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<東京怪談ノベル(シングル)>


めざせ☆なんばーわん・あたっか〜


「さあ!今日こそはわしと決着をつけるのじゃ、嬉璃殿!」
 夏は海水浴に限ると思う今日この頃。
 青い空。白い雲。灼熱の太陽。焼けた砂浜と視界いっぱいに広がる海。素晴らしい自然のツートンカラーの一角。
 何故かここにはかなり本格的なビーチバレーのコートがセッティングされている。
 平坦にならされた砂地。16×8メートルで区切られたコート。ポールと紅白ストライプのアンテナが太陽を反射して少し眩しいかもしれない。
 そして、それを為した張本人であるところの本郷源はむやみに反り返りつつ嬉璃をビシィッと指差した。
 そんな源の格好は、白地に赤ライン…ついでに背番号まで入ったシャツに、赤のブルマといういわゆるひとつのバレーボールユニフォーム。
 明らかに浜辺で浮いている。
「源……珍しくおんしがしきりと海に誘うから何かと思うたら……」
 だが、名指しで挑戦を突きつけられた当の本人は、ただただ胡乱な表情で溜息をつくばかり。
 あやかし荘の管理人が用意してくれたサーモンピンクのスクール水着がちょっぴりむなしい。
「ひとつ聞きたいんだがのぅ?」
 そして、嬉璃は緩慢な動きで源の頭上を見る。
「この【第二回あやかし杯ビーチバレーボール大会ぱふぅぱふぅ】とはなんぞ?」
 見上げた先には真っ白な2メートル近い布地に墨らしきもので書かれた横断幕がばさばさと風に揺れていた。
 健気にもそれを砂地で左右から支えているのは、源の相棒にして2足歩行可能化け猫2匹である。
「読んで字のごとくじゃ!」
 今度はビシィッと横断幕に燦然と輝く文字を指差す源。
 そしてやたらと不遜な『ふふん』という笑みまで浮かべていたり。
「……で、第一回目はどこにあるのかのう?」
 それに対し、嬉璃が投げ掛けたのは非常に冷静かつ素朴な質問だった。
「何を言うておるのじゃ?第一回目はすでにやっておるではないか」
「…………そう、かのう?」
「そうじゃ!日本古来からの伝統行事、羽子板にて雌雄を決したではないか!」
「……………」
 正月も10日を過ぎた日の出来事をぼんやりと回想してみた。
 確かアレは羽子板選手権だった。
 どう考えても、やはり羽子板だった。
 何となく庭球だったような気もし始めているが。
 とりあえず互いの顔面を思うさま墨汁で塗りたくったことだけははっきりしている。
「それに、来年やると聞いたような気もするのぢゃがの?」
「ふっふっふ。あやかし杯が二回目なのじゃ!内容は変わるかも知れぬと先に申したはず!ならば問題ないじゃろう?」
 源の髪に飾られた黄色いリボンがさらりと風に揺れた。
 バレーボールのユニフォームに身を包んだ童女と、可愛らしい水着の一見童女の2人。
 青い空。白い雲。寄せては返す波の音。
 ざざーん。
 嬉璃は激しく遠い目をしていた。
「さあ――行くわよ、嬉璃さん!永遠のライバルにして親友……そんなわたくし達のどちらが真のエースか今日こそ決着をつけましょう!」
「な、なんじゃ!?おんし、また口調が変わって――っ」
 だが、そんな彼女の言葉を遮って突然ホイッスルの甲高い音が鳴り響く。
 そして。
「そぉっれ!」
「!!!」
 バシュ―――っ
 一体どこから取り出したのか。
 いつのまにかコートの向こう側に移動していた源が掛け声と同時にスイカ模様のビーチボールを空高く放り投げた。
 そして、次の瞬間には強烈なアタックと共に嬉璃の足元に突き刺さる。
「―――っ!?」
 キュリキュリと回転するボールの風圧で砂埃が舞い上がる。
「またしても、おんし……不意打ちできおったな?」
 しかもビーチバレーのサービスはアンダーが基本のはずではなかったろうか。いや、そもそものサービス権を取るかどうかのトスがなかったような気がする。
 だがしかし。
「この程度のサーブが返せなくて全国制覇を狙えまして!?お話になりませんわよ!」
 問答無用。ルール無用。喧嘩上等。夜露死苦……は少し違うが、とにかく源の態度が一切の発言を却下している。
 なお、ギリギリと睨みあう2人の横で、黒猫・ニャンコ太夫が好きなだけ回転した後ころころと転がったビーチボールをとてとて駆け寄って回収していた。
