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【夢紡樹】−ユメウタツムギ−
------<夢の卵をプレゼント>------------------------
暑い日差しが照りつける放課後。
海原みなもは、汗を拭いながら家への道を歩いていた。
普段ならばバイトなどもあり忙しい日々を送っていたが、今日は非番で少しのんびりしていく事が出来る。
みなもは照りつける太陽をちらりと見上げ、小さな溜息を吐いた。
水分が体中に足りない。
こうも暑いと汗として全て流れ出てしまい、喉だけが渇く。
みなもはどこかで涼んでいこうと近くに喫茶店がないかどうか見渡した。
すると都合良く、小さな湖のほとりに喫茶店『夢紡樹』という看板を発見し笑みを浮かべる。
「学校帰りに道草ですけど……新しい喫茶店でしょうか」
うーん、と考え込んでいたみなもだったが、とりあえずそこに入ってみようと『夢紡樹』へと足を向けた。
カラン、とドアを開けると小さな音が鳴り、みなもは夢紡樹の中へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑みと優しい声がカウンターから聞こえる。
笑顔の優男がみなもを歓迎していた。
そしてすぐにピンクのツインテールを揺らしながらウェイトレスの少女がやってきて、みなもを席へと案内する。
「外暑かったでしょ。今、冷たいお水持ってくるね。メニュードウゾ」
ニッコリと微笑んでウェイトレスは去っていく。
随分と明るく優しそうな店員たちみたい、と思いながらみなもは店内を見渡した。
アンティーク調の雰囲気が漂っているが、別に古くさいわけでもない。
内装もみなもの好みで、店員の対応も悪くなかった。
そしてみなもは新しいちょっと小粋な喫茶店を見つけた事を喜びつつメニューを眺めた。
初めの方は本当にどこにでもあるような喫茶店メニューなのだが、後ろの方は本格的な料理名が並んでいる。
明らかに喫茶店にあるような軽食メニューではない。
面白いお店、と思いながらみなもがメニューを眺めていると先ほどのウェイトレスが水を持ってやってきた。
「ご注文はお決まりですか〜?」
「あ、はい。それでは……ケーキセットを」
「はい。お待ちくださーい。……ぁ、マスター」
オーダーを取り終えたウェイトレスがくるりと振り返り走っていく途中で、そんな声を上げるのをみなもは聞いた。
マスター?、と思いながらみなもが眺めると黒い布で目を覆った青年がみなものところへ歩いてくるのが見えた。
ものすごい怪しげな人物である。
そもそも目隠しをしているにもかかわらずまっすぐにみなもに向かって歩いてきている事がおかしいのだ。
少しの不安を覚えつつみなもはみなもの隣に立った人物を見上げた。
「いらっしゃいませ。私、店主の貘と申します。本日は暑い中お越し頂きありがとうございました」
恭しくみなもに向かって礼をする貘。
「えっ……いえ、暑さで倒れそうでしたから寄らせて頂きました」
「そうでしたか。どうぞゆっくり休んでいってくださいませ。……それと、ご挨拶に伺いましたのは当店、喫茶店の他に夢と人形を扱っておりまして本日ご来店の皆様に『夢の卵』をお配りしていたのです。もしよろしかったらお一ついかがですか?」
みなもはきょとんと貘の持っている籐のバスケットを見つめた。
そこには普通に店で売っているような卵がたくさん入っている。
「夢の卵ですか?それはどういったものなのでしょう」
「見たい夢を見る事ができるという品物です。これを手にしたまま眠りにつかれますと、ご自身が望む夢を見る事が出来るのです」
興味はありませんか?、と貘に尋ねられみなもは考え込む。
しかしすぐにみなもは頷く。
お姉様への話の種になりそうですから、と心の中で思いながら。
みなもは少しでも姉に楽しい話を聞かせてやりたいと常日頃思ってるたのだ。目の前に面白そうな話があって飛びつかないわけがない。
そうしてみなもは一つの夢の卵を手にする。
「それではどうぞ良い夢を。その夢が貴方に幸せをもたらすよう」
口元に笑みを浮かべながら貘はみなもに夢の卵を手渡すと奥へと引っ込んでしまう。
みなもはその手にした卵をころころと転がしながらどんな夢が見れるのかしら、と笑みを浮かべていた。
------<夢の中へ>------------------------
