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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


お子さまと私


 ちらちらと過ぎるのは何かの記憶。
 何が切っ掛けだったかは覚えていない、只のノリである可能性が強い。
「賭け?」
 眉を寄せたりょうに、目の前の狐……もとい粛瑛は言ったのだ。
「そっ、俺が指定した期日までにこの事を思い出せたらお前の勝ち、思い出せなかったら負けな、単純だろ」
「その賭け載った!」
 このやりとりは覚えている。
 否。
 思い出させられたと言うべきか。
 期日の期限が迫っているのだから。
「………っ! しまったっ!!」
 賭の事を思い出したのは、賭に負けた瞬間だった。


 アトラス編集部前で夜倉木が見かけたのは、あまりにも見知った『何か』である。
「………」
 サイズの余りすぎる服を着た12歳ぐらいの子供。
 背丈は大分縮んでいたが、青みがかった髪や赤い目、だらしない服装や全体的な雰囲気にタバコの銘柄。
 そんな特徴を全てかねそろえて居るのはあの万年問題発生器である盛岬りょうぐらいな物だろう。
 今回も何かをやったとしか考えられない。
 だから……とりあえず転ばして、靴底で踏みつけてみた。
「うわっ! や、夜倉木っ!!?」
「今度は何やったんだ。盛岬?」
 逃げようと動かしていた手足がピタリと動きが止まる。
「……盛岬? 何のことだか……」
この状況で、最初に人の名前まで言っておきながらなおシラを切り通すつもりの様だ。
「最近の子供はみんなこの銘柄のタバコを吸うのか」
「うっ、あーっと……そうだと」
 不自然に目線を逸らす。
「そうか……いい度胸だ」
「って、うわ、いた、いたたたたた! ギャーーー!! りょうでいいからーー!!!」
 踏みつける力を強くするとあっさりとりょうは白状した。

 
 つまりこういう事である。
 りょうが粛瑛と賭をして『何か』を期限までに思い出せ無かった結果、こうして罰ゲームを受けている訳だ。
 実に馬鹿らしい。
「精神年齢にピッタリでいいじゃないか、それでも仕事は出来るし」
「それもそうね」
 断言する夜倉木と麗香。
「ちくしょう、この鬼っ! リリもそう思うだろっ」
 この意見はリリィにはうなずいて貰えると思ったのだが。
「確かに困らないわよね、身長以外は変わらないし……なんか可愛いし」
「えーーっ!!!」
「冗談だって、冗談」
 何処までが冗談なのか?
 もしくは冗談ですらないような気がしないでもなかったが、本当だとは思いたくなかった。
 助けを求めるようにナハトを見るが、ここで見られてもどうする事も出来ないだろう。

【空狐・焔樹】

 ふわり、と舞い降りたのはアトラス編集部前。
 善狐でありながら、地上見物をして回っていた焔樹が目を向けたのがここ。
 怪異の類を追いかけ、雑誌にするための場所であるから、本来の姿を考えれば取材されても違和感のない姿や生い立ちをしているのだが、それでもこの場に顔を覗かせたのはある理由から。
 どこかで見知った気配がするのだ。
「はて、なんだったかのう?」
 その真偽を確かめにためにかおをだし、真実に気付いたのはすぐの事。
「おぬしか……」
「……あ、狐」
 ぞわぞわと後ずさるが、焔樹は少年を追い顔をのぞき込んで微笑みかける。
「狐ではない、空弧、焔樹だ、覚えておけ」
「……うぃー」
 間近で目を瞬かせてから、思い出したようにやる気のない返事を返したのは一人の子供。
 但し、大分元の姿とは歪められているようで……その原因の術の気配こそが知った物だった。
「その姿、あの野狐の仕業か」
「……正解、あいつの知り合いなのか?」
「一応はな」
 野狐、つまりは粛瑛の事である。
「何故この様な事に?」
「賭で、負けて……子供の姿に」
「あの野狐、また妙な事をしておる様だの」
 それから思い出しように焔樹。
「お主、名は?」
「ああ……りょう。盛岬りょう。元は27歳、183センチだ」
