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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<夢の卵をプレゼント>------------------------

 両手に大きな紙袋を抱えた本谷マキは軽い溜息を吐く。
 マキはロックバンド「スティルインラヴ」のドラマーをやっていたりする。
 久々のオフをショッピングに費やし、現在はその帰りなのだ。
 しかし両手の荷物が重くそろそろ握力の限界が近づいていた。
 やはりスティックを握ってドラムを叩き続けるのと、重い荷物を持ち続けるのでは勝手が違う。
「やっぱりちょっと休んでいこう……」
 上手い具合にマキの目の前に喫茶店『夢紡樹』という文字が見えた。
 そちらに目を向けてみると、巨木の洞の中にある喫茶店がマキの目に飛び込んでくる。
 アンティーク調な扉があり、マキは両手の重さもあって迷わずその店へと足を運んだ。

 カラン、と小さな音を立てて扉のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
 にこやかな笑みを見せた店員がカウンターから声をかけてくる。
 そして目の前にはピンクのツインテールを揺らした少女がやってきてマキを席へと案内した。
「はぁい、一名様ご案内いたしまーす。こちらへドウゾ」
 マキは促されるままに窓際の席へと腰をかける。
 今までの疲労が一気に押し寄せてきて、マキはふぅと小さな溜息を吐いた。
 そんなマキににこりと笑みを浮かべ、少女がマキノ目の前にメニューを差し出す。
「こちらがメニューとなっております」
 少女はもう一度マキに笑顔を向けると去っていった。

 やっと重い荷物から解放された手は紐が食い込んでいたのか赤くなっている。
 それを軽くさすりながらマキは首をコキコキとならし、メニューを眺める。
 初めはどこにでもある喫茶店メニューのようにも見えたが、めくっていくうちにレストラン並みのメニューの多さにマキは目を丸くする。
 一体何種類あるのだろう。選ぶだけでも時間がかかってしまう。
 しかしお腹が空いていたわけではなかったので、マキは手っ取り早くケーキセットを注文する事にし、先ほどのウェイトレスを呼んだ。
「それじゃ、ケーキセットを一つ」
「はい、かしこまりました。あの、お連れの方は後ほどお見えになるんですよね」
「………?」
 マキに連れなど居ない。
 今日は一人でオフを満喫していたのだ。
 いったい誰の事を言っているのだろう。
 きょとん、とウェイトレスを見上げたマキに、笑顔と共にとんでもない言葉が振ってくる。
「お母さんと一緒に来たんでしょ?」
 その言葉にマキはいつもの勘違いをされている事に気がついた。
「違いますっ!私はもう22歳でお酒も飲めるれっきとした社会人で大人ですっ!」
 ウェイトレスはマキの容貌を見て、一人ではなく誰か保護者と一緒に来たと判断したのだろう。
 マキは22歳であるにもかかわらず、小学2年からずっと同じ体型を維持しており顔も童顔であるから初めて見た人物は大抵マキの年齢を大幅に読み違える。
 例外なく目の前のウェイトレスも読み違えたのだ。
 驚き言葉を失っているウェイトレスにマキはびしっと首から提げていた自動車の免許証を突きつける。いつも間違われるため、すぐに見せられるようにわざわざ首から提げているのだ。
「私、22歳ですっ!」
「うわっ……本当だ。リリィ、悪気はなかったの。ごめんなさい」
 ぺこり、とお辞儀をしてウェイトレスは謝る。
 そこへ黒い布で目隠しをした男性が、手には籐のバスケットを持ちやって来た。
「マスター……」
 小さくウェイトレスが呟く。
 その言葉からマキはその人物がこの店のマスターなのだという事に気がついた。
 しかし怪しすぎる風貌だ。目隠しをしているマスターなど居るのだろうか。
 そんなことを考えるマキに恭しく頭を下げた男性は言う。
「大変申し訳ありません。私は店長の貘と申します。免許証の方はどうぞ下げて下さい。なんとお詫び申し上げればよろしいか分かりませんが、当店は喫茶店の他に人形や夢を取り扱っておりまして。……夢の卵、よろしければお詫びにプレゼントさせて頂けませんか?」
「夢の卵?」
 マキは首を傾げる。
 すると貘は口元に笑みを浮かべて告げた。
「はい。見たいどんな夢でも見せてくれるという卵でして。貴方の望む夢をこの卵は見せてくれるでしょう」
 突然そんな不思議な事を言われても信じられなかった。
 しかしそれが本当だったら確かに面白そうではある。
 くれるというのだから貰っても損はしないだろう。
「いかがでしょうか」
 その言葉にマキは小さく頷く。
「ありがとうございます。それではお好きな卵を一つドウゾ」
 促されるままにマキの手は一つの卵を掴み出す。
 普通にスーパーなどで売られている卵を一軒変わりはないように見える。
 騙されているのではないか、と一瞬思ったが、タダだし、とマキは頭を切り換える。
「本当に申し訳ございませんでした。貴方に素敵な夢が訪れますよう」
「ごめんなさいっ」
 貘とリリィはもう一度謝罪をし、マキの側から離れていく。

