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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


復讐交響曲 〜やんぬるかな〜

「オルゴールが鳴るんです」
 バーコードに整えられた髪をしきりに撫で付けながら彼は呟いた。
「借金の形に取った素晴らしい細工のされたオルゴールなのですが、最近夜中になると自然と鳴り始めるのです」
 成る程、草間は頷いて先を促す。
「金貸しという職業柄、酷く恨まれることもあります。あまり信じてはいませんでしたが…霊に復讐されるというのも有り得ない話ではないのです」
「つまりそのオルゴールを調べて、勝手に鳴り始める原因をつきとめ、霊的原因があるならば取り除くように、と?」
「はい…どうか宜しくお願いします」

 しょぼくれた依頼人が重い足取りで帰った後、手つかずで冷めてしまったお茶を片づける零が一言、呟いた。
「兄さん、あの依頼を請ける気ですか?」
「ん、ああ。取り敢えずな」
「私、乗り気しません」
 零の言葉に草間の目が眇められる。だが、零は退こうとしない。
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて…」
「気の流れで解ります。あの人、そうとうあくどいことしてますよ。そのオルゴールも元の持ち主があの人のせいで命を落としてるんじゃないでしょうか。だから、あんなに怯えてるんだわ」
「…決めつけるのはまだ早いな。もし仮にそうだとしても、依頼人は依頼人だ」
 草間が言いきると、零は口を閉ざす。そして無言で草間の前に新しい茶を置いた。中身が零れて机を濡らした。湯飲みの底にも一条の亀裂が入っている。
 草間はソファの背もたれに体を預けると、銜えていた煙草を深く吸い込んだ。

       †          †

 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)が草間興信所を訪れたのは趣味の書店巡りのついでであって、特に意味のないものだったのだけれど、たまに気味が悪いほどにタイミングが良いこともある。今回もそうだ。
「その依頼の関連記事、読みましたよ」
 汐耶は数日前の新聞の紙面のほんの少しを占めていた記事を思い出して呟いた。
「現代彫刻家、金銭トラブルを苦に自殺。よくある記事だけど、少しだけ気になったの」
 亡くなったのは彫刻家の久良木・肇(くらき・はじめ)氏、五十六歳。現代彫刻家といえば聞こえはいいが、実際は趣味を追いつめた結果のようなもので、特にこれといって良作を作ったという結果もなく、残ったのは売っても二束三文にしかならないがらくたの山と、莫大な借金、というわけだ。
「この久良木氏、遺書を書いてたらしいんですけど、彼が最期に彫った作品…木彫りのオルゴール箱を借金をしていた人に譲るって書いたらしいんです」
「それが今回の依頼人と問題のオルゴールってことか?」
「ええ、多分間違いないと思います」
 草間はデスクチェアの背もたれに体重を預ける。ギィと嫌な音がした。
「成る程、遺作に彫刻家の怨念が取り憑き、自分を追いつめた者を取り殺すか…」
「まあ、俗な言い方をすればそうね」
 汐耶はそう言うと、小さく肩を竦める。
「で、この件の解決、頼まれてくれるか?」
 草間は新しい煙草に手を伸ばしながら、苦笑い。
「まあ、いつものことですものね、承りました」
 汐耶はそういうと、諦めたように小さなため息をついた。