 現在の姿は12程度。
 かなり縮んでいる。
 確かにこれでは精神的疲労を感じる筈だ。


 パンパンと手を叩き、麗香が集まってきていた編集者達を散開させる。
「ほら、何時までもさぼってないで仕事して頂戴」
 ぞろぞろと戻っていく面々の中から、麗香はしっかりと夜倉木を捕まえる。
「あなたまで行ってどうするの?」
「何故止めるんですか? 仕事が……」
「夜倉木君はこっちをお願い、彼の担当でしょう」
「……ちっ」
 もの凄くイヤそうな顔をしたが、それは置いておく。
「みんなも何とかしてあげて頂戴」
「私からもお願い、どうしたらいいか解らないし」
 麗香とリリィに念を押され、様子を見てみる事にした。
「とりあえずお茶にしませんか?」
 ここに残った顔ぶれを見渡しアイスティーの提案を持ちかける悠也と悠と也。
「グレープフルーツのムースゼリーです」
「あまーいのです☆」
「スキッとさわやかなのですー♪」
「あら、ありがとう」
「いただきます、悠也君の作るお菓子って美味しいのよね」
 ちょうど一仕事終えたばかりだからと嬉しそうなシュラインと羽澄。
「あ、俺も!」
「急がなくてもありますから」
 パッと手を挙げたりょうのやっている事は何時もと変わらないが、違和感が全くない。
 そこに喜々として悠と也がちびりょうを捕まえる。
「悠ちゃん、りょうちゃんと遊びたいですー☆」
「ナハちゃんとも遊びたいですー♪」
「………ゼリーは!?」
「問題はそこなの?」
「それよりも仕事は進んでるの」
 呆れつつ呟く羽澄。
 そこにキラリと目を光らせる麗香にシュラインが心配を口にする。
「それは……」
 変わりに口を開き描けた夜倉木が悠也の視線に気付き、僅かに思考してから。
「まあ、急いでるのは一本だけですから、それさえあげられるのなら後はどうぞ」
「ありがとうございます」
「わーい☆」
「ナハちゃんはどうですか〜♪」
「ナハトは……大丈夫?」
「……ワンッ」
「影響は無いみたいね」
 これでナハトも引きずられて子犬とかになっていたら面白い、もとい更に大変な事件だが……平気のようだ。
 すでにゼリーを食べながらキーボードを叩いているチビりょうに、楽しそうに悠と也が遊び始める。
 こっちは大丈夫だろう。
「って、二人まで髪いじるのか!?」
「私も手伝っていい?」
「……!」
 楽しそうなリリィに、悠と也が元気良く答える。
「はーい☆」
「いっしょですー♪」
「おいっ!」
 半分ほど食べ終えたちびりょうが悲鳴を上げながら引きずられて行った。
「面白いですね」
「不憫だの」
 真逆の意見は匡乃に焔樹。
 きっと……そのどちらもがこの上なく正しい意見なのだ。
「いつもこうなのか?」
「そうみたいですね」
「お二人もよかったらどうぞ」
 悠也の作ったムースゼリーを受け取り、さっそくと食べ始める。
「おいしそうだのう」
「いただきます」
 スッキリとした口当たりに、程良い甘さ。
「良くできておる」
「器用なんですね」
「良こんでいただけてありがとうございます」
 のんびりと交わされる会話。
「とりあえず、どうするんだ?」
「そうね、それも考えなきゃ」
 真っ当な意見を言う啓斗にシュラインがうなずく。
 状況としてはりょうの不幸はともかく、みているだけではまったく緊急性が感じられないのだ。
 現実的には事件の筈なのだが……。
「派手すぎだろそれ、なんかキラキラしてるぞっ!」
「楽しいですねー☆」
「今度はこれにしましょうー♪」
「人の話を聞けっ!!」
「こっちも可愛いかも」
 キーボードを叩きながら、悠と也とリリィの3人に髪を結われているのをみていると……どう見ても楽しげな光景にしか思えないのであ

る。
 怒っているチビりょうもまったく迫力がない。
「ほのぼのとしてるわねー」
「15年前はこんなに可愛いのに、どうしてああなっちゃったのかしら……? 戒那ちゃんに出会った所為?」
「それはどうでしょうね」
 どう答えたものかと苦笑する悠也。
 人格形成に影響を及ぼしているのは確かだろうが……。
