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<東京怪談ノベル(シングル)>


伝説はまずマンガ家から〜カレー閣下の情報源


 「辛ぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」

 口を押えて中華バリバリな外装の店から慌てて出てくる人間が4人。全員がその唇を唐辛子のように真っ赤に染め上げ、抜群のタラコ唇を道行く人に披露していた。ここは東京のとある商店街で、今は昼下がり。我らがカレー閣下とその部下3名は今日も元気よく究極のカレー様探しをしていた。いや、実際にはこの行為をたいそうに言う必要はなかったりする……


 なぜなら、毎日やってることだから。


 今日は中華カレー屋の『中国四千年の秘儀!悶絶☆四川カレー』を食べたのだが、これがまた辛いだけのカレーでとにかく酷い目にあったとこういうわけだ。しかも店の方針とやらでお冷は一切出ず、とにかく辛さだけを堪能させられるという……これはもはや、一種の拷問である。口の中が火事になっている兄貴のために、部下が気を利かせて近くのコンビニでミネラルウォーターを買ってきた。口を押えながら無言でそれを差し出すと、閣下はキャップを開けてそのままぐびぐび飲み始める。

 「ぐびぐび……ほら、てめぇも飲め!」
 「ありがとうございますっ! ぐびぐび……はいっ、次。」
 「おおっ、ありがたい……ぐびぐび。」
 「ああ、助かった……ぐびぐびぐび。ぷはぁ! はい、兄貴。残りはどうぞ。」

 最後の部下が中身の余ったペットボトルを差し出すが、閣下はそれを受け取らない。

 「お前……多めに飲んでねぇか? 『ぐび』がひとつ多かったぞ?」
 「いぎ! そ、そんなことないっすよ、マジで……その……」

 「てめぇ、みんな仲良く同じ量しか飲んでないのにお前だけぇぇ!」
 「ああ、あと残りは兄貴で飲めば、別に問題ないじゃないんじゃ……」
 「そういう問題じゃねぇ! てめぇ、人が黙ってれりゃあ勝手な真似しやがって……!」
 「そうだ! 神聖なるカレー屋巡礼を汚すなっ!」

 同列の部下たちもここぞとばかりに卑しい奴を追いこんでいく。このままでは罰として閣下から『一日間カレー禁止令』が下ってしまう。それだけは避けたい卑しい部下は周囲を見渡し、決定権を持つ兄貴の気を逸らそうと必死になった。すると近くに、草間興信所の看板が見えるではないか。そう、ここは偶然にもオカルト探偵・草間が居を構える商店街なのだ。
 さらに偶然は重なる。草間は階段の入口で誰かと喋っていた。どうやら依頼主らしい。彼から封筒をもらってホクホク顔になっている草間を見れば、それくらいのことはわかる。部下はさっそくそちらに目を向けさせようと奮闘する。

 「あ、あ、兄貴ぃ。あそこあそこ……」
 「ああん、なんだ? ありゃ草間じゃねぇか。しかしあの隣にいる男、どっかで見たな……まぁ、それよかチェックの方が先だな。」

 とりあえずは気を逸らすことに成功した部下は胸を撫で下ろす。閣下は『東京・カレーの店超穴場!』という名の雑誌を背中から取り出し、さっきの中華カレー屋の記事に大きなバッテン印というアバウトなチェックを入れた。横にはしっかり「辛いだけ」と書いているところがなんとも閣下らしい。そこまで動いた後で閣下はあることを思い出した。

 「ああん、そう言えばあいつ……この前メシの時に連絡してきた依頼人じゃねぇか。あれ、マンガ家だったな。」
 「そういえばそんなことあったっすね。兄貴が巡礼の前だからってブッチした依頼なんじゃないっすか、あの悪魔がどうとかいう。」
 「雑誌で見たことあるなぁ……あの顔。確か、グルメマンガも描いてた売れっ子マンガ家だったんじゃなかったかな?」

 部下の話を聞いた閣下の目が光る。グラサンが光る。縦縞が光る。時計が光る。スーツの奥のマイスプーンが光る。

 「こいつは好都合だ! あの男に俺の『究極のカレー様に50歩ほど近いかもしれないカレー』を食わせて、さらに奴が究極のカレー様のヒントを持っているか吐かせようぜ! そんなマンガを描くのなら、絶対になんか知ってるぜぇ!」
 「ならさっそく行きましょうよ、兄貴!」
 「ダッシュだぜ、奪取だぜ! ズンズンズンっとぉ! おーおーおーおーおーおー、草間よぉ。この先生様を借りてくぞ!」

 唐突に現れたヤク……もとい、閣下に戸惑いを隠さない草間。そして同じ表情のマンガ家。彼らの閣下の見る目は明らかに違う。一般人を見るような目ではなかった。怪しい物体と遭遇した時に一般人が見せるあの顔、誰でも容易に想像できるあの顔に変化していた。

 「お、茂吉じゃないか。」
 「俺はカレー閣下様だ! 本名ぉぉぉで呼ぶなぁぁぁ!!」
 「だっ、誰なんですか。この人たちは……?」
 「究極のカレーを探して探して探しすぎて、血管にルーが流れてる奴らだ。」
 「誉め言葉だぜ、兄貴ぃ。嬉しいっすね。」

 「……草間さん、今、誉めてたんですか?」
 「そんなわけないだろう、あんたも普通に考えろよ。」
 「で、彼らはいったい?」
 「あんたの家に憑いた悪魔を退治するための候補だった奴らだよ。結局自分から断ったんだがな。」
 「は、はぁ……そうなんですか。ってなんですか、あなたたちぃ〜〜〜。止めてくださいよ、首つかむの!」

