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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


恋宿



白木の椅子。
磨き込まれたカウンター。
ガラスケースに並ぶ新鮮なネタ達。


翼は、「ククク」と喉の奥で猫のような笑い声をあげてしまうのを抑え込む事も出来ず、満面の笑みで中のカウンターの中にいる主人に注文する。
「イクラ。 それから、コハダ握って下さい」
威勢の良い返事が聞こえ、キビキビと寿司が握られる様を目を輝かせて眺めていると、金蝉が不思議そうに尋ねてきた。
「お前、寿司屋初めてなのか?」
翼は、コクンと頷き金蝉を見上げ「だって、海外遠征先には寿司屋はないし、日本にいる時だって、一人では行きにくいし、大体、知り合いなんかに食事に連れてってもらう時も、皆、いつもイタリアンレストランや洋食の店なんかで、僕の年齢を考慮して寿司屋っていう選択はしなかったからね」と言いながら、出された寿司をパクリと食べる。
イクラのプチプチとした感触や、昆布じめされたコハダのさっぱりとした食感に目を細め、「金蝉が、こんな店を知ってるとは思わなかったな」と、嬉しげに言った。








「寿司屋。 行くぞ」

電話口から聞こえてきた、ぶっきらぼうで、拗ねたような、無愛想なのに、その奥の感情が丸分かりの金蝉の声音を聞いて、翼は思わず吹き出してしまった。
実は、一週間ほど前から、誕生日をすっぽかされ、その日に別の女性に会っていたという事で翼は、怒りよりも、淋しい心地を覚え、金蝉に対し、少し距離を置いていたのだ。
だが、先日武彦によってその誤解も解け、「さぁ、どうしようかな?」と、翼なりに考え始めていた所だったので、タイミングが良いといえば、とても良い。
金蝉が、電話口の向こうで、ぶすっとした表情のまま、それでも緊張しながら翼の答えを待っている事が分かる。
翼は、出来るだけ焦らそうかとも考えたのだが、何というか、さっき吹き出しちゃったしなぁ、なんて考えて「美味しいんだろうね?」と、わざとらしい偉そうな声で問うた。
途端、電話の向こうの気配が安心に緩むのが分かる。
「…美味い」
簡潔な言葉に、「いいよ」と答え、それから、「君の奢りだからね?」と釘を刺すのも忘れなかった。



金蝉が会っていた女性は、既に、他の男性との結婚の予定が先にある、やましい間柄の女性では全くなかったらしい。
確かに、誕生日を忘れていたのは金蝉の落ち度だが、それにしたって翼自身はそれほど、自分の誕生日を重要と捉えていないというか、むしろ「AMARA」が誕生した日という事で、複雑な思いにかられる部分もあり、金蝉と会う約束をしたのも、今年珍しく、誕生日がオフとなっていたので「記念日」としての誕生日を祝う為でなく、色々と去来する複雑な気持ちを紛らわすために側にいて欲しかっただけなのだ。
約束をすっぽかされた事自体は、確かに、ムッとするものがあるのだが、それだけならば金蝉に関しては、よくある事と言える事だったし(まぁ、それもどうかとは思うのだが)、それ程、尾を引いて影響を与えるような出来事でもない。
つまり、何もかもきちんとつまびらかになれば、翼は、「なぁんだ」と拍子抜けする位、何でもない事ばっかりで、だからこそ、金蝉が「寿司屋。 行くぞ」と言ってきてくれた事は、ちょっとばっかし、「ラッキー」とすら思える位、嬉しい出来事だった。
会う時も、勿体ぶった調子で、金蝉の応対し、いつになく大人しく翼の言葉を聞く金蝉に、余計嬉しい気分になる。
寿司屋でも、遠慮なく品物を注文させて貰った。
「他に、食いたいもんねぇか?」
そう愁傷げに問うてくる金蝉に、ホントは何もかも誤解も解けていて、全く気にしてない事を伝えようかとも思ったのだが、「いやいや、こんな金蝉滅多に拝めやしないのだし」と翼は、わざと黙っておく。
金蝉は、金蝉で、この前女性と会っていた事を翼に目撃されていた事を知りながら、言い訳という事が出来ない男なので、ただ、今はただ、黙って翼の機嫌を直すことに専念している。
翼的には、「例えるならば、肌が白い松崎しげる位、珍しい状態っていうか、や、ないね。 こんな事、この先有り得ないよ!」と確信出来る位、優位な状況に、再び「ククク」と猫の笑い声を漏らして、「じゃ、ホタテ」と再び、注文を重ねるのだった。


