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【夢紡樹】−ユメウタツムギ−
------<夢の卵をプレゼント>------------------------
「うまーっ。至福」
満面の笑みを湛えて、嘉神真輝はずらっと目の前のテーブルに並べられた大量の甘味を確実に一つずつ平らげている。
テーブルに所狭しと乗せられている大量の甘味。
しかし真輝は『甘味帝王決定戦』を行っているわけでも『●●以内に全部食べられたらタダ!』というような企画を行っているわけでもない。
甘味帝王と名高い真輝の舌を信じ、いつでも遊びに来て下さい、と喫茶店『夢紡樹』のエドガーに言われ、新作お菓子の試食を行っているところなのだ。
こうしてたまに仕事帰りにやってきては、一つ一つのお菓子に対し感想を述べアドバイザー的な事を行っている。
今日は事前に真輝がやってくることが分かっていた為、エドガーが気合いを入れ大量の新作お菓子を作り上げて真輝が来るのを今か今かと待っていたのだ。
それが今真輝が幸せそうに頬張っているケーキであったり、パフェであったりする。
「はーい、次のはエドガー特製………なんだっけ」
そう言って、んー、と宙を見上げていたリリィだったが真輝に素晴らしい笑顔を向け告げる。
「忘れちゃった。マキちゃんごめんね」
「だからマキちゃん言うなって」
今までの幸せな一時が一気に崩れていくような感覚が真輝を襲う。
しかしがっくりと項垂れながらもスプーンを口に運ぶ事は忘れない。
そして真輝の場合口に入れた瞬間、途端に機嫌が直るのだから周りとしては面白くて堪らない。
それを目の前で見せつけられているリリィはそれが楽しくて仕方ないらしく何度も真輝の復活劇を見届けている。
先ほどから何度わざと真輝をがっくりさせては復活させるということを繰り返しているのだろう。
「マキちゃん、次のが一応最後だからね」
「んー」
舌鼓を打ちながら、真輝はリリィに返事を返す。
甘いものに囲まれている生活。
それはなんと素晴らしいものなんだろう、と真輝は思いながら小さな欠伸を一つする。
最近仕事で慌ただしい生活を送っており疲れが溜まっていたようだ。3年の…受験生の担任ともなると色々と大変なのだ。
リリィが次のデザートを持ってくる間に、真輝はうつらうつらとし始める。
甘味を食している間に寝てしまう事など本来ならばあり得ない事だった。甘味帝王の名が泣く。
それでも眠気には勝てない。すぅっ、と小さな寝息を立て始める真輝。
こくん、と頭が垂れると、はっとしたように目を覚ましスプーンを無意識に口に運ぶ。
そして口の中に広がる甘さにニッコリと微笑んだ。
しかしまた重力に従い真輝の瞼はゆっくりと降りてきて、今度は完全にその瞳は閉じられ眠りの底。
カラン、と小さな音を立てて皿の上にスプーンが落ちる。
それでもそのスプーンはしっかりと握りしめられたままだった。
甘味への愛、そして根性である。
真輝が熟睡に入りかけた頃、リリィがエドガーのデザートを持って現れる。
そして座ったまま眠りこけている真輝を見て、リリィはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……マキちゃん、それはリリィへの挑戦よね?ふふふふーっ。受けて立ってやろうじゃないの!待っててね、マキちゃんv」
輝かしい笑顔を振りまき、リリィは手にしたデザートをテーブルに置くと貘が『お客様にどうぞ渡してあげて下さいね』と置いていった夢の卵を手にする。
そしてそれをフォークを握っていない真輝の手に握らせにんまりと微笑んだ。
「これで良し。さぁって、マキちゃんどんな夢を見るのかなぁvリリィが見せてあげても良いけどそれじゃぁ面白くないしね。だって結果が分かり切ってるのなんてつまらないもん。リリィってばやっさしぃ〜♪」
うんうん、と満足そうなリリィは頷いてそんな真輝の寝顔を見守った。
------<夢の中で>------------------------
その日真輝は猛烈についていた。
朝から幸せいっぱい夢いっぱいである。
普段の低血圧っぷりは何処へやら。頬は緩み普段から眠そうなやる気なさそうな表情が一変している。
このような表情を真輝がするのは甘味を食している時以外にはほとんどないのではないか。
そして今何が真輝をそんなに幸せにしているかといえば、
そんなことは嘘ではないかと思われるかもしれないが、数センチだが身長が伸びていた。気のせいだと真輝も初めは思った。
