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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


day-to-day
プロローグ
 ――ヒュッ。
 空を切る音は、少年の手の中にある1本の長い棒から生まれている。
 円を描き、穏やかでありながら時には激しい流れを産み。
 す、と地面を擦る足の流れは水に似て。
 その動きにつられさらりと流れる細い金の糸がはらりと身体に降りた頃には、少年――月斗は息1つ乱さずに家の中へと戻るところだった。

***

「おはよぉ…ん〜」
 まだ眠いのか、こしこしと目を擦りつつパジャマ姿の少年が降りてくる。
「おはよう、神楽。…ああ、すまないが座る前に光夜を起こしてきてくれるか?それと、ちゃんと着替えて来るんだぞ」
「はーい」
 頼まれた神楽が面白そうと思ったかにっこりと笑ってぱたぱたと戻っていくと、エプロン姿の月斗が小さく苦笑を浮かべてやれやれ、と声に出さず呟いた。
 …とことこと軽い足音と共に、神楽が家の中を移動する。まだ少し眠いのか、時々あふっと欠伸を浮かべ。
「光クーン」
 ゆさゆさ。
「光クン、あさだよー」
 ゆっさゆっさ。
 タオルケットの上からゆさゆさと身体を揺らして起こすものの、心地良い眠りの中にいる光夜の目蓋が開く事はなく、規則正しい寝息が聞こえて来るばかり。
「光クン、おきてー」
 ぺちぺち、と平手で頬を叩くも効果無し。
「…むぅ…」
 ぷーっと頬を膨らませた神楽が、両手を上に上げる。
「おきてーーっ」
 バチバチバチバチッッッ!
 瞬間、光夜の寝ているあたりの空気だけがスパークし、
「……ってぇ〜!?」
 がばっ!と跳ね起きた光夜が何事かと周囲を見回し、ぴりぴりする手や顔を擦って…すぐ近くにいた神楽を見。その憮然とした表情には気付いていないようで、にっこりと笑った神楽が、
「おはよー光クン」
 あさだよー、と言いながらぱさぱさと光夜のタオルケットを剥ぎ取る。
「ったく…普通に起こせってのに」
 がしがしと頭を掻きながら、大人しい方法では目覚めなかったのだと言う事に思い至る事無く、布団から起き上がる光夜。さっさと身支度を整えて出て行こうとし。廊下に出てから、一緒に付いてこない神楽に気付いて部屋を覗けば、ボタン付けに戸惑っている様子。あぁもぅ、と言いながら近寄ってボタンを手早く付けてやる。神楽は大人しくされるがままになって、嬉しそうにそんな兄の様子を眺めていた。
「…遅い」
 焼き魚と野菜の炊き合わせ、それに味噌汁を並べ、ご飯を各自の茶碗に盛り付けていた月斗が後ろを振り返りもせずに言い放つ。
「わりぃ。神楽の着替えに手間取ってさ」
「うん。ボタン付けてもらったの」
「……まあいいがな。早く食べろ、遅れるぞ」
「おう。いただきます」
「いただきまーす」
「…いただきます」
 慌ただしい、いつもの朝食風景。
 出来る限りきちんと食事を摂った後で、3人分水桶に食器を漬けると叔父が食べる分の食器の用意をし…盛り付けるだけの状態にしておいて、月斗が最後戸締りを確認すると2人を先に外に出して鍵を閉める。そうしてから、ぱたぱたと足踏みしながら待っている神楽と、学校の方向へ目を向けながらも意識は月斗へと向けられている光夜の2人へ柔らかな笑みを浮かべ、急ぎ近寄っていった。

***

 …カツカツと音を立てながら黒板にチョークが色とりどりの文字を描いていく。
 それにひたと目を注ぎながら、ノートに、黒板に書かれているものよりもずっと見やすく整理されたノートへと必要な情報を書き込んでいく。月斗の能力から言えば無意味に近いものではあったが、これも社会勉強だと割り切っている分、その姿勢は真摯なもので。多少『問題』はあるものの成績や授業態度が良いという状態の生徒なためか、教える教師も半分割り切っているような所があり、月斗をわざわざ当てようとはしなかった。…見て見ぬ振りと言う言葉が正しいのだろう。
 その頃。
「…くー…」
 席が後ろなのをいいことに、机に突っ伏して眠っている光夜。本人にはサボリのつもりはまるで無く、休み時間ともなればちゃんと起きて同級生達と遊びまわるのだから仲間には恵まれていて、寝ている光夜を教師に告げ口するような者もいない。寧ろそのことに気付いていない教師を見ては目の届かなさににやっと笑いあうくらいのもので。
 だからこそ惰眠を貪れるのだが。
「…それじゃあ、この本を誰に読んでもらおうかな?」
「はぁーい」
 変わって1年の教室では、周りの小さな子に囲まれたふた周り身体の大きな神楽が元気良く手を上げていた。最初は戸惑っていた同級生達も今では何の違和感も無く、神楽を受け入れている。
「そうね、それじゃ御崎くんに読んでもらおうかしら」
 教師もにこにこと穏やかに笑いながら神楽が大きな教科書を持って立ち上がるのを見守っていた。

