 |
ソラへの憧憬
------＜オープニング＞--------------------------------------
少女は屋上から橙に染まりゆく空を眺めていた。
燃えるような太陽は世界を染め、全てを同じ色に包みこんでいく。
少女の世界をも同じ色に。
『…この色に染まりたかった……こんな色じゃなく……』
手の間から零れる鮮血。
掴みたかったものはその手にはなく、傷だらけの手には罪深い紅。
『もっともっと真っ赤だったんだ……』
少女の心に刻まれる悪夢。身体の中に巣くう闇。
離れていってしまった記憶。
拭っても拭いきれない程、心の中に撒き散らされた紅。
『アタシは此処にいる……ずっとずっと見てる……』
少女の姿は次第に夕闇に溶けていく。
まるで色を変えていくその空から逃げるように。
「―――――っていうのが今噂になってる屋上の美少女幽霊なんですってばーっ」
箕島夕莉（みしま・ゆうり）は目の前でディスプレイに釘付けのSHIZUKUに告げる。
「へー。だって実害ないんでしょ？」
興味なさそうに言うSHIZUKUに夕莉は机をバンバンと叩きながら反論する。
「実害とかそういう問題じゃなくって、助けてあげようとかそういう気は無いんですか〜？」
「あぁ、そっか。そうだよね……救って欲しいから姿を現すんだよね、幽霊って」
ぽむ、と手を合わせたSHIZUKUは夕莉を見る。
「それじゃ、頼んだよ、夕莉くん」
ニッコリとSHIZUKUは微笑んで、さぁて仕事行かなきゃ、と支度を始める。
「ちょっ！えぇぇっ！またオレなんですか？」
「だって、仕事休めないし。そこのディスプレイにいつも通り手を貸してくれそうなリスト出しておいたから、どうにかして連絡とって頑張ってみて。任せたー」
でもその子なんでそんなに夕焼け好きだったのかな、とSHIZUKUはぽつりと呟く。
「うーん、そうですね。そこはオレも不思議だった所なんですけど」
「ま、それは調べていくうちにわかるでしょ。ちゃんとあとで教えてね」
そう言ってSHIZUKUは怪奇探検クラブの部室を後にした。
------＜きっかけ＞--------------------------------------
はぁ、と夕莉は一人夕焼けに染まる校舎を歩いていた。
向かう先は屋上である。
SHIZUKUが調査に役立てろと置いていったリストは『甘味処厳選１００』というもので、依頼を手伝ってくれる人を探すどころかどころか全く役に立たないものだった。
しかし気になるのは気になる。
行ったところで何も出来ないかもしれないし会う事も出来ないかもしれないが、とりあえず屋上に行ってみようと思い立ったのだった。
それでも足取りは重く屋上に行く事が躊躇われる。
気乗りしないままに俯いて歩いていると夕莉は思い切り誰かにぶつかってしまった。
「ご…ごめんなさいっ！大丈夫ですか？」
夕莉はぶつかって転んでしまったのが少女だと気づき、手を差し出す。
「大丈夫」
そこまで派手に転んだわけでもなかった為、少女は小さく微笑んで夕莉の手を取り起き上がった。
「ちょっと俺考え事してて……屋上行かなくちゃ行けないんだけど幽霊に会えるかどうか分からないしで……って、こんなこと言っても困るだけですね、すみませんっ！」
弁解しようとしているのかあたふたと言葉を紡ぐ夕莉に少女は小さく微笑む。
「とりあえず落ち着いてくれるかな。あたしは月夢優名」
「……へっ？…ぁ、俺は夕莉です。箕島夕莉」
どうやら何か困っている様子の夕莉に優名は尋ねる。
「幽霊がどう…とかって？」
「えぇっと……はい。俺、怪奇探検クラブの部員なんですけど。ちょっと今調査してるのが学校の屋上に出る幽霊を調べていて……」
そう言って夕莉が話し出した幽霊話を優名は興味深そうに聞いていた。
聞き終わると優名は、ふと考えるそぶりを見せる。
優名は何故かその幽霊が気になって仕方がなかった。
学校に囚われている幽霊。
屋上に囚われている幽霊。
夕焼けに囚われている幽霊。
それは優名の心の奥底でちらちらと輝く何かに似ている。
しかし優名自身は怪奇現象に興味がないし、縁もないと思った。
ただ、霊能力も有るわけでもなく、なんとかできるとも思えなかったがなんとかしてあげたいとは思う。
苦しいのならそこから逃げればいいと。
何か自分が出来るのであれば手を貸してあげたいと。
そして次の瞬間、優名は夕莉に告げていた。
「あたしでよければその子を助けてあげたいな。……あたしには何も力があるわけじゃないからなにが出来るかも分からないけど」
その優名の言葉に夕莉はどん底に突き落とされていたような表情を一変させる。
「本当ですかっ？俺…俺なんて感謝して良いか！」
出来る限り俺も情報捜し出しますんで、と夕莉は優名に礼を言う。
そして夕莉は情報収集にいってきます、とパタパタと駆けていく。
夕莉もその少女の幽霊の情報を集めるべく動き出したのだった。
