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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


言霊の街

*オープニング*

 「…困った事になったねぇ、全く……」
 蓮が、やれやれと言った具合にぼやいた。
 「いや、実はね。ウチの商品を、クロの野郎が咥えて逃げてってしまったんだよ。何を持ち逃げしたかと言うと、室町の時代、とある高名な僧が使用したと謂われる、化け猫封じのお札だよ。それの何がマズイかって言うと、そのお札、何故か分からないけど、裏向きにして使用すると、封じるどころか、普通の猫を化け猫化してしまうと言い伝えられているんだ。…なんかの拍子に、お札の効力が発動して、あのクロが化け猫の力を手に入れるかもなんて…どう考えてもヤバいだろう?」
 クロと言うその野良猫、普通の猫の筈なのだが、何故か身体は中型犬並みにデカかったり、猫パンチが異常な程のパワーを秘めていたりと、とにかく今でさえとんでもない身体能力を持つ猫なのである。蓮は、深い溜息をひとつ漏らす。腕組みをして、唇を引き締めた。
 「しかも、クロのヤツが逃げ込んだ場所が厄介でねぇ…知ってるかい?『言霊の街』だよ」
 言霊の街。そこは、ここから程近い、何の変哲もない下町風の街なのだが、何故かそこでは、各個人が持つ特殊な能力よりも『言葉』が強い力を持つのだと言う。
 「ついでに言うと、今は漢字の刻だ。漢字の言霊しか効力を持たないよ。そのうえ、言霊は使う人の生命エネルギーを消耗するから、使うのは三つまでにしといた方がいいね。どんな言霊を使うか、そして言霊を放つ順番も重要だよ」
 大変だけど、頼んだよ。そう言って蓮は、協力者となった客の肩をぽむ。と軽く叩いた。


