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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


恋をしましょう。

 修学旅行中のバスが、山道でセンターラインを越してきた対向車と衝突。ガードレールを越えて谷底へ転落し、運転手と添乗員、1クラスの生徒が亡くなったと言う痛ましい事故が、最近もっとも紙面やテレビを賑わしているニュースだった。
 昨日行われた合同葬儀の記事を読み終えて、草間は新聞を畳む。
 窓の外に目をやると、昨夜からの雨が激しさを増している。
 畳んだ新聞で顔を扇ぎ、冷たいコーヒーでも飲もうと窓から目を戻すと、正面に人が立っていた。
 月曜日の午前10時と言う時間帯に、その人はセーラー服を着ていた。16,7歳と言ったところか。
 何時の間に入ってきて、何時の間にそこに立っていたのだろうか。新聞を置きながら驚きを顔に出さないように勤める草間に、セーラー服の少女は行った。
「こんにちは」
「……こんにちは。何か?」
 ごく普通の少女だが、草間は何処かでこの少女を見たような気がする。何処で見たのかは思い出せないが、制服だけは確かに見覚えがある。
 ここ最近のニュースでイヤと言う程見ているからだ。少女は、先日修学旅行で事故に遭った高校の制服を着ている。
「あ、新聞ありますね。ちょっと貸して下さい」
 少女は言い、机から新聞を取る。
 草間の前でそれを広げ、1枚の写真を指差して草間に見せた。
「これ、あたしなんです。工藤みゆきと言います。えぇと……、何から話せば良いのかな」
 指差された写真と、その下の名前、それから、目の前の少女の顔を見比べる。
 ああ、と草間は内心頷いた。
 確かに、見覚えがある筈だ。ここ数日、何度もテレビで紹介されていた――事故の犠牲者の一人だ。
「あたし、この事故で死んじゃったんですけど、成仏出来ないって言うか、心残りな事があって、気が付いたら、光の列に入りそびれちゃったんです」
 草間は答えずみゆきが話すのを聞いた。
「火葬されちゃって自分の体はもうないし、他の人にあたしって見えないみたいだし、どーしよーかなーって思ってたら、ここを思い出したんです。確か、幽霊の願い事を聞いて貰える処だって噂だったから」
「うちは興信所だが」
「知ってます。何でもありの、心霊探偵事務所でしょう?迷える魂を天国に導いてくれるって専らの噂で」
 そんな噂が一体どこから流れるのだか、草間はどうしても分からないのだが、みゆきは構わず話しを続けた。
「あたし、とっても心残りな事があるんです。それがどうにかなるまで、成仏って有り得ない感じ?」
 修学旅行から帰ったら、告白をするつもりだったのだとみゆきは言う。
 相手は1学年上の先輩で、部活で知り合って以来、ずっと思い続けていた。受験へのラストパートに突入する前に告白したかったのだと。
「……それで?」
「それで?って、決まってるじゃないですか。助けて下さい。あたし、どうしても先輩に告白したいんです」
 ……告白したからと言って、必ず上手くいくと言う訳でもない。ましてや、みゆきは既にこの世の者でもない。
 そんな草間の思いが分かったかのように、みゆきは笑った。
「可哀想だと思いません?あたしまだ、17歳ですよ?これから沢山恋をして、素敵な人とめぐり逢って、いっぱいデートする筈だったのに、死んじゃうなんて。だからせめて、告白くらいは経験してみたいんです。ねぇ、お願いします、助けて下さい」
 結果はどうなっても構わないと言う。ただ、先輩に告白だけだと。
 草間は小さな溜息を付く。
 確かに、若くして突然の事故で死んでしまった少女には同情する。しかし、幽霊に告白される男はどうなのだ。
「助けて貰えるまで、あたし成仏出来ませんし、ここからも帰りませんから」
 みゆきのこの一言で、草間は自分に最も同情する。
 誰かにこの少女を押しつけなければ。

 雨はさっぱり止む気配を見せない。
