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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


平安激情 後編




妙な穴に呑み込まれ、平安の世に放り出された金蝉と翼。
先に呑み込まれた武彦の行方を案じ、翼は必死になって彼を探していた。
しかし金蝉は「ていうか、武彦どうでも良いから、元の時代に戻る方法が知りたい」と考えており、それぞれの思惑を持って、平安の都を二人は彷徨い続ける。




「金蝉……。 変…じゃないよね?」
「ない」
「ないよねぇ…」
翼は、四苦八苦しながら着付けた自分の着物をぐるりと見回し、眉を下げる。
髪の色はともかく、服装だけはなんとか時代に合わせようと、先程、故あって怨霊を成仏させる事と相成った屋敷から、拝借した着物である。
薄桃色の、上品な柄があしらわれた着物は、屋敷に住むそばめが所有していた物なのだろう。
その着物は荒れ果てた屋敷の中で奇跡的なまでに無事な姿を、見せていた。
翼の白い肌に生え、大層似合っているのだが、和装など殆どした事ない翼からすれば、心許ない気分になるらしい。
「着物って、どうしてこんなに動きにくいんだろう…」
とブツブツ言いつつ、モタモタと不器用な裾捌きで道を歩く。
金蝉はといえば、元から和装ゆえ、着物に対する翼の困惑が妙に楽しく、しかし和んでる場合でもないので、「ったく、どうすれば、現代に戻れるんだ?」と、わざと苦々しい声で呟く。
翼も、「武彦の事も心配だし、早く捜し出さなきゃ…」と言うと、フト、一陣の風が土埃を巻き上げながら吹き渡るのを眺め、ポンと手を打った。
「あ!」
金蝉は、その声に驚き、足を止めて翼を見下ろす。
「…なんだよ?」
「や……怒るなよ?」
「は?」
「絶対、怒らないでくれよ?」
「……だから、何なんだよ?」
翼の念押しに、苛ついた調子で言葉を促せば、「や、混乱しきってて、すっかり忘れていたが、風に聞けば話が早かったな…と、思って……」と、そこまで言って、金蝉を恐る恐る見上げた。
一瞬の沈黙が二人の間に満ちる。
金蝉は、ガクリと肩から力が抜けるのを感じた。
確かに、人捜しにこれ以上ないほど適している、翼の風に聞く能力を持ってすれば、武彦の行方を捜す事など容易い事であっただろう。
「何で忘れてたんだよ…」
呻くように問えば、翼は頭を掻きながら「や。 悪かった。 こう、色々あって忘れていたというか……っていうか、金蝉? 君は、僕ばかり責めるけど、君だって忘れてたわけで…」と言い訳しつつも、気まずげに目を瞬かせる。
「良いから、チャッチャと聞けよ」
そう金蝉に言われて、コクリと翼は頷くと、精神を集中し風に語りかけ始めた。