しかし、普段着ていただぼっとしたパジャマがピッタリサイズになっていたのだ。これは背が伸びたからに他ならない。
24歳にして成長期に突入か、と真輝はぐっと拳を握りしめる。
妹に見下ろされる兄としてはその数センチが嬉しい。こうして数センチずつ伸ばしていけば、妹を越す事も夢ではないだろう。
「いいぞ……このまま」
ふふふふ、と不敵な笑みを浮かべた真輝は早速出勤するべく支度を始める。
今日は何もかもが上手くいきそうな予感がした。
真輝はいつものように咥え煙草で茫洋としながら学校への道のりを歩いていく。
途中学生達に遭遇するが、皆一様に首を傾げ遠慮がちに、マキちゃん?、と声をかけてくる。
「ん、おはよう」
さりげない挨拶を返しつつ真輝は気分良く職員室へと向かう。
職員室に入ったら入ったで「なんで可愛らしい嘉神先生が育ってるんです!」と涙ながらに教師陣に声をかけられたりしたが、そんなのは本人の知った事ではない。
本人は身長が伸びて至極満足しているのだ。
こんな気分の良い日は普段顔をほとんど出さない部活にも顔を出してみるのもいいだろう。
生徒相手に組み手を行い、久々に身体を思い切り動かし爽快感に身を包む。こんなに爽やかな気分を味わうのは本当に久々だった。
そしてそんな爽快感にひたりながら、真輝は職場を後にし買い出しへと出かける。
今日は確か先着10名様の特売品があったのだ。
一人暮らしにおいて特売品を手に入れるか出来ないかは、月末の死活問題に関わってくる。
特売品ゲットは世の奥様方との戦いであり、そしてスーパーとは毎日が戦場なのだ。
そしてその中へと真輝はカゴを手にし入っていく。
顔なじみになった店の店員と会話しつつ、お目当ての品のタイムサービスを狙う。
そしてカチリ、と秒針が5時を指した時、真輝は親父の「本日の〜」という声が聞こえるのと同時に走り特売品を手に入れた。
なんと10名様のうちの2番目だった。
こうして無事に夜のおかずも手に入れた真輝はほくほくしながら帰宅する。
その途中、ケーキ屋の前を通りがかった真輝が見たものは、いつもなら売り切れているはずの限定5個のレアケーキだった。
ごしごし、と目を擦ってみたが幻覚ではないらしい。
普段仕事が有るためなかなか買えないでいたレアケーキが真輝を呼んでいた。
ここで買わねば男が廃るとばかりに、真輝はケーキ屋へと直進する。
そして最後の1個であるケーキを手に入れた真輝は、今度こそ本当に帰宅した。
「今日はついてるなぁ……」
咥え煙草で紫煙を燻らせつつ、真輝は特売品である肉を野菜と共に炒める。
適当に味付けをしてさて食べるか、という時にピンポーンとチャイムが鳴った。
この時間にやってくるのはアイツしかいない、と真輝は、はぁ、と溜息を吐く。
そして暫くそのままにしていると、容赦なくチャイムを連打された。
「あぁぁっ!うるさいっ!」
真輝は観念して鍵を開けてやる。
そこには大量の紙袋を手にした実の妹が立っていた。
「背が伸びたって聞いたから見に来たの」
そう言って妹は真輝の姿を上から下まで舐めるように見つめる。
どこからそのようなネタを仕入れているのだろう、真輝の妹は。
妹の情報ネットワークは学校にまで入り込んでいるのだろうか、と真輝はがっくりと項垂れる。
しかし真輝の表情などお構いなしに妹はまくし立てた。
「本当に伸びてる。成長期って今頃来るの?」
我が妹ながらかなりキツイ一言だ、と真輝は顔をしかめる。
「見に来ただけだろう?じゃあな」
そのまま扉を閉めようとすると身体を隙間に差し込んで妹が部屋へと上がり込んできた。
「ちゃんと手みやげこんなにいっぱい持ってきたでしょ。せっかくお祝いしてあげようと思ったのに」
妹が真輝に手渡したのは真輝が好きな甘味処のデザート類だった。
「わざわざお持ち帰りにして貰ったんだから」
だから食べましょ、と妹はニッコリと微笑んでそれらをテーブルの上に並べる。
仕方ないな、と真輝は苦笑して夕食の用意を再開する。そして妹を振り返り尋ねた。
「……飯は?」
「まだー」
「だと思ったよ。食ってくか?」
「うん」
はいはい、と真輝は妹の分の夕食も作り始めた。
そして訪れる家族との楽しい夕食。
そしてたわいない会話と目の前に置かれたデザートの数々。
どれもこれも素敵なものだった。
今日一日どの位の素敵な事が起きたのだろう。
妹を見送ってから真輝はそんなことを考える。
とても幸せな一日だった、とやんわりと幸せそうに真輝は微笑む。
