コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


ウシロの正面だぁれ

 ……それは、良くある怪談話の一つに過ぎない。だが、それを実際に目の当たりにした人間にとっては、それは長い人生のうちの一コマ、取り返しの付かない恐怖の一時となってしまうのだ。

 月末の真夜中。白水社ビル、四階の非常階段への防火扉の向こうから、夏になると女の泣き声が聞こえてくると言う。噂では、その昔、締め切りに追われてノイローゼになった女性編集者が、思い余ってそこの非常階段の踊り場から空へと身を躍らせたのだと言う。
 だが、今、聞こえてくる物悲しげな泣き声は、どこからどう聞いても男の声だ。しかも非常階段の踊り場でなく、月刊アトラス編集部の小会議室からだ。その泣き声の出処が分かり切っている編集部員達は、怯える事もなく素知らぬ顔で小会議室の前を通り過ぎていく。泣き声は夜半過ぎまで続き、そのうち段々細くなり、やがて消え…。
 「もう終わりアルか?」
 「うわぁあぁッ!?」
 三下は驚いて腰を抜かし、その場にへたり込む。そんな自分の目の前には、見た事の無い少女が、ニコニコと楽しげな笑顔を浮かべ、しゃがみ込んだ膝の上で頬杖を付き、三下の方を見詰めていた。
 「い、い、一体君は……?」
 「あー、これは失礼したアル。わたし、彩・瑞芳アルよ。で、もうおしまいアルか?」
 「おしまい、…って?何が?」
 「さきまで、兄さ、泣いてたアル。こんな所で一人、大の男が泣いてると言う事は、何か企んでるに決まてるアルよ!誰かを騙そうとしてたアルか?それとも、……」
 「ち、違うよ。…と言うか、大の男が泣いてて悪かったね。昨今は、涙脆くてナイーブな男がモテる時代なんだよっ」
 だからと言って、三下がモテる訳が(自主規制)
 「…別に泣きたくて泣いてた訳じゃないけどさ…僕、アトラスの編集者で三下・忠雄って言うんだけど、さっき編集長にキッツイ仕事を言いつけられてさ……」
 そう言うと三下は、その内容を思い出したのか、じわりと目尻に浮かぶ涙をシャツの袖で拭う。ずずずーっと派手な音を立てて鼻を啜り上げた。
 「キッツイ仕事て何アルか?ストロー一本で炭酸飲料一リットルを三分で飲み干せとか?綿入れ半纏を着て正午過ぎ炎天下のアスファルト上で太極拳をしろとか?」
 「…僕は、どっかの若手お笑い芸人ですか。そうじゃなくて…深夜の巨大霊園に行って、取材をしてこいって言うんだ、しかもたった一人で!」
 三下は、そう言って悲壮な感じで溜息をつく。が、瑞芳にきょとんとした目で見つめられ、逆に三下の方がどうしたの?と聞く始末だ。
 「あー…、だて(だって)、それのドコがキツイ仕事アルね?夜の墓場に行くだけなのに」
 「うわぁ、墓場って言わないでってばー!」
 三下は両耳を両手の平で覆って、アルマジロのように身を丸くする。どっちも同じ意味なのだが、墓場よりは霊園の方が、三下的には不気味には聞こえないらしい。普通、深夜の墓場潜入と聞けば怪談絡みか、とすぐに気付くだろうが、なにしろ瑞芳は付喪なので、心霊現象を恐いとは捉えられないのだ。
 「で、何があるのか、ちゃんと説明するアルよ」
 「実は、そこの巨大霊園に最近ある噂があって…そこは凄く広いから、お参りに来る人が迷わないように、それぞれ区画に分かれてるんだ。それはいいんだけど、その中の42区画は、丑三つ時になると、死に区画なだけに霊界と繋がるって言うんだ。で、その時にその場に居合わせると、亡者達の嘆きで正気を失うとか、霊界に連れ去られてしまうとか…」
 「へぇー」
 「ねっ、恐いよね?だって、もしもその噂が本当なら、帰って来れなくなるか正気を失うかなんだよ!?そんなの厭に決まってるじゃないか」
 「…でも、だたらその事実は誰が目撃したアルか?その場にいたら皆、正気を失うか連れ去られるかするなら、無事で居る人なんかいないて事になるアルよ」
 「………」
 至極ご尤もな瑞芳の言葉に一瞬は言葉を詰まらせる三下であったが、しばらくするとまたさめざめとベソをかき始める。
 「…無理だよ、そんな真っ当な反論をしても、あの編集長が聞いてくれる筈がないよ…だったら、アンタがそれに匹敵するぐらいの怪奇現象を掘り出して目撃してきなさい!ぐらいは言うに決まってる…」
 「だたら、ほんとにそうすればいいアルよ。そうすれば、編集長さもなとく(納得)するアルね」
 にっこり笑って提案をする瑞芳に、三下は号泣せんばかりの勢いで、
 「他人事だと思って気軽に言わないでってば〜!」
 「でも、どちにしても取材に行かないと、編集長さに怒られるんじゃないアルか?」
 「………」
 「それに、きと(きっと)ここで頑張れば、ボーナスアップは間違いないアルよ!この夏をあくてぃぶかつせくしゅあるに過ごす為にも、ここは奮起しないと駄目アル!今年の夏は一味違うアル、しかも一生に一度しかない夏アルよ!」
 「そ、そうかな…そうだよね…?」
 瑞芳のセールストーク?に、三下も次第にその気になっていく。それにしても、瑞芳もどこでこんな表現を覚えてきたのか。
 「だいじょぶ、わたしもいしょに行くアルよ!三下さの取材、手伝てあげるアル」
 「本当!?」
 人に頼る事に馴れ切った三下は、目を輝かせて瑞芳の申し出をようやく受け入れる。編集者としてのプライドはどうかと言う話はともかく、これまでの経験で言うと、人に頼った時に限って、とんでもない目に遭っていた筈なのだが…。
 じゃ、行くアル!と元気良く立ち上がって意気揚々と小会議室を出る瑞芳、その背中を追いながら、何やらイヤ〜な予感が三下の背筋を這い昇った。それは決して単なる偶然ではなかったのだが、その先見が上手く活かされた試しは、これまでに一度も無かった。