***

「そっちいったぞー!」
「オーライオーライ…あっ、危ないっ!」
 昼休みのドッジボールで光夜が思い切り放ったバレーボールが、外野の手に届かず通りかかった少年の横顔目がけ飛んでいき、警告の声と小さな悲鳴が上がった。…が。
 ぱしり。
 ――あっけないくらいの小さな音を立て、顔の横へと持ち上げた手でボールを受け止めた少年が慌てて寄ってきた生徒へとボールを手渡す。
「なんだ、月兄ぃじゃないか。どうしたんだ?」
 暴投を誰かが軽々受け止めたと見て目を見張りながら近寄って来た光夜が兄と知ってなんだ、と言う顔をしながら訊ね、
「…仕事が入ってな。これから出かけるところだ。夕方前には戻れると思うんだが、買い物を頼みたいんだ。いいか?」
 財布を取り出し、小学生には不似合いな金額と買い物のメモをそっと手渡しながら言う月斗に、にっと光夜が笑い、
「ああ。…無理すんなよ」
「分かってる。――神楽のところにも顔を出したんだが、散歩に出たらしくて会えなかった。それじゃ頼んだ」
「おう」
 ひらひらと手を振って別れ、再びドッジボールに夢中になった光夜の目に、同級生らしい小さな子達を連れて一緒に歩き回っている神楽の姿が見えた。どうやら虫取りか何かをやっているらしく、草むらを見つけては覗き込んでいる様子に、小さく苦笑を浮かべて、他の目があるうちは妙なこともしないだろうと目を離して丁度飛んで来たボールをばしりと受け止めた。

***

「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ…カレーか?」
「かーくんカレー好きー♪」
 にぱぁっと嬉しそうに笑顔を見せる弟に苦笑を浮かべながら、買い物かごをカートに入れて運んでいく。その脇をちょこまか走り回る神楽。
 放課後、一足先に授業を終えた神楽がたまたま校内に戻ってきた所を捕まえ、家の近くのスーパーに買い物に向かう。受け取ったメモには細々と書かれており、その量を考えてちょっとだけ複雑な顔になった。
「まず肉は…っと。えーと何々、グラム…円の広告の品――って月兄ぃ、チラシチェックまでしてたのか…」
 目当てのパックを手に入れ、それからカレールウをひと箱。次いで野菜のコーナーへ――。
「…って、神楽、それはいらないんだ、とっちゃ駄目だ」
「えー」
 不満そうな顔をしながら、真赤なウインナーをしぶしぶ戻す神楽。気付いて良かったとほっとしつつ次のコーナーへ向かう。
「ナスとトマトにアスパラ…ぱぷりかってピーマンのお化けみたいなやつだよな」
 メモに目を落としながら、書かれてある品をかごに入れていくと、どうも様子がおかしい。なんだろうとかごを見直し…。
「神楽!モヤシとか大根とか何に使うつもりだ!」
「カレーに入れるのー。きっとおいしいよ」
「入れない入れない。って言ってる傍から油揚げ持って来るなぁぁ!」
 周りの視線など気にも留めず。
 2人の攻防戦は、それからも暫く続いた。
「――ふーっ、な、なんとか…」
 つまらなさそうに口を尖らせる神楽にめっ、と軽い睨みを入れて、レジへ進み、会計を済ます。
「…あれ?俺こんなの入れたっけ…」
 ばさばさと買い物袋を広げて買った品を入れていくと、テレビのCMで見たことのあるお菓子が3つ、かごの底に入っていた。
「あ、それかーくんがいれたの」
「…間に合わなかったか」
「あのねーあのねー、これが月クンで、これが光クン、で、これがかーくんのなの」
 どれが誰のかを考えながらかごの中に潜ませていたらしい。楽しそうに一つ一つを見せる神楽にわかったわかった、と笑いかけ、
「じゃあ、それは月兄ぃが帰ってきてから食べような」
「うんっ」
 楽しげに腕をぶんぶん振りながら歩く神楽と一緒に家へと戻る。
 …月斗はまだ戻っていなかった。叔父も今日は出かけているらしく、しんと静まり返った家で顔を見合わせる。
「なあなあ神楽。…俺達で作ってみようか?」
「カレー?」
「そうそう。月兄ぃをびっくりさせてやろうぜ」
「やろーやろー」
 面白そうな提案と見たか、大賛成の神楽。
 2人で仕舞ってあったエプロンをごそごそ引っ張り出し。洗いものを神楽に任せると、光夜は慣れない包丁を持ち上げた。
「こ、こんなだよな…あちっ!」
 包丁の切っ先が少し指に触れたらしい。月斗が頻繁に手入れしているせいか切れ味はとてもよく、剥けたのは幸い薄皮だったが水が染みてひりひりする。
「光クン、大丈夫?」
「ん、――バンソーコ頼む」
 心配そうにその様子を見ていた神楽が、こくこく、と頷いてぱたぱた部屋を出て行き、少し待っているとそのままの勢いで戻ってきた。
「はい、ゆび」
「おう」
 念のため水で洗い流し、布巾で拭いて指を差し出す。
 ぺたりと貼られた判草膏には、戦隊もののヒーローの顔があった。
「ん?――光クン、なんだかこげてるみたい」
「焦げ…?――って、うわっっ」
 じゅわーー…
 タマネギがあめ色を通り越して一部が黒く変色していた。慌てて木ベラでかき回しながら、ざるに入れていた他の野菜を煙立つ鍋に入れて落ち着かせる。
「カレー、大丈夫?」
「……たぶん…」
 光夜にしては随分と小さな声が、神楽に背を向けたままの姿勢から聞こえてきた。