「仕事はともかく……害は普段よりなさそうですよ」
「元がどうかは解らぬから何とも言えぬが……」
「うーん……」
 どう説明したらいいものかを啓斗が悩み出した所で、ふと何かに気付いたように顔を上げる。
「あー、つかれた……」
 溜息を付きながら、慣れた手つきで取りだしたタバコを吸い始めたのを見た啓斗が慌てて立ち上がった。
「こらっ!」
「へっ?」
 パッと啓斗が火の付いたタバコを奪う。
「子供なのにタバコなんか吸ったらダメだろ!」
「……俺、28だけど」
「今は違うだろっ!」
 タバコを取り上げ、啓斗がちびりょうを怒り始めた。
「子供の体でタバコなんか吸って、大体賭の内容忘れるなんておかしいじゃないか」
「それは……そう言うのが賭で……」
 啓斗が正座までさせてお説教をするのと同時進行で、色とりどりゴムやピンでカラフルに仕上げられていく髪。
「ふわふわですー☆」
「かわいいですねー♪」
 笑ってしまいそうなものだが、啓斗はいたって大まじめだ。
 なかなかシュールな光景である。
「……このままでいいんじゃない? 支障ないみたいだし」
「それは可哀相な気もしますが」
 これまた何処までか解らない羽澄に悠也が苦笑する。
「その内育つんじゃないですか」
「15年待つの、気の長い話ね」
「そんな話、ありましたよね」
「中身は大人って……?」
「中身も子供の気がするわ」
「それはなんか解る気が……」
 和やかさで言ったならこのまま終わってしまいそうなぐらいの勢いだった。
「……来る」
 そこに混ざった気配に焔樹とナハトが顔を上げる。
 隠そうともしない式の気配に気付いた物もいた者もいたが、相手が敵意を持っていないのは解っていた。
「扱いひどいやねー」
 クスクスと聞こえる笑い声。
「あああああ!!! 出たな黒幕っ」
「大分縮んで……ぷっ」
 りょうを見るなり笑いを堪え目線を逸らす粛瑛。
 無理もない。
 とってもカラフルに飾り付けられているのだから笑ってしまう。
「やはりお主か……」
「うわっ」
 焔樹を見るなりつつっと後ろへと下がる。
「ろくな事をしておらぬな」
「これは合意の上での賭だからな」
 ヒラヒラと手を振るが……どうも押され気味のようだ。
 それ以前にどうしても粛瑛が頭のちびりょうの飾り付けを見て笑ってしまうのである。
「これ……取るぞ」
「えーー」
「人の頭を何だと……」
「えーーー」
「………」
 重なる三つの声と視線に撃沈。
 なんだかめげそうだったちびりょうに粛瑛からの忠告の声。
「ま、このままだったらどんどん縮むからな。頑張れよっ、てだけ言いに来たんだ」
「は?」
 一斉にちびりょうを見る。
「確かに……」
「さっきよりも縮んでるような……」
 ちょうど肘の所で折っていた袖が余っている辺り間違いないだろう。
「さっきのが12歳ぐらいだから、今は10歳ぐらい?」
「えええっ!!」
「………背が低くなってる」
 呆然と手を見るちびりょうに、止めの一言。
「あの野狐め、逃げよったか」
「なっ!」
 今がチャンスだったのにとうなだれる。
「今のも式神のようですし、本当に様子を見に来ただけのようですね」
「誰か解けないのか、これ」
 救いを求めるように全員を見渡すちびりょうに、焔樹。
「済まぬが、呪いはかけた物にしか解けぬ。何の呪いをかけたかもわからぬしのう。それ以前に賭の答えが側からぬ限りは解く気もなさそ
うだしな」
 完全に撃沈。
「どうしよう……」
「まだ思い出せないのか?」
「……それが賭なんだ。思い出せるかどうかってのか……簡単な事だと思ったのにっ!!」
「ん、つまりは術で記憶を忘れるように仕向けられて、それを思い出したら勝ちという賭だったのだな」
「賭をした事と、何らかの約束も含めて『思い出す』事自体が出来なかった訳か」
「そーなんだ……綺麗さっぱり忘れててっ」
 必死に思い出そうとするが出来ないらしく、がっくりと肩を落としたチビりょうに匡乃が微笑む。
「僕でしたら勝てたんですけどね、昨日の出来事を振り返って予定を立てたりする事もありますから」
