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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『神の指さす先には』

『へええ。ここ、結婚式場だったのか』
 ずっと、白い鉄板の塀が張りめぐらされた工事現場だった。一週間ほど前から塀がはずれ、オフィスビルにしては洒落すぎていた白亜の外観を、さらに細かく整える作業をしていた。玄関ステップの大理石を磨いたり、門からロビーへ向かう庭の花壇を整えたり、1階の総ガラスの一枚一枚に天使の白い模様を描いたりという作業だ。
 守崎・啓斗(もりさき・けいと)は、いつもフリースクールの往復にこの脇の歩道を通る。レストランなのかと思っていたが。今日、門に取り付けられたばかりの看板『ブライダルホール・寺熱会館』という文字が目に入った。
目に入ったのは、それだけでは無い。
『当式場の併設レストラン 一年間ご飲食無料のフリーパス進呈』
「うおぉぉぉぉ!?」
 大喰らいの弟の食費工面に悩む、啓斗の歓喜の叫びだった。
 門に針金で括りつけられた『新郎・新婦モデル求ム!』の募集広告には、次のように書かれていた。
『地元密着型の結婚式場を目指しています。地元にお住まいのかた、地元に通勤・通学しているかたで、当式場の宣伝ポスターのモデルになってくださるかたを募集しています。
 お礼は、金1万円プラス・・・』
 こんな文章の途中の、例の一節だけが目に飛び込んで来たのだから、啓斗の困窮ぶりも切迫しているのだろう。
 広告には、まず応募写真で一次審査、面接で最終選考と書かれていた。啓斗は応募先の住所などをメモると、『♪メシがタダ〜♪一年タダ〜』と心で鼻唄歌いながら、帰路についた。自分の美形ぶりを見越して合格を疑わない、などという自惚れではない。メシがタダになるかもという喜びで、他のことはあまり深く考えていなかったのだ。
 たとえば。
 双子だから、啓斗がもらったパスで、北斗(ほくと)がレストランで食べることは可能だろう。だが、彼が一人で、あの白亜の結婚式場のレストランに行くだろうか。初めて、啓斗の足が停まる。
『あ、そうだ、新婦の分も貰えば2枚になる』
 北斗の彼女に新婦役を頼もう。あの子と二人での食事なら、北斗も(渋々のフリをして)喜んで行くだろう。
・・・この時点で、啓斗は、『自分の彼女が他の男と結婚式の真似事をするコトを、北斗がどう思うか』ということは考えていない。北斗がもう数歳年齢を経ていたら、そう気にすることでもないだろうが。モデルの恋人を持つ大人の男が、ブライダルの仕事の度にいちいちむくれることはあまり無い。だが、北斗はまだ17歳だ。
『まてよ。本番でも無いのに花嫁衣裳を着ると、婚期が遅れるって聞いたことあるよな?』
 待ったをかけたのも、別の理由(しかもジジくさい迷信)からであった。

 あの子の婚期が遅れるって・・・。
 北斗と別れる(え、そ、そんな・・・)。
 北斗が早死にする(うわーーーっ!)。
 北斗の経済力が低くて、いつまでたってもゴールインできない(リアルすぎて、反応できない)。
「・・・・・・。」
 新婦・北斗の恋人案は、却下であった。だが、どうしてもパスは2枚欲しい。
 啓斗は、良案を模索しながら、玄関の引き戸をガラガラと開ける。
「おっせーな。ハラ減ったよ。また、ちんたら考え事しながら歩いてたんだろ」
 北斗が、幾分気の立った様子で、啓斗を出迎えた。
『あ、そうか。この手があった!』
「なあ、北。新郎モデルのバイトしないか?」
「え?」
「レストラン一年間無料って報酬なんだけど」
「うおぉぉぉぉ!?・・・やるやるやる!」
 そして北斗は罠にかかった。

 新郎控え室で、白のモーニングに着替えた後、床屋のような椅子と鏡の前でメイクさんにファンデーションまで塗られた。
「げ、化粧まですんの?」とおののく北斗だったが、年配のメイクさんに「お写真を撮りますからねえ」と軽く受け流された。
「お顔を、袖などで擦らないようにね。汗をかいたら、ハンカチで叩くように拭くのよ」
 冷房は効いているものの、梅雨の蒸し暑い時期に、丈の長いモーニングに衿の高いシャツ、きっちりネクタイという服装は、拷問のようだ。これはきっと、新婦に対する忠誠を誓うテストなのに違いない。
『オレは本番は耐えられそーにねーなあ』
 タイを緩めたい衝動に何度も駆られる。
「撮影は、ライトやレフ板もあるし、もっと暑いと思うわ。気の毒だけど、がんばってね」
 ハンカチを多めにお持ちなさいと、メイクさんはポケットにさらに2枚入れてくれた。
「17歳ですって?うちの息子は16なのよ。・・・なんだか複雑ねえ。そうして見ると、いっぱしの花婿さんに見えるもの。うちのコも、この前小学校に入ったような気がするのに。すぐにお嫁さんをもらって出て行くんでしょうねえ」
「・・・。」
「まあ今は、マンガとゲームと夕飯のおかずのことしか頭にない、ガキんちょなのだけど。でも私と口をきくのは、『おふくろー、メシー!』『何かないの』くらいになっちゃった」
 狭い玄関と廊下、でかいスニーカーを脱ぎ散らかして台所に直行する16歳。この婦人が操る大きなフライパンには、チャーハンかピラフかが踊っている。
 北斗は、そんな風景を想像して、目を細めた。