キラキラとさんざめく川に掛けられた大きな橋のたもと。
そこに武彦はいた。
翼と同じく、どこがで手に入れたらしい着物を着ている武彦は、髪の色も茶色がかってはいるが金蝉達より大人しい色のせいか、随分この時代に馴染んで見える。
「うあ! 何で、お前等ここに!」
そう叫ぶ武彦の隣りに、萌葱色の着物を着た一人の女性が現れる。
「どうなさったんですか? 草間さん」
そう言いながら、此方に視線を向け、女性は固まった。
「……さ……桜塚君?」
金蝉も息を呑む。
「なん…で…あんたが、ここにいるんだ?」
そう呟いたっきり、次の言葉が出てこない。
武彦の隣りにいる女性。
彼女は昔、陰陽師の修行を通じて、知り合った女性だった。
金蝉が、まだ若輩の頃、修練の為に数ヶ月程行かされた山中の小さな村に住んでいた女性である。
あの頃と、それ程変わっていない。
いや、というよりも、あの頃より大人びて奇麗になった。
確か金蝉より、5つか6つ年上だった筈だ。
着崩れなく、見事に着物を着こなして、スッと立つ姿は凛とした美しさを醸し出している。
それ程容色は整っているとは言えない顔立ちなのだが、有する雰囲気が明るく、さばさばとしていた彼女は、無愛想で、誰とも馴染もうとしなかった金蝉にも親しく接し、まるで姉のように面倒をみてくれた。
寺に籠もり、日々の修練をこなす金蝉を、優しい、見守るような視線でくるんでくれて、金蝉にとっては、憧憬の人というか、むしろ初恋の人に近いスタンスにいる。
「そう…か、あんた絡みだったんだな。 今回の事は…」
そう言う金蝉に、女性は泣き笑いのような表情を見せて、いきなり飛びつくようにして抱きついてきた。
「…な!」
翼が、驚いたような、ムッとしたような声をあげるが、金蝉は思わずその身体を抱き留め「かっわんねぇなぁ…」と破顔する。
突然の抱擁を怒るでもなく、笑ってそんな事を言う金蝉の態度に、翼は激しく不安を掻き立てられた。
女は、弾けるような笑みを見せ「やぁっぱ、桜塚君ね? うわぁ、元気? っていうか、どうしたのよ? 何で、あなたここにいるの?」とまくしたて、それから傍らにいる翼に気付き慌てて金蝉から離れる。
「やーあねぇ。 女の子連れ? わ! 凄い奇麗な子! お名前は?」
年下に対する口調そのもので問われ、益々ムッとする翼。
しかし、女性に対して冷たい態度は取れず、微笑んで「初めまして。 蒼王翼です」と答えた。
告げられた名に「え? あの、F1レーサーの? 最速の貴公子? え? 嘘? わ! 凄い、凄い! 桜塚君ってば、凄い子と知り合いなのね!」とはしゃいで、翼の手を握る。
その態度が、また魅力的で、翼は複雑な気分になりながら、チロリと金蝉を見上げれば、案の定、穏やかな表情をしていたりして、ますます、翼の心はねじくれた。
「二人は、お知り合いなんですか?」
武彦に問われ、「ええ。 昔の…ね?」と、女性が見上げてくる。
金蝉は黙って頷くと、武彦を睨みながら「てめぇ、何処行ってやがったんだ?」と、問うた。
その責めるような口調に慌て、女性が武彦の代わりに口を開く。
「草間さんは、私の事を捜して下さってたのよ」
そう言うと、「まず、事の経緯を語んなきゃね」と河原に腰を下ろした。
金蝉は、橋の支柱に凭れて立ち、翼と武彦も河原に腰を下ろす。
女性は、「さて、何処から話すべきかしら…」と一瞬迷い、「やっぱり、最初っからよね」と一人で結論を出すと、「草間さんと桜塚君はご存知なんだけど、私、厄介な能力を持って生まれてしまったの」と、話し出した。
他の二人は知っている情報と言うことで、翼に向けて語っているのだろう。
