づき、手を開いた。
 そしてそれを漣玉へと見せる。
「持って帰って来れましたよ」
「ほほぅ。それは良かった。其方はよほど運が良いらしいのぅ」
 楽しそうに笑い、漣玉はその石を指で軽く弾いた。

 夢の世界も良かったがやはりセレスティの居場所は此処にある。
 夢ではなく現実で。
 セレスティはおみやげとして持って帰ってきた美しい石がころんと手の上で転がるのを感じ微笑む。
「この世界にも希望が何処かで生まれて居るんでしょうね」
「当たり前じゃ。あのような暗黒の世界でも希望は生まれるのだからな」
「全くです」
 そう呟き、セレスティは小さな笑みを浮かべた。
 きらり、と希望と名付けられた石が光り薄暗くなった部屋に揺らめいた。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1883/セレスティ・カーニンガム/男性 /725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は夢の卵を貰ってくださりありがとうございました。

漣玉のご指名ありがとうございます!
指名料などはございませんのでご安心下さいませ。(笑)
次回納品予定の「夏祭り」の方へもご参加頂いてましたので、その話に続くような感じで書かせて頂きました。夢紡樹が主催とは名ばかりで、実質漣玉嬢主催で頑張ります。(笑)
そちらの方も楽しんで頂けると幸いです。

セレスティさんの今後のご活躍も楽しみに拝見させて頂きますv
ありがとうございました