お腹もかなり満足し、二人、お茶を啜りつつ、さて、このまま真っ直ぐ帰るのも、何だし、レンタルビデオショップにでも寄って、ビデオを借り、金蝉宅で鑑賞会でもしようかと話し合って(主に翼が)いた時だった。
金蝉の携帯電話が、不吉な音を立てたっていうか、まぁ、そう聞こえたのは金蝉だけなのだが、ここんとこ、こういう予感はとみに当たっている。
愛想も何にもない、初期設定のままの呼び出し音に眉を顰め、携帯を取り出せば、案の定ディスプレイに映っているのは興信所の番号で、刹那、金蝉はそのまま、室伏の如く、携帯を思いっきり遠くへ投げたい気分に襲われた。
静かな寿司屋では、呼び出し音鳴らしっぱなしもまずいと思い、とにかく、切ってやろうかと思ったが、脇から覗き込んだ翼が「武彦からだ」と呟くと、「何かあったのかもしれない」と言いながら、金蝉に早く出るよう急かしてくる。
渋々電話口に出る金蝉。
「……じゃぁな」
出た瞬間、そう告げて切ろうとする金蝉を、翼が睨み、ヒョイと電話を取り上げる。
「あ! てめぇ!」
そう怒鳴れど何処吹く風。
「もしもし、武彦? 何かあったのか?」
そう問う翼に、電話口の向こうの武彦が一瞬息を呑む気配がし「一緒にいたのか…」と、どうも気まずげに呟くのが聞こえてきた。
「何? 僕がいると不味い話をするつもりだったの?」
思わず疑わしげな声で問い掛けてしまう翼に「いやいやいや、ただの応援要請だよ! どうも面倒な事になってな。 金蝉の得意分野っぽかったから、連絡いれたんだ!」と慌てて答える武彦。
「じゃ、聞かせてよ。 場合によっては、手伝わないでもないよ」
言外に金蝉が、手伝いに行くかどうかの主導権も、今は翼にある事を匂わせながら言えば「……うぅぅ」と、妙な唸り声をあげた後、一つ溜息をついて、話し難そうに武彦が語り出した。
「今回は、企業からの依頼なんだ。 東京の、歌舞伎町にある……あー、ラ……」
「ラ?」
「ラブ……ホテル…に…」
「ラブホテルゥ?」
思わず復唱してしまった翼を、ぎょっとした目で見る金蝉、思わず翼から電話を取り上げ、武彦に向かって怒鳴る。
「てめぇ! 何の話してやがんだ!」
金蝉の剣幕に、武彦も「っつうか、何でてめぇの携帯に、翼が出るんだ! お前の立場はなんだ!」と怒鳴り返し、それから一気に「ラブホテルに気味の悪い、女の幽霊が出るんだ! 二ヶ月程前に歌舞伎町にあるラブホテルの一室で、援助交際やってた女子高生が、客の過激なプレイのせいで絞殺死体となって発見されてな、それからっつうもの、客の事の真っ最中に化けて出てくるらしい。 このまんまじゃ、商売あがったりって事で、ウチに依頼があったんだが、先に送った除霊師が、失敗しちまって、余計にややこしい事になってる。 助けてくれ!」とまくし立ててきた。
思わず、もう、なんか、ほんと、この携帯、凄い遠いトコへ投げたいと思えど、背後に陣取り、しっかり携帯から漏れ聞こえてくる話を聞いていた翼が、「なんて、哀れな……」と、完全にその女の霊に感情移入した声で呟いている。


不味い。
これは、非常に不味い状況だ。


正直、「そんな事ぁ、知るか!」といって、電話を切りたいが、それを翼が許す筈もなく、このままノコノコと、その現場に行かされる事になるのは間違いない。
翼とて、男嫌いという事もあって別段に、武彦に協力的な人間とは言えないのだが、女・子供が絡んでくると駄目だ、
どうしても放っておけない気分になるらしい。
そういう性質を、金蝉は自分が持たぬものとして好ましく感じてはいたが、正直今は面倒臭いっていうか、どうでもいい。
一番最悪なのは、翼もついていくと言い出す事態で、16歳の翼を、そんないかがわしい界隈へ連れていく事など到底許せる筈もなかった。
「まさか、行かない……なんて、言わないよね?」
翼が、背後で囁いてくる。
分かっている。
いつもならばともかく、誕生日をすっぽかした事を埋め合わせしている状況で、行かないなんて、言える立場ですらない。
「…何処だ、場所は?」
低い声で問えば、「さんきゅ! 助かる! 歌舞伎町1丁目にある、ほら、お前も一度行った事があるだろ? あの、『バナナ王国』! あそこだ! 今から俺も向かうから、頼むぞ?」と慌ただしく告げて、武彦は電話を切った。