視線を送ってくる女性に、「能力?」と疑問の声で問い返しながら、同時に、何よりも女性と金蝉とどういう関係であるのかが気になってしまう翼。
「そう。 時を渡る能力っていうのかな? 一度使った後は、暫く使えないんだけど、空間にワープホールを作り出すことが出来るのよ。 時間を飛び越えてしまう、穴をね。 と、いっても、既にあった出来事を私の都合の良い風に変えてしまうのは、タイムパラドックスを引き起こしかねない重罪だし、それ程便利な能力でもないなぁって思って、私、今までそれ程使わずに過ごしてきたんだけど……」
そこまで言って言葉を切ると、女性はふぅと深い溜息を吐きだした。
「きっと二人は、興信所に私が作り出してしまった穴に呑み込まれたのよね?」
そう問われ、頷く翼。
「あ、はい。 で、あの、ずっと気になってはいたんですが……あの、穴に他の誰かが呑み込まれてる可能性は……」
そこまで言った翼に首を振り、女性はニッコリと笑う。
「大丈夫よ。 あの穴は、もってせいぜい数分。 貴方達は、きっと、私達が消えてすぐ、あの興信所を訪れたのね? 翼さんも、桜塚君も、草間さんのお友達なのかしら? 草間さん、慕われてるんですね」
そう武彦に向けて言う女性に「いやぁ。 人望厚いという事も、興信所の経営者には必要な素質ですから」なんて武彦は浮かれた声で答え、思いっきり金蝉に蹴りを喰らう。
「馬鹿が。 誰が、てめぇなんかを慕うか!」
憎々しげに吐き捨てる金蝉に、蹴り飛ばされ、転がったままの姿勢で、それでもめげずに「照れるな、照れるな」と命知らず発言をかます武彦を呆れたように翼は眺め、微笑みながら二人のやり取りを見ている女性に問い掛けた。
「あの…、何故、興信所に、ワープホールが出現したんです?」
翼の問いに顔を曇らせ、俯く女性。
「ごめんなさいね。 草間さんだけでなく、二人まで巻き込んで。 実はね、今年の夏はあんまり暑くて、体力が落ちちゃったせいなのかしら? 時を渡る能力の制御が効かなくなり始めていて、草間さんにご相談させて貰ってたの。 ほら? 不思議な事なら、草間興信所へって聞いてたし」
女性の言葉に人知れず、落ち込む武彦。
普通の、ごく常識的な仕事を、是非請け負いたいと願っているのに、噂ばかりが先行し、広がっていく。
「何人か、他の能力者さん達もご紹介して貰ったんだけど、なかなか、巧くいかなくて。 で、昨日また、夜中に身体の調子がおかしいな?って感じになって、慌ててご連絡入れて興信所の方を訪ねさせて頂いたんだけど、そこで今までで一番の波が来ちゃって、能力が暴走して勝手に穴を、それもこんなに古い時代まで遡るワープホールを作ってしまったの。 草間さんとは、穴の通路を飛んでいる際にはぐれてしまうし、どうしようって途方に暮れちゃって……。 幸い、この橋の下でね、さっき偶然お会いする事が出来たんだけど、貴方達にも会えて良かったわ。 知らなければ、置いていってしまう所だった」
女性の言葉にゾッと身を震わせる翼。
金蝉も、こんな時代に置いていかれては堪らないと、二人に会えた事に心から安堵する。「私も、もう、能力を行使出来る段階まで、力は回復してるし、戻りましょうか? 現代へ」
女性の提案に、一も二もなく頷く金蝉と翼。
武彦も「やぁっと戻れるぜ」と安堵の溜息混じりに言う。
女性が、胸の前に手を合わせ「開いて」と囁くと目の前の空間に、黒い穴が出現した。
女性は「私から離れないように」と告げて、穴に飛び込むと、他の三人も順番に穴に飛び込む。
興信所から平安の時代に運ばれた時と同じ、奇妙な落下感、浮遊感を味わいながらワープホールをくぐり抜けた。