その時、ふと背後から懐かしい声が聞こえる。
そう、何度も聞いた事のある声だ。
そしていつも夢に出てきては目が覚めた時には忘れてしまう声。
あぁこれは夢なのか、と真輝は漠然と考える。
今までの幸せな事全て、夢なのかもしれない。
それでもこの夢の中にはいつも感じている感情があちこちに鏤められている。
些細なやりとりの中に見つける事の出来る幸せ。
背後の声が告げる。
『人として生きるのは素敵でしょう?限りある命だからこそ、その一瞬がキラキラと輝くの』
「‥ああ、そうだな」
振り返らずとも分かる。
彼女はかつての自分だった。
そして天使という立場を捨て、人として生まれ変わった自分と同じ存在。
自分とは鏡合わせで夢の中で生きる存在。
目覚めた時には忘れてしまうが、いつも真輝と共にある。
優しく温かい声が真輝を包み込む。
真輝は微笑み、そして瞳を伏せる。
「あんたの選択は正解だったと思うよ」
自分がこのように『人』として生まれてきて。
そして『家族』がいて。
温かい人々がそこにいて。
そして自分は『人』として生かされている。
そのことがこんなにも嬉しい事だと。
改めて真輝は思う。
優しく微笑む気配がする。
そして真輝をゆっくりと抱きしめ、もう一人の真輝と同一の存在は光に溶けた。
------<夢から覚めて>------------------------
パシャっ、という人工的な音で真輝は覚醒する。
低血圧・低体温の真輝は此処がどこだか把握出来ないままにぼんやりと音のする方を眺める。
すると楽しそうな笑顔で写真を取り続けるリリィの姿があった。
「リリィ〜……おまえなぁ……」
本当はデジタルカメラを奪い返したいところなのだが、怠くて身体が動かない。
「きゃぁぁぁぁっ!マキちゃん最高!あのねぇ、あのねぇ。たっくさん撮ったから!任せておいて!」
何を任せろと言うのだろう、と真輝は頭を抱える。
それでなくても働かない頭が悲鳴を上げている。
「マキちゃんどんな夢見てたの?すっごいねー、笑顔で幸せそうでね」
デザートいっぱいの夢?、とリリィに尋ねられて真輝は首を傾げる。
夢は見ていた記憶がある。そしてとても温かな夢だったということも。
幸せな気持ちが確かに今も自分の胸に溢れている。
「めちゃめちゃ幸せな夢だったはずなんだけどな。……夢オチかいっ!覚えてないなんてなんだかとっても悔しいんだが」
「マキちゃん、自分で自分に突っ込み入れてるし。でも夢オチでもなんでも幸せそうなマキちゃん見れたからいいや。うんうん」
リリィってば良いコトしたねぇ〜、とデジタルカメラを置いてエドガーに呼ばれた為飛び出していく。
残されたのはカメラと真輝。
うーっ、と唸りながら真輝は残されたデジタルカメラを手にする。
そして撮られた画像を目にして、げっ、と呟いた。
そこには本当に幸せそうな表情をして眠りこけている自分自身が映っている。
今まさに真輝が衝動的に消去のボタンを押そうとした時、リリィが特大のパフェを手に戻ってきた。
「おっまたせ〜!これが最後のエドガー特製マキちゃんスペシャルだって」
「ついに俺の名が付いたのか」
真輝の興味は写真からパフェへと高速に移動する。
「そうそう。溶けないうちに食べちゃって」
ニッコリと微笑んだリリィがさりげなく真輝からカメラを奪い取り、エプロンのポケットへと隠す。
これはきっと真輝の知らないところでさばかれる事になるのだろう。
しかし真輝はそんなことは露知らず。
これまた幸せそうな表情で寝起きのパフェを食していた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●2227/嘉神・真輝/男性 /24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度はリリィをご指名ありがとうございます。
リリィに弄ばれる真輝さん、すみません〜。(土下座)
どうも写真売られてしまいそうです。妹さん通して。(笑)
これまた災難……すみません。
そしてどうやら「真輝スペシャル」(リリィ曰く、マキちゃんスペシャルらしいですが。笑)というパフェがメニューに追加された模様です。
ぜひお立ち寄りの際にはご賞味下さいませv
次はお申し込み頂いている夏祭りでお会いする事になると思います。
納品まで今暫くお待ち下さいませ。
ありがとうございました!
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