「じゃ、行こうか?」
そう言いながら立ち上がり掛ける翼を押しとどめ「てめぇは、帰れ」と言い放つ。
途端、眉を吊り上げ「何でだい?」と噛み付く翼。
「場所が、ラブホテルだから? だから、金蝉は気にしているのか? だったら、大丈夫だ。 僕は、残念ながら、見た目はどうも、男にしか見えないみたいでね。 二人で並んで、そういう界隈を歩いても、ホモカップルにしか見えないよ!」
自信満々に告げてくる、金蝉は、翼の、「え? だったら、余計嫌だよね?」と言いたくなるような言葉にガクリと項垂れ、「周りからどう見られるかよりも、16の小娘が踏み込んで良い場所じゃねぇんだよ」と疲れた声で言い放った。
翼は、金蝉の言葉に、益々眉を吊り上げる。
「聞き捨てならないな。 つまり、武彦と待ち合せして、僕とよりも、彼とホモカップルに見られたいって事かい?」
「え? お前、俺の話聞いてるか? 俺の、心遣いや、心配は伝わってねぇのか?」
思わず、冷静な声で、心から問い掛ける金蝉。
しかし、その言葉を無視し、拳を握り締めて翼は力説した。
「とにかく、君みたいな情け容赦なき人間失格人間、魔王の化身、人を信じるって……なんですか?的男にね、女性に関わる事件を任せておけないよ! さ、早く、席をたって、行くよ? 哀れな女性の魂を、導いてあげなければ!」


この頃気付き始めたのだが、武彦と良い翼と良い、俺の事、最早人とは思ってねえな?


そう今更な事を心中で思えど、なにげに落ち込んでいる事にも気付かず、翼は張り切った調子で金蝉の腕をぐいぐい引いてくる。
最早、そんな翼を、待っているよう説得する気力もなく、引きずられるように金蝉は立ち上がった。


 
「おせーよ!」
そう言いながら手を挙げる武彦。
ずるずるとだらしなく歩く金蝉とは対照的に、小走りになって駆け寄ってくる翼を見て、驚いたような声をあげる。
「うあ? なんで、お前まで来てんだよ!」
そう言う武彦に、サラリと「ごめんね。 金蝉とのデートを邪魔して」と悪趣味な事を告げると、「ここ? うあ、聞いてた通りの下品な看板だな! 何々? うわ! 『パスポートは二人の愛です』って、ホントに何だそれっ!」とホテル前の看板に書かれた文字を読んで仰け反る。
武彦も、「な? だっふんだ! って感じだろ?」と、訳の分からない同意を求め、二人で、物珍しげにホテルの外装を見回していた。
「なぁ…とにかく、中、入ろうぜ?」
道行く人々が、ラブホテルの前で、美少年一人(ホントは、美少女なのだが)、スーツ男性一人、和装の美青年一人という構成で騒いでいるのを、訝しげな目で見ながら通り過ぎていく。
自分が殊更常識人だとは思わないが、この二人が揃ってはしゃぐと、正直、全く手に負えない。
「よーし! じゃあ、今度は内装見学だ!」
武彦が、状況を全く踏まえてない発言をかまし、翼が「分かった!」と張り切った声で答えるのを、「や、違うだろ? 除霊だろ?」と突っ込むことすら叶わず、二人の背中を押すようにして金蝉はホテル内へと入った。
ラブホテルにお決まりの人気のないロビーに、お金を入れて、キーが出てくる自動販売機タイプの、無人の受付がまず目に入る。
武彦は、その受付の前を通りすぎ「先に入った除霊師が鍵開けていてくれる筈だから」と告げると、エレベーターのボタンを押した。




