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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で3 - 協奏曲 - 】


「ファーさんのことをお話する前に、まず、私のことを話させてもらってもいいですか?」
「お前の……ことを?」
 自分を知ってほしい。そんな感情から生まれた言葉ではなかった。けれど、人のことを全て知っているというのに、自分のことを何も話さないのは少々気分がよくない。
「私の過去は……とても誇れるものではありません。しかし、私にとっては大切なものです」
 もしかしたら、ファーにとっても、そうなのだろうか。
 ファー自身の過去は、話を聞いただけではとても誇れるものではない。
 けれど彼にとっては、大切なものと言えるのかもしれない。
「私はもともと、人間でした」
「……え?」
「神を殺す力を持って生まれた、人間だったのです」
 ファーは信じられないといった瞳で、まじまじとメルディナを見つめる。
「そして、人々の救いの力になれると信じて、生きながら死神となりました」
 そんなことができるのか。
 しかし、実際にそうなった人間が目の前にいるのだから、間違いないのだろう。
 死神と人間、そして神の関係はよくわからない。
「死を纏い、死を運ぶのが私の仕事。しかし私は、死ななければならない者に恋をして禁忌を犯しました」
 禁忌を犯してでも、貫こうとした強い想い。
 貫いた想いの結果はどうなったのだろうか。それを問うことはファーにはできない。
 そこにはあまりに、重い想いがつまっている気がして――軽はずみな疑問の言葉でなんて、聞いてはいけないと思ったのだ。
「それで、そのように封じられているのか?」
 だから、ファーはそんな疑問だけを口にして、あとは心の奥底にしまうことにした。
「ええ……そうなります」
 人はときに、誰にも言えない過去を抱えている。思い出したくもない過去を、抱えている。それでも――前に向かって生きている。
 ファーは一つ息を吐き、自分の中に生まれた驚きや疑問を洗い流すと、あらためてメルディナを見つめなおした。
「俺のことを、聞いてもいいか?」
「わかりました。お話します」

 ◇  ◇  ◇

「まずは、ファーさんがどの程度ご自身のことについて知っているか、教えてください」
「俺自身について……」
 知っていることなど、ほんの一握りだ。しかし、ほんの一握りの知っていることも、ファーはメルディナに話したことはなかった。
「俺は――記憶を失っている。過去と呼べる大半の部分をなくしてしまった。俺がこの世界を訪れる前にすごしていた世界に足をつけたとき、俺は翼を完全に失っていた」
「しかし、片翼は取り返した……のですね」
「もう片翼は……わざと、手にしなかった。自分にはいらないものだと思ったから、その場で消滅させた」
 ファーが消滅させた――はずの片翼は、彼の命を狙うあの少女の手の中にあった。たぶん彼は、そのことを知らない。
「その片翼には、一体何が? 何をいらないと、思ったのですか?」
「……俺の過去の記憶と感情、だ」
 そこでたくさんのものを失った。たくさんのものと別れた。けれど判断は間違っていなかった。
 失ったものも、別れたものも――新たな記憶で少しずつ埋めていけばいいのだから。
「もし、その翼が、あなたを求めてこの世界にきているとしたら、どうしますか?」
 メルディナの冷静な言葉が、ファーの背筋を凍らせる。
「ご自身の力については、かなり理解しているようですね。貴方が過去に――堕天使ルシフェルとして犯した過ちも、その力の大きさも」
 どくんっ。
 血が、逆流するように荒々しく動き始める。反応したのは「ルシフェル」という単語。自分の奥底に眠っている、本当の名前。けれど、決別した名前。
「翼があなたの手に戻れば、過去と同じ過ちを繰り返す。しかし、その翼は、飛び散った羽根の一枚いちまいを消滅させなければ、失われることはない」
 ファーが苦しそうに心臓をわしづかみにしながら、肩で呼吸をしている。
 店の外にいるであろうあの少女が持っている羽根と、ファーの奥底に眠る力が呼応して、彼を苦しませているのだろう。甘美な誘惑をかけているのだろう。
「運命と戦いますか? それとも初めから立ち向かうこともせず、逃げますか」
 戦って負けてしまったのなら、それまでのこと。その場であの少女でも、メルディナにでも決着をつけてもらえばいい。
 立ち向かうこともせずに逃げてしまうのが一番楽だ。目の前に突きつけられた現実からも、自分が背負わなければいけないたくさんの罪からも、目を反らし続けてしまえば――
「……戦って、勝てるのだろうか……」
 弱気な発言だとは自分でも思った。けれど勝ってみせるとは、はっきりと言い切ることができない。
 今も、根底に沈む真っ黒な感情が流れ出て、自分を誘っている。