 夢の卵。
 それを目の前にしてマキは退屈そうにコロコロとその卵を弄ぶ。
「どんな夢を見たいかなぁ……」
 うーん、と悩んでいると温かな日差しがマキを微睡みの中へと誘う。
 買い物で疲労感漂う身体にはそれは安らかなる誘惑だった。
 こくりこくり、とマキは眠りの世界へと誘われる。
 ケーキセットを待っている間に、マキはそのまま机に突っ伏し眠り始めてしまった。
 その時、マキが弄っていた卵はすっと形を失い、マキの中に吸い込まれていく。

 貘がケーキセットを運んできた時には既にぐっすりと眠りこけているマキの姿があった。
「おや?もう夢の卵を使ってしまいましたか。夢は貴方の願望が現れるもの。どんな夢を見ておられるのか。………良い夢を」
 くすり、と笑い貘はカウンターへとケーキセットの一式を戻し、柔らかな微笑をマキに送った。


------<夢の中>------------------------

 マキは自室のベッドの上にいた。
 うーん、と大きく腕を伸ばして起きあがり、マキはいつもと何かが違う事に気がついた。
 普段ならそうやっても届かないベッドのヘッドレストに手がぶつかったのだ
 首を傾げながらマキはそのまま全身が見れる鏡の前へと移動し、自分の姿を眺めた。
「なっ……あれ?」
 そこには小学生低学年の体型で成長の止まってしまったマキの姿ではなく、年相応に育った…モデル顔負けのスタイルを持ったマキの姿があった。
 出るトコは出て、もちろん腰はきゅっと引き締まっている。
 胸もいつもの真っ平らなものではなく、しっかりとした重量感があり触ってみると柔らかな弾力がある。
 鏡の中にはマキがいつも羨んでいたナイスバディのお姉様の姿があった。
「あれ?……一晩でこんなに成長するのかな」
 もう一度首を傾げてマキは唸る。
 しかし、現状的には自分の望む姿がそこにありそれを楽しみたい自分が居る。
 ここは、この現状に悩み一日を過ごすか、それともこの現状を楽しむかの二択しかない。
 その二択を迫られたらマキがとるのはもちろん、憧れのナイスバディで街を闊歩する事だろう。
 この姿であれば、いつものように免許証を首から提げ歩かずとも、年相応に人々はマキの事を見てくれるはずだ。
「よーし、今日は!」
 気合いを入れ、マキはクローゼットの扉をあける。
 そして開けてから自分の部屋にはそのような服が一枚も無い事を思い出した。
 がっくりと項垂れるが、おかしい事に先日のショッピングの際に憧れた服が一式入っている。自分の背丈が足りなくて一生着る事はないだろうと思っていた服だった。
 余りにも都合が良いような気がしたが、あるものは使おうとマキはその服に袖を通す。
 もとより、それしか着るものはないのだから。
 あまり派手すぎず、かといって地味すぎるわけでもなく。
 シンプルな中にも美しさがちらりと垣間見えるようなキリっとした大人びた服だった。
 それはマキの身体にはピッタリで、見た感じも悪くない。
 すっかりその姿が気に入ったマキはくるりと鏡の前で一回転してみる。
 後ろ姿も決まっていた。
「よしっ!これならきっと大丈夫!」
 マキは普段はそこまで気合いを入れないメイクを念入りに行い、部屋を後にする。
 あとはこれで街中を歩き回るだけだ。
 好きな服を見て、そして買って。
 少し幼すぎる外見のため入るのを躊躇っていた店にも堂々と入っていける。
 今日は今まで我慢してきた事をめいいっぱい楽しんでやろうとマキは心に誓った。