*mission1;探索*

 「…まさか、その頼みを引き受けなきゃ、こいつを預かってくれないとか言うんじゃないだろうな…?」
 月斗が胡乱げな目で蓮を見詰めても、骨董品女店主は、ひたすらにっこりと微笑み掛けるだけだった。
 「何を言ってるんだい。あたしが、頼み事と仕事を一緒くたにするような、そんな女に見えるかい?」
 「それじゃ…」
 「別料金に決まってるだろ」
 「………」
 思わず返す言葉を失った月斗に、傍にいた源が高笑いをした。
 「当たり前じゃ、蓮殿とて遊び半分とは言え腐っても商売人。儲けにならぬかもしれぬ事に、おいそれとは手を出したりはすまい」
 「…だったら、この、損こそすれ俺の徳には到底なりそうにもない、猫捜しの頼み事はどうなんだ」
 「それはそれ、顧客サービスってヤツに決まってるじゃないか」
 そうきっぱりと蓮に言い切られ、最早月斗は反論する気も失せたようだ。壁際で埃を被っていた古びた椅子(一応商売ものらしいが)に座って、この遣り取りを聞いていたセレスティが仕方ないですねと言うように苦笑いをした。
 「蓮さん、顧客サービスと言うのは、一般的には店側が顧客に対して行うサービスの事であって、顧客が店にサービスする訳ではありませんよ」
 「おや、そうだったかい。知らなかったねぇ」
 「…まぁいい。それよりも、もう少しその猫の事とかと教えてくれ」
 諦めたらしい、月斗が蓮に向き直った。
 「それにしても、何故にそのクロとか言う猫は、そのお札を盗んでいったのでしょうね」
 いつの間にその場にいたのか、司録が影の中から姿を現して言った。
 「猫が好んで盗んでいくのなら、他にももっと相応しいものがあるとお見受けしますが。例えば、そこの魚の置き物のような…」
 「確かに、クロの野郎は他のものには一切目もくれず、あの札に一目散だったからね。最初っからあの札が目的だったとしか思えないよ」
 「じゃが、それだと、クロはお札の効力が分かっていて盗んだと言う事になるではないか。クロと言うのはそれほど賢い猫なのかえ?」
 源の言葉に、一部は同意を示してセレスティが頷く。
 「しかし、もしそれが本当だとすれば、クロは既に化け猫の域に達しているのではないですか。寧ろ、その力を封印されかねないようなものをわざわざ盗んだりするでしょうか?」
 「だよなぁ。まぁその猫のデカさだけでも、充分化け猫みたいなもんだけどさっ」
 「…何故お前がここにいる」
 司録と同じく、いつの間にかその輪の中に加わっていた弟の姿を見つけ、月斗が恐い目で睨み付けた。それに臆する事もなく、光夜はへへっと笑う。
 「べっつにいーじゃん、月兄ぃ。だって面白そうじゃん?」
 「遊びじゃないんだぞ、ったく…危険な事に首を突っ込むなとあれ程…!」
 「まぁ良いではないか。兄弟、力を合わせれば如何な事でも乗り越えられるであろ。それほど案ぜずとも」
 「だろっ、そうだよなぁ?」
 まぁまぁと月斗を宥めるような源の手付きと、それに同調する光夜に溜息を零しつつ、月斗が額を押さえる。
 「お前ら…他人事だと思って……」
 「まぁ、クロ探しが危険な事かどうかは分かりませんが、少なくとも、傍に居れば例え弟さんが危険な目にあったとしても、すぐに守ってあげられる事も事実ですよ?」
 セレスティがそう言うと、渋々ながらそれに納得して、月斗も頷いた。それを見て、蓮が改めて皆の顔を見、再度口を開く。
 「丸く収まったようだね。さっきの話だが、あの札は別に意図的に作った訳ではないらしいね。それじゃ何であんな効力を持っちまったのかと言うと、何事も物事は表裏一体だから仕方がないと言う話と、押さえ込んだ化け猫の力を消し去る事が出来なかった為、ああ言う形で開放するしかなかったと言う話と、あとは……」
 「つまりは簡単に言うと、その原因ははっきりとは分からない、と言う事ですね」
 司録がそう蓮の言葉を遮ると、その通りだと蓮が無言で頷いた。
 「……。まぁいい。とにかく、その黒猫を探さないといけないんだろ。ソイツについて、もっと他に情報はないのか?」
 「そうだねぇ…ともかくクロは目立つようで目立たない猫だからね。あの図体で人知れずこの店に出入りする事も可能なぐらい小器用な猫だけど、それでも所詮はただの猫だからねぇ」
 「んじゃあ、フツーに猫を探すつもりで出掛けていけばいいんじゃねーの?」
 「そう言う事でしょうね。ちょっと外は暑いので気が滅入りますが…早速例の街に出掛けていった方がいいかもしれませんね」
 ゆっくりとした動作で、セレスティが椅子から立ち上がる。それを合図にしたかのように、他の者達もそれぞれに出掛ける準備をした。

