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<東京怪談ノベル(シングル)>


midnight radio
「こんばんは〜。『Be STILL』の時間ですー。今日は前回約束しとった夏恒例・さねとの怖い話ですが…実は私皆が期待するような怖い話知らへんのです」
 嘘付けー、と言う声が背後から聞こえ、その笑い声にくるっと振り向いて「やかましっ」と怒鳴りつける。それからこほんと軽く咳払いし再びマイクへ向かい。
「ほなら…まあ、放送しても良さそうなのを1つ」
 そこでわざと声を落し、表情も――リスナーには見えていないのだが、笑みを消して。
「――今からやと5年位前の話やと思う。あの当時もライブに良く行っててな、夜どうしても遅くなんねん。ほしたらな――」
 ゆっくりと、語り始めた。

 *

 当時まだ高校生だったさねとだが、親に内緒でライブを見に行くことはしょっちゅうだった。自分達がバンドをやっている事もあり、横繋がりで紹介を受けた事も1度や2度ではなく、その関係で連日のように入り浸っていた1つの小さなライブハウスがあった。
「今はもう潰れてんねんけど、当時は割合人気のあった場所でな」
 20人も客が入れば満杯になってしまうという小さな室内。地下にあった其処は、さねとらのような未成年の出入りも多く、メジャーになることを目指したコドモ達と、ある程度現実を把握しているオトナ達と…それらの追っかけのような存在まで入り乱れ、混沌とした…それでいて、何ともいえない連帯感を味合わせてくれる絶好の場所だった。きさくな店長とも仲良くなり、自慢の四駆で仲間達と家の近くまで送ってもらうことも何度かあったと言う。
「居心地は良かってんけどなぁ。ある時からしきりに『出る』っちゅう噂が立ち始めたんねん」
 曰く、
 ――店が終わった後、閉じたシャッターの前に俯いて立ち続けている背広姿の男が居る。
 ――ライブ最中のバンドを撮影したホームビデオの中に、背広姿の中年男性が映り込んでいた。
 ――休憩時間に楽屋に居ると、なんだか見られているようで気持ちが悪い。
 ――チケットを渡す時にもう1人分必要だとか、飲み物を買いに行くと「隣の人は?」と言われた――など。
「おまけにそれらで共通しとんのが、その男『左足が無い』んやて。杖も使わんとよう歩けるな、って言ってた人もおったくらいや」
 ふっと其処でさねとは言葉を切った。ちらっと周囲に目を配ってから、もう一度口を開く。
「その噂がどんどん高こぉなったある日のこと、店に行ったら驚いたわ。その店、閉めてしもたんやて」
「ああ――あの店か。俺暫く行ってなかったんだけど、何があったんだ?」
「店長が逃げたとか、借金がどうとかって行ってなかったっけ?噂が立ってた時期って客足も大分減ってたじゃない」
 其処まで聞いてさねとの話している店に思い至ったらしい2人が話に参加して来る。他はどうかと言うと、何となく黙り込んだまま彼女の話に聞き入っている。
「店長な…借金あったのはホンマらしいわ。けどな。逃げたんやない。――首吊っとったんやて」
「首…」
 こくん、とさねとが頷き。
「他殺やっちう噂も出たんやけどな…結局は自殺に落ち着いたわ」
「それは俺も知らなかったな。――他殺なんて噂があったんだ」
「そらそうやろ。店長、踏み台も無しに店ん中でぶら下ってた上に――左足、なかったんやて。血溜まりだけはあったけどな」
「…なんでそれで自殺になるんだ」
「それがな――」
 通報を受けて警察が駆けつけ、自殺他殺両方の視点から捜査を開始し始めてすぐ位に、無くなっていた店長の足が通報によって店から離れた森の中で発見された。…もう1人の男性の遺体と共に。
「店長な…その相手の男、殺したんやて…」
 経営上のいざこざでもあったのか、急に金が必要となり消費者金融を頼っていくらか借りていたらしい。その返済が滞り、思い余って殺してしまったらしい、と警察の捜査では結論付けられた。
 その事で思い悩んでいたらしく、自宅に残っていた手記にも自殺をほのめかす内容が多く書き残されていたのだと言う。
「踏み台にした椅子は店の隅に投げてあったそうや。後な…店長の足な。切られたの、死んだ『後』や」
 ――しん、と静まる。メンバーも、スタッフも身動きせずにいる。いや、動けなかったのかもしれない。
 さねとの顔が、まだ終わっていないことを示していたからだ。
「蛇足かもしれんけど。その殺された男、埋め方が浅かったらしくて――」
 一瞬だけ、言葉を切る。それは、クライマックスの証。
「野犬に食いちぎられてたそうや。――左足がな」

 それ以上は言わず、ふっと口をつぐむ。言い終えてくるりと周囲を見渡すさねとの目には、無意識にか左足をさするメンバーの姿があって。
「これで今日の怖い話はおしまいですー。それじゃハガキと曲紹介にいきましょか。聞いてくれてた皆も軽くストレッチしといた方がいいでー」
 肩の力を抜いて笑顔になり、声の調子をがらりと変えると番組前に手渡されていたハガキを手に取った。

 *

「お疲れ様でしたー」
「おつかれー」
「この後どうする?」
「飲み行こ。この間気に入った言うた店あったやろ。そこ行こか」
 いつもなら文句も言わない代わり、先に立って何かしようと言い出すこともなかったさねとが、スタジオを出るなり言い出した。そのことに気付いた仲間の1人がにやりと笑う。
「珍しいな、率先して飲みに行こうなんて言い出すのは。まさか怪談やって怖くて帰れないとか言わないよな?」
 仲間の軽口に軽く首を振って、荷物をぐっと持ち上げ、
「途中で置いてかんと帰れへんねん」
 ごく軽い口調でそう答え、何人かが僅かに引きつった笑顔を浮かべる。
「それって…」
「言うな言うなぁ!」
 聞き直そうとした1人に他のメンバーが慌てて止め、おそるおそる周囲を見回す。
「さー、いこかー」
 当のさねとは気付いているのだろうが、気にしていない風で先に立って歩き出した。
「…3人も来てるか」
 ぽつっと何気なく呟きながら。

*

 結局、解散したのはすっかり日が昇った後だった。「ひとりしつっこくてやんなったわ」そうあっさりと言ってのけたさねとに、残っていた面々が苦笑いし…だが、話はそこで終わらなかった。
 次の週にスタジオ入りした時のこと。
「あれ?――クンどしたの?」
 先週の打ち上げの時、用事があると1人先に帰ったスタッフの1人がおらず、新顔が彼の代わりに入っている。
「あ、すいませーん。カレ事故っちゃって…」
 女性スタッフが申し訳なさそうに、冴えない顔色で謝ってくる。
「えっ、事故って、大丈夫だった?」
「ええ…まあ。――左足折ったくらいで済んだらしくて…今入院してます」
「左足かぁ」
 さねとがちょっと顔をしかめ、そして誰もいないスタジオの隅を軽く睨む。
「単純骨折やろ?」
「え、ええ。ご存知なんですか?」
「いや。事故起こしてもカレのことやしそのくらいで済んだやろ思てな」
 後で見舞いいくわー、と病院の住所を聞いていたさねとの言葉が怖かったと後に傍で聞いていたスタッフの1人がこっそり教えてくれた。
 収録が始まる直前まで何か考えていた彼女が、最後に呟いたのだそうだ。
「ひとり取りこぼしたわ」
 ――と。


-END-