 前途ある若者達の死を悼んでいるようだ……そう、ニュースで言っていた。
 この興信所の貧乏振りも悼んでくれよと草間は思う。
 エアコンを利かせた室内は快適である。しかし、考えてみればその電気代を支払う懐が激しく寒い。
 まるで草間のそんな思いを読みとったかのように、シュライン・エマが口を開いた。
「あの……商売だから代金支払ってもらわないと困るの……」
 現在、興信所には草間と工藤みゆきを除き6人の男女がいる。
 帰社して驚きつつもみゆきをアイスコーヒーでもてなしたシュラインと、草間が手当たり次第に電話して呼び出した綾和泉汐耶、海原みあお、モーリス・ラジアルと、涼みに来ていた真名神慶悟。そして、クリームあんみつを手土産に遊びに来た観巫和あげは。
 一同が注目するなかで、みゆきは暫し頬に手を当てて考えた後に口を開く。
「あたしの部屋に、通帳があります。子供の頃から溜めてて、多分50万円くらいあると思います。あれを取ってこられたら良いんですけど……」
 後に娘の部屋を整理した両親が通帳が消えていると騒いでも困る。
「出世払いは出来ないから……、将来皆さんが亡くなったときにあの世の道案内をすると言うことで、駄目ですか?」
 駄目に決まっているだろう、そんなこと。と、内心思うが口には出さない草間。
「……冗談なの。代金の事は気にしないで。私は元々手伝うつもりなんだけどね。告白しようって覚悟決めるまでの気持ち考えると……手伝ってあげたいもの。そう言う訳で、今回は興信所から報酬は出ないから、そのつもりで宜しくね」
 言って、シュラインはみゆきに微笑んで見せる。実際のところは生活のかかっている人物がいるからして、100%冗談でもないのだが。
「今回も、と言え。今回も、と。と言っても、死んで尚のその物言いなら拒むのは忍びない」
 ソファの隅でコーヒーを飲みながら言う慶悟。一応文句は言ってみるが、最初から興信所からの報酬などアテにはしていない。
「でも、スゴイよね!ついに霊界や天界にも怪奇探偵の名前が売れたってっ!?がんばって魔界や地獄にも名前売ろうねっ!」
 自分のクリームあんみつを食べ終えて楽しげに言うみあお。本来は彼女の姉が来たがっていたらしいが、幽霊相手と言うことでみあおが来たらしい。幽霊でも異人種でも恋愛する権利はあると拳を振り上げて熱弁していたそうだが。
 みあおは楽しげににこにこしているが、魔界や地獄に名が売れてもちっとも嬉しくない草間。こっそりと溜息を付く。
「告白すると言っても色々ありますかれね……、私は霊を実体化させたり、相手に見える様にしたりとかは出来ませんから、古典的では有りますが手紙を書いての告白はどうでしょう?」
 みゆきが霊でありながらコーヒーを飲み、クリームあんみつを食べたりしていることから、物に触れることは可能なのだと思う汐耶。紙やペンにも触れられるなら、手紙と言う手段が一番簡単な気がする。告白する、と言うことだけが望みならば、それで叶う。
「そうね。手紙なら事故前に消印等細工して、誤配達で来た等の理由を作って先輩本人に渡す事も可能だし……」
 先輩と言う人物に手紙を渡し、せめて墓前に返事でも貰えれば……とも思うがそこまでは口に出さない。
「恋、ですか……」
 シュラインの隣で、あげはが小さな溜息を付いた。
「その若さで亡くなられたというのは悲しい事よね……」
 思えばほんの少し前まで学生だったあげは。クラスメイトや友達の可愛らしい恋の話しもつい先日まで関わっていたことだ。誰かに告白したとか、想いが伝わったとか、叶わなかったとか……、勉強よりも将来よりも、そんな話しに一喜一憂したことを思えば、死んでしまったみゆきが哀れに思えて仕方がない。
「お手紙で告白するにしても、他の方法をとるにしても、私に出来ることでしたら何でもお手伝いします」
 出来れば、告白した後に彼とデートでもさせてあげたいとも思う。
「想われる男というのも羨ましい。告白される側にとっての善し悪しは兎も角として。まぁ告白して成仏、と自ら言っているのであればそうさせてやるのが一番だ。死んでしまった事以上の不幸は無い。死者にとってはそれすらささやかな願いだからな」