みなもは帰ってきて、シャワーを浴びるとベッドの上に転がる。
そして昼間貰った夢の卵を手にし、瞳を閉じた。
月明かりが差し込む部屋の中で、月の光を浴びたみなもはゆっくりと思いを巡らす。
しかし思いはまとまる気配を見せない。
「あたしの夢……どんな夢が見たいのかしら……中世ヨーロッパあたりのお話が……」
言葉にしてもやはり思いは揺れ動く。
その間に眠気の方が先にやってきた。
みなもはそのまま誘われるがままに眠りに落ちていく。
ゆっくりと、そして揺らめくようにみなもの手の中にあった夢の卵は、みなものからだへと吸い込まれていった。
みなもは一人泣いていた。
雨の中蹲って一人きりで声を殺して泣いていた。
みなもには帰る家がなかった。そして待っていてくれる家族も。
中世ヨーロッパのある街で、みなもは孤児でどこにも身寄りがなかった。
石畳に雨が跳ね返り、そしてみなもの服を上からも下からも濡らしていく。
すでに濡れる場所などないぐらい雨に打たれていたみなもは、腹を空かせそして行く当てもなくただ雨の中を彷徨っていた。
そこでみなもは急激に腕を引かれ振り返る。
いかにも悪人といった風貌の男がみなもの手をぎゅっと掴んでいた。
「痛っ……!」
「うるせぇっ!さっさと乗りやがれ」
そして馬車へとみなもを引きずり込み馬を走らせた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
「明日、奴隷市場がある。そこでお前をうっぱらってやるからな。お前ぐらいの器量だったら、あっという間に高値が付くだろうよ。今日はきれーいにあちこち綺麗に洗ってな……ふはははっ」
歪んだ笑みを見せて男は笑う。
みなもは声を失い震える自分の肩を抱いているしかなかった。
翌日、みなもは本当に男が言ったように綺麗にされ、綿で出来た薄っぺらな服を着せられ、足枷と手枷を付けられ奴隷市場の会場へとやってきていた。
みなもの他にもたくさんの子供たち、そして見目の良さそうな者達がかなりの人数集められていた。
ずるずると重い足を引きずり、みなもは男に引きずられるように歩いていく。
奴隷を買っていくのはもちろん貴族や金持ちばかりだ。
道楽で買っていく者、いたぶるために買っていく者、必要で仕方なく買っていく者。
様々ではあったが、みなもは恐怖を覚えずにはいられない。
これからどのような仕打ちをされるのかということは、昨夜男から散々聞かされた。
耳を塞ぎたくなるような言葉もたくさん言われ、みなもは昨夜から一睡もしていない。
ステージに上げられ、そして競られていく奴隷達。
あっという間にみなもの番になり、みなもはゆっくりと俯いたままステージの上へと上がった。
しかし顔は怖くて上げる事が出来ない。
たくさんの人の目にさらされ、そして値踏みされている感覚が気持ち悪い。
「ほらっ!さっさと旦那様方に顔を見せるんだよっ!」
ぐいっ、と男がみなもの髪を引き顔を上げる。
「っ!……くっ……」
唇を噛みしめ声は出さない。それも男に言われた事だった。
何をされても叫び声を発してはいけないと。
発して良い言葉は、はい、という肯定の言葉だけだと。
潤む瞳でみなもは品定めをする者達に救いを求めた。
人々の中で眉を顰めている青年が居た。
その青年が隣の初老の男性に声をかけている。するとその男性がみなもを高額で競り落としたのだ。
みなもはそのままその男性の元へと連れて行かれる。
ぐったりとしたみなもの足枷と手枷を外すのは、先ほど眉を顰めていた青年だった。
「もう大丈夫だからね」
久々にかけられた温かい言葉に、みなもは涙を流した。
それからはその屋敷で、みなもはメイドとして働くことになった。
与えられたメイド服はドレープのたっぷりとついた豪華なもので、エプロンもカチューシャも全てセットになったものだった。
メイドという仕事がどういうものかさっぱり分からなかったが、素直なみなもはメイド長から新たな事を教わるたびに嬉々としてその仕事を頑張る。
無知で不器用ながらも必死に働いた。
そんなみなもに、その屋敷の若ダンナである青年はとても優しかった。
奴隷として買われた時の事を思い出してはみなもは若ダンナに淡い恋心を抱くようになる。
憧れが恋心に変わるのに対して時間はかからなかった。
初めからみなもは若ダンナに心を奪われていたのだから。
