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<東京怪談ノベル(シングル)>


ぷろじぇくとM

 芸能界。それは、生き馬の目を抜くと言われる程に厳しく、そして選ばれし者のみが居続ける事を許される世界。例えそれが、砂浜からたった一粒の星砂を捜す程に困難であると知っていたとしても、その瞬きの魅力からは逃れられないと言う。

 これは、そんな世界で頂点を目指し、ただひたすらに駆け続けた少女の物語である―――…。


 それは暑い夏の盛りの頃。蝉の声も、余りの暑さにだれているように聞こえる真昼の炎天下、そこにあるのは、この季節には余りにそぐわなさ過ぎる、おでんの屋台であった。
 (昼の最中に路上でぽつんと営業するおでん屋台。徐々に近付いていき、中で作業をする少女の姿を映し出す)
 中で腕を奮う少女の名は、本郷・源。このおでん屋台の主人である。この若さで屋台を切り盛りし、こだわりの出汁を充分に含んだおでんと、これまたこだわりの地酒を揃えた屋台は、冬場ともなれば押すな押すなの大盛況なのだと言う。
 だがいかんせん、今は真夏。陽炎が揺らめく中で仕込みを続ける源の額にも玉の汗が浮かぶ。(ここで源のアップ、更に近付いて額の汗の光を捉える)おでん鍋から立ち昇る湯気と、水を撒いた地面から舞い立つ陽炎が重なり合って、その視覚効果は暑さの相乗と言った感じだ。源の額の汗が、つぅっと頬を伝って顎先へ、そしてそのままおでん鍋へと落ちていこうとした、まさにその時。(汗の雫の動きはスローモーション、その背後では源の驚きの表情)
 「ていっ!」
 威勢のいい掛け声と共に、団扇がおでん鍋の上へと素早く差し出され、源の汗の雫は、すんでの所でその団扇に寄って無事、受け止められた。(団扇のアップから引いていくと、そこにはもうひとりの少女の姿。更に引いて彼女の全身を映す)
 「嬉璃殿、ナイスキャッチじゃ」
 源が、親指を立ててニッと少女に笑い掛ける。旧知の間柄のようだが、団扇の少女の表情は厳しい。汗を受け止めた団扇をピッと振って雫を飛ばし、そのまま源に向かってビシッと団扇で指し示した。
 「おんし、暑さで気が緩んでおるようぢゃの。大切なおでん鍋に汗を滴らせ掛けるとは何事ぢゃ」
 「そう言うな、嬉璃殿。すんでの所で助かったではないか」
 源が、着物の袖で汗を拭いながら少女に笑い掛ける。彼女の名は嬉璃、源と同じ下宿に住まう座敷わ…いや、少女、である。嬉璃は手にした団扇でぱたぱたと扇ぎながら、目を眇めて源を見返した。
 「おんしはいつもそうぢゃ。何かと言うとわしに頼ってばかりで…」
 「そうじゃ、わしはいつも嬉璃殿に頼ってばかりじゃ。と言う訳で、今回もよろしく頼む」
 「は?」
 嬉璃が、素っ頓狂な声を出した。源の話の展開は、いつもこのように遥か向こうからこっちへと素っ飛んでくるらしい。
 「頼むって、何をぢゃ」
 「決まっておろう、このおでん屋台の現状を、じゃ」
 源は、そう言いながら屋台の向こう側からこちら側へと出てくる。さすがに出汁の熱さに耐え切れなくなったらしい。
 「今までわしは、おでんにこだわり過ぎておった。なまじ冬の間に常連客で賑わっておった事が仇になったな。じゃが、このままではわしは確実に干乾びる」
 「生命の危険を感じ始めたようぢゃな、ようやく」
 嬉璃が深く深く頷いた。
 「で、何をする気ぢゃ?やはり、夏ゆえ、カキ氷の屋台か?」
 (ここで源の、不適に微笑む口元のアップ)嬉璃の言葉に、源は腕組みをして仁王立ちになった。
 「甘いな、嬉璃殿。これからはユニットの時代じゃ!」
 「はぁあ!?」
 …これが、【紫貴婦人】の始まりであった。