 死んだからといって直ぐに死者としての道を歩む必要はないだろう。死後そのまま輪廻や生まれ変わりを目指すのは理想だが、向かうべき道はいつでも在るべき場所にあると言う慶悟。
「興信所も今にも潰れそうではあるが、いつでも此処にある。成仏を決意した時に来れば念仏の一つでも唱えてやるから安心して想うべき所を果たすといい」
 慶悟の言葉に、「潰れそうとか言うな!」と草間が不平を口にしたが、無視しておく。
「手紙での告白も良いですが、素敵な人と出会って、と云っておられますし、デートなど如何ですか」
 ぽつり、とモーリスが言った。
「えっ!?」
 これまで黙って話しを聞いていたみゆきが突然声を上げる。
「で、でもあたし死んじゃってるし、幽霊だし……、多分、他の人には見えないと思うし……」
 言いながらも、みゆきの表情は明らかに嬉しそうだ。
「私やここにいる皆さんの能力を使えば、全く無理と言うこともありませんよ。どう言った方法を採るかはこれから話し合わなければいけませんが、あなたが望むのであれば、そう言うことも可能だと言うことです」
 どうしますか?と、尋ねるまでもない。
 みゆきの顔を見れば、告白の後にデートと言う形を望んでいるのが分かる。
 告白さえ出来れば結果はどうなっても……とは言っても、やはり告白するからには想いが伝われば良いと思うし、その次の段階に進めればと思う。生きていれば何度でも経験出来たであろうデートだって、出来ることならばやってみたい。
「お願いします、是非……」
 嬉しそうに、それでも少し戸惑い気味に、みゆきは頭を下げた。

「告白の後にデート……。理想的ではあるけれど、難しいですね。彼女は死者だから告白すれば満足で成仏出来るかもしれないけれど、告白される彼は生者ですから。告白によって縛られたりする事の無い様気をつけなければいけませんね。受験生でもあることですし」
 これからのことを詳しく話し合いたいからと言って、一旦みゆきには辞して貰い、残った7人はシュラインが新たに入れたコーヒーを手にテーブルを囲んでいた。
 辞して貰ったと言っても、その間みゆきがどこを彷徨っているのか甚だ謎なのだが。
「確かに、死者から告白される男には少々……悲しみや気まずいものが残るかもしれないが……。俺は男より女の願いを聞きたいからな」
 汐耶の言葉に頷きつつ、慶悟はふと溜息を付く。
 問題は、その相手の先輩なる人物なのだ。
 みゆきに名前とクラスだけは聞いているが、どんな人と形なのかは分からない。突然、死んだ少女に告白されて酷く取り乱すような相手では困るし、まったく興味を持たれないのも困る。
「まずは依頼人のおねーさんの思い人って人をさがさなくちゃだよね!学校に行って聞き込みしたら分かるよね。部室とか行ってみようよ。それに、告白に向いてる場所もさがさなくちゃね。約束の木とか告白の階段とか、そう言う場所。ネットで探したら簡単に見付かるんじゃないかな。おねーさんの行ける範囲で考えて、ロマンティックに行こうよ」
 みあおはやる気満々で早速学校に行こうとしているが、シュラインがそれを止める。
「もう少し待って。ある程度計画を立てておかないと……」
「私としては、出来れば相手の男性の方に告白して貰いたいのですがね」
 ぽつり、とモーリスが言うと、一同がぽかんと口を開けた。
「告白した男性とのデートより、デートした男性から告白された方が女性は嬉しいのではないですか?」
「それは多分、その方が嬉しいと思います。相手も自分を好きで、告白したいと思っていたなんて言われたら、とっても嬉しいと思いますけど……、でも」
 果たして、みゆきの思い人である先輩にその気はあるのか。
 そもそも、さっきモーリスはみゆきを実体化させる事が不可能ではないらしき事を言っていたが、本当に可能なのか。
 そう尋ねるあげはに、
「多分、みあおの霊羽で霊気を強化すれば実体化くらい出来るんじゃないかな」
 と答えるみあおと、