 昔の自分を取り戻せ。
 殺戮という名の快楽に身を任せ、何も考えずに快感の海を泳いでいたあのころの自分を。

「それは、私にはわかりません」
「……逃げるのは、嫌だ」
「ならば、神殺しの力と力を解放した死神の鎌でなら、運命ごと羽根を切り離せます。切り離した羽根を神の力すら封じる「神封じの枷」をつけている私の中に封じてしまえば……全ての柵から開放されるでしょう」
 でもそれも、自分の背負うべきものから逃げているのと変わらない。
 だめだ。それじゃダメだ。
 ファーは大きくかぶりを振ると、ぎゅっと心臓を握っていた右手に力を入れ、
「もし……勝てなかったら、すぐに切ってくれ。お前でも、あの子でも、どちらでもかまわないから」
 メルディナにはっきりと告げる。
 運命と戦い、自分を試してみるという選択。ここで負けてしまうのであれば、「ファー」という人間はそれまでだったということ。
 ファーの決断をしっかりと聞き終わったとき、音もなく現れる、来訪者一人。
「……苦しむ前に、死を選ぶ選択もあるというのに、どうして、わざわざ立ち向かう?」
 少女――スノーはそんな一言をつぶやきながら、ファーに近づき、その手に持っていた漆黒の羽根を手渡す。
 刹那、辺りが混沌の闇に包み込まれ、「くっ」と何かに耐える一言を最後に、ファーは姿を消してしまった。

 ◇  ◇  ◇

 力がみなぎってくるような感覚。
 今まで知らなかった自分との対峙。
 手を招かれ、思わずそちらに歩き出しそうになって――かぶりを振った。
 その誘惑にはかからない。
 人を幸せにするための力ならともかく、人を殺し、不幸にする力や感情なんていらない。
「……力がほしくないのか?」
「そんなもの、今の俺には必要ない」
「最高の快楽が、待ってるぞ」
「それは、苦痛を伴うものだな。心が痛む」
「そんなことはない。殺して、殺して、殺しまくればいいんだ」
「死ねば誰かが悲しむ。それは胸が痛むことだ」
 ふと、真っ黒な感情が自分の中に流れ出した。
「なっ……」
「そのような甘い考え、とうの昔に捨てたはずだ」
「だが……いま、確かに俺が持っている」
 手足の自由が利かない。ゆっくりと近づいてくる人影。
「必要ない。封じてしまえばいい。あとは快楽に身を任せるだけだ。楽だぞ」
 甘美なまでの誘い。
 流れ込んでくる、快楽の感覚。
 流されそうになる心――
 しかし。
「ファーさん」
 それを塞き止める、一つの存在。
 聞こえてきた声に、しっかりと目を見開き、手足を無理矢理にでも動かし、人影に対してかぶりを振った。
「……俺はお前の償いをして、生きていく。一人でも多くの人に、ささやかでいい、幸せを与えられるように」