 もし術で記憶がかけていたとしても、ポッカリと不自然な空白があればそこで疑問に思うのが普通だ。
「こう言ったら何だけど、勝てると解ってるから賭の相手に選んだんじゃないかしら?」
「ああ、なるほど」
 りょうに簡単だからと思わせて置いて、賭の承諾を取り付ける。
 その光景は簡単に浮かんだ。
「うーあーーー!!」
「りょうさん」
 のたうつチビりょうに悠也が微笑みかける事で落ち着かせてから話かける。
「どうでしょう、外に行ってみたら何か思い出すかも知れませんよ」
「……外?」
「悠と也と一緒に遊んでくださったお礼も兼ねて、あんみつでも如何です?」
「あんみつっ!」
本当に単純だ。
「いいわね、良かったじゃないりょうく〜ん。リリィちゃんと悠也お兄ちゃん達と一緒に行こうねー」
「子供あつかいかよっ!!」
「いまは子供じゃない」
 一緒になってうなずかれ必死に否定する。
「ちがうっ!」
「よしよし、いい子ねー」
「うわーーん!!」
 目線が合う程度に屈み頭を撫でる羽澄
「良かったじゃない、あんみつが食べられて。りょうさ、ん?」
「そーだけど……疑問符付いてる」
 普段の呼び方をしようとしたシュラインが僅かに躊躇した、なにせ相手は見た目に関しては完全に子供なのである。
 なんだかんだ言いながら、出かける支度を始める一同。
「急がなくていいのか?」
「うーむ……本人の自由だしの」
 悩む啓斗とこう言う物かと納得しつつある焔樹。
「仕事は?」
「まあ、もう書けそうにないしな。後で自業自得なだけだし」
 シュラインの懸念に、念のためにと麗香にも許可を取ると『いっそのことこれをネタにしなさい』だった。
「まあ、色々やってみましょうか」
 携帯をしまいつつ立ち上がる羽澄。
「それにどうなるかも見てみたいですしね」
 楽しそうに、匡乃が言った。


 場所を移動し、話し合いも兼ねて色々と注文する。
「話しの続きだけど、このままどんどん小さくなっていったら困るわよね」
 シュラインの懸念はもっともだ。
 編集部からここに異動して落ち着く頃には更に小さくなっていてるから、現在進行形で小さくなる過程が見られる事がないように奥の方
に席を取ったぐらいなのである。
「たしかに……このイスじゃ低いぐらいだし」
 むうと唸るが、もっと別の事に気付くべきだ。
「もっと下がるかも知れないわよ」
「えっ……」
「普通そう考えるだろう」
「赤ちゃんぐらいになって、ご飯食べさせて貰ったり、おしめまで変えて貰らう様な事になったら戻った時に恥ずかしいわよね」
「………!!」
 シュラインの止めの一言にショックを受け、深刻な表情で沈黙してから……あんみつを一口。
「どうしようっ!」
 本当困っているのか。
「食べるのはやめないんだ……」
「緊迫感がないのう……」
「面白いですね。どうですかこの際何歳ぐらいまで縮むかかけるのは?」
 サラリと言い切る匡乃。
「僕は3歳ぐらいまでだと思うんですけど」
 普段通りの笑顔だった。
「……鬼ーーー!!!」
「じゃあ、赤ん坊ぐらいまでで」
「あーー!!」
 喜々として賭に乗る夜倉木を叩きにかかるが、更に続く声。
「後もう少しぐらい縮んだ程度が良いかのう、持ちやすそうで」
「だったら5つぐらいかしら」
 焔樹に乗るシュライン。
「何を賭けるんですか?」
「そうですね……夕飯なんてどうです」
 悠也に聞かれてから少し考え込み答える。
 この時の匡乃はチビりょうについて考えるより悩んでいるような気さえした。
「……お、鬼だ」
「うーん」
 何と言っていいか解らなくなり、同情の視線を向ける啓斗。
「ほら、しっかりしてよりょう」
「そうよ、このままだと治らない所か進行するだけでしょうし」
「うっ」
 シャンと背筋を伸ばすよう羽澄に指摘され、体を起こす。
「確かに止まりそうにはないし、生まれる前に戻ったら大変よね」
「ああああ………」
 被害者がりょうだと思って言いたい放題である。
 もちろん冗談の筈だ。
 多分。
「ほらほら、これ食べて機嫌直して」
「……うー」