 源達がやって来た白稲町と言う町は、言霊の街等と言う曰くありげな呼び名が付いているとは想像できない程、ぱっと見は何の変哲もない普通の街である。ただ、妙な磁場の上にあるのか霊道が通っているのかは分からないが、ここに一歩足を踏み入れた途端、次元がぐらりと歪んだような気がして、ここにはやはり何かがあると思わざるを得ないのであった。
 「猫なんだからさ、やっぱり屋根の上とか路地裏とか…そう言う所にいるんじゃねー?」
 物珍しげに辺りを見渡しながら光夜が言う。その隣で、油断なく周囲に気を散らし、警戒を怠る事のない月斗が少しだけ視線を弟に向ける。
 「そんなには大きくない街だ、さっきから式神達に探索をさせているから、そのうち見つかるとは思うが…ただ…」
 「この街では、言霊が一番強い力を持つと言う事ですから、月斗さんの式神達も、どれだけ効力を発揮できるか分からない…と言う事ですね」
 セレスティがそう言うと、月斗は頷く。源が、月斗の方を見ながら着物の裾を捌いて真っ直ぐに立った。
 「じゃが、全然使えない訳ではあるまい。現に今、探索の為に式神達は働いておるのじゃろう?」
 「それにさ、出来るかどうかは分かんねーけど、言霊で自分達の力を強化したりする事も出来るんじゃねーかな?」
 「自らの力を…ですか、なるほど。言霊の話を聞いた時、力の指向性の事が気に掛かったのですよ。蓮サンは、別にその点については何も言ってませんでしたから、言霊は他者だけでなく己にも効力を及ぼす可能性はありますね」
 光夜の言葉を受け、司録がそう言うと、そうだろ?と光夜が自慢げにした。そんな弟に苦笑を漏らしながら、月斗は思案げな表情をする。
 「余り調子に乗るな、光夜。…だが、それが事実なら、例えばクロの気配だけを際立たせる事も可能だと言う事だな」
 「そう言う事でしょうね。ですが、ここで問題なのは…言霊の効力を限られたものに付与したいと考えた時、どのように言霊を放てば、それが叶うのでしょうね?」
 そんなセレスティの言葉に、皆が口を噤んで考え込んでしまう。意志を持って言葉を放つ事で、それが言霊として力を持つ、と言う手順は分かる。だが、その力が及ぶ方向を、どのようにして定めればいいのだろうか。
 「普通に考えれば、対象となるものに向けて言葉を放てば良いように思うが…じゃがそれであれば、今目の前に居ないクロに対しては言霊を使う事は出来ぬ、となってしまうな」
 軽く唸りながら源はそう言い、にやりと口端を持ち上げて不適に笑った。
 「…であれば、じゃ。やはりここはクロを誘き出すより他に手はあるまい!」
 「そんな事は百も承知だ。だが誘き出す前にある程度範囲を狭めなければ…」
 そんな月斗の反論に、源がびしっと手でその言葉を遮った。
 「ええい、まどろっこしい!所詮はわしの実家の庭より狭い街じゃ、わざわざ範囲を狭めずとも、こうして餌を撒けばそれで済む話じゃ!」
 そして源が、初めての言霊を放った。
 「【焼魚定食】!【焼肉定食】!【卓袱台】!」
 ガン!
 源が張りのある声を上げた途端、どこから出てきたのかはさっぱり不明だが、空から卓袱台が突然現われ落ちてきて、光夜の頭を直撃する所だった。素早く月斗に腕を引かれ、危うく難を逃れはしたが。
 「うわっ、危ねーな!」
 「あんた、弟に何するんだ!」
 同時に源に向け怒鳴る兄弟を尻目に、おかしいのぅと源は首を捻る。周囲には、他にも大小さまざまな卓袱台が落下し、ついでに焼き魚があっちにご飯があっちに漬物がと、辺りは何やら異様な落し物が散らばる奇妙な風景となった。
 「…しかも定食が定食になっていないではないか……」
 「焼魚定食は分かりますが…焼肉定食は何の為に?」
 「うむ。わしの分じゃ。動物も人間も、飯を食いながら腹を割って話し合えば分かり合えると思うたのじゃ。わしには獣話法もあるしの」
 しれっとそう答える源に、聞いたセレスティも笑って溜息を零すしかなかった。そんな様子を喉を鳴らして笑いながら、司録が言う。
 「やはり、ただ単語を言うだけでは効果の程は定まらないようですな」
 「ですが、餌を撒くと言う点に置いてはこれでいいのかもしれませんよ。定食ではバラバラになってしまって、誘き寄せるのも困難かもしれませんが」
 「それならさ、あっちの方でそれを試してみねー?」
 光夜が、セレスティにそう言う。どうして?と言う意味を込めてセレスティが、無言で首を緩く傾げた。月斗も、同じように疑問符の付いた表情で弟の方を見る。
 「光夜、何を考えているんだ」
 「何を、って。さっき言ったじゃん。俺自身に対して【力】を【凝視】するように、って言霊を使ってみたんだ。対象がどうのこうのって言ってたから、どうやら【力】って言っても不特定多数の能力が見えるようになっちまってるみたいだけどさ。んでも、なんか、見慣れねー力の波動が見えるから、それじゃねーかなー…って」
 「…もしかしたらそのお陰でしょうかね。私もさっきから、妙な陽炎のようなものがそこら中に見えるんですよ」
 司録が視線を辺りに巡らせながら、可笑しげに喉を鳴らす。影響の差こそあれ、その場にいた皆に、その力は及んだようだった。
 「では皆の衆、あちらの方向へ、いざ行かん、黒大猫の元へ、じゃ!」
 何故か一番意気揚々と、源が拳を天に振り上げ、先に立って歩き出した。