「実体化は出来ないにしても、結界を敷いた中で水を上げ霊としての存在を高めるくらいは出来る。そうすれば相手の男も認識して会話は出来るだろう」
 と言う慶悟。
「そのどちらも無理だと言うならば、火葬は済んでいるとの事ですから、骨を手に入れて私の能力で一時的に生前の姿に戻すことが出来ます」
「それじゃ、やっぱり問題は相手の男の子だけなのね。頭の固い子じゃなけりゃ良いけど……」
「では、手分けして準備にかかりましょうか?学校に行って相手の男の子に事情を話すチームと、デートのセッティングをするチームで……」
 汐耶が言うと、慶悟とモーリスはすぐに学校へ行くチームを選んだ。
 女子高生の喜びそうなデートプランなど思いつきもしないらしい。
「私も学校へ行ってみようと思います。相手の方にきちんとお話して分かって頂きたいですし……」
 それならば、と汐耶とシュラインはデートセッティングのチームを選ぶ。
 みあおは暫く迷った末に、シュライン達のチームを選んだ。

 月曜の日中、校内は騒がしかった。
 例え1クラスの生徒が死んでも、授業が中断されることはないし、全ての生徒が死を悼む訳でもない。
 休み時間には生徒達が学校中を歩き回り、笑い声や話し声が絶え間なく聞こえる。
「……青春の真っ最中ですものね」
 着崩した制服も、乱暴に扱う教材も、友達と言い合う冗談も、生徒達にとってはごく当たり前の日常だ。しかし、みゆきを始め亡くなった1クラス分の生徒達は、もう二度とこんな日常の輪の中に戻って来られない。
 それを思うと、あげははどうしようもなく悲しくなってくる。
「恐らく、あの工藤みゆき以外にも思いを残して成仏出来なかった子供がいるだろうな。全員が草間の元に来ても困るが、みゆきのように自発的に来る者は手助けして成仏させてやることが出来る」
 17歳。勉強を忘れての楽しい修学旅行の真っ最中に亡くなったとあれば、恐らく自分の死を受け入れられないでいる子供もいるだろう。同じ様に、自分の子供の死を受け入れられない保護者もいるだろう。
 こんな不幸な事故はない。
 学校の楽しげな賑やかさと、死者の静けさとのギャップに、慶悟は少し表情を曇らせる。
「ですから、せめて助けを求めに来たあの少女くらいは、幸せに成仏させてやりましょう」
 みゆきが望む通り、想い人とのデートを成功させ、短い人生でも楽しい事は沢山あったのだと幸せな気分にさせてやりたい。
 言って、モーリスは部室のある校庭へと足を向ける。
 学校を訪れて、3人はまず職員室に向かった。
 部外者が校内をうろつくのは何かと不便だ。そこで、亡くなった生徒の従兄弟であると名乗り、親族の通った学校を見学させて欲しいと申し入れた。普通ならばそう簡単には許可されないのだろうが、あまりに痛ましい事故だった為に、職員達も同情するのだろう。アッサリと見学を許可され、みゆきが所属していたと言うバスケットボール部の部室の見学まで許して貰えた。
 昼休みなので、もしかしたら数人の部員がいるかも知れないと聞き、急いで向かった部室の中に、4人の生徒を見つけた。
 みゆきから聞いた先輩の名は、畑山紀夫と言う。背が高く、少し長めの髪。その他幾つかの特徴を備えた1人の生徒を、慶悟が呼ぶ。
 見知らぬ、学校には今ひとつ相応しくない派手な出で立ちの男に呼ばれて、首を傾げながら畑山はやって来た。
 3人は工藤みゆきの従兄弟であると告げた。
「彼女が死んでしまっている事はご存知かと思いますが、」
 あげはは、普通ならば絶対に信じて貰えないであろう、みゆきの霊の話しを包み隠さすに言った。出来れば、1日だけデートをして欲しい。そして、嘘でも良いから告白をしてあげて欲しい、と。
 途端に、畑山は不快そうに鼻を鳴らした。
 従兄弟だか何だか知らないが、冗談でもそんな死者を冒涜するような事を言うものではない。そう、一言もっともらしいことを言い、次に畑山はこう言った。
「確かに、工藤さんとは色々話しもしたりしたけど、全然そう言う目で見てないし、一方的に想われるなんてのも相手が死んじまうと気持ち悪い。デートだの告白だの、冗談じゃない。そんな嘘に付き合うほど暇じゃないし、工藤さんの霊ってのが本当だとしてたら、益々気持ち悪い」