 家を出て歩く事数分。
 普段なら声もかけてこない男達が、彼女暇ぁ?、と声をかけてくる。
 キャッチセールスの類なのだろうが、今までは声すらかからなかったのだ。
 それだけで優越感に浸る事の出来るマキ。
 丁重にお断りをし、マキはカツカツとヒールを鳴らし歩いた。
 そのヒールの音すら憧れだった。
 その音を今は自分が鳴らして歩いている。
 マキは嬉しさに頬を緩ませながら、大いにショッピングを楽しんだ。
 大人びているからと敬遠していた店も堂々と入り、そして何着か試着してみる。
 どれもこれもマキには似合っていて、店員からのウケも良かった。
 どうしよう、と悩んだ末。
 マキは気に入った服を購入してしまった。
 大奮発である。
 しかし心は晴れやかで気分も良かった。今まで買えなかった分と思えば安いものだ。

 カフェテラスでお茶をし、ちらちらと男が投げかけてくる視線を無視して通っていく人間ウォッチングを楽しむ。
 そして再び、マキはショッピングへと舞い戻った。
 街をコンプレックスを気にすることなく歩ける喜び。
 しかし、慣れないヒールの靴は踵が擦れて段々痛くなってきていた。
 それを気にしながら歩いているとマキは何かに躓き転んでしまう。
 あっ……、と思った時には遅かった。
 マキは盛大に路上で転んでしまう。
 恥ずかしい、と顔から火が出る思いをしながらマキが起きあがろうとした時、すっと目の前に伸ばされた手があった。
「……?」
「大丈夫ですか?」
 そう優しく声をかけてきたのは、マキよりも少し年上と思われる端正な顔立ちをした男性だった。
「大丈夫……です」
「そう、良かった」
 にっこりと微笑まれ、マキは恥ずかしいのと何故だかくすぐったい気持ちとが混ざり頬を染める。
 そのまま照れを隠すようにマキは目の前に差し出された手を掴み起きあがった。
 マキの全身を眺めて男性は言う。
「あぁ、でも結構汚れてしまってるね」
「いえ、自業自得ですから」
 はにかむように笑うと男性は首を振る。
「今、ボクの足に引っかかって転んだだろう。ボクにも責任があるから……弁償させてくれないかな」
「えぇっ?」
 たったそれ位で弁償など普通してくれるものだろうか。
 マキの中でクエスチョンマークだけが飛ぶ。
 しかし男性は有無を言わさぬ態度でマキの手を取り歩き出してしまった。
 そして某ブランドメーカーに入り、マキに似合う一揃えを着せたまま購入してしまう。
 男性が支払いを済ませている間に、店員がポラロイド写真を一枚取ってマキにくれた。
 一体総額いくらなのか。
 いくらマキがこんな高いもの頂けません、と言っても男性は聞く耳を持たない。
 パニック状態になっている間に、支払いは済んでしまう。
 恐縮しながらマキが、ありがとうございます、と告げると男性は嬉しそうに微笑んだ。
「でも……こんなにして頂いても私は……」
「そうだな……そんなに申し訳なく思ってくれるなら一緒に食事に付き合ってくれないか。ボク、実はさっきからお腹減っていてね」
 ぐーぐー鳴ってるんだ、とおどけたように言う。
 マキはその様子があまりにもおかしくて笑いながら頷いた。