 源達が何か力の気配を感じた場所と言うのは、最初の場所から少し離れた所の路地裏である。影になってはいるが湿っぽい感じはせず、涼しげな乾いた風が吹く辺り、猫が昼寝をするのに最適な場所とも言えた。
 「如何にも猫が好みそうな場所ですね。…しかし、ここで力の気配を感じたと言う事は、お札の効力が発揮されていると言う事でしょうか」
 少しだけ思案げにセレスティが眉を潜めてそう言うと、唇を引き締めた月斗が首を左右に振る。
 「いいや、それはまだないと思う。もしクロが本当に化け猫化してしまったのなら、俺の式神達がもう少し反応しててもいい筈だからな」
 「それは好都合ではないか。聞く所によるとクロとやら、相当巨大な猫だと言う事。それに化け猫の力が備わったりなぞしたら、取り押さえるのにも一苦労じゃろうて」
 「ですが、油断は禁物ですな。そのお札がどれぐらいの時間で効力を発揮するのかは定かではありませんが、こうしている間にもクロが化け猫化へと道を着々と辿っているかもしれませんからな」
 司録はそう言うものの、その様子は行く末を案じていると言うよりは寧ろ楽しんでいるように見える。楽しそうですね?とセレスティに突っ込まれると、そうですかね、とただ白い歯で笑って誤魔化した。
 「では、早速誘き寄せる算段をしましょうか。【招来】と言霊を使えば寄って来てくれるかとも思ったのですが、対象を定めない事には何が寄ってくるか分かったものじゃありませんからね」
 「ここはやっぱり、好物で釣るのが一番じゃねーの?」
 光夜がそう言うと、セレスティもそうですね、と同意を示す。懐から銀紙に包まれたチーズを取り出し、光夜の方へと差し出す。
 「クロは鰯とチーズは好物だと言う事でしたので、チーズを持ってきてみました。さすがに鰯を懐に入れて持ち歩くのは憚られましたので…」
 「鰯を持ち歩いていては、普段から猫に絡まれて仕方がないからのぅ」
 うんうんと頷く源に、そうでしょうねと言うようにセレスティが苦笑をした。
 「んじゃ、こいつをあっちの方にばら撒いて……って、うわぁ!」
 光夜がチーズを手に歩き出そうとした時、何か大きな黒い塊が空から降って来て、思わず驚いて声を上げる。その塊の動きは素早く、概要を視覚で捉える事は困難ではあったが、それでも源達にはそれが何者であるかは容易に想像が付いた。
 「来たな、化け猫!」