 そう言われてしまうと、返す言葉がない。何とか頼み込んでデートして貰ったとしても、冷めた様子でみゆきに接して貰っては困る。
 つまらなさそうに3人の前を去っていく畑山を見送って、あげはは困ったようにモーリスと慶悟を見上げた。
 溜息を付き、苛々と頭を掻く慶悟に反して、モーリスは全く動じた様子がない。
「どうする。告白もデートも出来なくなったぞ」
「どうしましょう、私達、安請け合いし過ぎたのでしょうか……」
 しかしモーリスは、笑みを浮かべて見せた。
「別にあの畑山と言う生徒がいなくても困る事はありませんよ。一応、彼の意向を確かめたまでですから」
「と言うと?他に何か案でもあるのか?」
「ええ、まあ」
 頷いて、モーリスは興信所に戻るよう言った。

「え!駄目だったの!?」
 学校から戻った3人を、激しい落胆の声でみあおは迎えた。
 みあお達3人は最適と思われるデートプランを仕立て、何時にどの店で食事をするかまで細かく決めてある。
 しかし、折角デートプランが出来上がっても肝心の先輩がいなければ話しにならない。
「でもまた、どうして……?そんなに幽霊とのデートを怖がったのですか?」
 汐耶に問われて、あげはは暗い気持ちで首を振る。幽霊を怖がる程度なら可愛らしかったと思う。
 慶悟がみゆきの先輩である畑山紀夫と会って話した内容を説明し、溜息を付く。
「少ししか話さなかったが、工藤みゆきの話す畑山の印象とは随分違っていたぞ」
 その言葉に、あげはも頷く。
 みゆきが話すところの畑山紀夫は、気さくで朗らかでとても優しい性格の持ち主だった。活動的で頭が良く、後輩からの受けも良かったと言う
。しかし、今日会った畑山は、活動的で頭は良いのかも知れないが、気さくとか優しいと言った印象は見受けられなかった。
「そりゃあ、好きな人の事は良く見えるものでしょう?みゆきちゃんにとっての畑山紀夫は、そう言う人だったのよ」
 シュラインが言い、みあおが「恋は盲目ってこのことかなぁ」と呟く。
「でも、困りましたね。肝心の相手がいないのでは……」
「そうだよ。折角ロマンティックなデートセッティングしたのに!」
 汐耶とみあおが揃って大きな溜息を付く。
「それで、モーリスさんが良い案があると言うんです」
 あげはがモーリスを促す。
 モーリスはシュラインが入れたアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いて、5人を見回した。
「結果的に言えば、告白すれば満足と彼女は言ったのですから、告白をさせてあげれば良い訳です。デートはそのオプションで。勿論、相手が彼女の想い人本人であれば尚良いですが、別に本人以外でも問題はないと思うんです」
 今ひとつ理解出来ず。5人は首を傾げる。
「私は自分以外の存在に変化出来る能力があります。ですから、私が畑山紀夫に変化して告白される立場になってみるのも良いかと。プライベートアクターのように演技して、彼女を騙せたら問題ないかと思いますが……」
「なるほど……」
 シュラインは呟いて、暫し頬に手を宛てた。
「皆さんが計画した通りのデートをして、彼女に告白もしましょう。彼女が幸せな気持ちで成仏出来ることを最優先に考えて、決してヘマはしませんよ」
「そう……、ですね。まさか相手にアッサリ断られただなんて、言えませんし……」
「それはそれで、可哀想だもんね。告白するだけで満足、なんて言っても、結果が悪いと悲しいもん。モーリスならみゆきの想いを知ってるから、みゆきの望むままになるもんね」
 汐耶とみあおは納得したように頷く。
「騙すと思えば心苦しい気もするが、幸せな気持ちを優先すると考えれば、良い案だな。あんたにはみゆきの姿が見えるし、問題ない」
 慶悟も頷くその横で、あげはがモーリスを見る。
「私も賛成です。どうかみゆきちゃんの一生の思い出になるような、素敵なデートにしてあげて下さい」
「勿論ですよ、」
 モーリスは緑の瞳を細めて笑った。