部屋の中は、惨憺たる有様だった。
先に送り込まれたらしき除霊師が、白目を剥いて、倒れている。
部屋の中は、嵐が過ぎ去った後のように乱れていて、ティッシュや、照明器具、椅子などが飛び散り捲っていた。
部屋の真ん中にある、ダブルベッドに、首にぐるりと赤い手の形の痣がついた、セーラー服姿の女子高生が座っている。
間違いなく問題の、怨霊だろう。
ベッドの縁に腰掛け、足をばたつかせながら、部屋備え付けのカラオケで、人気アイドルグループの歌を歌っている。
しかし、その歌は微妙に流行遅れの、少し前にヒットした曲で、流行に敏感な女子高生と言えど、死んでしまってから、現代を移ろった流行は追えないのかと、哀しい気分になった。
女子高生が、こちらに気付き、ぐるりと顔を向ける。
小麦色した肌に、目の周りを真っ黒く縁取る、派手なメイクを施しており、銀色の口紅を塗ってある唇が、別の生き物のように、歌の歌詞の言葉を形作る。
「……、何? あんた達も、あたしの事、消しに来たの?」
マイクを、ポトンとベッドの上に落とし、女子高生が問い掛けてきた。
武彦は、その問い掛けには答えず、除霊師を指し示して問い掛けた。
「君の仕業か?」
すると、キャハハと笑って、女子高生が手を叩く。
「そうなんだよねぇー。 なんかさ、あたし、急に超能力っていうの? すんごい力持っちゃってぇ、で、なんか、そいつ、除霊師だとか言って、マジ? それってクールくない?とか思ったんだけど、あたしが、色々話し聞いてやってんのに、超シカトこいてきたから、むかついて始末しちゃった。 激弱の癖にさ、何か、説教垂れてくんの。 え? あんた達、もしかして、こいつのダチ? で、あたしの事、追い込みかけにきたの? 止めた方が良いよ? 今、あたし、無敵なんだよね。 勝てないって、マジで」
そう言って、ピンと指をさし、未だ、音楽を流し続ける、思いカラオケ機器を中に浮かす。
「見てよ! エスパーって感じで、かなりやばくない? あたし」
そう言いながら、ベッドの上にゴロリと寝転がると、「でもさ、何でだろ? あたし、何でか、この部屋から出れないんだよねぇ。 あんた達さ、そのおっさん連れて帰って欲しいんだけど、でも、もうちょっといてよ。 なんかぁ、いっつもこの部屋来る奴らって、Hばっかしてて、ま、ラブホだから、当然なんだけど、誰も、あたしの話聞いてくんないんだよね」と言った。
金蝉は、溜息を吐き、「お前、自分が死人だという自覚はあるのか?」と問い掛ける。
しかし、その問いに答える前に、いきなりヒョイと、瞬間移動の用に金蝉の前に立つ女子高生。
「…あんた、かなりイケてない? どう? あたしと一晩。 あんたなら、タダで良いよ?」
そう告げて、あからさまに眉を顰める金蝉の様子に「キャハハ」と再び笑い声をあげる。
「あたしが死んでるとかさ、そこに転がってるおっさんも言ってたけど、超訳分かんない。 何で?って感じ」
そう言いながら、女子高生はふわりと浮き上がり、泳ぐように天井近くまで上った。
武彦が言い聞かせるような口調で言う。
「君は、援助交際相手に、首を締められ、この部屋で死んだんだ。 覚えてないのか? その瞬間を」
すると、キッと武彦を見下ろし「オッサン、マジ、うぜぇ。 誰が、死んだっつっても、あたしは、こうして、人と喋ったり、カラオケで歌ったり出来る。 あたしが、あたしの事死んでないって思う限り、死んでないんだよ」と吐き捨てた。
そのまま、ふわりふわりと、部屋の中を漂い、ブツブツと文句を言うように一人呟く。
「大体さ、相手、真面目そうなリーマンだったし、喋ってる時は、超へたれ入ってたし、そんな奴に殺されたなんて信じられないっつうの。 マジ、そりゃ、このご時世に一回10万くれるっつうから、ちょっとビビッたけどさ、それで死んじゃうなんて有り得ない。 あたし、死んでないよ。 マジで」
翼は、そんな女子高生の様子を眺め、自分の胸が痛むのを感じた。
薄々、自分の死を感じながら、それでも信じたくなくて、誰かに否定して欲しくて、この部屋に現れ続けていたのか。
「哀れな……」
翼は呟く。
その瞬間、金蝉が「馬鹿野郎!」と叫んだ。
いきなりの怒声に何の事か分からず、キョトンとする翼。
ついでに、武彦も少し飛び上がる。
しかし、その瞬間、まるで弾丸のように翼の胸に女子高生が飛び込み、そしてそのまま中に入り込んでしまった。
所謂、取り憑かれたという状態である。


(怨霊を前に、無防備に同情し、心の隙を作る奴がいるか! 阿呆が!)