 シュラインに頭を撫でられつつ、進められ和風パフェを前にすると簡単に機嫌が直ったように食べ始めた。
「ありがとなー」
 美味しそうに食べるチビりょうを携帯カメラに納めるシュライン。
 周りはすぐに気付いたが、目の前のアイスを食べるのに夢中でまったく気付いていない。
「編集部では怒ってばっかりだったでしょ、だからね……」
 今は甘味を目の前に油断しきっている。
 楽しそうに笑いつつ、黙っててねと唇に人差し指を当てるシュラインを止める人間は誰一人としていなかった。
「この分なら普通に写真撮っても気付かれなさそうですよね」
「本当よね……」
 声を潜める匡乃と羽澄。
「悠ちゃんも食べますー☆」
「也ちゃんもですー♪」
 悠と也に囲まれ、一緒に食べ始める。
「はい、あーんです☆」
「えええっ!」
「ポンポンまがってますよー♪」
「うわっ!」
 もう一枚。
 なかなかいい絵が撮れた。
 今からでも使い捨てカメラが用意できそうな気がしたのだが、パタリと無言になったチビりょうがこちらを見る。
「………いま」
 動物的な鋭さだ。
 予告無しのそれにドキリとしたが、そこはシュライン。
「仕事で使うからメモ取ってたのよ、思いついた時にこうしておくと便利でしょ」
「ああ、なるほど。大変だな」
「お前も仕事だろう……」
「うっ……」
 それとなく話を逸らす誘導に協力する夜倉木。
「気にしないで、アイス溶けちゃうわよ」
「わっ」
 やっぱりシュラインが一枚上手であるが、バッチリカメラ目線の悠と也もなかなかだ。
「後で仕事急かすのに使えそうよね」
「なるほど」
 編集部でのあの騒ぎようだ、後で知ったら取るだろう行動はとても簡単に浮かぶ。
「私も欲しいです」
「解ったわ、リリィちゃんにも分けてあげる」
 こうしてこっそりと取り交わされる約束。
 そこに混じって羽澄も考え始める。
「他にも使い道ありそうよね」
「IO2で突く時とか?」
「そう、それ」
 クスクスと笑う。
 色々使えるというのも本当だが、表情があれだけ豊かなのも面白い。
「面白いわよね……」
「そう言うシュラインさんも楽しそうですよ」
「あら、ありがとう」
 悠也のほめ言葉に笑顔を返す。
「はい、あーんです〜☆」
「これでバッチリです〜♪」
「やってあげたら」
「う……」
 結局押し切られパクリと食べる。
 こちらに目配せをしてこっそりとウインクしたりブイサインを送る悠と也。
 きっとカメラ写りはバッチリだ。
「二人に何か言ったんですか?」
「いえ、俺は何も……悠、也」
「うー……」
 グルグルし始めたチビりょうに助け船をだそうと、やんわりと悠也が止めに入りかけ……気付く。
「りょうさん、縮んでませんか?」
「あっ」
 声が揃う。
 更に縮んでいるのは誰の目にも明らかだった。
 それも一気に5歳ぐらいになっている。
「でも、おかしくないか? 縮む早さが早くなっている気が……」
 啓斗の言う通りである。
「りょう、最初に縮んだのは何時?」
「夜の12時、日付が変わった瞬間から」
 最初に縮み始めた時からこのペースで縮んでいたら既に赤ん坊に戻っていてもおかしくないはずだ。
「昨日の晩から編集部に来るまではそんな早くなかった筈よね」
「ペースにむらがありますね、今はほんの少し注意が逸れた間に逆行してますから」
 運動法則の加速のように縮んでいるのかも知れないが、落ち着いたり、縮む時間が早まったりとしている時があるのもおかしい。
 ザッと計算しようとしたが、比例や数学程度では当てはまらないのは明らかだ。
「ムラがあるのはあやつらしい気もするが……何らかの条件があると考えた方がいい気がするの」
「条件?」
 思い当たる事と言えば……。
 眉をしかめ考えつつもパクリとアイスを食べるチビりょう。
 また数センチ縮む身長。
「あっ」
「甘い物だ!」
「それよ!」
 甘い物が好きな相手に、甘い物が切っ掛けで呪いの進行が早くなるのは嫌がらせ以外の何物でもない。
 りょうにとっては大ダメージである。
「小癪な仕掛けをするのう」
 むうと眉をしかめる焔樹。
「食べるのストップ」
「うあ……!」
