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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


言霊の街

*オープニング*

 「…困った事になったねぇ、全く……」
 蓮が、やれやれと言った具合にぼやいた。
 「いや、実はね。ウチの商品を、クロの野郎が咥えて逃げてってしまったんだよ。何を持ち逃げしたかと言うと、室町の時代、とある高名な僧が使用したと謂われる、化け猫封じのお札だよ。それの何がマズイかって言うと、そのお札、何故か分からないけど、裏向きにして使用すると、封じるどころか、普通の猫を化け猫化してしまうと言い伝えられているんだ。…なんかの拍子に、お札の効力が発動して、あのクロが化け猫の力を手に入れるかもなんて…どう考えてもヤバいだろう?」
 クロと言うその野良猫、普通の猫の筈なのだが、何故か身体は中型犬並みにデカかったり、猫パンチが異常な程のパワーを秘めていたりと、とにかく今でさえとんでもない身体能力を持つ猫なのである。蓮は、深い溜息をひとつ漏らす。腕組みをして、唇を引き締めた。
 「しかも、クロのヤツが逃げ込んだ場所が厄介でねぇ…知ってるかい?『言霊の街』だよ」
 言霊の街。そこは、ここから程近い、何の変哲もない下町風の街なのだが、何故かそこでは、各個人が持つ特殊な能力よりも『言葉』が強い力を持つのだと言う。
 「ついでに言うと、今は漢字の刻だ。漢字の言霊しか効力を持たないよ。そのうえ、言霊は使う人の生命エネルギーを消耗するから、使うのは三つまでにしといた方がいいね。どんな言霊を使うか、そして言霊を放つ順番も重要だよ」
 大変だけど、頼んだよ。そう言って蓮は、協力者となった客の肩をぽむ。と軽く叩いた。


*mission1;探索*

 「蓮さん…なんでまた、寄りによってそんな厄介な札を盗まれたりしたの」
 苦笑混じりにシュラインがそう言うと、蓮は肩を竦めて片目を眇めた。
 「あたしにそれを聞かないでくれるかい。あたしだって不思議に思ったさ。店の中には、他にもっとクロが選り好みしそうなものが沢山あったんだ。それなのに、何故かアイツは迷いもせずにあの札を咥えて一目散に逃げていきやがったんだよ」
 「それを聞く限りじゃ、クロの目的はやっぱりその札だったとしか思えねぇんじゃねぇの?」
 玲璽が、ショップ内の何だか良く分からないモノを手にしては捏ね繰り回しながらそう言う。ペシ!と蓮が玲璽の手を叩いて諌めた。
 「壊すんじゃないよ、ウチの大事な商売道具なんだから」
 「へいへい…って、これのどの辺が商売になるっつうんだかなぁ……」
 なぁ?と玲璽が同意を求めたのは、傍らで同じように訳の分からないモノを覗き込んでいた孔志。こくこくと頷いて同意を示しつつも、眠り猫の古い置物に悦に浸っている。その狭い額を指先で撫でながら、孔志が言う。
 「まぁ猫は賢い生き物だからねぇ…何かの目的を持って盗みを働く事もあるだろ」
 「そんなもんか?まぁ『猫』はそうかもしれねぇな。『クロ』はともかく」
 「それはどう言う意味だ、レージ」
 玲璽と孔志の背後に、鬱蒼とした影が近付いた。険悪な気配に、玲璽が先に振り返り、そこに立ってた女の姿を認めると、殊更にっこりとした笑みを向けた。
 「お、クロじゃねぇか」
 「えっ、クロ!?」
 ドコドコっ!?と孔志の目が輝く。今の孔志には、クロと聞けばイコール今話題?の巨大泥棒猫の事になるらしい。が。実際はそこに居たのは勿論猫ではなく、黒鳳が腕組みをして仁王立ちする姿だ。あれ?と思った頃には時既に遅し、勢い余って黒鳳に抱きつこうとする孔志の延髄に、手刀を一発叩き込んで遣り過ごしてから黒鳳は玲璽の方に向き直った。
 「クロって呼ぶなって言っただろう、レージ!」
 「…あらまぁ……大丈夫?孔志さん」
 黒鳳の攻撃に、地面に突っ伏して昏倒しているような孔志に向けてシュラインが労わりの言葉を掛けるが、手元で何かをしつつなので余り真剣には心配していないような気が。そこに、茉莉奈がいつものように黒猫マールを抱っこしてショップへと現われた。
 「遅くなりましたぁ、今日はよろしくお願いしますね☆」
 茉莉奈の明るい挨拶と同時に、マールがにゃあぁんと鳴く。すると、倒れ伏していた孔志ががばっと勢い良く復活を遂げ、茉莉奈の抱くマールへと一目散へ賭けて行く。
 「ねっ、猫ぉおぉ〜!」
 フギャーッ!突然の事に驚いて怒ったマールの鋭い前脚の爪が煌いた。