つづく。


***********************************

 「…なんぢゃ、これは」
 「見て分からぬか。ドキュメンタリー番組じゃ」
 「それは分かっておる。わしが言いたいのは、いつの間にこんなものを作っておったのぢゃ、と言う事ぢゃ!」
 「それはもう、こっそりひっそりぬっそり」
 「…ぬっそりの意味が分からんわ」

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 嬉璃と源の二人で結成されたユニット、【紫貴婦人】は、衣装の奇抜さやアクションの派手さなど、今までに無い要素がてんこ盛りのヴィジュアル系バンドとして、瞬く間にトップの座に君臨した。一時は、順風満帆のまま、この激戦区を渡り歩いていけると思っていた。
 (それまで流れていた【紫貴婦人】の栄光の映像が次第に闇へと飲み込まれていく)
 が、アイデアはいつの時代もすぐに盗まれるもの。そして、後発のものは、お手本としたものの欠点を補う為、オリジナルよりいいものに出来上がる可能性が高い。
 【紫貴婦人】とて、例外ではなかった。
 後発隊の追い上げに、芸能界ではビギナーの源達は上手く対処する事が出来ず、その大きな波に飲み込まれてしまった。勿論、酷いダメージを食らう前に上手く身を翻したとも言え、その真相は、源も嬉璃も語る事は無かったが。(源と嬉璃の大胆不敵な微笑みのアップ。やがて近付き過ぎて焦点がぼやけ、次に引いた時には二人の衣装は違うものに変わっている)
 そんな二人が次に目指したもの…それは、【お笑い】の頂点であった!(どーん!)

 「と、言う訳で嬉璃殿。まずは決めポーズを考えるぞ」
 「…決めポーズとは何ぞや」
 二人の新しいユニット名は【ぱらだいす】。お笑いの新境地を開拓せんと、そして楽園のような笑いを提供しようと願って付けられた名前である。
 ある日の午後、とあるテレビ局の一室で二人は揃って一面ガラス張りの壁に向かい、あれやこれやと試行錯誤をしていた。
 源の言う決めポーズとは、戦隊ヒーローものの勝利のポーズではなく、お笑い芸人がネタとネタの間に挟んだりする決まり文句とギャグの事らしい。
 「今の時代、お笑いはまずは己らのギャグを真似される事がメジャー化への第一歩なのじゃ。嬉璃殿、考えてみるが良い、わしらの決めポーズを街中の老若男女が真似をして笑いあうのじゃ、これがお笑い芸人として至福の一時じゃろうて」
 「…それは良いが…おんし、これは何ぞや」
 そう言う嬉璃の言葉は何故か不鮮明だ。見ると、嬉璃の口からはだらりと太いゴムひもが垂れ下がっている。
 「それか?ゴムひもじゃ」
 「そんな事は言われずとも分かっておる。わしが言いたいのは、何故これをわしに咥えさせているのか、と言う事ぢゃ!」
 嬉璃が喋る度に、ゴムひもの咥えたのと逆の先端がひょこひょこと揺れる。源は手を伸ばすと、それをはっし!と掴み、アーチ状の弛みを保たせたままで、持った端を軽く揺らした。
 「分かっておらぬな、嬉璃殿。これは人生の縮図じゃ。人生とは、このゴムひものように短くも長いものなのじゃ!」
 「は?」
 「ようは心掛け次第と言う事かのぅ…己が努力をせねば、人生はこの程度のものじゃ」
 (源の手が、ゴムひもの先を動かす。ゴムは縮んだ状態のまま、ゆらゆらと揺れる) 
 「じゃが、己を輝かせたいと人が願う時!努力と向上心は、人の生をこのように長く、張りのあるものに変えていくのじゃ!」
 源の手が、勢いよく引かれる。当然、ゴムひもはみょーんと伸びて言葉通りに張りを持つ。嬉璃の口元と源の手元、それを繋ぐゴムひものラインは、アーチ状から一直線へと変化した。引っ張られる感覚に、思わず嬉璃は噛んだ歯に力を込める。
 「むむむ!むがむがもが?!」
 (たらりと垂れる、嬉璃の額の汗のアップ)
 「そしてそして!!人生はまた、長いようで短いのじゃ、そう、このゴムひものように!」
 源は、言うが早いか、持ったゴムひもの端をぱっと離す。当然、元の形に戻ろうとするゴムの自然な動きは、止められたままの一端を保つ嬉璃の口元へと飛んでいって…
 ぱちん!
 「のわっ!?」
 「これが我が【ぱらだいす】、じゃ!」
 源が一歩右足を前へと踏み出し、その膝に右手を付いて重心を前にかける。同時に、横向きにした左手のピースの間から左目を覗かせ、キラリと白い歯を光らせ、キメた。
 「ヨロシク、じゃ!」
 見れば嬉璃も、涙目ながら源のポーズと対称に「ぢゃ!」と同じポーズでキメている。恐るべしは嬉璃のプロ根性、このユニットの存在を末恐ろしいと感じているライバル達は少なくは無いだろう…。
 だが、芸能界はそれほど甘くはなかった。源と嬉璃の新ユニット、【ぱらだいす】にそのような恐ろしいトラブルが訪れるとは、この時点では二人とも、思いもよらなかったのである…。