うっとりとしては若ダンナを見つめ、そして若ダンナの為にもこの仕事を頑張らなくては、とみなもは心に誓う。
しかし、それは身分違いの恋だった。
メイドがその屋敷の若ダンナと結婚出来るわけがない。
みなもはただ、若ダンナの幸せを祈る事しか出来なかった。
若ダンナも年頃になり、縁談の話が持ち上がる。
それをお茶を出しながら耳にしてしまったみなもは、嬉しさを覚えながらも、自分の恋が終わった事にうっすらと涙を浮かべた。
切なさが胸に溢れるが、みなもは笑顔で若ダンナに婚約の祝いの言葉を述べる。
「若ダンナ様、ご婚約おめでとうございます。心より祝福を」
「あぁ、ありがとう。ボクも嬉しいよ、祝福して貰えて」
にこやかな笑みを浮かべる若ダンナは幸せそうだった。それをみなもは自分の事のように嬉しく思う。
結婚式も盛大に行われ、その準備にみなもはてんてこ舞いだった。
しかしそれも終わってみれば楽しかった出来事のひとつだった。
良家の奥様は大変厳しかったが、子供が出来てからは柔らかくなりメイド達にも優しくなった。
本当に似合いの夫婦でそんな二人の姿を見ているのが幸せで、みなもはとても心安らぐ日々を送っていた。
しかし、年月とは無情なもので老いは若ダンナの命を奪い、そして奥様の命を奪った。
みなもは若ダンナの葬式で、埋まっていく棺桶を眺めながら静かに頬を濡らした。
温かな想い出はいつも若ダンナの記憶と共にあった。
みなもが暮らした屋敷での記憶は、若ダンナがみなもに優しさを与えてくれた記憶と重なる。
みなもも良い歳になっていたが、未だに独り身で相変わらず買われた屋敷に奉公していた。
そして若ダンナが亡くなり奥様も亡くなる頃には屋敷も没落し、みなもは職を失った。
突然放り出されたみなもはまた全てを失った。
あるのは、変わらない自分の身体とそしていくばくかの金だけ。
みなもはなけなしの金を使い、今まで行った事のない異国の地へと足を向けた。
そしてみなもは静かに余生を送る。
メイドは引退し、ひっそりと田舎で暮らしていた。
毎日毎日、庭の手入れと日常の最低限のことをこなし、近所の人々とたわいない話をする。
そんな日々の合間に、昔の温かな記憶を思い出しそして小さな笑みを浮かべるみなも。
温かな想い出はそれだけで幸せな心地よさをみなもに運んできた。
みなもはそんなある日、眠るように息をひきとった。
静かに、苦しみもせず温かな記憶の中で。
夢から覚めることなく、みなもはこの世から旅立った。
誰に看取られたわけではなかったがそれはとても有意義で幸せな人生だった。
------<夢の後で>------------------------
つーっ、と頬を伝う涙でみなもは目を覚ました。
みなもが見た夢は切なくてそして温かいものだった。
誰に自慢出来るような華やかな人生ではなかったが、とても充実した日々を送っていたと思う。
「良かった……もう一人のあたし」
にっこりと微笑んでみなもは頬の涙を拭う。
想い出を糧に幸せに逝く事が出来たもう一人の自分。
その自分を少し羨ましく思いながら、みなもは自分もそのように温かな思いを抱けるような人生を歩んでいきたいと思う。
その時、手にしていた夢の卵が無くなっている事にみなもは気づいた。
ただの卵にしか見えなかったが『夢の卵』というのは嘘ではなかったのだ。
「お姉様にご報告しなくちゃ」
楽しそうに微笑んで、みなもはもう一度眠りにつく。
温かな思いを胸に湛えながら。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1252/海原・みなも/女性 /13歳/中学生
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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は夢の卵を貰ってくださりありがとうございました。
中世ヨーロッパへと飛ばれたみなもさん。
メイドという事でその姿を思い浮かべては楽しませて頂きました。(笑)
少しでも楽しんで頂けてたら幸いです。
お姉様への土産話どうぞたっぷりしてあげてください。
これからもみなもさんのご活躍も楽しみにしております。
ありがとうございました。
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