 みあお、シュライン、汐耶の3人がセッティングしたデートは金曜日の午後時半からと決まっていた。
 初めは丸一日のデートか、半日程度のデートかと考えていたのだが、みあおの見つけたHPを見て、少々遅い時間ではあるが6時半になった。
「……人のデートを尾行するのは随分無粋だと思うが」
 手に団扇を持ち、時折寄ってくる蚊を追い払いながら慶悟は少し溜息を付く。
「だって、気になるでしょ?もし失敗したらなんて考えたら、とても大人しく待っていられないわよ」
 と言うシュラインも、団扇で自分を扇ぐ。
「みあおとあげはは撮影班だもん。2人の幸せそうな顔の写真、いっぱい撮ってあげようね」
 みあおは特製のデジカメを持って来たのだと言う。
「ええ。一番素敵な写真を印刷して、墓前に飾ってあげましょうね」
 頷き、あげはは使い慣れたデジカメがバッグに収まっていることを確認する。
 今、河原に架かる橋の真ん中で、みゆきは1人で立っている。そろそろ畑山に変化したモーリスが姿を現す筈だ。
「素敵ですね、あの模様。よく似合って……」
 みゆきの姿を確認し、汐耶は笑みを浮かべる。
 幽霊に着替えが可能かと案じていたが、みゆきは先日更新時を尋ねて来た時と、デートの日時を伝えた時に着ていた制服姿ではなく、白地にオレンジと黄色の花模様の浴衣を着ている。蝶の様に結んだ帯に団扇を挟んで。
 少しずつ増えていく人の中に立っていると、生きているように見えるが、実際は周囲の人の目には映っていない。時折、みゆきの体を擦り抜けて行く人に驚きつつ5人はモーリスが現れるのを待つ。
 6時を5分ほど過ぎて、モーリスが橋の袂に現れた。
 姿形は間違いなく、慶悟とあげはの知る畑山紀夫だ。服装はごく普通のTシャツにジーンズ。
 手を振って、みゆきが畑山に合図する。モーリスもそれに応えて手を挙げた。
 5人の目には待ち合わせたカップルに見える。
 何やら話しているらしいが、距離的に会話は聞き取れない。早速みあおとあげははカメラを取り出して2人の写真を撮り始める。
 楽しげに並んで歩き、屋台を覗き笑うみゆき。それに笑顔で応じるモーリス。
 暫くすると、ポンポンと言う音が響き渡り、歓声が上がった。
「お、始まったな」
 呟いて、慶悟は空を見上げる。まだ僅かに明るい空を彩る、鮮やかな花火。
「やっぱり、夏のデートは花火大会だよね!」
 橋の欄干に2人並んで空を見上げるみゆきの表情に、満足気なみあお。
 空を見上げた2人の顔に、鮮やかな花が映し出される瞬間の写真を、あげはとみあおは何枚も撮った。

 花火大会も中程になり、2人と花火を交互に見ることにも疲れて来た頃になって、暫しモーリスと向き合っていたみゆきが突然走り出した。慌ててその後を追うモーリス。
「何かあったのかしら?」
「まさか、ばれてしまったなんてことは……」
 言いながら、汐耶とシュライン、みあおとあげはと慶悟の5人も人混みにみゆきの姿を追う。
 時刻はまだ7時半。9時までの花火を見物した後、2人で食事と決めていたのだが。
「すみません、見失いました」
 大通りに出る交差点でモーリスの姿を見つけた。
 計画通り、モーリスから告白した途端に、駆け出したのだと言う。正体を見破られた訳ではないらしい。
「手分けして探そう。1時間探して見付からなければ一旦興信所に戻った方が良い」
 見付かったら携帯で連絡するようにと言って、慶悟は走り出した。
 5人も四方八方に散ってみゆきを探す。しかし、呼べども返事はなく、人の合間に目を凝らそうとも、姿は見えない。
 1時間を過ぎ、仕方なく6人は興信所へ戻る。 
 モーリスはみゆきが興信所にいた時の事を考えて畑山の変化を解いておく。
「みゆきちゃん!」
 扉を開けるなり、シュラインが声を上げた。
 草間は何処かに出掛けたらしく、無人の暗い興信所のソファに、浴衣姿のままのみゆきがぽつんと座っている。
 顔をあげるみゆき。その頬には幾筋もの涙の後があった。
「一体どうしたの、何かあったの?」
 汐耶に、みゆきはゆっくりと首を振った。
「デート、つまんなかったの?