つづく。


***********************************

 「まだ続くのか!」
 ついに癇癪を起こした嬉璃が、源を怒鳴りつける。ここはあやかし荘の薔薇の間である。
 「まぁまぁ、嬉璃殿。落ち着くが良い」
 「誰の所為ぢゃと思うておるのぢゃ」
 のんびり茶を啜る源の様子に、拍子抜けしたように嬉璃は再び座り込み、冷たいほうじ茶の湯飲みを手に取った。
 「…で、いつまで続けるのぢゃ、この茶番を」
 「茶番とは随分な物言いじゃの。わしはヤラセなど一度もしておらぬぞ。ここで記録されておる事は紛れもない事実…」
 「ぢゃが、都合の悪い所はカメラに収めておらぬようぢゃが」
 ぼそりと嬉璃が突っ込むと、源はくるり振り向き、回り続けているカメラの方を見る。両手の指を鋏の形にして、今の部分をカット、との意を伝えた。
 「その辺はほれ、演出と言うヤツじゃな」
 「都合のいい言葉もあったものぢゃ。…ではなく。わしが言いたいのは、芸能活動の傍ら、何故にこのようなドキュメンタリー番組を、放映する予定もないのに制作しておるのぢゃ、と言う事ぢゃ」
 嬉璃のその問い掛けに、また源はにやりと笑う。立てた人差し指を、チッチッと振った。
 「ノンノン、違うぞ、嬉璃殿。逆じゃ」
 「…逆?」
 「そう、逆じゃ。嬉璃殿、わしらはな、芸能活動の傍らにドキュメンタリーを作っておる訳ではない。ドキュメンタリーを作る為に、芸能活動をやっておるのじゃ!」
 「何ぃ!?それはどう言う事ぢゃ!」
 「簡単な事…わしは、今流行っておる、人の人生や功績にスポットを当てたドキュメンタリー番組に出演したいのじゃ!あの、低く渋い女の歌声に乗って紹介されたいのじゃー!」
 「じゃー!…ってそれもどうかと思うが、何故によりによって芸能界……」
 「や、何に付け万能なわしの事じゃ、何をやってもスムーズに行き過ぎて、苦難の道などあり得ないからのぅ…じゃが芸能界では、ヤラセや捏造など日常茶飯事!わしの苦労も努力も栄光も没落も、幾らでも作りたい放題なのじゃ!」
 言うと源は、再び振り向いて、カメラに向かって両手の指でチョキチョキ、とした。公開されては拙い部分なのだろう、どう聞いても。
 「だからこその、芸能界デビューと言う訳じゃ。勿論、手っ取り早く身銭が欲しかったと言うのも理由ではあるが」
 「…………」
 がっくりと座卓に突っ伏し脱力する嬉璃を尻目に、すっくと立ち上がった源が腰に両手の拳を宛がって、カカカカ!と高笑いをした。
 「さて次はどのような困難に立ち向かおうかのぅ、マネージャーに金を持ち逃げされると言うのはどうじゃ?それか、地方興行に行ったはいいが押さえていた演芸場がダブルブッキングとか?」
 「……人気絶頂のお笑いユニット【ぱらだいす】突然の解散…で決定ぢゃな」
 そう言うと嬉璃も立ち上がり、そのまますたすたと薔薇の間を出て行く。えええっ!?と驚いて相方を引き止めようとする源、足に縋りついてずるずると引き摺られていく様も、しっかりとカメラは捉え続けていた……。


おわり?