 シュラインに引っ掻かれた頬の傷を手当てしてもらう間にも、孔志はマールにちょっかいを出しては爪で襲われそうになっている。そんな様子に、茉莉奈は苦笑をしながら蓮へと視線を向けた。
 「蓮さん、もしかしてそのお札にはマタタビの匂いか何かがついてたんじゃないかしら?」
 「マタタビ?」
 腕組みをして壁に寄り掛かる蓮が、その単語を繰り返す。そうね、と消毒薬の綿花をピンセットで挟んだシュラインが頷いた。
 「如何に賢い猫でも、そのお札の効力が分かっていて盗んだとはやはり思えないわ。となると、そのお札そのものに猫を惹き付ける何かがあった…と考えるのが妥当ね」
 「まぁ誰かに操られて…と言う可能性が無きにしも非ずだが、マタタビの匂いに惹かれて…と考えるのが一般的だろう」
 イテテ…と頬の傷を指先で探りながら孔志が言う。端では、試しにと黒鳳にマタタビの匂いを嗅がせようとする玲璽と、そんな玲璽を拳で黙らせようとする黒鳳の姿があった。
 「それが本当だとすれば、クロを誘き出すのに好物の他にマタタビも有効だ、と言う事を覚えておいた方がいいな」
 「そうね、猫だからってマタタビが大好きとは限らないもの。マタタビがそんなに好きじゃない猫もいるものね」
 ね?と茉莉奈がマールに同意を求めると、マールもそれに応えてニャンと鳴いた。
 「それはともかく…蓮さん、例の街って、言葉の力はどれぐらい作用するものなのかしら?」
 マールの可愛らしい姿を微笑ましげに眺めながら、ふと思い出したようにシュラインが尋ねた。
 「どれぐらい、とはどう言う意味だい?」
 「だから、全ての言葉が力を持つのであれば、私達の通常の会話も気をつけなくてはならないでしょう?」
 「そうですね、フツーに話した言葉でさえ言霊になっちゃったら、オハナシもろくに出来ませんもんね」
 「ああ、そう言う事かい。言霊は、使う本人がそれを意識して発せなければ力を持つ事はない、と言う事さ。同じ言葉を口にしても、それを言った本人が言霊として使用したいと言う意思が無ければ、大丈夫さ」
 「逆に、どんな言葉でも、使おうと言うその気があれば、力を発揮すると言う事か」
 黒鳳が念を押すように聞き返すと、そうだと蓮が無言で首を縦に振る。なにやら思案げな黒鳳に、どうしたんですか?と茉莉奈が無邪気な様子でその顔を見上げた。
 「あ、いや…単語の意味が分からなくても、その気があれば言霊として使えるんだな、と…」
 「??」
 茉莉奈が首を傾げるのを見て、黒鳳は小声で忘れろ、と誤魔化すように囁いた。