 みあおの言葉にも首を振る。
「デートは、とっても楽しかった。先輩と色んな話しが出来たし、花火が綺麗だったし、この浴衣も、褒めて貰えたし」
「だったら、どうして?」
「何かいやな事でもあったのか?」
「不満な事でも?」
 口々に尋ねて首を傾げるあげはと慶悟、そしてモーリス。
「ううん、違います。反対で、凄く嬉しい事があったんです。先輩が、告白してくれて、本当はあたしが告白しようと思ってたのに、先輩が先に、あたしの事が好きだったって言ってくれたんです」
「それに、何か問題が?」
 告白の仕方が悪かったのか、シュチュエーションが悪かったのか、と自分の言った言葉を思い出しつつモーリスが尋ねる。
 みゆきはまた首を振った。
「折角の両思いなのに、あたし死んじゃってるんだなって思ったら、凄く悲しくなっちゃって……。突然逃げ出したりして、先輩に悪い事しちゃった……」
 大好きだった先輩から告白をされた。それは本当に嬉しくて、夢でも見ているようだった。しかし、両思いでもどんなに好きでも、二度と一緒に過ごす事は出来ない。
 恋をしたかった。漫画や小説やドラマに描かれるような、素敵な恋をしてみたかった。
 けれど、恋がこんなにも悲しいものだとは知らなかった。
 思い残すことはない筈なのに、悲しくて悲しくて溜まらない。
「みゆきさん……」
 あげはは小さな息を付いてみゆきの隣に腰を下ろした。
「今はこうして、不本意な形になってしまったけれど……、死んでまで想う女の人と、想われる人って言うことは、きっと2人はまた出会えると言うことだと思うわ。何時か再び生を受けた時に、きっとまた、同じ人に恋をするのよ。そして、その時はきっと叶うと思うの。だから、気を落とさないで……」
 もしかしたら生きているあげはが言うべき言葉ではないのかも知れない。けれど、モーリスを畑山と思わせる嘘が優しい嘘だとするならば、こんな励ましの言葉もきっと優しくみゆきに届くに違いない。
「また、会えるでしょうか」
 ぽつりと言うみゆきに、慶悟は頷く。
「あんたが転生して、相手の男も転生した時に」
「再び出逢って、素敵な恋をして、楽しいデートをすると思う」
 汐耶が言うと、みゆきは漸く笑みを浮かべた。
「あげはと2人でね、写真一杯撮ったんだよ。一番綺麗なの、みゆきのお墓に飾ってあげるね」
 言って、みあおは自分とあげはのデジカメを指さす。
「うん、お願い。楽しみにしてるから」
 頷いて、みゆきは深呼吸をする。
 ソファに腰掛けていた体が、霧のように薄くなり、ゆっくりと消える。
 窓の外に、最後の花火が上がった。
 

end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449 / 綾和泉・汐耶   / 女 / 23 /都立図書館員
1415 / 海原・みあお   / 女 / 13 /小学生
2318 / モーリス・ラジアル/ 男 / 527 /ガードナー・医師・調和者
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 /陰陽師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 /甘味処【和】の店主

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■         ライター通信          ■
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 この度はご利用有り難う御座います。
 何時もプレイングを活かし切れなくて申し訳ありません……(涙)
 ちょっとでもお楽しみ頂ければ幸いです。