       †          †

 依頼人・大堀憲次郎(おおほり・けんじろう)氏の自宅は閑静な高級住宅街の中にあった。いかにも金持ちの家といった風情の住宅が並ぶ中、佇まいは比較的ひっそりとしていて趣味が良かったが、その家に一歩招き入れられたところで、汐耶はぐったりとやる気を萎えさせられた。
 汐耶が通されたのは吹き抜けになった広いリビング。ただそれだけならばいい。だが、汐耶は専門家でないにしろ、多少「解っている」ほうだという自負があった。まあ、そうでなくてもこの無秩序さには違和感を覚えるだろうが。
 無秩序…そう。そう言うのが正しいのかどうか解らない。このリビングに置かれた家具や小物、装飾品が「良い物」ばかりだというのは疑う余地もない。だが、なぜこう気に障るのだろうか。神経を逆なでにされるような不快感を感じた。
「これが問題のオルゴールなのですが…」
 大堀氏にそう切り出されて、汐耶ははっと我に返った。
 目の前に申し訳なさ気に座った大堀氏が差し出したのは一つの木彫りのオルゴール箱。
 そのオルゴール箱を見て、ふと、汐耶は目を眇めた。
「…これは…」
 久良木氏は生前、特に評価をうけることもなかった彫刻家だが、このオルゴール箱は何かが違った。久良木肇・最期の作には何か込められた念のようなものが感じられた。
「素晴らしい物ですね。確かにこれから年月を経れば霊的エネルギーを得て曰くのある品物になるかも知れません」
「じゃ、じゃあやっぱり夜中このオルゴールが鳴るのは!?」
 怯えた目つきの大堀氏。だが、汐耶は首を横に振った。
「いいえ。確かにこのオルゴールには何か強く訴えかける物がありますが、それは未だ霊的エネルギーにはなっていません。久良木氏がこの作品に込めたのは貴方への怨念ではないのではないかと思います」
 大堀氏は少し渋い顔をした。まるでそんなことなど有り得ないというかのように。
 だが、汐耶は更に言葉を重ねた。
「…ところで、何故貴方はそんなに怯えているのですか?夜中にオルゴールが勝手に鳴りだすのは確かに不気味ですが、それを即制作者の怨念と捉えるのは早計に過ぎませんか?」
「…それは…有り得ないからですよ…」
「有り得ない?」
「…オルゴールの蓋を開けて見て下さいよ」
 すいと目の前に出されたオルゴール。汐耶は一度大堀氏に目礼をして、その蓋をそっと開いた。
「…オルゴールが…!?」
「そう、そのオルゴールはまだ未完成なのですよ。何しろ、オルゴールが未だ取り付けられていないのですからね。当然、そんなオルゴールが鳴るはずもない、というわけですよ」
 心なしか青ざめた顔で、大堀氏。
 汐耶はそのオルゴール箱をしばらく見つめていたが、目を眇めると同時に、大堀氏を見上げた。
「…少し、お話しして頂きたいことがあるのですが…」

       †          †

 翌日 於 W大学電子工学科

 汐耶は大学構内のあるベンチに座っていた。
 夏の日差しは申し訳程度に設置されたベンチの庇に妨げられて弱まってはいたが、あまり長居をしたい場所でもない。しかし、汐耶はそこに座って根気強く待ち続けた。丁度読みたかった本も持ってきていた。
 汐耶の目当ての人物がやっと現れたのは汐耶がその本を読破し終わる寸前。怖ず怖ずと汐耶の前に姿を見せたのは何処にでもいる普通の男子大学生。
 汐耶はそっと読んでいた本にそっとしおりを挟むと、その青年を見上げた。
「貴方が久良木・基(くらき・もとい)さんですね?」
「…はい、あの…遅くなって申し訳ないです…」
「いいえ、気にしていませんよ。むしろ予想通りです」
 にこりと笑って汐耶。青年=久良木基は面食らったように口を噤んだ。
「私が貴方に会いに来た理由、解っていて遅れたのでしょう?」
 汐耶が子供をあやすような口調で告げると、基は泣きそうな顔をして俯いてしまった。
「…すみません。あのオルゴールに細工をしたのは俺ですっ!」
 基は勢いよく頭を下げる。その体勢のまま、もごもごと真相を話し出した。
「父が不憫だったんです。父はあれだけ彫刻を愛していました。それなのに、あの男に金を借りたばかりに、自分の作った物全て手放さざるを得なくなったのですから。最期の最期に作った品でさえ、あの男に持って行かれる…それを考えたら居ても立ってもいられなくて…。ただ父の無念を伝えたかったんです」
「電子工学科在席。貴方なら簡単だったでしょうね。毎日夜中に鳴るようにセットした電子オルゴールを箱の上げ底に忍び込ませる。でもどうしても証拠は残ってしまう」
「……………」
 汐耶は手にした本をバッグに滑り込ませると、ベンチから立ち上がって、大きくのびをする。ずっと座ったままだったせいか、関節が軋んだ。
「…俺はどうなるんですか?」
「私たちは警察じゃない。貴方をどうこうする権限は無いし、夜中にオルゴールを鳴らすのが罪になるわけでもないでしょう?」
 汐耶はそういうと、バッグを一度、肩にかけ直し、基に背中を向けた。
「でも、一つだけ。貴方のお父様はあの大堀氏を恨んでいたわけじゃなかったんじゃないかしら。あのオルゴールは恨みによって作られたようにはみえなかった。もっと優しい感情…そう、親子の情のような…そんな感情から作られたような気がするの」
「……………」
 口を噤む基を残し、汐耶は真夏の日差しのなか、大学構内を後にした。

