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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


宿命との遭遇


 月明かりがほのかに川の水面を照らす夜、川沿いの遊歩道を懸命に走る青年の姿があった。彼は高校生でありながら退魔師の見習いをしている大神 蛍だった。彼は今、口にあんぱんを頬張りながら家に向かっている最中なのだ。彼はこの若さで命を賭けて仕事をしている。人のため、そして自分の成長のためだと心に言い聞かせ、迫り来る宿命と戦い続ける……それが蛍の日常だった。
 今日は家に学校の宿題を置いてきている。早く帰って片付けなければ、また授業中に寝てしまう。そんなことを繰り返すと成績が下がり、父に怒られる……ということで彼は焦っていた。

 「思ったより時間かかっちゃったな。本当は家でゆっくりしたいんだけどな……そうもいかないか。」

 食事の時間を惜しむ姿はまさに高校生の鏡だ。口と足をせわしなく動かしながら街灯の元を駆け抜ける蛍。
 その時、彼はトレーナー姿の青年を見つけた。彼は何も言わず、ぼーっとそこに突っ立っていた。相手も蛍に気づいたようで、じっと彼のことを見ている。金色の髪に金色の瞳……それが街灯で怪しく煌く。蛍は相手のことをどこかの暴走族のメンバーかとも思ったが、床につくような姿でここにいるはずもないだろうと首を傾げた。まぁ、見ず知らずの相手の風体をとやかく言う必要もないだろうと反省し、さっさとそこを通り過ぎようとした。青年はすれ違いざまに大きく息を吸って蛍の匂いを嗅ぐと、腹の底から地響きのするような声で話しかけてきた。

 『貴様……大神の血族か? あいつに似た匂いがする……』
 「なっ……なんだと?!」

 蛍は驚きの声とともに足を止めた……そして声の主をもう一度はっきりと見る。同じ年とは思えない異質な声と意外なセリフが彼を振り向かせた。相手もゆっくりと振り向き、その金色に光る竜眼を蛍に向ける。そしてまた少し息を吸う……彼はそうやって蛍の血の匂いを嗅いでいるのだろうか。

 「君は……いったい何者だ!」
 『俺か? 俺のことは今にわかるさ。だが俺は貴様のことをすべて理解したがな。貴様は……あいつよりも血が薄いが、間違いなく大神の血族だ!』
 「なんで、なんでお前が俺の名を知っているんだ! 俺はお前と会ったことがない。高校にもお前のような奴、見たことがないし……」
 『だから感じるっていってんだろ! あいつと同じ雰囲気をなぁぁ!!』

 青年の顔が醜く歪む。それは『大神』という名前への憎悪を十分に表わしていた。口だけでなく目からもそれを訴える青年を見ているうちに、不意に蛍の中に眠る鬼神の血が騒ぎ出す!

 「なんだ、この感覚……勝手に俺の血が動き出して……うわぁぁぁぁっ!!」

 蛍はそれを抑えることができない。幼少の頃は気持ちの抑揚があると勝手に変身してしまう可能性があったため、気持ちを抑えることは特訓としてよくやった。しかし、自分の血がざわめくということは一度としてない。だから抑えつけようとしてもどうしようもないのだ。ただ激しく沸き立つ血の衝動を感じながら、蛍のその身は気持ちと関係なく赤き鬼神へと変身してしまった!

 「か、勝手に鬼神覚醒するなんて……そんなバカな!」
 『やっぱり貴様もあの鬼だったんだな。身体は、血は正直だな……まずは貴様で俺の力を試してやる! 邪龍っ、覚醒っ……………うごおおおぉぉぉっ!』

 青年の腕が瞬時に邪龍の太い腕に変化すると、いきなりそれを蛍めがけて振りかざす! その攻撃を片腕で防ごうとするが、迫ってくる勢いを見て本能的に危険を感じとっさに両腕を前に出す。その両腕を吹き飛ばさん勢いで黒い鱗に包まれた腕が飛んできた!

  ガツッッッ!!
 「うわっ……かっ、身体の芯まで響く! お、恐ろしいほどの強力だ!」
 『壊れそうなくらい華奢な腕だな。鬼がそんなもんで本当に大丈夫なのか?』
 「う、うるさいっ! ならこっちから行くぞ! うおおおぉぉぉぉ!!」

 そう言いながら、大きな軌道で繰り出されるパンチが唸りをあげる! 鬼神覚醒した蛍の力は十二分に発揮されていた。また腕や拳には十分な重さが乗っている。さっきまで別の仕事をしていたせいで戦いの感覚は研ぎ澄まされており、絶好調に近い状態だった。
 しかしそのパンチを邪龍に変化した青年は片腕で防御しようとしているではないか。さすがの蛍もこれにはカチンと来て叫ぶ。

 「お前ぇぇぇっ!」
 『やってみろよ、ええ? 遠慮するなよ。お前の力で、俺の腕を壊してみろ……』
 「望み通りにしてやるっ、うりゃああぁぁぁぁっ!!」
  ガキッ!