「だからダメだって」
 さっと啓斗に器を取りあげられ、呻くが当然返して貰えなかった。
「これ以上小さくなりたいならどうぞ」
 お茶をすすってから微笑む匡乃。
 脅したのではなく、本当にどっちでも良さそうな口調を感じ取り……それで何とか思いとどまったようである。
「そろそろ考えた方が良さそうね」
「軽いし……」
 困ったような口調ながらも、羽澄とリリィはあんみつを一口。
「とりあえず当日どうしてたか考えてみましょうか」
 メールをパソコンに転送してからシュラインが提案するのは、ついさっき匡乃が言っていた方法だ。
 確信が思い出せないのなら、その日取っていた行動から思い出す。
 何処まで出来るか解らないが、やらないよりはましだろう。
「普段取ってる行動とかは?」
「うーん……外でかけたら本屋に行く」
「まずはそこからだの」
 食べるのをやめた事で進行は止まったが……。
「歩けます?」
 悠也が声をかけたがほんの少し遅かった。
 バタリ。
「いっ……っ!」
 イスから飛び降りるなり、余ったズボンの裾に引っかかり転ぶチビりょう。
「……ワン」
 ナハトに衿をくわえられ起こされるちびりょう。
「縮んだわね……」
「本当に……」
「大丈夫ですか?」
「………うう」
 現在、5歳ぐらい。



 とにかく本屋に行ってみたのだが、この時点で周囲や本人も含めて、まだのんびりとしていた。
「あ、あれ欲しかった本だ」
 ヒント探しと称して色々と回っていたのだが、上を見上げたりょうが固まる。
「どうし……ああ」
 ポンと啓斗が手を打つ。
「届かないのか、どの本だ」
「あ、あれ……」
「それじゃ解らない」
 首を傾げてから、それだったらと軽々とチビりょうを持ち上げた。
「……………」
「これなら大丈夫だろ」
「……ああ」
 目的の本を手に取ってから下ろしてやるとどうしてだか落ち込んだようである。
「………?」
「……何でもない」
 とても複雑そうだった。
「ああ」
 その光景を目にしてなんとなく理解する。
 低くなった事にショックを感じたのだろう。
 あれだけ唐突に背が低ければ違和感の一つも感じない方がおかしい。
「何か思いだした?」
「ダメっぽい」
 落ち込んだままのチビりょうと悩んだままの啓斗。
「子供の扱いって難しいな」
 溜息を一つ。
 間違っては居ないのだが……真剣に言っているだけにきっとダメージは大きいと一同は苦笑する。
「酷だのう」
「……どーせ子供だよ」
「ほらほら、拗ねないの」
「次行ってみましょう」
 目線を合わせて、つまりはしゃがみ込んで諭す二人。
「それが子供扱いだろっ、すぐに元の背に戻ってやる!」
「あっ」
 ばっと走り出したチビりょうが、本棚の影から出てきた夜倉木に蹴られる。
 もちろん事故……の筈だ。
「いって……」
「………ああ、見えなかった。小さいから」
「……っ! 小さいとか言うなあ!!!」
 この状態で喧嘩を始めた所で被害はなさそうだが、軽く頭が痛み出した啓斗がりょうを抱える事で止めに入る。
「かまっちゃだめだ」
「うっ」
 それもそうだと黙り込み、靴も履けない状態だからこのまま歩くのは危険だと判断した啓斗がチビりょうをおんぶする事にしたのだが…
…。
「なぁ、これって」
「このほうが楽だから」
 どこから持ってきたのかおんぶ紐で背負われる羽目になったチビりょう。
 啓斗はいたって大真面目だった。
「………くっ」
「―――っ!?」
 目線を逸らし笑いを堪える夜倉木に、馬鹿にされたと睨む啓斗とチビりょう。
 飛び散る火花。
「3人とも落ちついて」
「りょうさん、怪我はなかったですか」
「……平気」
 三つ巴な雰囲気に、シュラインと悠也が宥めに入る。
「そろそろ、本格的に戻してあげた方が良さそうですね」
「戻せるのか!?」
「でもさっきは……」
 かけられた呪いはどんなものか解らないと解けないはずだ、それと解けるのもかけた本人だけとも聞いた。
 どんな方法だろうかを悩み出したが、答えは単純。
「粛瑛さん本人に解いて貰えばいいと思いますけど」
「こうなったら賭を続ける意味もないでしょう」