スポンと、また放り出され、気付けば興信所に立っていた。
武彦、金蝉、翼の三人は、大きな脱力感を感じ、ヘナヘナとへたり込む。
金蝉は、女性を見上げて、「それで? どうなんだ。 その、身体のおかしな感じは、まだあんのか?」と疲れ切った声で問えば、ニコリと笑って「なんか、思いっきり暴走したら、どうもすっきりしたみたい。 あんまり使い所がなくても、能力って使わないままでいると、ストレスが堪るのね」と告げた。
武彦が、着物姿のままバキバキと肩を鳴らして口を開く。
「とりあえずコーヒー淹れっから、現代に戻れた喜びでも噛み締める事にしますか。 少なくとも、平安時代に、コーヒーはなかったしな」
武彦の珍しくも、気の利いた提案に、皆が一斉に頷いた。


さて、翌日。


金蝉は、昨日再会した女性と、喫茶店で会っていた。
昨日、懐かしさの余り、求め合うように、二人、会う約束を交わしたのである。
「久しぶりに会ったのが、平安時代でって、凄いよねぇ」
そう笑う女性に、金蝉も頷き返しながら口を開く。
「東京…いつ出て来たんだ?」
「ん? まだほんの、一年前位。 勤めてたトコが、駄目になっちゃって、で、どうせ、両親も大分前に亡くなっちゃってるし、良いきっかけだからと思ってね…」
アイスレモンティーをストローで吸い上げながら、女性はからかうような口調で言った。
「ほんとは…さ、桜塚君が東京に帰る時に、一緒に着いてこうとしてたんだけど……」
金蝉は、少し、困惑するような気持ちになり、たじろぐが、女性はそんな様子に「あはは。 良いよ、良いよ、そんなキョドんなくても。 まだ、学生の君にさ、そんな事言っちゃった私も馬鹿だったし、それに、ほら、誰かにおもねる事なく東京に出て来て、『ああ。 これが一番私らしいな』って思えたから」と、サバサバと告げる。
「桜塚君にね、言われた言葉今でも覚えてる。 大切だから、連れてけないって。 陰陽師の仕事は危険ばかりだし、側にいれば災いに巻き込んでしまうかも知れないから、だから、連れていけないって。 嬉しかったな。 フられたのにね。 でも、うん、嬉しかった。 優しい人だなって」
そして、当時と同じ、姉のような笑みを浮かべて問う。
「翼さんは、屹度、強い人なのね?」
金蝉は、静かに頷いた。
「そっか。 桜塚君が、安心して側に居て貰える位、強い人なのか…。 でもね、でも、やっぱり翼さんだって、女の子なんだもの。 守ってあげなきゃ、駄目よ?」
金蝉は、再び頷く。
女性は、笑みを浮かべたまま言葉を次いだ。
「でね? 思う存分守って貰いなさい。 この世には男の子にしか守れないものと、女の子にしか守れないものがあるの。 だから、二人でお互いを守りあえば、無敵になれるのよ」
金蝉は、女の言葉を聞いて、ずっと気になっていたものを指し示して問い掛ける。
「あんたも、誰か守りたい奴出来たみたいだな?」
女性は、幸福そうに頷いた。
金蝉の指し示す先は、薬指。 
銀色の指輪が填っている。
「先月婚約したの。 良かったら、結婚式…来てくれないかな? 勿論、翼さんも一緒に」
金蝉は、無言で深く頷いた。



その後、話の弾むまま、村の様子や、昔話などに花を咲かせ、珍しく金蝉も饒舌になり、ついつい時が過ぎるのを忘れ果てる。
気付いたときには、街は夕暮れに包まれ始めていて、女性は慌てて立ち上がると「まっずーい。 今日未来の旦那と、結婚式の打ち合わせする予定だった!」と喚き、それから金蝉の手を握ってブンブンと降ると「今日は楽しかった! また会お? 今度は、ダブルデートとかでさ! 美形二人も来たら、目の保養しまくりだよ」なんて、笑いつつ、慌ただしく立ち去る。
金蝉はその後ろ姿を見送りつつ「…ほんと、変わんねぇ」と小さく笑うと、帰途につきかけて、ふと自分が何か、重大な事を忘れているような気持ちに襲われた。
首を傾げながら、携帯を取り出し、登録してあるスケジュールを確かめてみると、今日は、翼と会う約束になっている。
思わず硬直する金蝉。
空を見上げれば、夕闇色に染まっており、最早、約束の時間など、とっくの昔に過ぎていた。
金蝉は不機嫌に喚き散らしてくる翼を想像し、頭を抱えたくなる。
とにかく、部屋に向かおうと心に決め、足早に翼の自宅へと向かった。







「すまん。 俺が悪い」
傲岸不遜、唯我独尊、自己中心的で、性格破綻。
今まで、両手じゃ効かない人数の人間に「鬼!」と罵られ、それに対してせせら笑いを浮かべてきた金蝉が、見事なまでに素直に頭を下げている。
もう、有り得ないっていうか、多分、金蝉の今までの生涯でも経験した事のないだろう罪悪感で、「本当に、悪かった」と心から詫びる金蝉に翼は、淋しいそう声音で「いいよ」と呟いた。
罵声を覚悟していた金蝉が驚き顔をあげれば、「何かあったんだろ? 気にしなくていい」と翼は静かに告げて、「昨日の出来事で、まだ、疲れが身体に残ってるんだ。 休ませて貰っていいかな?」と言いながら、部屋の中へと入りかける。
そんな翼に手を伸ばし、グッと腕を掴んで「翼?」と問う金蝉に「ほんと、気にしなくていいよ?」と告げると、柔らかく金蝉の手をほどき、翼は扉を閉めた。



