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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


=お星様がくれたもの?=神城心霊便利屋事件簿:四


 笹の葉さらさら軒端に揺れる…
誰しも一度はこの時期になると口ずさんだ経験があるのではないだろうか。
今年も例にもれず、七月七日と言う日が近づいて来る。
幼い子供達は、短冊に天の川にと折り紙を使って笹を彩る飾りを作り始め、
そんな子を持つ親達は、今年は笹をどこから用意しようかと考え始める。
 田舎ではちょっと裏山にでも行けば生えていそうなものだが、
都会となるとそうはいかない。店で買うか、知り合いに頼むか…と、
笹一つをとっても色々と考えなくてはいけないのだ。
 そんなこの時期。
神城神社の敷地内の一角には、これでもか!と言うほど笹が生い茂り、
毎年、色々な方面から「譲ってくれ」との声がかかり、
神城便利屋はその度に笹を切って配達するという作業が恒例となっていた。
『なんでオレが笹切り当番なんだよー!蚊に喰われるじゃん』
『お前、実体化してないんだから喰われる心配無いだろ』
 便利屋の式霊、宇摩(うま)と憂志(ゆうし)は、手に鎌と鋸を持ち、
雑草の茂る中、目的の場所へと分け入って行く。
毎年、クジで笹を切る当番を決めていて、今年はこの二人となったのだ。
 そんな二人が、適当な笹を見つけて切り出す作業を始めた頃。
ふと…子猫の鳴き声のような声が聞こえて作業の手を止める。
野良猫も多い場所ゆえに、そう気にするほどでもないのだろうが…
『な、なあ…これって猫の声か…?なんかオレ、子供の声に聞こえるんだけど』
『―――勘がいいな…その通りみたいだ』
 額に汗を浮かべて、憂志の居る方へと振り返った宇摩が見たものは…
彼の足元に、無造作に置かれたダンボール箱の中で、
白いタオルにくるまって泣いている生後数ヶ月程の赤ん坊の姿だった。



「なあなあっ!かぐや姫見つけたって!!」
「ええ?」
『何言ってるの鎮クンってば…』
 神城家の二階で、笹の配達の計画をたてていた琉人と翼達のもとに鎮が駆け込んでくるなりそう叫んだ。
鎮はたまに神城家にひょっこりとやって来てはまったり昼寝をして行ったりする事があり、
今日も今日とてたまたま偶然通りかかったところ、赤ん坊の泣き声が聞こえ笹薮に入ってみると、
ちょうどそこで赤ん坊を抱えた宇摩と憂志に出会ったらしい。
笹薮で見つけた赤ん坊=かぐや姫だと脳内で直結したらしく、興奮気味に話しにやってきたのだが。
『ねえかぐや姫って竹から生まれるんだよね?笹って無理じゃない?』
「いーやっ!絶対にかぐや姫だって!かぐや姫って三ヶ月で大人になるんだよな?
って事は今からだったら九月ごろには大人になってるって事だよな!!」
「落ち着いて下さい…ええっと、鎮君でしたっけ…?話を順序だててお願いします…」
「だから!宇摩と憂志が笹薮で赤ん坊拾って下にいるんだって!かぐや姫が!」
『……ええっ!?そ、それって…』
「とにかく下に行ってみましょう!詳しい事はそれからですね」
 琉人は計画ノートをぱたんと閉じると、服を整えながら階段へと向かう。
翼もひらりとそのあとを追いかけ、鎮もパタパタと軽い足取りでそのあとを追いかけた。