 ――それから、何時間か経って。

「月クンおそいねー」
「月兄ぃも連絡ぐらい入れろよな〜」
 3人分の、ご飯だけが盛られた皿と、ぴかぴかに磨き上げられたスプーン。
 テーブルの上には其の他に、鍋敷きの上にどんと置かれた鍋があった。
 ――其れらは全て冷めており、そして長男を待つ2人がテーブルについて溜息を付く。
「神楽、麦茶飲むか?」
「ジュースは?」
「…あんまり飲ますと怒られるからな、一杯だけだぞ?」
「わーい♪」
 コップ2つに氷を転がし、冷蔵庫のジュースを注ぐ。其れを美味しそうに飲む神楽を見ながら、ちらとなかなか進まない時計を睨みつけた。
 ――時刻は、そろそろ8時を刻もうとしていた。

***

「やれやれ…すっかり遅くなってしまったな」
 急く足取りが、家の近くでぴたりと止まる。

 ――其れは…まるで月斗を迎えるかのような、温かな光。

 寝に入った周囲の家をよそに、煌々と灯りの灯った家…『仕事』の間中結んでいた口をふっと緩める程の温かさ。
 弟達は寝ているだろうと思いながら、今日は戻らないと聞いた叔父の予定が変わったのかと家に入る、と。
「…くー…」
「ん…むにゃ…」
 固いテーブルの上に頭を乗せ、隣り合って座る弟達が待ちくたびれたのだろう、その場で寝入っていた。
「―――」
 無言でテーブルを見る月斗。
 テーブルの上には冷めた夕食が、手付かずのまま置かれている。
「……ったく、しょうがないヤツラだな」
 仕事着を脱いでふぅっと息を付きながら小声でそう呟き、苦笑を浮かべる。
 ――その言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだっただろうか。

エピローグ
 間もなく、神楽が月斗の気配に先に目を覚まし、ついで光夜を起こし。
 3人の、夜更けの夕食が始まった。
 すっかり冷めている上に少しばかり水っぽかったり、野菜の一部が妙に黒かったり…味加減も微妙な出来だったけれど、息を詰めて見守っている2人の目に月斗の表情はとても穏やかで。暫く口の中で吟味した上で出た言葉は、
「うん。美味いよ」
 本心からの、言葉。
 直後、
「やったーーーっ」
 真夜中の家の中に、2人の歓声が響き渡った。

-END-