 キリスト教教会で式だけ挙げ、ホテルで披露宴。そんな結婚式も一時は流行ったが、最近は地味婚が主流なのだという。もともと、披露宴会場の建物の中に神社も教会もあるという、よく考えれば罰当たりなしくみだ。
 だが、教会に一歩足を踏み入れた北斗は、左右の本格的なステンドグラスに目を奪われた。跪く民に指を差し示すりりしい姿に始まり、屈んで子供の頭を撫でるイエス、緋の衣で佇み花を愛でるイエス、どのステンドグラスも鮮やかで繊細な細工にため息が洩れそうだった。ここは地下1階なので、陽が入るはずはない。ステンドグラスの裏に灯りが仕込まれているのだろう。
 銀地に金の十字に刺繍された祭壇の布のまばゆさに、目眩がしそうだった。天井には装飾の梁が渡され、小さなシャンデリア風の灯りがたくさん下がっている。祝福の白い鳩たちが、部屋を飛び回っているようにも見えた。
 両脇には、木のベンチ椅子が行儀よく並んでいた。中央の深紅の絨毯を踏み外すと、靴底がフローリングの床を蹴りコツコツと響く。北斗は早足になった。支配人、カメラさん、照明さん、レフ板係。花嫁役のモデルさんまで、もうみんな祭壇の前にいた。
「すみません、待たせちゃった?」
 そういえば、新婦のモデルには初めて会う。面接オーデションも、啓斗が代わりに行ってくれたので、相手の噂さえ聞いていない。17歳の新郎の相手だから、30歳OLとかはナシだとは思うのだが。
 背中の大きく開いたウェディングドレスは少しセクシーで、腰のリボンが揺れている。髪はショートみたいだ。
可愛いコだといいな、などと、恋人にすまないと思いつつ、期待したりして。
「新郎の方が遅いって、どういうこと?」
 しかし、振り向いたのは、自分と同じ顔の花嫁だった!
「うわーーーーっ!」
 北斗は、今通ったバージンロードをそのまま走り戻った。両開きのドアにぴったり背をつけ、この状況を把握しようとまわりを見渡す。
「北斗、スタッフのみなさんをお待たせしているのよ。照れてないで、早くしなさい」
 啓斗が北斗を連れ戻しに来る。ドレスの裾を摘まみ、文字通りバージンロードを駆けて来る。
 そして、北斗に顔を近づけ、小声で脅した。
『オレは双子の姉ってことになってる。“兄貴”と呼ぶなよ。レストラン無料パスがかかってるんだ』
 啓斗は、男の自分がウェディングドレスを着るのなら、婚期は関係無いだろうと考えたのだった。
 どアップで化粧した顔を平気で近づける啓斗。睫毛はくるりとカールされて、瞬きの度に揺れる。アイシャドウのパープルが目元を染め、口紅の淡いパールピンクも艶やかで清楚な色気があった。
 けっこう、こいつ、キレイかも・・・。
『かあさん・・・』
 一瞬、母親ってこんな感じだった?という想いがよぎり、目の奥がヤバくなった。17歳男子としては、母親を思ってうるっと来るなんて、しかもそれが『兄』の花嫁姿を見てだなんて、とんでもなかった。
「たのむっ、勘弁してくれ!」
 ガチャガチャとドアを開けようと力任せに押す北斗だが、その手首をがしっと啓斗が掴む。
「逃がすかっ!」
「離せ!」
 北斗が手を振り払おうともがく。だが、啓斗のドレスの裾が舞った。白い薔薇の花びら達が風に揺れたようだった。白いピンヒールの足首が、北斗の内側に掛かる。啓斗の小内狩りが決まり、北斗は絨毯の上に崩れ落ちる。
「ほぉぉー」と、カメラマン達の歓声が聞こえた。失笑を含んだ声だ。
「強いお姉さんだね」「弟くん、あまりお姉さんを困らせないようにね」
 彼らも、待たされて少し苛つき始めたかもしれない。
「一年間無料なんだぞっ。断るなら、おまえがその分を稼げ」
「・・・。」
 無理な相談だった。ハラをくくり、北斗は立ち上がる。
 啓斗は、北斗の腕を取った。啓斗に『腕を組んだ』意識は無く、逃げにくいように確保しただけだ。だが、このシチュエーションで深紅の絨毯を昇る北斗の心理は複雑だった。
 コロンなのか、化粧品の匂いなのか。啓斗は甘くていい匂いがした。
『母親を早く亡くした男って、五割くらいは母親に似たひとを好きになるって言うけど・・・』
 つまり、この次好きになる女の子は、啓斗に似てるかもしれないってことかーーーっ?
 北斗は頭を抱えたくなった。
「ここは、和とフレンチの2店ある。和食屋のパスでいいよな?」
 啓斗は、無料パスのことしか考えていない。
『しかも、ここへメシ食いに来る時は、いつも啓斗が女装してる?』
 おーまいがっと。
 両脇のステンドグラスでは、ジーザスが断固とした姿勢で腕を伸ばし、指で行くべき道を差し示す。
 北斗の行く先に待つのが、神父でなく、カメラのレンズであることだけが救いだった。

< END >