「ここで皆さんとお会いしたのも何かの縁…私に出来る事でしたらお手伝いさせて下さい」
 神城家の一番広い和室、(事務所とここにしかエアコンがついていない為)に全員座り、
布団の上に寝かせた赤ん坊を囲んで話し合うこと約十分。
まず口火を切ったのは、シオン・レ・ハイ。見るからに紳士的でクールな外見をしている彼であるが、
赤ん坊に向ける微笑みときたらふやけてしまいそうな程の優しげなものであった。
「わたくしもそう言おうと思っておりましたわ」
「わ、私も…そのっ…探したりとか、出来ないかもしれないですけど…お世話なら…」
「日和が手伝うなら、まあ、俺も…」
「もちろんこの俺も手伝わせてもらうよ?可愛いリトル・リトル・レディ?」
「ええっ!?ら、莱眞さん、赤ん坊もOKなんですか?守備範囲広いですねぇ…」
 シオンの言葉を聞いて、畳み掛けるように天薙・撫子、初瀬・日和、羽角・悠宇、西王寺・莱眞、
そして冠城・琉人が続けてその話に乗ってくる。
「ちっちぇ〜!かわい〜!ふよふよ〜!!!俺がめんどー見てやるからなぁ〜♪」
 最後に、鈴森・鎮が赤ん坊の横に転がって頬を突っつきながら楽しげに笑みを浮かべた。
小学生のお兄ちゃんが、生まれたばかりの妹をあやしているような様子が実に微笑ましい。
「では具体的にどうしましょう?」
「そうですね…まず警察に届けるのが先でしょうが…この子の親がそれを望んでいないかもしれませんし…」
「警察がどこまできちんと面倒を見て捜査してくれるか微妙だしな」
 う〜ん、と頭を悩ませる神城便利屋の主人、由紀。しばし、全員が沈黙して…
「あ!提案!なんかポスター作って貼らせてもらおうぜ!反応あるかもしれないし!」
「それじゃあ私と羽角くんとで赤ちゃんに必要なものを買い揃えたりしてきますね…
その時に、色々と町の人に話を聞いてみようかなって…」
「ではわたくしは少し特殊な方面から調べてみる事にしますわ」
「犯人は現場に戻ってくるのがセオリー…ああ、いや…この子を置いていった人が犯人と言いたいわけじゃあないけれど、
もしかしたらこの子を置いた場所に戻ってくるかもしれないね…」
「そうですね…」
「では男性諸君!今日から見つかるまで毎日徹夜で見張り開始だ!」
 スッと立ち上がって言う莱眞の提案に、男性の式霊達が思いっきり不服そうに文句を言う。
しかし、にこやかな笑みの中に光る、有無を言わさない莱眞の眼光に…しぶしぶ「お〜!」と拳を挙げたのだった。
「や〜…では皆さん頑張って下さい!私はせっかくですのでこの子のお守りでも…」
「何を言っているんだ冠城さん?キミもやるんだよ?」
「ええっ!?じ、じゃあ…し、鎮くんも…」
「俺、子供だから!良い子は早く寝なきゃいけないし!」
 ニコッと満面の笑みを浮かべ、鎮はさっとその場から逃げ去る。
さすがに毎日徹夜となるといかに人間ではない身体とは言え、疲れる事には変わりは無い。
「では今日から交代で子守りと捜索と張り込みをするという事でどうでしょう?」
 成り行きを黙って見守っていたシオンが、部屋に置いてあるメモ付きカレンダーを手に発言する。
すでにだいたいのスケジュールを頭の中に組み上げたらしく、てきぱきと名前を記入し始めたのだった。