 都会の中にあってそこだけ空間ごと切り離されたかのように、巨大霊園はひっそりと静まり返っていた。深夜+静寂+閑散と、三下の恐怖心を倍増させるだけの小道具は完璧に揃いまくっている。みっともない事に小柄な瑞芳の背中に張り付くようにして、怯えたチワワ並みに小さく震えていたりして。
 「三下さ、寒いアルか?そんなに震えて」
 「や、さ、寒い訳じゃないけど…瑞芳さんは恐くないの?なんか、すっごく不気味な雰囲気が漂っている気がするんだけど…」
 ビクビクと辺りを見渡しながら、三下が震える声で言う。首を傾げ、同じように辺りを見渡してから、瑞芳が笑った。
 「だいじょぶ、おかしな事は何もないアルよ」
 「そ、そう…?」
 自信ありげな瑞芳の言葉に、少しだけ安堵して三下も笑みを向ける。と、その時。二人の足元を、何かがテッテケテー、と走り抜けていった。
 「うん?………!!?!??」
 何気なくそれを目で追った三下だが、いきなり声にならない悲鳴を上げる。釣られて瑞芳もそちらを見る。そこには、全長約四十センチ、頭は魚で胴は毛むくじゃら、二本の足はオヤジ調の脛毛の生えた人間のものだが、腕は何故かマニキュアを塗ったたおやかな女のもの、と言う訳の分からない生物が小走りに走っていたのだ。
 「☆♪◎_!■△;!?!」
 「あー、こんな所で珍しいアルね」
 意味不明な叫びを上げて硬直している三下の脇で、瑞芳は至って呑気な様子だ。違う方向に視線を向けると、あ、とまたにこやかに笑って無邪気に手を振った。
 「久し振りアルね!元気だたアルかー?」
 「!?☆;〜:★!!」
 相変わらず三下は声にならない悲鳴をあげ続けている。何故なら、挨拶する瑞芳に応えて片手を挙げているソレは、一応は人の形に見えない事も無いが、何十本もの手と何十本もの足を持つ、どこからどう見ても人間でない何者かであったからだ。
 「る、る、る、瑞芳さーんッ!!」
 「うん?三下さ、どうしたアルか?」
 得体の知れぬソレと世間話をする瑞芳を、必死な様子で三下が呼び止め、引き摺るようにしてソレから離れていく。そんな二人を愛想良く手を振って見送るソイツは、案外イイヒト(ひと?)なのかもしれない。
 「な、どうしたアルか…何をそんなに焦てるアル?」
 「あ、焦りたくて焦ってる訳じゃないよっ!さっきから何なの、あのバケモノはッ!」
 「バケモノだなんて、三下さ、それは失礼アルよ。彼らも、わたしらと同じアル。ただ、住んでいる空間が違うだけで」
 「空間…が違う……?」
 話の飲み込めない三下は、眉を潜めて瑞芳を見る。こくり、と頷いて瑞芳が言葉を続けた。
 「さき(さっき)の三下さの話、あれは満更ウソでもないようアルね。ただ、繋がてるのは霊界ではなく、ありとあらゆる異次元空間アルよ。だから、あち(あっち)の住人達が、こち(こっち)に押し寄せて来ているアルね」
 「ええっ、そんな〜…だってさっき瑞芳さん、不気味な感じはしないって言ったじゃないですか〜!?」
 「あ、なんだ、三下さの言う不気味てのは、彼らの事を言うアルか。彼ら、わたしのトモダチだから不気味だなんてこれぽちも思わなかたアルよ」
 泣き言を言う三下に、悪びれた様子もなく瑞芳がニコッと口元で笑った。思わず、がっくりと力尽きて脱力する三下。そんな三下の指先に、何かがそっと触れた。
 「うん…?………!!!!!!」
 物凄くビックリして飛び上がらんばかりの三下だが、その身体は恐怖の余りか、ぴくりとも動かない。そんな三下の両手には、全長三十センチばかりの小鬼が何匹も纏わりつき、くいくいと三下の腕を引っ張っていたのだ。
 「あ〜、冥府の小鬼さ、久し振り〜元気そうで何よりアル〜」
 「の、呑気に挨拶してないで、助けてくださいよー!!」
 気を失いそうになりながらも、何とか己を保って助けを求める三下だったが、またもや瑞芳のきょとんとした表情に阻まれる。
 「あ?何故助けないといけないアルか?別に小鬼さは、三下さを獲て食うつもりじゃないアルよ?」
 「じゃ、じゃあなんで……うわわッ!」
 三下の声が更に裏返る。いつの間にやら三下の周りには数え切れない程の子鬼がたむろっており、それぞれ腕や足やシャツの袖など、思い思いのところを引っ張り始め、その身体は次第にずぶずぶと地面にめり込み始めたからだ。
 「わっ、わっ、瑞芳さーんッ!!」
 「良かたアルね、三下さ。小鬼さ、何故か知らないけど三下さの事が気に入たみたいアルよ。それで、皆の故郷に招待する言てるアル」
 「ふ、故郷って、冥府ってさっき言ってたじゃないですかッ!それは生きた人間が行く場所じゃないですよー!僕はまだピチピチですぅ、死にたくありませんっ、まだ素敵な恋人とも巡り合ってないし、あんな事やそんな事、果てはウレシハズカシ、いや〜ん♪な事まできっちり経験する予定だったのにー!」
 三下は、恐怖と焦りの余り、かなり混乱しているようだ。そんな哀れな三下の叫びを余所に、地面はまるで底なし沼と化したかのよう、三下の身体を腰の辺りまで引き込んで、尚も奥へ奥へと誘っていた。最早、三下の命も風前の灯、口から泡を吹いて失神仕掛けな様子を見てさすがに可哀想に思ったか、瑞芳が小鬼達に頼んで、三下ご招待を延期して貰った。…あくまで延期、だったらしいが。