「………あ」
 とても簡単な事である。
「だがあやつの事じゃ、素直に言うことを聞くかのう」
「それだったら大丈夫ですよ」
 携帯を手に、羽澄が微笑む。
「編集部から出る前に、応援を呼んで置いたから」
 編集部を出る直前に確かにどこかと連絡を取っていたのを思い出す。
「ああ……なるほど」
「後で合流するっいってたから、先に行ってましょ」
 現在、3歳ほど。


 そして胞衣神社。
「わははははははははははは!!」
「………」
「あっはっはっはっはっはっ!!!」
 響く笑い声。
 すっかり縮んでしまったチビりょうの姿を見るなり粛瑛は大笑いを始めたのである。
 まあこれだけ縮んだ上に、髪がカラフルにまとめられていては無理も無いが。
「ふっ、普通! あはははは! もっと早く来ると……っ!! ぎゃははは!!!」
 バンバンと地面を叩いて笑う、よっぽどおかしかったらしい。
「うーわーーー、腹立つっ!!」
「落ち着いて、ここで怒ってもどうにもならないから」
 飛びかかりかけたがあっさりとかわされ、転びかけたチビりょうを啓斗が保護して抱き上げる。
「そろそろ戻してあげたらどうですか?」
「色々周りも困ってるみたいだし」
 悠也に続きシュラインも説得する。
 困っているのが『本人が』でない所がポイントだろう。
「はー、どうしようかな〜」
「お主は……」
「やったもんはなぁ、ちゃんと賭けだし」
 ユラユラとシッポを揺らし満足げな粛瑛に焔樹が呆れつつ溜息を付く。
「ふさふさですー☆」
「キレイですねー♪」
「お手柔らかにな」
 シッポになつく悠と也をあやす粛瑛に、かけられる声。
「付いたわよ」
「へ?」
「祖父が迷惑かけてごめんなさいね」
 羽澄が連れてきたのは蒼月上総、粛瑛の孫にあたるのだが……上総の方が強い立場に位置しているのが現状だ。
「そーくるか!」
「妥当な判断だのう」
 これで粛瑛にいとっては焔樹と上総の二人が揃って逃げ場はなくなった訳だ。
「観念したらどうじゃ」
「もっと手っ取り早くいってもいいけど」
 目を光らせる焔樹とザッと札を構える上総。
 からかいも兼ねた焔樹はともかく、普段であったのなら多少の助け船を出す上総も粛瑛のイタズラを目の当たりにすればこうなるのは当
然の流れだった。
「この程度の事しか出来ぬとはの、所詮は野狐と言うことか」
「…………」
 ユラユラと立ち上がる気配。
 何も言い返せない粛瑛に、暫くこの状態が続きそうだと判断した上総がくるりと背を向ける。
「今お茶入れるから、少し待ってて」
「ありがとうございます」
「いただきます」
 騒ぎを余所にのんびりとくつろぐ事にした匡乃とシュライン。
「長引きそうだな……」
「終わりは見えてきましたから」
 そこに後から来た啓斗と悠也も腰掛ける。
「ちょっと様子見てくるわね」
 入れ替わるように席を立つった羽澄は硬直状態のすぐ側で、微笑みかけ場を和ませてから話しかける。
「少し良いですか?」
「うむ」
「もちろん」
 粛瑛はほんの少しホッとしたようだ。
「ナハト、りょうをお願いね」
「……羽澄?」
「ワンッ」
 眉を寄せるチビりょうは、お茶を飲んでいる方へと運んで貰うようにナハトに頼み、粛瑛に話しかける。
「少し気になってて、賭って何だったんですか」
「……ああ、なるほどのう」
 羽澄の意図を焔樹はすぐに汲み取ったようだ。
「何を忘れてるのかとか、勝ったらどうなってたのかって、こっそりと教えて貰いたくて」
「それならありだな」
 ようするに本人にさえ教えなければいいのである。
「賭は簡単。期日までになんかお供え物を持ってくる事」
「そんな簡単な事!?」
 驚くと同時に、だからこそ賭けに乗ったのだと理解した。
 こんな簡単な事なら例え記憶を取られてもすぐに思い出すだろうし、偶然の行動として取る場合もあるかも知れない。
 そう思わせる事が出来たからこそ、この賭けに乗ったのだろう。
「勝ってたら?」
「俺の所の御神酒一本分けてやるっていったんだ」
「その結果があれか……不憫な事よ」