 マンガ家があっけに取られているうちにさっさと首根っこつかんで引っ張って行こうとする閣下。部下もあっという間にすでに身体を押えて連行する用意万端。さすがの草間は注意だけは促した。

 「おい。連れてくのは勝手だが、そのまま引っ張ったらお前らが警察に連行されるぞ。」
 「そんなことにならないように引っ張ってくからいいんだよ! そら、野郎どもやっちまえ!」
 「せーのっ……」

 「わーーーっしょい! わーーーっしょい! わーーーっしょい!!」
 「うわぁ、な、なんなんですかあなたたち……っていうかなんで連行するのを認めるんですか、草間さん! って舌噛みそ!」

 なんと閣下の部下たちがバンザイでマンガ家を上下させながら、極めて合法的に運んでいく。今度は周囲が彼らを珍奇な目で見始めた。しかしこの場合、目が行くのはマンガ家の方で閣下たちはまったく問題ない。そんな状況の中、即席お祭り騒ぎは近くの川原までわっしょいしていくのだった。


 とにかく食わせないことには素直にならないという思い込みから、さっそくカレーを作り始める閣下一同。無理やり座らされたマンガ家の目の前には、すでにカレー皿とスプーンが用意されている。なぜ、どこからこれが出てきたのかは不明である。そして彼の目の前では、すでに材料が大鍋の中で煮込まれていた。もちろん材料や調理器具、そして火がどこから出てきたのかはすべて不明。だが、彼らが自分にカレーを食わす気であることだけは理解できた。閣下は自分のためにカレーを作っている。それだけはわかっていた。

 「あのぉ……ここで火を起こすのはまずいんじゃぁ……」
 「うるさいっ、手順間違うから黙ってろ!」
 「は、はいぃ……わ、わかりましたよ。って、この匂いは……?」
 「わかるだろ、うまそうだろぉぉ? これでも未完成品だ、食って驚いて気絶するんじゃねぇぞ、聞きたいことは山ほどあるんだからな!」

 そう言いながら丁寧に鍋をおたまで掻き回す閣下。そしてどこからかご飯が出てきて、その上にカレーがかけられ……マンガ家の前に無造作に出される。要するに「食え」ということなのだろう。だが、彼は指示される前にスプーンを伸ばしていた。それだけの魔力がこのカレーにはある。そして口にそれを含むと彼は叫んだ!

 「うーーーーーーーまーーーーーーいーーーーーーー、ぞぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
 「兄貴、やっぱり兄貴の情熱には脱帽します!」
 「スゴいっす、兄貴!」
 「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ……ぺろり。」

 あっという間にカレーを平らげたマンガ家はおかわりを要求するが、閣下はそれを認めない。そう、彼はタダでカレーを食わせたわけではないのだ。あくまで究極のカレー様に近づくための情報と引き換えが条件だ。そこを履き違えてもらっては困るのだ。

 「ああああああ、我慢できないんですよぉ。もう一杯くらいいいじゃないですかぁ〜!」
 「だったら究極のカレー様の情報を教えろよ! てめぇ、なんかグルメマンガ描いてたそうじゃないか。なんか知ってんだろ!」
 「い、一応、カレーも描きましたけど……」
 「知ってることを言えよぉ!」
 「おまん、でったい知っちゃーるでしょ!」
 「兄貴、和歌山弁出てますよ……」

 閣下と作家ともに興奮が沸点まで来ていた。そしてついに我慢できなくなったマンガ家が折れて、秘密を口にしたのだ。諸手を上げて喜ぶ閣下一同。

 「わかりました、言いますよ。素直に言いますから食べさせて下さいね!」
 「おう、早く言うんだ!」
 「私ね、全然料理できないんです。」
 「おう! それでどうした!」

 「……………それでも何も、これで私の持ってる秘密は終わりですけど。」

 数秒間固まった閣下は自然解凍し、額に青筋立てながら激怒する。

 「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん! てめぇ、料理のりの字も知らずにマンガ描いてたのかぁぁぁ!!」
 「グルメだけが料理マンガ描く権利があるわけじゃないでしょ! 別に料理ができなくてもマンガは描けるんです!」
 「そんなバカな! そんなの信じられるかぁ!!」
 「信じられないならそれでもいいですよ。ほら、約束です。早くもう一杯下さ」
 「そんなわけにはいかねぇ! 今からお前はカレー断食の刑だ! 究極のカレー様の情報を出すまで食わさねぇぞ!!」
 「え! 話が違うじゃないですかっ!!」
 「やかましいーーーっ! 俺がカレーだ、カレー閣下様だ! 俺がカレーの法律だ、ハムラビ法典だ〜〜〜っ!」

 カレーを巡っての醜い争いが今ここに始まった。部下にふんじばられて身動きが取れないマンガ家は必死でカレーを望み、情報を持っていない彼を必死になって尋問するカレー閣下。不毛で不必要な戦いが幕を開けたのだった。

 ちなみにいつその幕が閉じたのかは……当事者以外、誰も知らない。


 「野郎ども、マンガ家の前で残りのカレー様を全部食っちまえ!」
 「アイアイサー!!」
 「あっ、ちょっとそれ困……ああ、やめてやめて食べないで! 私の分を残して下さ……ホント、ホントにお願いだから!!」
 「ああ、うんめぇ……今日もカレーが食えてし・あ・わ・せ♪」