忌々しげにそう思えば、外見翼、中身女子高生という不思議な存在が、嬉しげに自分の身体を見下ろし、はしゃいだ。
「きゃはは! すっごーい! この子ってば、女の子だったんだ? ってか、だったら、尚更良いよね! すっごいイケてたし、うん、かなり気に入ったかも! これだったら、前より全然モテるよ!」
そう言いながら、あちこちを触り捲る翼の(女子高生の)手首を掴み、持ち上げ、金蝉は睨み下ろす。
「そいつから、出ていけ」
修羅の如き目で見下ろせば、ビクリと身を震わせて、「え? や……でもぉ……」と女子高生は呟いた。
しかし、その外見は翼のままなので、世にも珍しい、金蝉に怯える翼という姿がお目に掛かれる。
武彦は、「女子高生翼っつうのも、何か凄いけどな…」と思いつつ、今の所、出来る事は何もないので(っていうか、こういう事態に関しては、武彦はTHE☆役立たず)とりあえず二人の様子を傍観する事にした。
「…出てけ」
もう一度金蝉が言えば、女子高生は、媚びるような笑みを浮かべて「あ! 分かった。 お兄さん、この子に惚れちゃってんだぁ〜。 だったらさ、良いじゃん。 あたし、何度でもHさせてあげるよ? この子がやってくれてた事より、凄い事だってしてあげれるし、勿論タダでいいよ? お兄さん、イケてるもん。 一緒に、街歩いたら、超注目浴びんじゃん」と言ってきた。
金蝉は、翼の口から、そのような下世話な台詞が吐き出される事に耐えきれず、女子高生に乗っ取られた、翼の額に中指と、人差し指をピンと伸ばして当て、小さく呪を唱える。
その瞬間、ガクンと翼の頭が大きく揺れ、転がり落ちるように女子高生の身体が、翼の身体から飛び出してきた。
ガクリと倒れる翼を抱き抱える金蝉。
「っ! 何すんのよ!」
叫ぶ、女子高生を無視し、翼を揺り起こす。
「っ…! 金……蝉?」
不思議そうに金蝉を見上げる翼。
その翼の頭を軽く叩き、「阿呆が。 何度、こういう事態に立ち会ってんだ。 易々、あんな下級霊に身体乗っとられんな」と叱りつける。
その金蝉の「下級霊」という言葉がむかついたのだろう。
「マジ、有り得ないんですけど? あたしが、折角乗っ取ったのに、追い出すなんて、超ムカツク。 いいじゃん。 あたし、その身体気に入ってんだから、譲ってよ!」
そう子供のように、女子高生は喚いた。
「無茶苦茶だな」
呻くように言う武彦。
子供の我が儘だと翼は思う。
まだ、子供だ。
身体だけが大人になってしまって、心が追いつけない子供。