金蝉は知らないが、翼は約束の時間になっても一向に訪ねて来ない金蝉に焦れて、金蝉の自宅に迎えに行く途中、窓硝子越しに女性と金蝉が喫茶店で会話している様子を目撃してしまったのである。
その穏やかで楽しげな様子に、打ちひしがれた翼は、逃げ去るようにして自宅へと戻った。
そのまま、冷蔵庫を開け、中に入れておいた、酒も、料理も全部ゴミ箱へ放り込み、じっと夕方まで、膝を抱えて過ごす。
金蝉が帰った後には、ベッドに、飛び込むようにして潜り込み、ぎゅっと枕を抱えて寝転がる翼。
平安の世で、出会い、天へと送り届けてあげた、女の怨霊を思い出す。
一人の男を愛し、その男が余りに不実である為に、怨霊へと変じてしまった女。
翼は小さく呟く。
「僕を、あんな女にさせないでくれ」
そして、エイと枕を床に放り投げると「金蝉のばぁぁぁぁか!」と、大声で叫んだ。



後日、連絡をいれても、そっけない返事しか返さない翼に業を煮やし、何か聞いてないかと金蝉は武彦を訪ねる。
時々、武彦は金蝉すら知り得ない翼の情報を握っていたりして、便利だが、忌々しいという、不思議な存在になっていた。
武彦は、金蝉の姿を見た途端「よ! 色男!」と言いながら、バンバン肩を叩いてくる。
不機嫌に眉根を寄せ「何言ってやがんだ」と毒づく金蝉に「あれ? まだ、叱られてねぇのか?」と武彦は不思議そうに言い、「おっまえ、女こましてたんだって? しかもこの前の、依頼人を」と、からかうように笑いかけてきた。
思わず、つんのめり、ソファーに手をつく金蝉。
「は? 何の話だそりゃ!」
いつになく動揺丸出しで、問う金蝉に「ほら、喫茶店で、仲良くお喋りしてたんだろ? 翼、見掛けたみたいだぜ?」と武彦は首を傾げる。
口をパクパクさせながら、何を言えば良いか言葉が見つからず、それから暫くしてやっと、「…本当か?」と聞く事が出来た。
「ああ。 はっきりとは言ってなかったが、翼が電話を入れてきた時に、それとなぁく分かった。 あいつ、他の事はともかく、お前に関する事は、滅茶苦茶分かりやすいからな。 あの依頼人と会ってて、翼との約束すっぽかしたんだろ?」
どこまでお見通しなんだと言わんばかりの武彦の言葉に、比喩でなく床に膝をつく金蝉。
「言っておくがな、俺は、あの女となんら、やましい関係ではないからな。 大体、彼女は、他の男性と婚約している。 この前会ったのも、昔話をする為だ」
そう地を這うような声で言う金蝉に追い打ちを掛けるように、武彦は、「そんな弁明は、俺じゃなくて翼にしてやれよ。 大体、よりにもよって翼の誕生日にすっぽかすこたぁ、ねぇじゃねぇか」と言った。



あぁ? 誕生……日?



再び硬直する金蝉。
そう言えば、そんな事を言われて、約束をいれたような……。



すっかり忘れきっていた金蝉は、そのまま暫く起きあがれないまま、謝りにいった時の翼の表情を思い出す。


責めるでもなく、怒るでもない、淋しげな表情。


こうなってくると、どんな反応をされるよりも一番堪える翼の様子に金蝉は心中で呻く。
(どーせなら、いつもみてぇに、怒れよな)


そして、どうすれば翼に許して貰えるのか思考を巡らせ始めるのだった。



  


  終