       †          †

 その夜 於 大堀邸

 大堀氏は今まで自分を悩ませていたオルゴールを目の前に、キリキリと唇を噛み締めていた。あんな単純なトリックに騙されていた自分も情けなかったが、それよりもなによりも、久良木親子にしてやられたのが悔しくてならなかった。
「あのガキ…いやに大人しくオルゴール箱を渡したと思ったら、こんなトリックを…」
 大堀氏は爪を噛んで怒りを抑えていたが、その努力も虚しく、怒りはどんどん膨らむばかりだった。
「くそっ、腹の虫がおさまらん。あのガキ、どうしてくれようか!」
 幼稚な怒り。だが、大堀氏には我慢がならなかった。その怒りは真っ先に、トリックをしかけた基に向いていた。
「二度と日の光の下に出て来られないようにしてやる!」
 草間や汐耶の前ではしおらしくしていた大堀氏だが、元々は粗暴な性格を持っている。その怒りの行く先が恐喝や暴力になるのは当然の帰結だ。
 だが、仲間に基を追いつめる指示を与えようと座っていたソファから立ち上がった瞬間、その音は響いてきた。

 チン…カラチン…

   チンカラ…チン…

 澄んだオルゴールの音色。
 基が仕掛けたという電子オルゴールは取り去ってしまったはず。一瞬顔を強張らせる大堀氏。だが、すぐに思い至った。
「もう一つ、仕掛けてあったのか!」
 大堀氏は乱暴に机に乗せられたオルゴールを掴むと、逆さにして大きく振り回した。だが、中には何も入っていない。音も消えない。
 さっと大堀氏の顔色が青くなる。
 そうだ。電子オルゴールの音は今考えてみるとかなり薄っぺらな音だった。だが、今聞こえているこのオルゴールの音はどうだろう。本当にオルゴールがあるかのような澄んだ音。
 大堀氏は目を見開いた。

       †          †

 次の日の新聞に、閑静な住宅街で一人の男の変死体が見つかったことが報道された。
 汐耶はその新聞記事を読みながら、ため息をつく。
「まさかとは思ったけど、本当にこうなるとはね…」
 汐耶は首を軽く振った。草間はいつものように煙草を銜え、その汐耶を見ていた。
「で、どうするんですか?そのオルゴールは?」
 零が汐耶の前に紅茶を運びながら呟く。
 汐耶は小さく肩を竦めた。そして草間に視線を送る。
 その草間は暫く何も言わずに煙草を銜えていたが、ふと煙を吐きながら答える。
「…どうもしなくていいんじゃないか?俺達が引き受けたのはあくまで真相の究明だ。あの男の仇を討ってやる義理はない」
「…でも、危険じゃないんですか?そのオルゴールは?」
「それについては心配いらないと思うわ」
 汐耶は新聞を丁寧に畳み、目の前のテーブルに投げ出す。
「あのオルゴールは怨念で動いているわけじゃないもの。ただ、息子さんを護りたいという思念で動いている。悪い物じゃないわ」
 汐耶もそういって草間をフォローするが、零は何だか不満そうだ。
「最初は依頼を請けるのも嫌がったのに、今はずいぶんご執心なんだな?」
 その零を軽くからかうように草間。零はその意地悪な言葉に、小さく頬を膨らませた。草間に差し出すコーヒーのカップがぴしりと音を立てた。
 草間はふうとため息をついて呟いた。
「…二つ目…か…」


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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ライターとしては初めましてですね。
発注、有り難う御座います。
復讐交響曲 〜やんぬるかな〜 をお届けします。
謎の言葉「やんぬるかな」。
古語で「もうダメだ」という感じの意味合いの言葉なのですが、
この文章を書いているときのライター心中でした。
実はこの依頼、ライターの手違いにより以前開いた窓を
もう一度開いてしまったものなのです。
ライターとしても焦りましたが、本当に申し訳ないです。
二番煎じになってなければいいなぁ。