 赤ん坊は、とりあえずの呼び名が必要だろうという事で皆で相談した結果、『カグヤ』と名付けられた。
いつかは手を離れて言ってしまうという事から、そのまんま「かぐや姫」から取ったのだ。
 カグヤは予定通り、時間の空いた者が交代で面倒を見ることになったのだが…。
「わたくしの霊視の力を使ってもこの子には何も見えないなんて…」
「おや、撫子さんもですか…?実は私の得意能力をもってしても駄目だったんですよねぇ…」
『空からも探してみたんですけどそれらしい人って見当たらなくて』
「俺のポスター大作戦も今のところ反応ないしなあ…」
 神城家の和室にて、撫子と琉人、翼と鎮はカグヤを真ん中にして座りこれまでの途中報告をし合っていた。
今でも、外では男性陣の一部が張り込みをしているところなのであるが。
『それにしても可愛いなぁ…赤ちゃんになんて縁があんまり無いからアタシ嬉しくって』
 ふとんの上に寝転がり、おもちゃを手にして遊んでいるカグヤの横に翼はゴロンと横になる。
鎮も同じようにして頬杖をついて寝転びながら、おもちゃを取ってみたり頬をつついたりしていた。
「私は子供さんには縁がありまして…こう見えて赤ん坊の世話も得意ですよ」
『へえ〜!冠城さんってやっぱり凄いなぁ!なんでもできちゃうんだもん』
 なぜか翼は嬉しそうな笑みを浮かべて尊敬の眼差しを琉人に向けた。
そんな視線で見つめられてしまうと、琉人もどこか恥ずかしくなって頬をかきながら視線をちょっと彷徨わせた。
と、その時。それまで機嫌よく笑っていたカグヤが急に大声をあげて泣き始めたのだ。
翼と鎮は驚いて思わず飛び退いたのだが…
「おやおや…どうしましたか〜?お腹空いたんですか?それともおしめかな?」
 琉人はカグヤを抱き起こすと、手際よくベビー服のボタンを外し、おしめの具合を確かめる。
どうやら湿っている様子も何かを排泄した様子も無く…
「お腹空いたのかもしれませんわね…わたくし、ミルクを作ってまいりますわ」
 撫子はさっと立ち上がると慣れた様子で台所へと向かっていく。
子育てなんかまだしたことは無い彼女ではあるのだが、母性本能と言うか…彼女の中の何かが本能的にてきぱきと身体を動かしていた。
撫子がミルクを作っている間中も、カグヤはひたすら泣き続ける。
琉人はカグヤを抱いて、高い高いをしてみたり、ニコニコ微笑ながらガラガラを目の前で鳴らしてみたりして機嫌をとる。
その様子を見ていた翼もじっとしていられなかったらしく、琉人の腕の中で泣いているカグヤに、
いないいないばあをしてみたり、風を操りお手玉をふわふわと飛ばしてみたりと試行錯誤を凝らす。
カグヤは二人の様子が気になるのか、やがて泣き声は小さくなり…落ち着きを取り戻し…
『よかった〜…びっくりしちゃったよカグヤちゃん』
「翼さん、なかなか赤ちゃんをあやすの上手ですよ〜」
『ええ?そんなことないですよ〜!冠城さんの見よう見まねですもん!』
「いえいえ…翼さんもなかなか立派なお母さんやお姉さんになりそうですねえ…」
 しみじみと言う琉人に、翼はポッと顔を赤くして照れる。
そして何故か二人のやり取りを耳栓しつつ見ていた鎮の背中をバン!と叩きながら「ねえ!」と照れ隠し。
「なんで俺を叩くんだよ〜!!って言うか…スゲーな…泣き止んだぞ」
「まあ私の手にかかればどんな夜鳴きもあっという間に解決!ですから」
『へえ…やっぱり冠城さんって凄い!』
「なんか俺って妹欲しいとか思ったけど、けっこう大変だなあ…いたらいたで」
 鎮がしみじみと腕を組んで数回、うんうんと首を振っていると、撫子がミルクを手に台所から戻ってくる。
ミルクの温度を自分の肌と比べてみながら測り、まだちょっと熱いかな…と小さく呟いた。
『撫子さんってなんだかお母さんって感じですね』
「え?ええっ?何を言うんですか!翼ちゃんってば…」
『だって…えーっと…ほら、新婚さんじゃなくて…えーっと…そう!新妻って感じの!』
「ああ、わかりますよ〜…私もそう思います」
「冠城さんまで…!わたくし、ただ子供のお世話が好きなだけですわ」
 撫子は恥ずかしそうに顔を赤く染めると、両手で頬を隠しながら顔をクーラーの吹き出し口に向け、
熱くなっている頬と同時に、ミルクの哺乳瓶を冷やし始めたのだった。
「今度、ミルクを作る時は是非お茶を混ぜてみなくては…」
 その様子を見つめながら、琉人はひそかに”お茶の使者”にしようと企んでみたりするのであった。