*mission2;捕獲*

 「とは言うものの、まだ化け猫の域にまでは達していないようですなぁ」
 「何を悠長な事を言ってんだ、あんた」
 のんびりと鍔広帽の鍔を指先でなぞりながらそう言う司録に、月斗が眇めた目で帽子の影の奥を見上げる。司録は、おかしげにクックッと喉で笑った。
 頭上から級に姿を現した黒い巨大な猫は、その落下の勢いも借りて、光夜の右手に鋭い猫パンチを繰り出してきた。素早くその手を引いた事で、光夜は直撃は逃れたが、その反動で手にしていたチーズは吹っ飛び、地面にぽとりと落ちる。それを、クロは咥えて逃げ去るかと思いきや、前脚でザッザッと砂をかける仕種をするとそのまま悠然と歩み去ろうとするではないか。
 「…おや、あの態度……」
 「あれは、好物を奪いに来たという態度ではないな。どちらかと言わずとも、嫌いなものを根絶しに来たような態度ではないか」
 好物と聞いておったがの、と源が首を傾げた。
 「どうせ、蓮の情報がガセだったんだろう。それならば、これならどうだ。【木天蓼(マタタビ)っ!】」
 月斗が張りのある声で叫ぶと、一瞬だけ周囲がに光がバシッと瞬いた。次の瞬間、その周囲にボタボタとマタタビの枝が落ちてきたではないか。それは、源達にはどうと言う事のない風景だったが、猫には堪らないものだったらしい。ンニャッ、と低い声で一声鳴いて、クロが近くに落ちたマタタビの枝にその大きな身体を摺り寄せた。
 「さて、どうしましょうかね…今はクロも借りてきた猫状態のようですが……そう言えば、まだ口に咥えてますね。お札」
 セレスティの言葉に、皆もそこに注目する。クロは、マタタビに恍惚となりながらも、口ではしっかりとお札を噛み締めたままで、離すような気配は余りしない。
 「まぁ、掴まえて札を返していただくより他にないでしょうな。…それともどうでしょう、【浮揚】、そして【高速落下】、ついで【停止】で少々恐い目に遭って頂くと言うのは。恐怖心で身体が強張れば、如何なクロサンと言えど……」
 「わーっ!」
 司録が淡々と語っているその横で、何故か源と光夜の二人の身体が周囲の屋根よりも高く宙へと舞い上がり、直後物凄い勢いで垂直落下を始めたのだ。そんな二人の身体は、地面に叩き付けられる直前にピタリと停止し、その後、何かの効果が切れたかのよう、ふわりと地面に返されたのだ。
 「……おや」
 「あんたッ、弟に何するんだっ!」
 月斗が、目を回し掛けている光夜の元へと駆け寄り、司録に抗議をした。
 「これは失礼。普通に喋っただけなのに、まさか言霊が発動するとは思いも寄りませんでしたな」
 「司録さん、言霊は発する人の意思がなければ発動しない筈ですよ。語調はただの世間話並みでしたが、心の奥底では発動を願ったのではありませんか?」
 ふふ、とセレスティが穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、司録はさぁて、と誤魔化してただ口の形で笑う。そんな大人達の会話を聞きながら、月斗が思わず呻いて額を押さえた。
 「…敵より味方の方が危険な奴らだなんて……」
 「そんな今更な事をぼやいている場合ではないぞ、月斗殿。ほれ、クロにかかったマタタビの呪縛が解けようとしておるぞ!」
 落下の衝撃による眩暈で僅かに顔を顰めつつ、源がクロの方を指差して叫ぶ。見ると、さっきまでうっとりとマタタビに酔い痴れていたクロだったが、周囲の異様な騒ぎに我に返ったか、むくりとその大きな身体を起こし、札を口に咥えたままであちらへと逃げ去ろうとしている所であった。
 「月兄ぃッ、クロが逃げちまうよ!」
 「くッ…式神達がいつも通りに機能してくれれば……!」
 月斗が下唇を噛み締める。月斗の式神達は、全く動いていない訳ではなかったが、まるでこの街の何かに動きを制限されているかのように反応が鈍くなっているのであった。
 「困りましたねぇ…【魅了】で、クロの動きを封じようと思ってたのですが……」
 「…そんな事言って、また素知らぬ顔で言霊を発動させるでないぞ。でないと、目的の相手以外のもの同士が魅了されて面倒な事になるからの」
 ぼそりと釘を刺す源に、セレスティはやたらと爽やかな笑顔だけを向けた。
 「下手に近付くと、猫パンチでやられるからな……だったら【網】で遠くから……」
 そう月斗が言霊を放つと、先程までの状況と同じく、空中から不意に現われた大小さまざまな網がバサバサと落ちていた。その中のひとつが、偶然にもクロの身体の上にふわりと舞い降りたではないか。それを見ていた光夜が、素早く言霊を放つ。
 「【捕縛】!ちゃんと掴まえろよッ!」
 その声と同時に、落ちてきた網が一斉にきゅっと丸まり、ものを捕縛しようとする動きをそれぞれに始める。当然、クロに掛かっていた網はそのままクロの身体に巻き付いてぎゅっと締め付ける。身体の自由を奪われ、クロがフギャー!と鳴きながらじたばたと出来る範囲で暴れているが無事に取り押さえたようだった。取り敢えず猫パンチの危険は避けられたと言う事で、皆はクロの周りへと集まってくる。
 「…見上げたものですな、こうなってもまだ札は離そうとしませんなぁ」
 「こいつ、本当にこの札の価値が分かってるんじゃないのか?」
 溜息混じりに月斗がそう言うと、そうかもなー、と光夜が興味深げに笑った。
 「しかし、このままではお札を返して貰うと言う当初の目的を達成する事は出来ませんね…」
 「取り敢えず、このまま蓮殿の元まで連れてったらどうかの?」
 どうせじゃからの、と源がそう言うと、
 「では、例えば……【手綱】と言うのはどうでしょうね?」
 セレスティが、指先でクロの頭をちょんと突付くと、そこに馬の手綱をクロサイズにしたものが現われた。見た目は少々おかしな感じになったが、クロを御するには丁度いいだろう。
 「さすがに、網に包まったまま運ぶのは大変でしょうからね…これなら、散歩のようにして連れて行けるでしょう?」