「まあ、今さら解呪した所であそこまで縮んだら戻るのに一週間はかかるだろうなぁ」
 サラリと言い放たれた言葉。
「一週間?」
「10歳ぐらいまでなら一晩寝たら戻るはずだけどな、あれだけ縮んだらな。ちゃんと忠告したのに」
 パッと戻ると言う事にはいかないらしい。
 だからこそ、ここにチビりょうが来た時にあれほど笑ったという訳だ。
「今の話は……聞いてない様だの」
「仕事、間に合うのかしら?」
 あの状態でもキーは叩けるだろうから、何とかなるだろう。
 そんな会話を聞こえているのかいないのか、お茶を飲んでいる最中。
「この水ようかん美味しいですね、今度試しに作ってみますか?」
「それ、店で売ってた物なんだけどね」
 悠也ならきっと作ってしまうに違いない。
「どうです、りょうさんも食べられないんでしたよね。すみません」
 笑顔で謝る匡乃、これはダメージが大きかったらしい。
「うわーーーん!!!」
「これもある意味罰ゲームよね」
「治ったら食べられるだろう、それまで我慢したら……」
「うー……」
「子供みたいな事言って」
 同じように溜め息を付く啓斗とリリィ。
 そこに戻ってきた焔樹が、首根っこを捕まれたままの粛瑛を差し出す。
「この状態から戻すそうじゃ」
「やたっ!」
 手を挙げて喜ぶ間もなく、粛瑛がポンと肩を叩き呪を唱える。
 これで縮むのだけは止まり、一応の決着は付くと思われたのだが……。
「りょう、完全に戻るの一週間かかるって言ってたわよ」
「え」
「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと触って『捕まえたっ!』て言ったら少しずつ人に移せるようにしたから」
「………は?」
「つまりは鬼ごっこだ」
「いい加減にせぬか!」
 楽しげに言い切った粛瑛を焔樹が叩く。
 サッとチビりょうが周囲に視線を捲らせはしたが……。
「大変ね、りょう」
「まさか……よね」
「いっしょに鬼ごっこですー♪」
「ナハちゃんも混ざりましょー☆」
「楽しそうですね」
「本当にほのぼのとしてますね」
 微笑む一同。
 こっちに来たらどうなるか解ってる? そんな視線。
 万に一つもりょうが来るなんて疑ってもいない様子だった。
 あえなく断念。
「……うう」
「まだいるじゃないかっ!」
 拳を握り、力強く断言する啓斗。
「夜倉木なら問題ないっ、俺も手伝うから!!!」
「それだーー!!!」
「本人に返すというのもありだのう」
「……おい」
「………その程度は予想済っと!」
 逃げる仕草に気付き追いかける啓斗とちびりょう。
 そして始まる鬼ごっこ。
「本当に楽しそうよね」
 過激な鬼ごっこ風景を眺めつつシヤッターを切るシュライン。
「そろそろ良いわね」
 もう十分だろう、隙があるからと……撮りすぎてしまったぐらいだ。
「夕飯はどうします」
「そう言えばそうね、綾和泉さんの勝ちだから」
「確かにそうですね」
 三歳で止まったのだから、匡乃の勝ちだ。
「このさ際りょうに奢って貰うのは?」
「いいわね、それ」
「野狐辺りでも良かろう」
「ゆっくり考えましょうか」
 着々と相談が進む中。
 事件が本当の意味で解決するのは、まだまだ先の事。




 【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】
【3484/空狐・焔樹/999歳/女性/空狐】

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■         ライター通信          ■
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参加者の皆様。読んでいただいた方々。本当にありがとうございました。
今回はほぼ同一になってます。
違うのはオープニングぐらいです。

こっそり驚いたのは縮む年齢。
3歳ぐらいまでがドンピシャリ。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。