「皆さん、スイカ切りましたからどうぞ〜」
 七月七日。夕方頃には微妙に見られた雲も消え、夜の色に染まり始めた空には星が瞬く。
神城神社の裏手、神城便利屋の庭には空に届きそうなほどの笹があり、飾りや短冊やそよそよと風に揺れていた。
その周りに、竹作りの椅子やパイプ製の椅子を置いて、テーブルを囲んで浴衣姿の面々が顔を合わせていた。
テーブルの上には飲み物と軽食と、切ったばかりの冷えたスイカ。
近所の八百屋の店主が差し入れてくれたものだった。
「カグヤちゃんは?」
「未来さんが抱いて、翼ちゃんと一緒に寝ちゃってます…」
 その名に相応しく、ナデシコの花をあしらった浴衣を着た撫子と、向日葵の花の浴衣を着た日和は、
神城家の縁側に座って、すぐ後ろの和室を振り返って微笑む。
見つけたときと同じ服装、浴衣を来たカグヤはすやすやと規則正しい寝息をたてていた。
「結局…見つからないままかぁ…」
 スイカを頬張りつつ、浅黄色の子供用浴衣を着た鎮はバタバタと足を動かして空を見上げた。
「そろそろしかるべき場所に届けを出した方が良いかもしれませんね」
「そうですね…見つかるまでお世話するという事なら…まだカグヤさんと離れなくても良さそうですし」
「冠城さん、もしかして別れるのが寂しいんですか?」
「え?そ、そんな事ないですよ〜!ええ…いえ、はい…正直なところ、少し」
 檳榔子染の浴衣が意外とよく似合うシオンと、黒染の浴衣の琉人、紺桔梗色の浴衣の悠宇の三人は、
竹細工の椅子に腰を下ろししみじみとした表情で冷えた麦茶を飲みながらこれまでの数日間を思い出していた。
「やあ…コンビニで花火を買ってきたよ?それにしてもこんな小さな花火もあるんだね…
俺の知っている花火と言えば打ち上げたりナイアガラだったりなんだけれど、庶民の花火にも実に興味が…」
 竜胆色をベースに、薔薇の模様をあしらった浴衣が怖いほど似合っている莱眞は、
市販の”お徳用花火パック”をいくつも手に持って、少し興奮気味に全員にそれを配布してまわる。
各自それを受け取りながら、互いに笑みを浮かべあって風にそよぐ笹の下へと集まってきた。
「いやあ〜…心地よい風ですねぇ…ところで皆さんは短冊には何をお書きになりましたか?」
「わたくしは色々と書かせていただきました…ですがやっぱり一番は…」
「なっちゃんと一緒に私も、もちろんカグヤちゃんの事を書きました」
「おや、皆さんもですか?私も書かせていただきました…ほら、あの天辺あたりに吊るしてあるのが私のです」
「あー!くっそー!そっかー!!シオンがてっぺん取ったのかー!俺が狙ってたのに〜〜〜っ!!」
「えっ?鎮くん…それならそうと言ってくれれば良かったのに…」
 不満げにぷうっと頬を膨らませる鎮に、シオンは少々戸惑いの表情を浮かべる。
しかし、鎮は「別にいいや」と、すぐに気分が転換してニコニコと笑いながら花火に火をつけた。
手持ち用の花火の火が、パチパチと音を立てて色も鮮やかに噴き出して、庭の池にそれが映りこむ。
月と、星と、花火と…そして、わずかではあるが笹の葉と短冊も…全てが池の向こうにあるかのように見えた。
「カグヤちゃん…無事にお母さんとお父さんに会えるかなぁ…」
 木製の椅子に腰を下ろし、線香花火に火をつけてポツリと呟く日和。
隣に立って腕を組み、ぼーっとその横顔を見つめていた悠宇は、小さく「大丈夫さ」と呟いて答えた。
「それにしても本当にこの子はどこから来たのだろうね…この数日間、これだけ必死に探しても手がかりすらなく…
毎晩の男性陣の張り込みにもそれらしい人物は現れる事も無かったようだし?ポスターの反応も無いね…」
「そうですね…もしかしたらもっと遠方からなのかもしれない…」
「となると、明日からは捜査の範囲を広げてみましょうか?少しくらいは何かわかるかもしれませんから」
「わたくしもお仕事の合間や大学の友人、知人にもっと聞いてみますわ!」
「……莱眞さん?何か浮かない顔ですけど、どうかしたんですか?」
「おや?そう見えるかい?いけないね、レディに心配かけてしまうなんて俺としたことが…
いやね…子供は天からの授かりものと聞く…もしかしたら、本当に天から舞い降りたのかもしれないと思って、ね」
 莱眞の言葉に、思わず一斉に全員が天を仰ぐ。
いつになく力強く輝いて見える星達。その中でもひときわ目立って見える、天の川。
「天から舞い降りた…子供…」
 ぼそっと呟いたのは、誰だったのか。
声が聞こえたのとほぼ同時に、彼らの目の前にあった池が、まるで底にいくつもの電球があるのかと思うくらいの光を放つ。
黒い空に目を向けていただけあって、その突然の光と言うものは視界を一瞬で遮ってしまうには充分だった。
その白い光は、一瞬、数秒、何か声をあげる間も無く強く輝いたかと思うと、吸い込まれるように消えて再びその場を暗い夜の闇が包む。
一体何があったのだろうかとそれぞれが口を開きかけたとき―――