 危うく生きたまま冥府に引きずり込まれるところを間一髪で助け出され、さすがの三下も言葉も無い。へたり込んだまま、傍らで立って他の友達(勿論、三下が納得できるような姿の友達が一人としていない)に挨拶を交わしている瑞芳を、恨めしげに見上げる。
 「どしたアルか?三下さ」
 「…や、別に………」
 弱々しい声でそう告げる三下、助けてもらったお礼を言おうと思ったのだが、それもこれも元を正せば瑞芳が、この場所が異次元空間と繋がっている事を前もって教えてくれなかった事に端を発するんじゃないかと思い、イマイチ素直に礼を告げられないのだ。←これを世間一般的には逆恨みと言う。

 「はぁ〜……何で僕ばっか、こんな厄介な目に遭うのかなぁ……」
 深い深い溜息と共に、肩を落としてぼやく三下に、やっぱり無邪気な様子で瑞芳が笑った。
 「それはしょうがないアル。だて三下さ、いつも連れて歩いているアルよ」
 「………何を」
 尋ね返す三下の肩の後ろ辺りを指差して、瑞芳が至ってにこやかに言った。
 「疫病神アル。三下さ、随分、気に入られてるアルよ?」
 「ひやあぁあぁ!?」
 ぎゃー!と悲鳴をあげて飛び上がった三下が、一目散に駆け出していく。但し、盲滅法な方向へと駆け出していくものだから……。
 「…三下さ、そち(そっち)は行かない方がいいと思うアルよ…そちで繋がてた異次元世界のトモダチは、……人肉が大好物アル……」

 ま、三下さはあんまり美味しくなさそうだし、多分大丈夫アルね。一人納得して頷くと、瑞芳はフヨフヨと空へと舞い上がり、もっと面白い事を探してどこかに消えていった。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!ライターの碧川桜です。
 今回はいつもと違って、余りお待たせしなくても済んだかなぁ…と少々自画自賛しておりますが(笑)、次回以降もこのペースを保証できない辺りが我ながら情けなく(…)
 あまり脱線できなくて少々残念ですが、楽しげな瑞芳さの雰囲気が出せていればなぁ、と思っております。少しでも楽しく読んで頂ければ幸いです♪
 ではでは、またお会いできる事を心からお祈りしています(ぺこり)