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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


My little merman

 さて、そろそろ外でお茶するには暑い季節ではあるが、そんなことはリンスター財閥総帥有する屋敷にはそんあことは関係ない。
 人に尤も心地いい温度に保たれた空調、使い心地と見た目の美しさを同時に追求した数々の調度品。
 庭には完成され手入れの行き届いた緑が夏の花を咲かせ、涼しげな緑の木陰を作っている。
 すべて一切の妥協の無い完成された屋敷。
 当然そこで出されるお茶も妥協を許さぬ最高級のシロモノで、本日は夏摘みのダージリンセカンドフラッシュ。
 日本では気にするものは少ないが、実は茶葉の鮮度は味に影響する。
 給仕の手によって洗練された優雅な所作で高い位置から空気を含ませるように注がれる紅茶、琥珀色の液体が薫り高い芳香を放つ。
 お茶菓子には色とりどりの焼き菓子、ストレートの紅茶に良くあう色とりどりのフルーツのタルト、マーブルクッキーにスコーン。
 スコーンに添えられた白桃のジャムはお抱えの料理人の作った手作りで、辺りは甘い甘い香ばしい幸せの香りに包まれている。
「…疲れも癒されますわぁ」
 流れるような銀糸の髪に赤い瞳のそれこそ人形のような容姿がこの空間にぴったりと溶け合うような愛らしい少女…黙っていれば…ヴィヴィアン・マッカランはほうと溜息を吐いた。
 …何故黙っていれば、かというと喋りだすと止らない、立て板に水どころかマシンガントーク娘であるからだ。
「何かあったんですか?」
 相対するは同じ流れるような銀色の髪に、だが対照的な湖水のような静かな青い瞳の男性…この屋敷の持ち主であるセレスティ・カーニンガムである。
「何かって程のことでもないんですけどぉ…」
 水のように静かで穏やかな笑顔で見詰めてくる恋人に顔を赤くしながら、ヴィヴィは両手で抱き締めたカップをテーブルに戻した。
「いつものようにベビーシッターのバイトなんですけどぉ、この頃お疲れ気味なのです。」
 表向き都内の中堅私大文学部の留学生であるヴィヴィの得意とするバイトはベビーシッターである。
 やたらと子供に好かれる性質もあって、子供の世話はお手の物。
 最近では指名してきてくれるお客様もいて仕事には事欠かない。
「…あ、仕事自体は好きなんですよ、子供も好きですし、どっちかと言うとすっごく得意なバイトなんです。やめる気ももーとーないんですけど、でもやっぱりこの季節は疲れたりもしちゃうんですよねぇ。子供は暑くても元気ですし、全然容赦なんかありませんから全力でぶつかってきますし、体力消耗する一方っていうかぁ。それに子供って体温高いじゃないですか、アイルランドの気候ならまだしも日本は暑いんですよね、それもあってちょっと疲れちゃって…」
 …懐かれれば懐かれるほど疲れる、と言うヤツである。
 そのまま暫くベビーシッターで会った面白い子供の話や苦労話、失敗談など留まることなく話続けるヴィヴィをセレスティは静かに笑みをもって見詰めていた。
「あ、そう言えば…」
 しばらくたってヴィヴィはふと思いついたように言葉を切った。
「セレ様って、どんなお子様だったんですか?」
 セレスティを見詰める目が、好奇心と機体にきらきらとやけに輝いている。
 今でもこんなにキレイなのだから、小さい頃はさぞ可愛かったのだろうとか、それこそ女の子みたいだったんじゃないかとか考えることは様々である。

 優雅に海を泳ぐしなやかで優美な肢体、滑らかな鱗に覆われる下肢は海の生き物特有の機能美を持って波を弾き、その身体を運んでいくだろう。
 波に解けるような銀色の髪を靡かせて微笑むあどけない顔…小さいから髪は短いかも知れない。
 顔も今よりは幾分か幼く、だが面影を残して充分と整った顔立ちでまるで誰もが振り返らずに入られない美少女のよう…それでいて悪戯好きな男の子の表情を浮かべていて…。
 …きゃあぁっ、イイっ!