 背後から――真っ白な光に包まれた。

 ◇  ◇  ◇

「誘惑に負ける。あれには勝てない」
「……強い意志を持って立ち向かうことが、何よりの力になることがあります」
 今、ファーは戦っている。
 漆黒の闇の中で、過去の自分と向かって、その過去を乗り越えてまっすぐに生きていくために。
「だから多分、ファーさんは帰ってきます」
 飲み込まれた混沌の先、光を掴み現世に帰ってくるのはファーか、それとも過去の彼か。
 彼が今までいたその場所を見つめる二人の瞳に、突然、眩い光が飛び込んでくる。
「誘惑に負けたっ」
 鎌をしっかりと握りなおし、スノーがその光に向かって大きく鎌を振り下ろそうとした。
 メルディナが静かに少女の動きを制する。
「ファーさんは、帰ってきます」
「しかしこの光は強い力。間違いなく、負けた」
 スノーがメルディナに言い聞かせるように何度も「負けた」と口にするが、かぶりを振って断固としてその事実を認めないメルディナ。
「ファーさん」

 立ち向かうことを決めたんです。
 その意志があれば――きっと、あなたは……。

 光の中に人影が確認できたかと思うと、突然その光が消滅して、辺りは薄暗い紅茶館「浅葱」の風景を取り戻した。
 人影が――音を立てて立ち上がる。
「……呼んだか……? メルディナ」
 光の中から現れたのは、間違いなく――この紅茶館「浅葱」のウエイター、ファーの姿だった。

 ◇  ◇  ◇

 朝陽が目を覚まそうとしている時刻。今日も一日が始まろうとしていた。
『この先、また新しく羽根が姿を現したら、どないすんねん。お前!』
 関西なまりの親父くさい声音が店に響き渡る。
「そのときは、俺でなんとかする。自分の一部だ。すぐに誰かの手に渡ったりしない限り、その存在を感じ取れると思う」
「けれど……それは百パーセントではない」
 冷たく言い放たれて、言葉を失うファー。
『……しゃーないな、こっちが羽根を見つけたときは、しっかり情報送ってやるから、ちゃんとお前で処理するんや? ええな?』
「ああ。約束する」
 ファーがこれから生きることの意味は、とても重く、ときに彼自身を潰してしまうほどの大きなものかもしれない。
 けれど、ファーは自身で選んだ。
「……スノー、これからも世話になるかもしれないが、よろしく頼む」
「……馴れ合うつもりはありません。もし、人に危害が加わるようなことになれば、すぐに殺す。それだけ……」
 スノーとおしゃべりな大鎌はそれだけを言い残すと、店を後にした。
 残ったメルディナにあらためて向きなおし、ファーは大きく頭を下げると
「迷惑をかけた。すまなかった」
 謝罪をする。
 メルディナは一瞬目を点にしながらも、やわらかく言葉を口にした。
「戦わない事を選んでいたら……貴方の魂を貰うつもりでした」
 冗談交じりに、苦笑をもらしながら。
「……そうか、いや、それが、正しい選択だと俺も思う」
「けれど、選んだ道は違いましたね」
 歩くことを中断せず、ファーは険しく辛い道のりを歩き続けることを決心した。
「私も、同じような道を歩いているのかも……しれません」
「え?」
「いえ……今度……人のいない時、紅茶を飲みに寄らせてもらいます……」

 ドアからではなく、その場で姿を消し、ファーの目にも映らなくなってしまう。
 ファーはそんな彼女へと、一言。

「いつでも、待っている」

 多大な感謝を込めて、彼女に必ず届いていると信じながら。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖死神・メルディナ‖整理番号:3020 │ 性別:女性 │ 年齢:999歳 │ 職業:禁忌を犯しし死神
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました! ライターの山崎あすなです。
最終話の発注ありがとうございます! こうして一つの物語を書き上げさせてい
ただけて、本当に嬉しく思います。

常に冷静で、落ち着いているメルディナさんが、最後までファーを見届けて下さ
って、とてもファーが成長したと思います。自分の過去を話す場面や、作品全体
的に、どこかファーと自分を重ねているのかなと思い、重さが出るように表現さ
せていただきました。

楽しんでいただけたら、大変光栄です。
本当に、最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
それでは失礼いたします。またお目にかかれることを楽しみにしております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へいらっしゃってください。

                         山崎あすな 拝