 そして今二人は某ホテルの高級レストランで食事をしている。
 はたからみたら多分とても仲の良い恋人のように見えるだろう。
 全然違うのに、とマキは思いながら食事を口に運ぶ。
「今日は思いがけず楽しい経験が出来て楽しかった。キミもそうだと良いんだけれど」
「え?……私も……楽しかったです」
「良かった。やっぱり男としてはそう言って貰えると嬉しいね」
「そうですか?……お料理も美味しいし」
 マキはそう言いながらワインをグラスの中で軽く回し口に運んだ。
 香りがとても上品でこのワインも上物だという事がよく分かる。
「美味しい」
「そうだね、特注だから」
 にこやかに笑った男性の笑みを見て、そこでマキの意識は途切れた。

 次に気づいた時には、ホテルの一室のベッドの上だった。
 動かそうにも身体が怠くて動く事が出来ない。
 視覚だけで状況を把握しようと、マキはもう一度ゆっくりと重たかった瞼を開いた。
 飛び込んでくるのはバスローブ姿の男性。
「やぁ、目が覚めたのかい」
 突然倒れてしまうから吃驚したよ、と男性は笑う。
 嘘吐き、とマキは心の中で叫ぶ。
 きっとあのワインの中には薬が盛られていたのだろう。
 男性が女性に服を贈るのはそれを脱がしたいからだ、と何処かで聞いた気がする。
 今まさにマキが置かれている状況がそれだった。
「転んだのがキミじゃなかったらボクは助け起こしもしなかっただろうね。とてもいい拾いモノをした」
 くつくつと笑う男性をマキは、きっ、と睨む。
「その表情も良いね。ゾクゾクする。さぁて、どんな風にボクを楽しませてくれるかな」
 男性が近づいてきてマキは後ずさろうとするが、やはり身体は鉛のように重く動けない。
「いやっ……こないで……」
「嫌よ嫌よも好きのうちってね」
 そんなのは自分の都合の良い解釈でしょ、とマキは心の中で叫ぶ。
 まさに男の手がマキに触れようとした時、マキはもう一度意識を失った。


------<夢の後で>------------------------

「いやーっ!」
 夢紡樹内に絶叫が響き渡る。
「おやおや、悪夢でしたかね……いいえ、あの方が取ったのは幸福の夢……」
 貘がその声をあげたマキの元へと歩み寄り、声をかける。
「お客様、大丈夫ですか?」
 揺すり起こされ、マキはゆっくりと瞳を開ける。
 そこに居たのは、先ほどマキを襲おうとしていた男性ではなく、マキに夢の卵をプレゼントしたこの喫茶店のマスターだった。
「ぁ………私………」
「魘されておいででしたよ。夢の卵をお使いになったようでしたが、幸せな夢ではありませんでしたか?」
「夢?」
 マキは自分の手を、そして身体を見て自分の身体がいつもと変わりない姿である事に気がつき大きな溜息を吐く。
「なんだ、夢だったんだ……せっかくナイスバディを手に入れたと思ったのに」
「おや、そのような夢でしたか」
 苦笑しながらマキが告げる。
「えぇ、初めのうちはとっても楽しくて。自分の理想の身体を手に入れて私ははしゃいでいたんですけど。途中からどうも雲行きが怪しくなってきて……」
「そうでしたか。それは申し訳ない事を致しました。もう一つ……夢の卵は……」
「あっ。いいです、もう。夢はもうしばらくは。お気持ちだけで」
「そうですか。…それでは只今ケーキセットをお持ち致しますね」
 にこやかに告げると貘は去っていく。
 すぐに目の前におかれた紅茶とケーキを食しながら、マキはやっぱりこの姿で良いのかもしれない、とそんなことを思っていた。
 ふと、おいていた荷物の下に写真が一枚落ちているのに気づきマキはそれを拾い上げる。
 そしてその写真を見つめた後、びりびりとそれを破いた。
 それはさきほど夢の中でとった一枚の写真だった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2868/本谷・マキ/女性 /22歳/ロックバンド


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は夢の卵を貰ってくださりありがとうございました。

お約束の展開、とのことでこのようなお話を用意させて頂きましたが少しでも楽しんで頂けてると嬉しいです。
ナイスバディに変身してしまったマキさんでしたが、そんな姿もぜひ見てみたいですね。
でも私は首から免許証を提げているマキさんが可愛らしくてとても素敵に思えますので、そのままが一番良いとは思うのですけれど。

これからのマキさんのご活躍も楽しみにしております。
ありがとうございました。