 さて、と言う訳で一向は通称・言霊の街と呼ばれている白稲(はくいな)町にやって来た。見た目は何の変哲も無い中程度の規模の街だが、一歩足を踏み入れた途端、僅かにだが次元が歪んだような気がして、やはりここが普通の街ではない事を皆に知らしめた。
 「さて、まずはクロの居場所を捜さないとね。幾らここがそんなには大きくない街と言っても、闇雲に捜しては単なる労力の無駄遣いだわ」
 「なんのかんの言っても、クロは猫なんだから居そうな場所ってのも見当付きそうじゃないか?」
 孔志の言葉に、先に口を開いたシュラインも頷き掛ける。それを聞いていた茉莉奈が、指折り数えながら猫が好きそうな場所を数え上げていった。
 「やっぱり屋根の上とか、路地の裏とか?今の季節なら日陰の涼しい場所とか、美味しそうなものがありそうな場所とか…」
 「…やっぱりなぁ、……」
 何やらしみじみと呟く玲璽に、黒鳳が横目で何がだ、と睨み付けた。
 「いや。別にぃ」
 「………」
 「あっ、もしかしてクロもクロと同じく、日陰とかが好き、とか?」
 敢えて玲璽が口を噤んだ事を、何の邪気もなく孔志が口にした。その瞬間、黒鳳の鋭い拳がすっ飛んで来る、それを間一髪で避けた孔志だったが、危うく前歯の二、三本は折られる所であった。
 「俺を猫と一緒にするな!と言うか、クロって呼ぶな!」
 「…分かったから、口より先に手を出すのは止めてくれよ……」
 ふぃーと掻いていない汗を拭く真似をする孔志と、腕組みをしてむくれた顔をする黒鳳。そんな二人の遣り取りを、まぁまぁとシュラインが苦笑して宥めた。

 「猫っつうぐらいだから、やっぱどっかで寝てんじゃねぇか?」
 玲璽が、路地裏を表通りから覗き込みながらそう言った。その脇から同じように覗き込む茉莉奈の腕からマールが抜け落ち、路地の向こうに向かってにゃあんと一声鳴いた。
 「なぁに?どうしたの、マール?」
 「もしかして、クロの気配を感じたのかもね。同じ猫だもの、感覚は私達よりもずっと鋭い筈だし」
 耳を澄ますシュラインがそう呟く。さっきから音を頼りにクロの気配を探してはいるが、相手は何せ猫、足音を忍ばせている所為か、なかなか聞き取る事が出来ずにいた。
 「中型犬サイズの猫だって言うから、心音とかも大きいかと思ったんだけどね…」
 「鼓動の音は実際どうか分からないが、だが何か大きな動物の気配は確かにするぞ」
  黒鳳の、鍛え抜かれた感覚の鋭さだろうか、マールと一緒になって同じ方向を凝視しながらそう呟く。路地裏は午後になって日が翳り、涼しげな日陰が出来ていてまさに猫の昼寝のうってつけな環境になっている。それなのに、普通の野良猫の姿が全く見られないのは、クロと言う異様にでかい猫が潜んでいる所為で、他の猫達が恐がって逃げてしまったのではないか、とシュライン達は考えた。
 「では、もしこの近くにクロが潜んでいるとしたら…何か、クロの興味を惹くようなもので誘き寄せたらどうだろう?」
 「興味を惹くもの?」
 黒鳳に聞き返され、孔志が腰に両の拳を宛がい、自慢げに胸を張った。
 「そうとも、そしてここからは猫好きの出番さ!猫が興味を惹くものと言ったら、まずは!」
 「【便所】!」
 「………は?」
 玲璽が聞き返す間もなく、そう言霊を放った孔志の頭上に、何かが降って来て、ガン!と孔志の後頭部にクリティカルヒットした。
 「これは……」
 「言葉通り、おトイレなんじゃないかしら」
 但し、人間の。
 「…痛そうだな。大丈夫か、タカシ」
 「………な、なんとか」
 そうは言うものの、孔志は涙目になっている。そりゃそうだろう。空中のどこからそれが沸いて出てきたかは分からないが、普通サイズの陶器の便器(使用済みでない事を祈る)が落下してきたのだから。(と言うか普通死ぬって)
 「…つまり、もっと対象を限定して言霊にする必要があるって事かしらね」
 「なるほど…猫便所、って言わなきゃいけなかったんだな。或いは便所砂、とか」
 イテテ…と後頭部を擦りながら孔志が立ち上がる。
 「やっぱもっとシンプルに、食いモンで釣るのがいいんじゃねぇ?」
 そう言いながら玲璽がポケットから取り出したのは、どこから拝借してきたのかは分からないが、銀紙に包まれたチーズと鰯の丸干しである。
 「レージ、それ、店の厨房から盗んできたんだろう……」
 「ァあ?人聞きの悪い事を言うなよ、クロ。こいつぁ、ちっとばかり借りてきただけだ」
 「でも返す予定はなかったりするんですよね」
 くすりと笑って茉莉奈が小声で突っ込んでおく。ぁー?と玲璽が凄んで誤魔化しても物怖じする事無くクスクスと笑った。
 「でも私も、クロの好物を持ってきたんですよね。これだけ好物があれば、さすがに…」
 茉莉奈の言葉が途中で途切れる。その固まった視線の先を皆が追うと、そこには一匹の巨大な黒い塊が蠢いていた。
 「く、クロ!?」