 赤くなった頬に手を当てて、今にも叫びだしそうなヴィヴィを微笑ましく見守りながらセレスティはその笑顔を崩すことなくにっこりと答えた。
「なんのことはない、ごく普通の頭の回る子供でしたよ」
 極普通の子供は頭なんか回らない…と思うのだが、そんなことは当人達はお構いナシ…恋の前には些細でどうでもいいことである。
「ああ、それもそうですよね、セレ様なんですから頭が回らないはず無いですよね!さぞ賢くて美人さんなお子様だったんでしょうね…ああ、面倒を見て差し上げたかったですぅっ!」
 そんな子供なら体力消耗しようが疲れようがいつまででも面倒みるのにっ!
「私もヴィヴィになら是非そうしてもらいたかったですね」
 …尤も、ベビーシッターがいるような子供だったとも思えないが。
 きゃあきゃあ叫ぶヴィヴィにくすくすと笑って、セレスティはふと相手のことに思い至った。
「ヴィヴィはどんな子供だったんですか?」
「あ、あたしは子供の姿って無いんです」
 ヴィヴィアンはバンシー…スコットランドではベンニーとも呼ばれる存在である。
 日本ではあまり馴染みの無いこの言葉、ゲール語で『妖精の女』を意味する。
 イギリスやアイルランドでは非常に人気がある精霊の一種で『悲しみの洗い手』、『浅瀬の洗い手』と言う別名を持ち、人の死を予言し、泣きながら空を飛ぶと言われている。
 …まあいつもそうやっているわけにも行かないから、目撃された中で印象が強かったものが残っているのだろう。
 常に泣いている為その目は赤く、髪は地に引き摺るほど長く、緑色の服の上に灰色のマントを羽織っていることが多いとされているが…そんな格好可愛くないからイヤ。
 だってバンシーは夭折した若い娘が転生した妖精、若い娘は可愛いカッコをしたがるものである。
 正統派のバンシーから見たら鼻摘み者かも知れないけど、でも一度やればわかるはず、可愛いカッコはやめられない。
 …まあそれは置いておいて、生まれた時から若い娘だったから子供の頃と言うのは存在しないのである。
 転生前には多分きっとあったのだろうけど、生まれる前のことなんか覚えてないからわからない。
「ああ、それは残念ですねぇ。ヴィヴィの幼少時代ならそれはそれは可愛かったでしょうに。」
「いやぁん、セレ様の美しさにはぜんっぜん比べ物にもなりませんですよぅっ!」
 …ああ、でも子供の頃があったら小さなセレ様と小さなツーショットで写真とか撮りたかった…!
 人魚の成長が人のそれと同じ刻み方かはわからないが…幼年期が短い種族もいれば、逆もまた然り、ヴィヴィのように姿の変わらない者もいるし種族によってその成長の度合いはまちまちだから…あと400年ぐらい早く生まれていたら、少年のセレ様から大人のセレ様まで全部堪能できたのに!
「…あ、あのっ、写真とか残ってませんか?」
「残念ですけど…カメラが出来上がってからの姿は今とあまり変わりませんねえ」
 現在のようなカメラが発明されてまだ200年足らず、その頃既に500歳を超えていたセレスティの外見は今のそれとそれほど差異が無い。
「あぁんっ、その時代に写真があればー!」
 想像の中でしか目にすることの出来ない愛しい美しい人の押さないころの姿に、ヴィヴィはソファの上でのた打ち回った。

「……あそこだけ、空気がピンクですよね」
「…暑いですねえ…空調、少し強くしてきましょうか?」
 屋敷に…総帥に仕える庭師と料理人が、甲高い響いてきたヴィヴィの声にそんな会話を交したかどうか…定かではない。