『きゃあっ!あ、あなた達誰ですかっ!?』
 部屋の中で、未来の声が聞こえて顔をそちらに向ける。
和室の外の縁側に、和服を着た見知らぬ男女が外に背を向けて立っているのが見えた。
二人はゆっくりと未来の元へ歩み寄ると、その腕に抱かれていたカグヤに手を伸ばす。
なぜか未来は抵抗するでもなく…女性へとカグヤをそのまま差し出した。
「な…なんなんです?!その子をどうしようと言うんですか!?」
 はっと我に返った琉人が一歩前に出て声をあげると、二人の男女はゆっくりと振り返り…
後光が射しそうなほどの神々しさが感じられる表情を浮かべて、全員へと丁寧に、ゆっくりと、深く、頭を下げた。
「もしかして…カグヤちゃん…いえ、その赤ん坊のお母さん…?」
『私たちが逢っている間、この子の面倒を見てくださりどうもありがとうございました…』
『我らはわけあって一年に少しの間しか会う事が許されぬ身。この子は妻の元で暮らしていたのですが…
今年、事情があり二人だけで話しをする時間が必要となりその期間中、こちらへと預けさせていただきました』
「…ち、ちょっと待てよ!預けるつったって…笹薮ん中に捨ててたんだぜ?!しかも箱に入れて!」
「そうですよ!どうして神城さんに頼まなかったんですか?!何日も連絡もせずにっ!!」
 悠宇と日和が二人並んで問い詰めるのを、男女はわずかに首を傾げながら見つめ…
『ああ…そうですね…こちらとは時の流れが違っているんでしたね…』
『すみません…我らはほんの十分程度こちらに預けているつもりでした…それに、我らは伝えたと思うのですが…?』
「え…ええ?!き、聞いてません…わたしっ…」
『いいえ?確かにお伝えいたしました…こちらにいらっしゃった二人のお若い男女に…』
 女性がそう告げたのを聞いた瞬間、由紀はぴしっと動きを止める。
式霊たちもなにやら思い当たる事でもあるのか…「あ〜…」と言う表情を浮かべて、部屋の二階へと視線を向けた。
そちらには、神城家に居候している若い幼馴染カップルが住んでいるのだが…
「……そ、そういえばここ最近…松岡さん達をお見かけしていないような気がするんですが…」
「―――あの二人…夏休みとか言ってちょっとの間帰郷してるんですよ…ついこないだから」
 引きつった顔で由紀が言うと同時に、その場にし〜〜〜んと言う静寂、いや、沈黙が流れて行く。
「…と、いう事は…お二人はその居候の方にカグヤさんを預けて…その居候のお二人は…
その事を由紀さんに伝えずに帰郷してしまったという事なのでしょうか?いや、それにしてもなんと言うか…」
 シオンは心底戸惑いの顔をしてう〜ん、と考え込む。
「そうだよなあ…いくらなんでも赤ん坊を笹薮に放置したまま忘れて帰っちゃうかぁ?」
「鎮くん…それがあの二人はそういう人たちなんだよ…何かに集中し始めると周りが目に入っていないと言うか、なんと言うか」
 あの莱眞すら引きつった笑みで、どう言ったらいいのか…と浴衣の袖に手を突っ込んだまま天を仰いだ。
おそらくはダンボールに赤ん坊を入れたのもあの二人であろう。何かと荷物を送る事が多いらしく無印あたりで買ってきていたものかもしれない。
「由紀ちゃん…これは、帰って来たらお仕置きね…!」
「そうね、なっちゃん…生半可なお仕置きじゃダメよね…」
 撫子と由紀は二人が帰って来たらどうしてくれよう、と…内心思いながら互いに顔を見つめあい、深いため息をつく。
『皆様にはご迷惑をおかけいたしましたが…この子にカグヤという名前までつけていただいたみたいで…本当にありがとうございました』
『何かお礼をさせていただきたいと思います…我らに出来る事と言えば、一つしか無いのですが…』
「そんな、お礼なんて!わたし達、カグヤちゃんとあえて凄く楽しかったですし…!」
「そうそう!俺なんかにーちゃんばっかだから妹が出来たみたいで嬉しかったんだぜ〜!」
「私もなんと言うかこの数日間で貧乏生活にちょっと疲れた心が実に癒やされたような気がします…楽しかったですし」
「俺もまあ…今回のお陰で日和とちょっと未来の予行演習できたって感じもするし…」
「悠宇くんってば…!!あ、あの…私もその…将来の勉強にもなりましたし…」
「レディと過ごす時間はとても楽しく充実した時間でしたよ?良ければいつでも西王寺家にいらしてください…ね?」
「莱眞さんらしいですねぇ…私もこういった機会はそう無いと思いますのでとてもいい経験をさせていただきました」
「………あ、あの…お帰りになる前に…わたくし、お願いがあるんですが…」
 少し遠慮がちに問うた撫子の「願い」と言うものは…その場にいる誰もが共通して思っていたことだった。
それは………もう少しだけ、カグヤと一緒に過ごせはしないか、と言う事。
撫子の願いを、カグヤの両親は快く受けて、それから一時間程…七夕パーティからカグヤとのお別れパーティに切り替えて…
最後のひと時を過ごしたのだった。