*mission3;返却*

 「…あたしは、札を取り戻してきてくれればいいって言ったんだけどねぇ」
 蓮が、呆れたような声で足元に転がる巨大な黒猫を見下ろした。
 「いいじゃん、ついでだから悪さをしたクロにお仕置きでもすればさ」
 「あたしにそんなシュミはないよ」
 お仕置きと趣味とどう繋がるのかは不明だが、そう言って蓮はそっぽを向く。
 「まぁ、躾はあとからゆっくり蓮サンがするとして…」
 「だから、しないって言ってるだろっ」
 事細かに司録にも突っ込んでおいて、蓮はクロの前にしゃがみ込む。その口に咥えた札の端を指先で摘まみ、顔を近づけてみる。
 「…おや、この札。マタタビの匂いがするね」
 「マタタビですか?」
 セレスティが尋ね返すと、蓮はこくりと頷く。
 「…もしかして、クロはこの札の効力が分かってて盗んだんじゃなく、そのマタタビの匂いに惹かれて盗んだ、って事じゃねーの?」
 「じゃが、だとしたら、まさかクロ殿が自分でマタタビを塗った訳ではないだろうから、他の誰ぞかが…」
 「クロに札を盗み出す目的で、マタタビを塗ったと考えるのが妥当だな」
 月斗がそう言うと、光夜と源が顔を見合わせ、同意を示して頷いた。
 蓮は相変わらず、クロの口から札を離させようと四苦八苦している。それを見ていたセレスティが、ふと思い出したように、懐から何かを取り出してクロの鼻先に突き付けてやった。
 「フギャっ!?」
 「おっ、ようやく口を開けたよ、こいつ」
 蓮が、嬉々としてクロの口から札を取り返した。それは、クロの歯形と唾液で少々傷付いて汚れてはいるが、お札の効力そのものには影響は無さそうだった。
 「セレスティ殿、それはさっきの…」
 「そう、チーズですよ」
 セレスティは笑って源に、手にしたチーズを見せる。
 「どうやらクロはチーズが嫌いだったようですので…こうして近づけてやれば、嫌がって口を開けるのではないかと思ったのですよ」
 「…顔に似合わず、意地悪なんだな、セレスティは」
 光夜がぼそりとそう言うと、セレスティはそうですか?とただにっこりと微笑んだ。