*mission2;捕獲*

 「あれがクロ…!?」
 「……でけぇ」
 玲璽が思わずぼそりと呟いただけあって、確かにその黒い塊は大きかった。のっそりと立ち上がりこちらへと歩いてくるそのさまは、大きさだけで言ったら黒豹に見えない事もない。が、顔の丸さと豹よりは短い胴体が、やはりそれが猫である事を示唆した。次第に近くなるクロの様子を観察すると、その口には例の、盗んだお札と思しき紙切れが咥えてられている。その余りの迫力に、皆が唖然としてつい言霊を放つのも忘れていた時。クロが、さっき茉莉奈と玲璽が置いた、チーズと鰯の方に悠々と近付いていった。
 引っ掛かった!
 …と、シュライン達が勝利を確信したのもほんの一瞬。クロは、チーズの匂いを嗅ぐと、鼻の頭に皺を寄せて厭そうな表情をし、ザッザッと前脚で鰯とチーズに砂をかけ始めたではないか。
 「ええっ!?」
 「えー、クロってば鰯とチーズが好物じゃなかったの〜!?」
 「…やられたなぁ……蓮さんの情報もあてにならない時があるって事か」
 孔志が、鰯の匂いにクラクラしながらぼやくように言った。
 「だったらどうせなら魚じゃないって言う情報にしてくれればなぁ…」
 「そんな事言ってももう遅ぇよ。ともかく、この猫をとっ捕まえなきゃなんねぇだろ」
 と言う訳で。と玲璽が言葉に意識を込める。
 「【寒波】!…で、どうだ!」
 その途端、この夏気候の最中にあって、周囲を凍らせんばかりの冷たい風が吹き荒ぶ。それをもろに浴びたクロは、身体がでかくともやはり猫なのか、急激に身体の動きを鈍らせ、その場に蹲り掛ける。
 「今だっ、誰か……!」
 「って、そんな事言ったって、これだけ寒いとこっちも動けないだろう!」
 黒鳳が、玲璽に怒鳴り返した。そう、黒鳳の言うとおり、寒波はクロだけでなくシュライン達全員に影響し、当然夏支度の皆は寒さに身体が強張ってしまったと言う訳だ。
 「ったく、レージはろくな事をしないな!これじゃ手間が増えただけじゃないか!」
 「うるせぇよ!そこまで言うんなら、てめぇも何か言ってみろっつーの!」
 強張る口元でぎこちなく怒鳴り返す玲璽に、黒鳳はうっと言葉に詰まる。が、負けず嫌いの性格ゆえか、咄嗟にテレビのニュースか何かで聞いた単語を口にしてしまった。
 「ぶ、【舞踏】!?」
 本人、今ひとつその言葉の意味が明確には分かっていないようだったが、全然分からないわけではなかったし、それに何より気迫が篭っていた。その言霊はちゃんとクロに効いたようだが、『猫じゃ猫じゃ』のような出鱈目な踊りを、手足を振り回して踊る大型の猫を、こちらが無傷で捕獲する術はなし。じゃあ、と次なる言霊を放とうと黒鳳が口を開いたその時。
 「待って!ただ言霊を放っても効力は定まらないだけだわ!だから…っ、【肉球】!」
 シュラインが、クロに向けてそう言霊を放つ。すると、クロの身体がころんと仰向けになって、四つの肉球が空を向き、まるでここだと注目を寄せるかのよう、ぼんやりと淡い光を放ち始めたのだ。
 「…そうか、言霊は動詞だけとは限らないから……クロの身体の一部をターゲティングすれば、って事か!」
 感心したように孔志が頷く。その袖を引っ張って、茉莉奈が声を張り上げた。
 「そんな悠長な事言ってちゃダメです〜!だってほら、クロってばターゲティングされてるのに……」