「行っちゃいましたね…」
 しんみりと、寂しげな顔で星空を見つめるシオンの声に、誰も声に出して答える事は無く…
ただ黙って同じように空を見上げる事で応えたのだった。
「結局、カグヤちゃんの名前…教えてもらえませんでしたね…」
「また来年、遊びに来てくれるって…言ってましたから…」
 空に流れる天の川を見上げたまま、皆、個々に呟きながら天空へと舞い上がっていった赤ん坊の事を思い出していた。
半月にも満たないほどの短い間だったとは言え…皆、自分の娘のように、あるいは妹のように思っていたのだ。
いつかは必ず別れる事は最初からわかっていた事だし、むしろその為に今まで皆で頑張って来たのだ。
カグヤも両親が迎えに来てくれて、眠ってはいたがとても嬉しそうに笑っていた。
…しかし、やはり別れと言うものは寂しい。
「あ…あの…皆さん…今回は本当にありがとうございました…
ホントなら、わたし達だけでなんとかしなきゃいけなかったんですけど…あの…それで…」
「由紀さん?どうかしましたか?」
「えっと…カグヤちゃんは帰ってしまいましたけど、良かったらいつでもうちにいらして下さい!
なんだかこの数日間、カグヤちゃんを通して過ごしていたら…皆さん家族みたいに思えてしまって」
 変な事言ってごめんなさい、と言いながらぺこっと頭を下げる由紀。
しかし、実のところ…他の面々もなんとなくそんな気がしていたのだ。
「子は鎹(かすがい)とはよく言ったものですね」
「そうですねぇ…私もなんだか子育てしたくなりました…」
 血のつながりの無い者達でさえ結び付けてしまう子供のパワーを感じながら、
シオンと琉人は二人並んで冷やした緑茶をずずっとあおったのだった。


世の中には不思議な事があるもので。
彦星と織姫の間には実は子供が一人いて。
その子供を人間界にちょっと預けてみたりして。

空に瞬いている織姫の星をよ〜くみれば…小さな生まれたばかりの星が瞬いているかもしれない。





★おわり★



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/18歳/女性/大学生(巫女)】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84歳(外見20代前半)/神父(悪魔狩り)】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【2441/西王寺・莱眞(さいおうじ・らいま)/男性/25歳/財閥後継者・調理師】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 この度は神城便利屋事件簿四にご参加いただきありがとうございました。
季節ものを取り扱う事が多い異界ですので、今回は夏の七夕エピソードにしてみました。
しかし納品が遅くなってしまい、むしろ8月の七夕に近くなってしまいました。(^^;
今回、赤ん坊を中心にした物語の展開だったのですが楽しんでいただけましたでしょうか?
ラストの由紀の言葉はそのまんま私自身の言葉のようなもので、
執筆しているうちに、PC様方のアットホームな雰囲気が伝わってきて別れが惜しい気分になりました。
 また神城便利屋でのエピソードを季節ごとに用意したいと思っておりますので、
宜しければまた顔を覗かせてみて下さると嬉しいです。

:::::安曇あずみ:::::

※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>