 さらに横を見れば、横断幕を掲げた茶トラ・にゃんこ丸が審判の役も兼ねているのが分かる。
「今日この日のために特訓してきたわたくしの妙技、とくとご覧遊ばせ!」
 なんだかかなりキャラが違う。
 そんなささやかなツッコミを心の片隅で入れる余裕すら、嬉璃には与えられなかった。
「さあ、行くわよ!」
 再びホイッスルが鳴り響く。
「血の滲むような特訓で得たこの秘儀、返すことが出来るかしらっ」
 ざしゅっっ―――
「これは!ボールが回転していない――?」
 砂地を蹴って伸び上がった源の細い腕から強烈なアタックが繰り出される。
 そういえばこの技、どこかで見た。
「川に流れる木の葉をヒントに編み出された技でしてよ?そしてこれが―――っ」
 スイカボールが源の手に戻ると同時に、またしてもコートの向こう側から叩きつけられる。
 これで既に3点先取された。
 手も足も出ないとは悔しすぎる。
「そろそろ本気になっていただけないかしら、嬉璃さん?このセット、後がなくてよ?」
「………わかっておるのぢゃ」
 得意げに胸をそらせ、傲慢なお嬢様を演出中の源を見やり、嬉璃は気付く。
 ああ、そうだ。
 深夜のTVショッピングでDVD-BOXが発売になるとかなったとか言っていたアニメ番組ではなかったろうか。
 そんなことが分かったところで内容を知らない自分にはどうしようもないのだが。 
「さあ、行きますわよっ!!」
 調子付いた源から繰り出された4回目のサービスは、しかし―――
「……図に乗るでないぞ、源―――」
 ずさぁっと身体をスライドさせて、横飛びしつつ腕を伸ばした嬉璃によって見事返される。
「それはどうかしらっっ」
「なっ――!?」
 空中でぐるぐると回りながら見事なレシーブを決め、すぐさま身体を捻って浮いたボールをアタック。
「まけぬぞ!」
 このままでは座敷童の名がすたるとばかりに、きりりと嬉璃の表情が変わる。
 特殊効果を狙ったかのようにザバーンっとむやみに津波が起こり、逆巻き、砕ける。
 太陽がその輝きを更に増した。
「もう後はなくってよ!」
「させぬっ」
 サービス。回転レシーブ。トス。ダブルアタック。レシーブ。またトス。
 驚異のジャンプ力と腕力と瞬発力を持ったラリーが次の瞬間、ひとり時間差が見事に決まって源に軍配が上がった。
「まだまだ!全国制覇はそんなに甘くなくってよっっ」
「おのれぇ」
 人体の限界と重力の法則を無視した技の数々で嬉璃を翻弄する源。
 6歳児とは思えない身体能力の披露。むしろ人間じゃない。
 いや、源はとりあえず普通の人間ではないのだが。
 何故ビニール製のボールが破裂しないのかが不思議なほどの攻防戦が繰り広げられる真夏の浜辺。
 気付けば平日の昼日中にも拘らず、彼女達を見守る人垣が二重三重に出来上がっていたりもした。
 そして流れ弾に当たって気絶する人、鼻血を噴きつつ悶絶する人たちが数名出てしまったのが、この辺は不可抗力であろう。
 本人達の視界には周囲の被害など一切入っていない。
 もちろん悲鳴だって救急車を呼ぶ声だって聞こえていない。
 あるのはライバルへの飽くなき闘争心のみだ。
 白熱する試合。
 怪我人続出と共に、次第にカウントは意味を成さなくなる。
 そして。
 源がさまざまな秘儀を以って、全国……いや、世界を制するMVPアタッカーに今まさに上り詰めようとしたその瞬間――
「ああ!見ろ!!」
 ギャラリー内から誰かの叫びが上がり、一気にどよめきが広がった。
 青い空。
 白い雲。
 そして、この夏一番のビックウェーブ。
「のーまーれーるーぞぉおおおぉお!!」
 だが全ては遅すぎた。
 気づいた時には何もかもが遅かった。
「――――!?」
「なんとっ」
 源、嬉璃、にゃんこ達、そして観客全員の視線を釘付けにして、海は容赦なく襲い掛かってきた。

 ざっぶーん。

 自然は偉大である。
 そして雄大で厳しい。
 ポールもコートもその場にいた全てのものを薙ぎ倒し、呑み込み、洗い流した。
 源、嬉璃両名の強靭な肉体を以ってしても太刀打ちなど出来るはずもなく。
 試合に夢中となって避難が遅れた彼女達は、目を回したままぷっかりと青い海の波間を漂うのだった。


 彼女たちの戦いはまだまだ終わらない。




END