 しかしその拳は黒い鱗を剥がすことすらできなかった。それどころか鬼神の拳から腕にかけて、再び強烈な痛みが響いてくるではないか。邪龍の自信は間違いではなかった。蛍はその痛みを感じる前に残った腕で二撃目を繰り出していたが、それも同じ腕で防御されてしまう。鬼神での攻撃がことごとく効かないことを知った蛍は目を懸命に動かし始めた。

 『鬼神の力が通じないんだったら、絶対に力押しじゃ勝てない……考えないと。落ち着いて考えないといけない。こいつは……こいつは今までの中でもかなり強い敵だ!』

 蛍が戦いの中で冷静なままでいられるのは大きな強みだった。それは父の教えを素直に受け止めた彼の財産である。彼は間合いを取りながらゆっくりと邪龍を名乗る青年を見た。
 邪龍の腕はとても太く、まさに大木を殴ったかのような感触だった。この腕一本をダメにするだけでも鬼神の力すべてを使い果たしかねない。また敵の腕は筋力で大きくなった分、防御できる範囲も広くなっている。身体の前面どこを攻撃しても防御されるのが落ちだろう。だが、変化しているのは両腕だけだ。胴体はおろか、頭も脚も人間のまま。要するに敵は弱点を晒したまま戦っているということになる。そこで蛍は閃いた。

 「できるかどうかはわからないけど、やってみるか! とぅわぁぁっ!」
 『無駄なあがきを。俺の身体はすでに鬼神を倒すための身体として完成している! 貴様がどうもがこうとも結果に変わりはない!』
 「どうかな……お前はその自負のせいで、俺を簡単に背後に近づけた。それがお前の敗因だ! 魔狼、覚醒! とりゃああぁぁ!」

 蛍は邪龍を飛び越す刹那、魔狼覚醒しその身をフェンリルの化身へと変えた! そして魔狼となって変化した手を使い、長く鋭い爪で背中を切り裂こうと腕を伸ばした! 鬼神よりも機敏な動きができる魔狼で弱点を狙うこと、それが蛍の策だった。ジャンプで飛び越すところから攻撃を仕掛けるところまでは加速度的にスピードが増していた……その一撃で勝負は決まったかのように思われた。しかしその瞬間、爪が固い鉱物にぶつかる感触を得た。それを感じた蛍は大いに驚いた。

  ガキィィーーーン!
 「なっ、なんだ……?!」

 蛍は目を疑った。そこは確かに地味な色のトレーナーが身体を包んでいたはずなのに、いつのまにか黒い鱗が背中を覆い尽くしていたのだ! 強固な鱗に魔狼の爪が弾かれて体勢を崩したところを、今度は邪龍が振り向きながら両手を組んで蛍の横っ腹めがけて叩きつける!

 『砕けろ、未熟者ぉぉぉぉぉ!!』
 「う、うがぁぁぁ、うごおぉぉぉぉーーーーーーーっ!!」

 風圧とともに放たれた渾身の一撃をまともに食らった蛍……その身体はいとも簡単に地面をえぐった。あの拳から放たれた力は彼の全身を容赦なく襲う。大きなダメージを受けた蛍は地面に突っ伏したままなかなか起き上がってこれない。
 弱点を攻撃してもすぐに邪龍の鱗がそれを阻むのでは勝負にならない……次第に蛍の身体を恐怖が包んでいった。自分の調子が絶好調だったことも今では悪い方向に作用している。絶好調でも勝てない敵……そう、蛍は今の自分では勝てない相手と遭遇したことに今気づいたのだ。薄れゆく意識の中でそれだけが黒い霧のように広がっていく。

 「う、がぁ……ああ……ぐがっ。」
 『終わりか、鬼の末裔よ。貴様は弱い鬼だな……実につまらん。』
 「う、うるさい……うるさいっ、黙れぇぇぇっ!」

 無意識に出た蛍の左腕は邪龍の顔を狙っていた。誰に憑いていようが関係ない。彼は今、目の前の恐怖を消し去ることだけを考えていた……ただ、それだけを必死で。しかしその腕は魔狼のスピードを遥かに凌駕する攻撃に阻まれた。邪龍が渾身の力を込めて打った手刀に左腕は折られるどころかあっさりと切られ、そのまま身体は後ろへと飛んでいった。

 『もろい。貴様の腕も、身体も心もすべてがもろい。しかし悔しがることはない。俺が貴様より強かっただけだ。ただ、それだけだ。』
 「……………っ、ぐはぁっ。」

 邪龍の足元に左腕を残し、ついに人間の姿に戻ってしまった蛍。すでに彼の意識はなく、その表情は穏やかだった。まるで眠りについた子どものようだった。その情けない顔を確認するために一歩ずつ歩み寄る邪龍。その顔はすでに勝利を確信していた。そしてまだ先に控える本当の鬼との戦いに備え、邪龍は兜の緒を締める。そして掌の上に闇の塊を生み出し、それを蛍にぶつけようと迫るのだった……!

 その時、蛍の身体がわずかに跳ねた。邪龍はそれに気づいていない。もちろん蛍もそれに気づかない。誰も気づかぬところで蛍に変化が起きていた。この戦いは、まだ終わらない……