------＜屋上の少女＞--------------------------------------
怪奇現象には興味のない優名がそれについて情報収集を始めたと聞き、友達は皆口々に『どうしたの？』と声をかけてきた。
今までそういった話には全く興味を示さなかったのにおかしい、という事らしい。
しかし優名が明るく、気になるから情報を教えて欲しいな、と尋ねると皆聞いてない事まで事細かに教えてくれる。
「だからー、その幽霊ってのは夕方に自殺した霊なんだって」
「そうそう。で、なんか結構話題になったとか聞いたよー」
「誰かと心中したとかそんな噂もあったよねー」
しかしどれも余り良い話ではないようだった。
情報を提供してくれた友達に、ありがとう、と礼を述べ、優名はよく足を運ぶ図書室に行ってみる。
そこには学校新聞や地方新聞が保存されているのだ。
それらを片っ端から読み始め、関係が有りそうな記事を探し優名はメモを取っていく。
その中に有効な情報があるのかどうかは分からないが、とりあえずそういったものから導いていくしかない。
地道な作業だったが、だんだんと核心に迫っていっているような気がして優名は少しドキドキした。
その時、声をかけてきた人物が居た。
「お探しものですか？」
それはよく図書室のカウンターで見かける少女だった。図書委員なのだろう。
「うん。屋上の幽霊の子について何か載ってないかなぁと思って」
優名の言葉に少女は一瞬目を丸くしたが、つい、と新聞に視線を合わせる。
「確かその事件は………」
ぺらぺらと少女は新聞をめくり一つの記事を指し示す。
「これだったはずですよ。屋上の幽霊って今話題になってる夕刻に出る少女の霊のことですよね？」
「うん、そうなの」
でしたらこれですね、と少女は確信を持ってその記事を優名に示した。
「ありがとう。でも……これ本当？」
「学校内の新聞でしたら少し信憑性が疑われますけど、それは地方新聞ですから。ただ、記事はそうですけどご本人はどうだか分かりませんし。もっと複雑な事情もあったかもしれませんしね」
でもおおまかなところは信じても大丈夫だと思います、と少女は行って立ち去る。
少女が指した記事を改めて見た優名は複雑な表情を浮かべる。
先ほど友達が話していた内容よりももっと酷い現実がそこには描かれていた。
優名はその記事を仕舞い、書いたメモも破り捨てゴミ箱へと捨てる。
真実が描かれているという記事は見つけてしまった。だからもうメモは必要なかった。
その客観的な記事とそして少女の思いはぴたりと重なっているわけではないだろう。
だからここから先は少女から直接聞いてみるしかない。
学校に囚われた訳を。
夕焼けに囚われた訳を。
何処か心の底で引っかかるような何かを感じる。
けれども小骨が喉に引っかかったようにもどかしく、優名は答えを導く事が出来ずにいた。
きっとそれはこれからもずっと。
永遠に紡がれる夢。
優名は明日の夕方、屋上に行ってみようと思った。
そして少女の幽霊に会って話をしてみようと。
それが自分に出来る最大の事だろうから、と。
翌日、授業が終わるのがもどかしい位だった。
優名は放課後になると、自分の荷物を抱え屋上へと向かった。
まだ夕方には早い。
空はまだ蒼く高く、夏の空の表情を保っていた。
「まだ……だよね」
屋上へと続く扉をゆっくりと開け、優名は太陽の眩しさに目を細める。
そしてそのまま日陰へと移動した優名はぼうっと変わりゆく空の表情を眺めていた。
白い雲の動き。
そして空に瞬く一番星。
西に沈み始めた太陽が赤く世界を染めていく。
もうそろそろだ、と思った優名がフェンスの方を見た時、ゆっくりと表す少女の霊。
夕焼けの中に少女は立っていた。
少女の周りも、そして優名の周りも温かな橙色が包み込む。
優名はその橙に染められた屋上で少女に一歩近づいた。
「こんにちは。………里奈さん？」
名前を呼ばれた少女が優名を振り返る。
幽霊と話をしているというのに、優名に恐怖はない。
里奈の手は鮮血に染められていた。
何をどうしたらそのようになるのだろう。
「あなた……誰？どうして私の名前……」
「調べたから。あたし、あなたがどうして囚われているのか気になって。あたしにはお話を聞くくらいしか出来ないから……だから聞きに来たんです」
淋しそうに笑いながら言う優名の言葉に里奈は一瞬首を傾げる。
「調べたなら……私があなたを殺すかもしれないと思わなかったの？」
いつの間にか里奈の手には血塗れのナイフがあった。
しかし優名は首を振り告げる。
「思いませんでした。だって、あなたが苦しんでいるのはそのせいだと思ったから」
優名の言葉を静かに里奈は聞いている。
とても哀しそうな表情で。
優名は続けた。
「記事には里奈さんがおじさんを刺し殺して、学校の屋上から飛び降りたって書いてあったけれど……でも、それだけじゃない気がしたから。ちゃんと里奈さんからお話を聞きたいと思ったんです」