 「しかし、おんしも災難じゃったのぅ…如何なる訳で盗みなど働いたかは問わずにおくがな」
 「……にゃー…」
 「そう悲観せずとも良い。蓮殿は、お札さえ戻ればそれでよいと言ってくれたではないか。クロ殿が咎められずに済んで幸いじゃった」
 源はそう言うと、冷酒の杯をぐいっと空ける。その飲みっぷりのよさに、卓袱台の向かいに座ったクロがやんやと喝采をした。
 無事に札を取り戻した蓮は、それさえ済めば後は何の用事もないとばかりにクロをそのまま咎めもせずに店の外に放り出したのだ。それで源がクロに声を掛け、あやかし荘に戻った二人(人?)で改めて焼肉定食と焼魚定食を食していると言う訳だ。
 勿論、この定食は言霊で出したものではなく、近くの仕出屋から取り寄せたものである。
 「どうじゃ、ここの焼魚定食は?なかなかの味付けであろう?」
 「にゃにゃにゃ」
 「ほほぅ、塩が甘いとな?クロ殿も結構な食通と見える。ここの塩は天然ものの岩塩ゆえ、市販のものよりはまろやかな味なのじゃ。それで塩が甘く感じられるのではないかの?」
 「にゃ〜…」
 「何、今日は疲れたから体が塩分を欲しておる、とな?…クロ殿、おんし、なかなかやりおるの…」
 何をやるのかは不明だが。
 一見、人の言葉と猫の鳴き声が交錯しておかしな会話になっているが、源にはちゃんとクロの言う事が分かっているようだ。そのうち、酔っ払った二人は肩を組んで歌を歌い出す。チャンチャン、と食器を箸で打ち鳴らす音まで混ざり始めた。
 あやかし荘の住人に、煩いと叱られるのも時間の問題だった。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 0778 / 御崎・月斗 / 男 / 12歳 / 陰陽師 】
【 1108 / 本郷・源 / 女 / 6歳 / オーナー 小学生 獣人 】
【 1270 / 御崎・光夜 / 男 / 12歳 / 小学生(陰陽師) 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

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■         ライター通信          ■
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 どうもお待たせ致しました、碧川初のアンティークショップ・レン調査依頼『言霊の街』をお送りいたします!ご参加、誠にありがとうございます。相変わらずのへっぽこライター、碧川桜でございます(へこり)

 さて、早速ですが種明かしなど。
◎一番効率よく言霊でクロを捕獲する方法
 手や足など、【対象】となる部位を言霊で指定してから【動作】で行動を抑制する事、でした。それの伏線として、言霊は動詞だけじゃないとの説明を入れたのですが如何だったでしょう?
 上記以外では、多少手間は掛かるかもしれませんが、クロの好きなものや興味を惹くものに言霊で力を与えて誘き寄せて捕獲、ですね。
 で、ここでクロの好物が出てくると思うのですが、実はあの好物は嘘なのでした。あれだけ(らしい)と仮定形で記してあった部分にその真意があった訳です。なので、鰯とチーズだけに拘った場合はクロ捕獲は失敗、と設定してあったのですが、そうならなくて良かったです(笑)

 さて改めまして、本郷・源様、いつもいつもありがとうございます!通常の調査依頼でお会いするのは初めてでしたでしょうか?ちょっとドキドキしてしまいました(笑)
 プレイング(とライターからの説明)に分かり難い所や迷う所があっては、と何度も吟味をしたつもりでしたが、如何だったでしょうか?多少なりともゲーム性が出た調査依頼+読み物としても楽しいノベルになっていればいいなぁとひっそり祈っております(笑)

 ではでは、またお会いできる事を心からお祈りしつつ…次回、ゴーストネットでお会いできれば幸いです(何)