金蝉が、躊躇無く魔銃を女子高生に向けた。
怯えたように後ずさる女子高生。
「な……何よ? そんなんで撃っても、あたし、死なないよ? だって、もう死んでんでしょ? 関係ないじゃん」
そう言いながらも、その魔銃の放つオーラは分かるのだろう。
ズルズルと後ずさっていく。
「ヤダよ。 死にたくないよ。 ずっと行きたかったライブのチケットも獲ったし、彼氏だって、出来そうだったのに……なんで…、なんで…」
そう嘆く女子高生の事を、何としても救いたいと思った翼。
金蝉の袖を引き、「金蝉。 あの子、僕に任せてくれないかな?」と、頼んだ。
「またかよ…」と呆れた表情で翼を見下ろす金蝉。
「身体まで乗っ取られたっつうのに、筋金入りのお人好しだぜ。 今度乗っ取られても、知らねぇぞ?」
そう言いながら、金蝉は銃を下ろし、「ったく、面倒臭ぇ」と呻きながら、武彦の隣りに立つ。
武彦は、「ま、それが、翼だし、めげずに、この先も、ガンバ★」なんて、全く、他人事だと思っている、無責任な慰め方をすると、女子高生と向かい合う翼に視線を向けた。
「ね? 降りてきなよ。 そんな高いトコにいられちゃあ、僕、首が痛くなるから」
優しくそう言って、女子高生を手招きする翼。
警戒心も露わに、チラチラと金蝉を眺めつつ「あたしの事、消さない?」と問うてくる。
翼は、笑顔で頷くと、「約束する。 おいで?」と告げて、ポフポフとベッドを叩いた。
恐る恐るベッドに降り立ち、座り込む女子高生。
翼も、同じようにベッドに腰掛け、女子高生の顔を覗き込む。
「可愛い顔してるのに…」
そう言いながら、頬に指を滑らせる。
「どうして、そんなにお化粧するの?」
翼が問えば、ムッと唇を突きだして「コレがないと、恥ずかしくて、街歩けないんだよね」と告げた。
「大人とかぁ、先公とか、色々言ってくっけど、でも、あいつらには分かんないよ。 この化粧するとさ、自信出るんだ。 街は、私の物みたいな気分になれんの」
そう言って膝を抱える、女子高生。
「でさ、したら、やっぱ、化粧台かかるし、バッグとか? 靴とか? 服とかも、欲しいし、、街出ても、お金なきゃ遊べないし…。 援交ってさ、手っ取り早く稼げるの魅力じゃん? 思わない?」
問われて、苦笑する翼。
「どうして、普通のバイトじゃ駄目なの?」
そう聞けば、「分かってないなぁ」と呆れたように言って、翼に顔を近づける。
「それじゃあ、ブランドバッグなんて、いつまで経っても買えないし、欲しいもんが手に入る前に、年喰って色んなものが似合わなくなっちゃう。 女子高生で、グッチっつうのが、ヤバイんじゃん」
女子高生の言葉に、淋しげに翼は笑って、「何が、そんなに不安だったの?」と問い掛けた。
「不安?」
「うん。 僕には、君が、お化粧や、色んな高級なもので、身を固めて、何か不安なものから自分を守ろうとしてるみたいに見える。 だってさ、素顔の君は間違いなく可愛いのに、何が、そんなに不安なの? 何をそんなに飾り立てたいの?」
翼の言葉に、女子高生は口を噤み、それから、泣きそうな顔で口を開いた。
「うざいよ。 そういう事言うの、マジうざい。 知らないよ。 気付いたら、あたし、援交やって、金稼いで、街で殆どの時間過ごして、そーいうの普通だったから、そりゃ、怖かったけど、時々、フト我に返って、凄い怖かったけど、でも…、でも…」
そして、膝に顔を埋めて、言った。
「…ねぇ」
「ん?」
「あんたからはさ、そうやって説教くれる生き方しか私してないけど、でも、生きたいんだ」
「うん」
「あたし、死んだ時、友達とか、ずっと放って置いた癖に、両親とか、超泣いてて、あたしね、やっと気付いたんだ。 あ、そんな、色んな物欲しがんなくても、あたしって結構恵まれてるって…」
「うん」
「……だからさ、超ださだけど、もうちょっと両親に心配掛けないように、暮らしてみようかとも考えたんだ」
「うん」
「それなのに……、やっぱさ、死んでから、気付くのって遅いかな?」
翼は首を振る。
「遅くないよ」
「あたし、自業自得だよね」
翼は、そっと女子高生の頭を撫でる。
「そんな事ない。 誰が、どんな事言おうと、僕は君を責めない。 そんな事ない。 君は悪くないよ」
そして、そっとその頬に口付けすると、とろけるような笑みを浮かべた。
「また、君に会いたい。 今度は、まっさらな君と。 だからね? こんな、淋しい場所なんかにいる事ないよ。 還ろう? 暖かな場所へ」
女子高生は、翼の笑顔と、キスに頬を染め、「ありがとう」と呟いた後、驚くくらい初々しい、純情そうな様子で「また、会えるかな…」と聞く。
すると、翼は、何度も何度も頷いて「君が、世界中の何処に生まれようとも、僕には分かる。 そして、どれだけの時を掛けてでも会いに行くから……だから、その時まで、さよなら。 ね?」と、甘い口調で囁いた。
「待ってる」
女子高生は、翼の言葉に微笑んでそう答え、すぅっと淡い光と共に天に昇る。
翼は、その姿を見送りながら、もう一度言った。
「会いに行く。 何処へだって…」
その姿は、まるで姫を送り出す、騎士にも似た凛々しさがあった。



その見事な手腕に、思わず呆れ返る、武彦と金蝉。
あれ程、小生意気な女子高生が、翼の前では乙女のように純情に振る舞う。
「ほんと、女にしとくの惜しいよな」
武彦の言葉に思わず頷き掛け、あれで、男だったら、もっと敵わねぇよと、思い直し、それから金蝉は、大きな溜息を呑み込んだ。








  終