教えてくれませんか？、と優名が尋ねると暫くして里奈は、夜にはまだ時間があるから、と呟き頷いた。
------＜夕闇＞--------------------------------------
美しい夕焼けを見ながら里奈は呟く。
「私は学校の屋上でずっと夜になるまで時間を潰してた。両親が小さい時に亡くなって、親代わりだったのがおじさん。おじさん、酒癖がとっても悪くて……私はあんまり家にいるのが好きじゃなかった。家にいてもお酒飲み始めたおじさんに怒鳴られて蹴られて……すごく帰るのが嫌だった。だからずっと屋上で夕焼けを見ていたの」
里奈は淋しそうな笑顔で、ゆっくりと色を変えていく空を見つめる。
「そして、同じように夕焼けを見ている男の子と仲良くなって。そして夕焼けの中でその子と話すのがどんどん楽しくなって。そして付き合うことになったの。凄く好きで、大好きで。夜になっても学校が閉まるまでずっとここで話をしてた。でも日に日に帰ってくるのが遅くなった私におじさんが怒って。……心配してくれてたんじゃないの、おじさんは。自分の所有物みたいに私の事を思っていて。盗られるのが嫌だって、私を押し倒そうとして。だから私は彼の事を裏切ることも出来なかったし、おじさんに一生束縛されるのも嫌だったから……おじさんの胸を刺したの」
優名は何も言えずただ里奈の話を聞いていた。
「真っ赤な血がどんどん私の手に溢れてきて。手が真っ赤になっていくの。そしておじさんの身体は冷たくなって。私は夢中で学校に走ったの。学校だけが私の綺麗な部分。学校にいた時が私一番好きだった。夕焼けの中で彼と話しているのが好きだった。私の求めているのは夕焼けの暖かい色。手についたこんな鮮血じゃなくて……。私はその大好きだった屋上から身を投げたの。そして今も此処にいる。ずっとずっと待っていたけど、一度も彼が此処に来ることは無かった……永遠に彼は来ないの。夕焼けが嫌いになったって話を聞いたから……」
学校に囚われた少女。
夕焼けの色に囚われた少女。
「夕焼けは好き？」
優名はそう尋ねる。
「えぇ、好き。今でも……今でもずっと好き。彼と見た夕焼けが好き」
「あたし……何も出来ないけど……里奈さんが幸せになってくれるといいな」
ニッコリと優名は微笑む。
「幸せ……？」
「そう。夕焼けが大好きって気持ちが本当なら、里奈さんはまた夕焼けが大好きなまま此処に戻ってこれるんじゃないかって。ほら、輪廻転生っていうのがあったからそれで駄目かな？」
「………次の人生で、私は幸せになれるかしら」
「うん。きっと。そうあたしが願ってるから。ずっとあたし里奈さんが幸せになること祈ってるから」
優名の笑顔を眩しそうに里奈は見つめる。
「優しいのね。……ありがとう」
空はもう藍色へと色を変えていた。
空に橙はもうほんの少ししかない。別れの時間だ。
「貴方は……夕焼けが好き？」
里奈は優名に問いかける。
「うん、好き。柔らかい色がとっても」
「そう。良かった……私以外にも夕焼けが好きな人が居てくれて」
そう言って笑った里奈の手から鮮血とナイフが消える。
「ありがとう。私……また此処にちゃんと生まれ変わってまた来たいと思う」
「うん。その時あたしは居ないと思うけれど。でもずっと祈ってるから」
その言葉に頷いて里奈の姿は暗闇の中へと解けていく。
消えていく中で里奈が何事か言っているのが分かったが、『でもきっと、また会えるね』という里奈の言葉は優名の元へ届くことはなかった。
空には星が輝き満天の星空が広がっている。
綺麗な月がかかり、その光は優名を照らし出していた。
月が夢見る学校の物語。
その夢は月に向かって願い事をする。
里奈が無事にこの学校に戻って来れますようにと。
そしてまた夕焼けを見ることが出来ますようにと。
ゆっくりと瞳を閉じて祈る姿は、女神のように優しげだった。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●2803／月夢・優名／女性／17歳／神聖都学園高等部２年生
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■□■ライター通信■□■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
初めまして。こんにちは、夕凪沙久夜です。
屋上でのお話でしたが如何でしたでしょうか。
少し優名さんの設定を絡めつつ、書き綴ってみましたが少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
優名さんはとても素敵なお嬢さんでイメージを壊していないと良いのですけれど。
優名さんの今後のご活躍も楽しみに拝見させて頂きますｖ
ありがとうございました
|
|
 |