 クロは、不意に自由の利かなくなった自分の肉球、ひいては四肢に驚き、それ以外で動かす事のできる身体の部位を動かして暴れている。そこへ、玲璽と茉莉奈が声を揃えて次なる言霊を放った。
 「【停止】だ!」
 「【停止】よ!」
 ぴきーん。クロの、四肢の動きが完全に停止する。足を全て封じられては、さすがに逃げる事は敵わないらしい、クロは口にお札を噛み締めたまま、観念したようにぐるるるる〜…と唸った。
 「…掴まえた」
 ふぅっと一息ついて、シュラインが額の汗を拭う。動けないクロの周りにシュライン達は集い、今まで見た事もない程に巨大な猫の手触りを堪能した。
 「き、気持ちいい〜……」
 「キモチイイけど…クロってば、お札は相変わらず咥えたままなのね」
 茉莉奈の言葉に改めて見てみると、クロは意地になって歯を食いしばり、お札を奪われまいとしているようだ。試しにと黒鳳が手を伸ばしてお札を取ろうとしてみるが、ギニャー!と牽制するクロに危うく噛まれ掛け、慌てて手を引く。
 「…こいつ、ヤバいぞ」
 「ああ、クロがクロに噛まれ掛けた」
 「紛らわしい呼び方をするな!」
 黒鳳が、さっきのクロのようにがぁっと歯を剥き出して玲璽を威嚇した。
 「困ったわねぇ…私達はクロそのものが目的じゃないのにねぇ…」
 「え、クロを掴まえるのが目的なんじゃなかったっけ?」
 孔志の言葉に、皆が違う違うと首を横に振った。
 「ここはやっぱり言霊の力を借りるしかないんじゃないかしら?」
 シュラインの言葉に、懐に忍び込ませた猫の為の七つ道具のひとつ、猫じゃらしでクロを構っていた孔志がニヤリと笑った。
 「そうだな、じゃあやっぱり猫の好きなものでご機嫌伺いに……【寝床】!」
 孔志の判断自体は、いいところを突いているのだろう。猫は確かに心地よい寝床は大好きである。が、肝心な所の詰めが甘いと言うべきか。孔志が言霊を放った瞬間、これまたどこから現われたのかは分からないが、猫の毛まるけの布団が空から降って来て、孔志とその傍にいたシュラインの二人を頭から包み込んだ。
 「わっ、何これ!?」
 「げほげほげほ!」
 焦って一足先に布団から脱出したシュラインだったが、残された孔志が中で噎せ返るのを聞いて、慌てて布団を退かしてやる。
 「だ、大丈夫?」
 「……た、多分」
 助け出されて安堵の溜息を零す孔志に、釣られたように皆もほっと息を吐いた。
 「やっぱり、そう言うんじゃなくて、もっと直接的に……【返却】ってのはどう?返してくれたら、【木天蓼(マタタビ)】をあげるわよ?」
 茉莉奈が、ぴっと立てた人差し指をクロに向け、にこりと笑顔を向けながら二つの言霊を放つ。すると、クロの口がぱかっと空き、お札がひらりと地面に舞い落ちた。と、同時にマタタビの枝がまたも空から落ちてきたのだが、対象を指定しなかった所為か、結構な量がドサドサと落っこちてきたのだ。
 「あっ、マール!あなたまでマタタビに引っ掛かってどうするの!?」
 「おまえは引っ掛かるなよ、クロ」
 「って、何故俺の方を向いて言うんだ、レージ!」
 そんな遣り取りの中、ひとり孔志はしゃがみ込んだまま何かごそごそとしている。その様子を、背後から孔志の肩越しにシュラインが覗き込んだ。
 「孔志さんは何をしているのかしら?」
 「え?えーと…その、うちのお嬢さん方にもちょっとお土産を…ね?」
 そう言って誤魔化し笑いをしながらも、孔志の手は休む事無く、道端に散らばったマタタビを掻き集め、懐に仕舞い込んでいた。


*mission3;返却*

 「ありがとさん。助かったよ」
 後から白稲町へとやって来た蓮が、満面の笑みでシュラインからお札を受け取る。ちょっとばかりクロの歯形と唾液がついてしまっているが、お札自体の効力にはなんら問題はないようだ。
 「でも、どうしてクロってばこのお札を盗もうとしたのかしらねぇ…」
 「最初に話してたように、確かにこの札にはマタタビの匂いがする。クロがマタタビ好きだと知っている何者かが、これを盗ませるように仕組んだのかもしれないね」
 蓮が、少しだけ難しい顔をしてそう言った。が、すぐに表情は解けて笑顔になり、シュラインに向けて片目を瞑って見せる。
 「ま、いいのさ、それはどうでも。あたしはこれが取り戻せさえすればそれで充分。誰が何の為にそれを仕組んだのか、なんてのは、実際に事件が起こってから考えればいいのさ」
 「…適当ねぇ、蓮さんってば……」
 お気楽げな蓮の言葉に、シュラインは苦笑いをした。

 蓮と別れて自宅への帰り道、シュラインは振り返って白稲町を遠くから眺めた。変な街よねぇ、と改めて溜息を零す。
 「…でも、…やっぱりアレが効いてたのかしらねぇ…何のかんの言っても、首尾よくトントン拍子にいったものね」
 アレ。とは。実は、皆で白稲町に足を踏み入れた瞬間、シュラインは皆に向かってこっそり【良運】と言う言霊を放っていたのだ。効くかどうかは分からなかったが、効けば儲けもの、ぐらいの気持ちで。
 言霊の力が、白稲町を出ても多少なりとも残るのであれば、今度は自分自身に【良運】と何か似たような言霊を掛けてみようかしら。そんな事を思って想像すると、ついつい笑えて来るシュラインなのであった。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1421 / 楠木・茉莉奈 / 女 / 16歳 / 高校生(魔女っ子) 】
【 1973 / 威吹・玲璽 / 男 / 24歳 / バーテンダー 】
【 2764 / 黒鳳・― / 女 / 23歳 / 護衛・付き人・秘書 】
【 2936 / 高台寺・孔志 / 男 / 27歳 / 花屋 】

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■         ライター通信          ■
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 どうもお待たせ致しました、碧川初のアンティークショップ・レン調査依頼『言霊の街』をお送りいたします!ご参加、誠にありがとうございます。相変わらずのへっぽこライター、碧川桜でございます(へこり)

 さて、早速ですが種明かしなど。
◎一番効率よく言霊でクロを捕獲する方法
 手や足など、【対象】となる部位を言霊で指定してから【動作】で行動を抑制する事、でした。それの伏線として、言霊は動詞だけじゃないとの説明を入れたのですが如何だったでしょう?
 上記以外では、多少手間は掛かるかもしれませんが、クロの好きなものや興味を惹くものに言霊で力を与えて誘き寄せて捕獲、ですね。
 で、ここでクロの好物が出てくると思うのですが、実はあの好物は嘘なのでした。あれだけ(らしい)と仮定形で記してあった部分にその真意があった訳です。なので、鰯とチーズだけに拘った場合はクロ捕獲は失敗、と設定してあったのですが、そうならなくて良かったです(笑)

 さて改めまして、シュライン・エマ様、いつもいつもありがとうございます!ご参加PC様の中で、シュライン様だけ【対象】に言霊を使ってくださいました。とっても嬉しかったです(と同時にホッとしました…)
 プレイング(とライターからの説明)に分かり難い所や迷う所があっては、と何度も吟味をしたつもりでしたが、如何だったでしょうか?多少なりともゲーム性が出た調査依頼+読み物としても楽しいノベルになっていればいいなぁとひっそり祈っております(笑)

 ではでは、またお会いできる事を心からお祈りしつつ…次回、ゴーストネットでお会いできれば幸いです(何)